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生を懇願する者

君は儚く消えてしまいそうで、どうして君は僕の前から消えようとするのーーー



氷乃と出会ったのは僕が小五、氷乃が小三の時。

初めって会った氷乃は儚く今にも消えてしまいそうだった。

僕はそんな氷乃を守りたいと思った。


同い年の子より細く小さく、無口で何を考えているのかわかりにくく大人びた子。

何度か名前の通り氷みたいだと言われているのを聞いた。

違うと僕は知っていた。

僕は両親から氷乃の家族の事、いじめの事を氷乃と会う前に教えられていた。

まだ小五の僕に話してもいい事かと思ったが、これから家族となる氷乃の事を知ってもらいたいと話たらしい。

だから違うと、氷乃は氷じゃない心を閉ざしてるだけだと思った。


ずっと側にいた。氷乃が何処かに行かないように、消えないように。

なのに、なのに氷乃はあの日消えようとした。

あの日何か嫌な予感がした。

学校が終わるとすぐに氷乃の通う中学まで走った。が、氷乃は既に帰ったと教えられた。

急いで家までの通学路を走る。

そして、見つけた。

遮断機の降りた踏切に足を踏み出す氷乃。

僕は駆ける。

その細い腕を掴んで振り向いた氷乃を抱きしめる。

何処にも行かないように、消えてしまわないように。


何処にも行かないでくれーー


リビングにいると着替えた氷乃がやって来た。


「おはよう、氷乃」

「おはよう」


食事は基本皆で食べる。口数は少ないがそれなりに氷乃も話に加わる。

朝食を終えれば氷乃は高校に行く。その時には家族の誰かが送り迎えをするが、基本的に僕が引き受ける。

氷乃が二度目の自殺未遂を起こした後にこの事は決まった。

車の中では特に話す事もないが、氷乃が隣にいる事が安心する。


「氷乃、着いたよ」

「うん。ありがとう」


学校に着いて別れる時、本当は恐い。消えてしまうんじゃないかって。

だんだん小さくなる背中を眺め、車を発車させる。


また、嫌な予感がした。

僕は大学を飛び出し走る。

何度僕の勘違いだと願ったか。

だけどその度にその願いは裏切られる。


学校の屋上から落ちる氷乃。


「氷乃ー!」


嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

氷乃を失うのは嫌だ。



奇跡的に木の枝がクッションになったおかげで地面に叩きつけらる勢いが殺され、氷乃は助かった。

けれど体は木の枝でできた切り傷だらけ、打ち身と痣ばかり。が、骨折などの怪我はなかったうえ脳波の異常もなかった。

静かに眠る氷乃。

どうして君は、消えようとするの。


氷乃が踏切に一歩踏み出した日。

本当に恐かった。

僕の前から本当に消えてしまうと思った。

だから離れて行かないように抱きしめた。

ずっと腕の中に閉じ込めていたいと思った。

でもそんな事はできないから。

氷乃が眠った後、父さんと母さんに踏切での事を話た。

その時にはまだなんとも言えないからと様子を見ることになった。

その後一人部屋で泣いた。

恐かった、押し寄せてくる恐怖が恐くて恐くて泣いた。

消えないでくれと何度も声にならない声で呟いた。

けれど恐れていた事は起きた。

氷乃が首を吊っていたのだ。それが二度目の事だった。この後、氷乃は精神科への通院が始まった。

僕はまた一人泣いた。


消えないでくれ、氷乃。氷乃がいなくなってしまうのは恐い。

僕を一人にしないでくれ氷乃。

僕は君が、


「ーーー。氷乃」


夜の空は月が綺麗だった。

氷乃の事があった後で眠れる筈もなく、ひとり部屋で空を眺めていた。


「……っ!」


何でだ、何でだ。

何時もだったら。

こんなに間が空かないうちに…!


それは、嫌な予感だった。


氷乃は本当にーーー


走る、今まで以上に速く走れと思いながら。

氷乃のもとへと走る足は病院ではなく海へと向かっていた。その事に特に何も思わずむしろ、そこだと思った。

見えた海。

海に向かって歩いていく小柄な人影。

止めてくれ。


「氷乃ー!!」


止めてくれ、消えないでくれ…。

振り返った氷乃は夜の月に照らされとても綺麗だった。


「翠君、止まって」


海に入りかけていた僕を氷乃は止める。

手にしていたカッターの刃を首に当てた。血が流れ落ちる様を僕は見た。

驚いて僕は止まってしまった。

何をしているんだ氷乃。


「翠君、止めないで欲しいんだ。私は死ななきゃいけないの」

「氷乃が死ななきゃいけない筈ない!」


僕は必死に叫んだ。消えないでくれ、お願いだ。


「私が氷乃として生まれたのはこの為なの。…何度も失敗したけど今度こそ私は死ぬの、皆が待っているから。…ごめんね」


一気にカッターが引かれる。

広がる赤、何度も見た絶望の色。

氷乃の体が倒れる。


「氷乃…!氷乃!」


僕は氷乃のもとへ走る。

氷乃の体を抱きしめる。笑みを浮かべているけど冷たい体。


「どうして……どうして」


どうして消えようとするの。

僕の前から消えないで。

お願いだ、氷乃。

涙が溢れて零れる。


「好き…翠君……また、会い、ましょ」


何で今なんだ。何で今そんなことを言うの…。

何で満ち足りた顔なんて。

今じゃなかったら良かったのに。

ああ、ああ僕だってずっと。


「氷乃、好きだ、行かないでくれ…」


願いは届かない。

安らかな顔のままもう一生目覚めない氷乃。

この世界は氷乃に残酷だ。


愛してる、氷乃。

後に残るは泣き叫ぶ青年。


読んでいただきありがとうございます!

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