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その9

 半泣きで謝るメイドたちに驚いたカナは、何とか二人をなだめて立ち上がらせる。

 青い髪のメイドが不思議そうに台所を見回した。


「カンリニンさま、ここにある魔法道具はなんでしょう?

 今夜の食事の準備はどうしたらいいのですか、カマドがないと何も料理ができません」

「えっ、家電道具とか、ガスコンロを使ったことないの?」

 

 そういえば、さっきお湯を沸かした鍋がテーブルの上に移されて、彼女たちの手荷物がガスコンロの上に置かれている。


「この鉄の黒い箱はガスコンロといってカマドのようなモノで、丸いリングから火が出るの。

 上に荷物を置いては絶対ダメ。危ないからすぐ片づけて」


 二人の侍女は、魔法道具の上に荷物を置いたので茶髪の魔女が怒っていると思いこみ、真っ青な顔をして大急ぎで荷物を片づける。

 すると魔女は水の入った小鍋を魔法道具の上に置いた。


「ガスの元栓を開いて、コンロはハンドルを回すタイプよ。時計回りにヒネれば火がつくから……どうして後ろに下がっているの?」

「薪もくべずに火がつくなんて、この四角い箱の中には炎の精霊が宿っているのですか!?」

「扱いの難しい炎の精霊を使役させる事ができるなんて、カ、カンリニンさまはやはり、大魔女の親戚なのですね」

 

 そしてカナは、ガスコンロに怯えてハンドルを怖々ひねる彼女たちに、使い方を一から教えることにしたが……。


「ハンドルを押して回すと、カチッと、ほら点いた」

「イヤァー火が、火がぁ吹き出した!!」

「うわっ、ダメ、ガスコンロに水をかけるな!!」


 強火になるだけで悲鳴を上げ、いきなり弱火にして火を消したりと、お湯を沸かすだけで悪戦苦闘する。


「カナ、仕方がないじゃない。

 世界には今でも薪で煮炊きしてるところもあるし、逆にワタシはカマドで料理なんて作れないもの。ガスコンロが珍しくても不思議じゃないよね」

「ありがとうございます、カンリニンさま。なんて便利な魔法道具でしょう。

 私たちのような魔力のない者でも、炎の精霊を思い通りに使役できます」


 一通りガスコンロとオーブンの使い方を覚えたメイドたちに、他の人たちにもコンロの使い方を教えるように頼み、その間に王子はさっき食べたカップ麺を保管場所から出してきた。


「このお湯を注ぐ魔法の料理を母さまに食べさせたい。

 オヤカタ、どの料理が一番美味しいか教えてくれ」

「お姫様がカップめんを食べるかしら。でもココには他に食料もないし仕方ないね」


 ずいぶんと日が暮れて、あたりは薄暗くなってきた。

 今夜はインスタントと果物で食事をすませて、明日の朝になればおじさんが夏別荘に食料を持ってくるはずだ。


「あら、カンリニンさま。

 そこの小さな氷室に、食料がたっぷりと納められています。

 野菜や卵もありますし、火が使えればちゃんとした料理が作れます」

「えっ、氷室ってもしかして冷蔵庫が動いているの?

 中身は空っぽのハズだけど、あっ、いつの間に食材が補充されている!!」 

「オヤカタ、この氷室はとても冷たいのに氷が入っていないぞ。

 これはなんだ、牛の絵の描かれた紙箱の中からチャプチャプと音がする」


 台所に備えつけられた冷蔵庫はギンギンに冷えていて、中には野菜や果物、卵に牛乳にオレンジジュースまで、上の冷凍室には肉や魚がぎっしりと詰まっている。王子が手に持っているのは牛乳パックだ。


 冷蔵庫が冷えているという事は、すでに自家発電が稼働しているハズ。

 カナは台所の電灯のスイッチを押すと、日の暮れた薄暗い夏別荘に明かりが灯る。

 メイドたちは電気が付いた事に驚き、声をあげてはしゃいでいる。


「これはおじさんのしわざね。

 何も知らないふりをして、私が店にいる間に全部準備していたんだ。

 でも助かった、今夜の食事はメイドさんが作ってくれれば大丈夫よね。

 それじゃあ、ワタシは今日は帰ろうかな」


 時間はすでに午後七時。

 すでに今日は八時間以上働きっぱなしだし、電気もついて食料もあるなら、後はお客様が自分たちで何とかするだろう。

 明日から本格的に別荘修繕を始めるから、資材購入の手配もしなくてはならない。

 しかしカナが「仕事は終わり」と告げて帰ろうとすると、ルーファス王子と侍女長に引きとめられ、結局夕食をいただくことになる。




 ご飯を味付けて炒めたパエリアのような料理と、野菜と卵のあっありスープ。しかもパエリアはお米をケーキのように盛って飾り、とても見た目がユニークだった。

 おじさんの用意した調味料は、王子の国で使うモノと同じらしい。

 八人掛けのテーブルにカナと王子は向かい合わせで座り、パエリアケーキを侍女長がカナに取り分けてくれた。

 エレーナ姫は王子が選んだカップ焼きそばを食べると、それだけでお腹いっぱいになってしまい、食事はカナと王子の二人だけだ。


「はふっ、モグモグ。うわーん、このパエリア美味しい。

 王子様の国もお米が主食なのね。和食とイタリアンをイイとこ取りしたような味付けで、これなら日本人の口にも合うよ」

「僕の国では、米より粒の大きい木の実を食べているぞ。

 料理の神様が降臨した蒼臣国は、美味しい料理が色々とあるんだ」

「神様って、まるで調理の鉄人みたいね。

 エビや貝のスパイシーな味付けに、具材からしみでた出汁で柔らかく炊けたご飯、所々が香ばしいオコゲになってサクサクと食べ応えがあるわ」


 カナが喜んで食べる様子を見て、侍女長が微笑みながらこう告げた。


「私たちの料理が、カンリニンさまのお口に合って良かったです。

 エレーナ姫さまからの提案で、こちらでお世話になっている間、カンリニンさまのお食事を私たちに準備させて下さい」

「えっ、食事を作ってもらえるんですか。ありがとうございます、とても嬉しいです。

 ワタシは管理人の仕事が忙しくて、料理を作る時間が無いんですよ」


 はっきりいってカナは料理が得意ではない。

 普段の食生活は外食やコンビニ弁当が主で、作ったとしても洗っただけの野菜サラダにレトルトカレー、チンするだけの冷凍食品ぐらい。 

 エレーナ姫の提案は、そんなカナの悲惨な食生活を改善させる素晴らしいモノだった。


「ワタシは料理を作るより、モノを作りたいのよね。

 これで食事の心配をせず、好きなだけDIYを楽しめるわ」




 満月の月が妖精森を照らし、白い石畳沿いに月影が映る。自転車は壊れてしまったので、カナは徒歩で森の外に向かう。

 ルーファス王子はカナを妖精森の入口まで見送ると言って手をつなぎ、その後ろを二人の護衛が付いて来る。


「オヤカタはこの森には住んでいないのだな。

 外には大勢の敵が待ちかまえているぞ、本当に大丈夫なのか?」

「へぇすごい、王子は『外に七人の敵』の難しいことわざを知っているのね。

 車は森の入口に停めているから、ココまで見送れば大丈夫よ。

 明日の午前中で買物を済ませて、お昼過ぎから夏別荘の修繕を始めるね」


 カナはルーファス王子に手を振って森の外に出て、王子はそれから数歩遅れて外を出ると、既にカナの姿はなく妖精森の周囲は来た時と異なる姿をしていた。

 巨大な黒々とした沼地が結界の代わりに妖精森を取り囲み、まるで沼に浮かぶ小島のように見える。

 そして細い道が橋のように沼の外側と繋がり、沼の中には青紫の不気味なツタが蠢いていた。

 空から白い雪がはらはらと降ってきて、森の中と外では明らかに別世界。その光景をルーファス王子と二人の護衛は、しばらく無言で眺めている。


「なんということだ。

 わずか数刻でこのような巨大な沼地を出現させるとは、カンリニン様は正真正銘の魔女、いや大魔女だ」




 夏別荘の大叔母の部屋で、扉の前で控える黒髪の侍女長は、やっと難を逃れ安堵した表情の姫に小声で話しかける。


「エレーナ姫、始祖の大魔女さまの予言は本物だったのですね。

 宰相と第三側室の謀を知りながらも、ついに防ぐことができませんでした」

「ええ、始祖の大魔女は、予言が真実となれば私を手助けをする代わりに、妖精森の新たな魔女が跡継ぎにふさわしいか見極めるように頼まれました。

 まさか、あんな幼い風貌の娘が大魔女の後継とは驚きです」



 ***



 翌日カナはホームセンターが開店すると同時に駆け込み、数日前に頼んだ重さ500キロのブロックと耐火煉瓦五十個、追加の資材を購入する。


「お客さん、いいタイミングだね。

 在庫処分のフローリング材が70%オフだよ」

「うわぁーん、綺麗なチャコールグレーのフローリング。前から目を付けていたんですよ、コレ買います。

 資材のカットサービスもお願いします。

 このメモ通りに、長さ150センチずつ八十枚裁断して下さい」


 本日のカナの服装はピンクのレース生地チェニックで、茶色い髪を細かい三つ編みにして、コスモスのような花の髪留めをさしている。

 余所行きルックで乙女チックな美少女に化けている彼女が、慣れた手つきでノコギリの刃先を確認したり、大型カートにトタン板やセメント袋を乗せて運んでいた。

 カナから注文を受けたホームセンターの店員は、けげんな顔をしてカナにたずねる。


「お客さん、この配達先は天崎ゴルフ場の裏にある別荘地ですよね。

 あの場所は道が細くて、中まで車が入れません。これだけの資材を手作業では運ぶのは大変ですよ」

「大丈夫です、男手が大勢いるから荷物運びは自分たちでやります。

 荷物を森の入口で降ろしてください、よろしくお願いします。

 500キロのブロックは、四人いるからひとり120キロずつ運んでもらおう」


 カナは、護衛の彼らをこき使う気満々だった。

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