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その8

「私は大叔母さんの親戚で、妖精森の管理人を任されているカナといいます。

 何か御不自由な点がございましたら、私管理人か、弟子である王子様にご用件をお伝え下さい」


 カナは黒髪の美しいエレーナ姫に悠然と微笑み、白銀の王子は自分の弟子だと告げる。


「カンリニン、その話は少し待ってくれ。

 ルーファス王子さまは蒼臣国の第一王子であらせられるお方。

 その高貴な身分の王子さまを、魔女の小間使いとしてこき使う気なのか!!」


 気絶した隊長を介抱していた騎士が声を荒げ立ち上がると、他の者も怒りを押し殺した表情でゆっくりとカナを取り囲もうとしていた。

 

「私が大叔母さんからお世話をするように頼まれたのは、姫と王子さまだけです。

 でも王子さまに、一緒に逃げてきたメイドと護衛もココにかくまって欲しいと頼まれました。私は王子が弟子になるという条件で、お客様を六名追加しました」

「それでは、我々が王子の代わりにカンリニンの下僕になる。王子を働かせるなんてとんでもない」


 管理人の仕事を手伝わせるだけなのに、どんだけ過保護にしているの。カナは心の中でため息をつく。

 カナが森で倒れていた王子のベストを脱がせた時、留め紐のかけ方が丁寧だった。

 王子は着替えも身の回りの世話を、彼ら護衛やメイドにさせているのだろう。しかしここは夏別荘、王様の住むお城ではない。


「もう、下僕契約なんて大げさよ。子供にできる簡単な雑用を手伝わせるだけなのに。

 ルーファス王子、ワタシとの約束を取り消すならそこにあるオモチャを返して。

 全部ゴミとして燃やしてしまうから」

 

 業を煮やしたカナは、腰に手を置き仁王立ちで玄関前のガラクタを指さした。

 母親の隣で成り行きを見守っていた小さな王子は驚いてカナに駆け寄ると、「王子に雑用を言いつけるのか」と文句を言う家臣に強い口調で命じた。


「お前たち、僕は魔女に下僕契約したのではない。

 親方オヤカタに弟子入りしたのだ。オヤカタの手伝いをするのは弟子の務めではないか。

 オヤカタ、僕はちゃんと務めを果たす。だから譲り受けた宝物オモチャを捨てないでくれ。お願いだ」


 これまでルーファス王子は八歳にしては随分としっかりした性格で大人びた子供だった。

 厳しい逃亡生活中も誰にも甘えず、泣き言一つ言わず母親を気遣っていた。

 それが今、目の前で魔女の腕にすがりつき、甘えるようにねだっているではないか。

 その姿を見た家臣たちは、可愛い王子さまが魔女に奪われたショックでその場に立ち尽くした。 



 その時、地面に寝かされていた隊長が微かに身じろぎすると目を覚ます。


「おおっ隊長が、意識を取り戻したぞ」

「隊長、いったい妖精森の入口で何があったんですか」

「俺はどうした、なんでここにいるんだ?

 森のトンネルから、黒い鉄の車輪の化け物が、俺に、襲いかかってきたんだ。

 まだアノ不気味な魔獣の金切り声が、うわぁわぁーー」


 青ざめた顔でうわごとを呟き魂が抜け出たようにフラフラと起きあがる隊長に、ルーファス王子はたずねた。


「ウィリス、その鉄の車輪の化けモノは、きっとオヤカタの騎獣だ。

 僕の守護白蛇もオヤカタを襲いその魔獣に返り討ちに合って倒された」

「えっ、でもカンリニンの説明では、隊長は犬に驚いて滑って転んだ拍子に頭を打ったと聞いたが」

「車輪の化けモノって自転……えっと、魔獣って何のことかしら?

 隊長さんは妖精森の外で放し飼いされている、柴犬ケルベロスに驚いて、足を滑らせて転んだんです」


 カナは自分が彼を自転車で曳いてしまった事実を隠すために、雑貨屋の番犬の名前を出した。

 しかしその一言で、彼らはパニックに陥ってしまう。


「まさか、ケ、ケ、ケルベロス。

 冥界の番犬といわれ三つ首を持つ巨大な魔犬が、妖精森を守っているのですか」

「ケルベロスに咬まれれば、その猛毒で即死どころか魂も地獄に落とされるという。

 ああ隊長、カンリニンさまに助けられて良かったですね」


 この人たち、そんなに犬を怖がって護衛の役目をちゃんと果たせるのかな?

 カナは不審に思いながらも、とにかく騒ぎを静めようと彼らに呼びかけた。


「ケルベロスはむやみに人を咬む犬じゃありません。

 よく吠えるけど、人なつこくて可愛い犬よ」

「ケルベロスが番犬なら、森を取り囲んでいる連中も手出しができない。

 いったいどれだけの敵が、ケルベロスの犠牲になったのだろう。

 そのケルベロスを可愛いとおっしゃるカンリニンさまは、真の魔女だ」


 カナを取り囲んでいた護衛たちはゆっくりと後ずさり、車輪の魔獣とケルベロスを使役する魔女から距離をとる。

 彼らの態度が豹変した事に不思議がるカナの隣で、ルーファス王子はケルベロスの話に興味を示し、好奇心に満ちた瞳でカナを見つめながら右手をつないだ。

 エルベロスなら王子の良い遊び相手になるから、今度連れてきてあげよう。

 カナは王子に微笑み返す。

 そして仲の良さそうな二人の姿を眺めていたエレーナ姫は、まるでカナの心の中を読みとったかのように話しかけた。


「それではカンリニンさま、ルーファスをよろしくお願いします。

 妖精森に私たちが滞在している間、護衛の者たちも王子と共にカンリニンさまのお手伝いをさせます。

 彼らを好きなように命じて、働かせて下さい」

「ありがとうございます。エレーナ姫さま。

 ワタシのようなひ弱な女がひとりで別荘管理をするは、少し心許なかったのです。

 護衛の方々が手伝ってくれるのならとても頼もしいです。どうかよろしくお願いします」


 カナはさっきまでの態度とは一変し、満面の笑みを浮かべると愛らしい仕草で小首をかしげ、大きな黒い瞳を輝かせて彼らを見つめる。

 しかしその瞳の奥では、目の前の四人の男たちが仕事で使えるかどうかを厳しく品定めしていた。

(王子の護衛の人たちは、日本人と比べると大柄な体格で筋肉質だし、重労働も軽々とこなせそう。

 フフッ、私の夏別荘リフォーム計画がいよいよ本格始動よ!!)





 夏の長い日が傾き、夏別荘のお客様は各自滞在の準備を始めていた。

 最初は親子二名の予定が、三人のメイドと四人の護衛が追加され、カナも加えれば夏別荘の住人は計十名の大所帯になってしまった。

 それに王子の話では、彼らも一緒にクーデターで国から追われ逃げてきたという。

 ほとぼりが冷めるまで、彼らは妖精森の別荘地から外に出ない方がいい。

 つまり、カナ一人で九人の生活支援をしなくてはならない。


「大叔母さん、管理人の仕事にしてはかなり激務のような気がするけど。

 とりあえず今夜の夕食は、再び非常食で済ませよう」



 ***



「あれが本当に魔女なの?どう見ても成人前の田舎娘じゃない。

 しかも魔女の可愛く着飾った姿に簡単に騙されるなんて、男どもは全く頼りにならないわ」

「私たちを助けるために、お優しい王子さまが魔女の弟子になったのよ。

 こうなれば私たち二人で、王子を魔女の手から守りましょう」


 夏別荘のキッチンの流し台で、オデコの広い青い髪の娘と明るい金髪の娘が、果物を洗いながら噂話に花を咲かせていた。

 若いふたりの侍女は、大切に可愛がっていた白銀の王子さまが辺境に住む魔女に奪われたことがとても気にくわない。

 【始祖の大魔女】の伝説は知っているが、その親戚の魔女の話など聞いたこともない。

 自分たちより背の低くて手足も細い、娘というより子供のような茶色い髪の魔女は、大して力のない小娘に思える。


「身の程知らずの魔女を、物置に閉じ込めてしまいましょう」

「王子が呼んでいると騙して、森の奥に連れ出しましょう」


 侍女たちは、魔女をどんな方法で苛めようかと盛り上がり、その声が次第に大きくなってきた。

 そこへ応接室のエレーナ姫に飲物を運んできた侍女長がキッチンに戻り、夢中でおしゃべりを続ける二人に厳しく声をかける。


「魔女さまを苛めるなど、身の程知らずはお前たちです。

 今、手にしている幻の果樹は、魔女のカンリニンさまがもたらしたモノ。

 その価値を知らないのですか。

 『金剛石の雫』と呼ばれる幻の白桃は、魔術師が百日間魔力を注ぎ続け、初めて熟するといわれています」

「侍女長さま、あの木には数え切れないぐらい果実がたわわに実っていました。

 まさかあの小さい魔女の力が、魔術師数十人、いえ百人以上だというのですか」


 侍女長に雷を落とされた娘たちに、黒髪の侍女長はさらに追い討ちをかける。


「それに『幻の金剛石の雫』は白桃ひとつで金貨十枚以上の価値があるそうですよ。

 お前たちはその実をいくつ食べたのですか。

 無断で幻の果物を食し、大魔女の身内を陥れようとすれば【呪い】を受けますよ」

「でも侍女長さま、悔しくないのですか?

 私たちの大切な王子様が、あんな魔女の弟子にされたんですよ」




「ふぅん、そうなんだ。まさか白い桃がそんなに高級な果物だなんて全然知らなかった。

 みんなで木に登って、ムシャムシャ食べていたのに」

「僕も『幻の金剛石の雫』は、誕生日に献上されたモノを一口食べたことがあるぞ」

「ええっ、ルーファス王子とそれに、ヒィ、魔女がいる!!」


 侍女長の後ろにカナが隠れ、さらにその後からルーファス王子も隠れて、娘たちの噂話を聞いていた。


「ええっ、お許し下さいカンリニンさま。

 私は勝手に『幻の金剛石の雫』をひとつ、いえ三つほどつまみ食いしてしまいました」

「これがそんなに貴重な桃の実だとは知らなかったのです。

 お腹がすいて我慢できず、カンリニンさまの許可なく食べてしまいました。

 ああ、まさか【大魔女の呪い】だけは、どうかご勘弁ください」


 さっきまで悪巧みを考えたいたメイドたちが、カナに半泣きで謝るのだ。

 彼女たちを叱っていた侍女長は、我関せずとそっぽを向いている。

【大叔母の呪い】なんて、どうして彼女たちは大叔母さんをこんなに恐れているの?

 カナの中で大叔母さんに対する疑問は増えるばかりだ。


「あなたたちはお客様なんだから、この妖精森にいる間、夏別荘にあるモノは全て自由に使っていいのよ。

 森に生えている果物も、好きなだけ食べていいから、そんな土下座して謝らないで!!」

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