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その7

 その森は遠目から見ると枝が人の腕のようにグネグネと伸びた不気味な木々が茂り、中を覗き見ることすら拒む禁域、呪われた森と呼ばれていた。

 しかしルーファス王子一行が森のトンネルをくぐり逃げ込んだ先に広がっていたのは、まるで神の庭園のように色鮮やかな花の咲き乱れる美しい光景だった。

 花の香りに誘われた七色の羽を持つ蝶が飛び回り、森の奥には黄色い果実がたわわに実った巨木が生えている。


「ル、ルーファス王子。あれは覇王領地のみで育てられる門外不出の果実です。ああ、なんて甘い香りなのでしょう」

「見てください、こんな所に南の果てに咲くと言われる紅い太陽の花が咲いています。外は荒れ地が広がり雪混じりの冷たい雨が降っていたのに、この森はまるで温室のようだ」

「美味しい木の実がなっているのに、お湯を注ぐ料理を食べるなんてオヤカタは変な魔女だな。果物が熟して地面に落ちそうだから、適当にもいでオヤカタに持って行こう」


 二人の女官は楽しそうに声を上げながら、森の果物を収穫する。

 エレーナ姫の肩に薄ピンクの蝶がとまり、細く白い石畳が森の奥へと延びるその先には数件の建物が見えた。

 ココは辺境の地で、大魔女の館は巣窟のように不気味な建物だと想像していたが、そこには王都郊外の貴族別邸を小さくしたような洒落た建物が建ち並んでいる。


「ルーファス、森の中にこのような立派な館が建っているなんて、私たちは大魔女の魔法で幻を見せられているのでしょうか?」

「母さま、これが大魔女の家です。オヤカタは僕に館の中で待っているように言っていました。

 オヤカタは外に出かけていますが、すぐ戻ってくるでしょう。

 みんな早く建物の中へ、あっ、その宝物は僕がオヤカタから譲り受けたものだ。勝手にさわるな!!」


 夏別荘に皆を案内した王子は、玄関前に山積みになっているガラクタに触れようとした家来を怒鳴りつけた。

 これは大魔女の呪術道具なのか。目がやたらと大きく精巧にできた娘の人形や派手な色で獣をかたどった置物や先に穴の空いた魔法の杖、半透明の箱の中には他に様々な道具が押し込められていた。

 これまでエレーナ姫とルーファス王子を護衛してきた隊長のウィリスは、大魔女の道具を眺めながら王子に尋ねた。 


「そういえばルーファス王子、まさか貴方様が大魔女の弟子になったというのは本当ですか?

 噂では、魔女は弟子を奴隷のように扱い、時には実験材料にされ悲惨な目に遭う者もいるのですよ」

「安心しろウィリス、下僕契約ではない。

 大魔女のカンリニンは自分のことを親方オヤカタと呼んでいて、僕は弟子だ。

 弟子はオヤカタの仕事を手伝えばいいそうだ」


 王子はすっかり大魔女の親戚の女カンリニンを信用している様子だが、彼は蒼臣国の第一王子であり、白銀の髪を持ち妖精族祖先がえりの膨大な魔力を宿している。

 その王子を弟子にしたカンリニンという魔女が悪しき考えを持っているのなら、自分は命を懸けて王子を守り魔女を倒さなくてはならない。

 隊長のウィリスはできるだけ穏やかな表情を作りながら、再度王子に話しかける。


「では、その大魔女のカンリニンはどのような姿をしているのですか?」

「オヤカタは背の小さな騒がしい魔女だ。

 年は十五歳くらいかな、目がデカくて馬のしっぽのような茶色い髪で、農夫のような服を着ている」


 ウィリスは王子の言葉にうなずいた後、館の中に他の者が入るのを見届け、館の周囲を偵察すると告げると今来た細い道を引き返していった。




 妖精森の入口、緑のトンネル手前の草むらにウィリスは身を潜めながら、大魔女の親戚が現れるのを待ち伏せする。

 森を取り囲んでいるハズの敵の声は聞こえないし、森に火の放たれた様子もない。これはすべて大魔女の力なのだろう。

 しかし王から託されたルーファス王子を魔女の弟子にしてしまい、悔やんでも悔やみきれない。

 大魔女の親戚の女を脅して下僕契約を取り消させる。例え自分の身が呪われようとも、王子を自由にしなくてはならない。


 腰の剣に手をかけ、息をひそめ待ちかまえるウィリスの耳に、コレまで聞いたことの無い奇妙な金切り声が聞こえてきた。


 グギィイ、ギコギコ、ギィィイ、ギコギギギーーー


 まるで凶悪な魔物が拷問を受け悲鳴を上げているような、耳の奥が痛くなる高音。それが恐ろしい勢いでこちらに向かってくるのが判る。

 百戦錬磨の蒼臣国第一近衛団隊長ウィリスは得体の知れない恐怖に襲われるが、臆してはならないと自分を励まし、剣を握り飛び出した。


 ドンッ!!ガシャアーン


 大魔女の親戚が操る鉄の車輪の魔獣に、彼は見事に跳ねられた。



 ***

 


「あーん、リサイクルコーナーにあった手作りの髪留めが可愛すぎて、髪の毛いじってたら二十分もよけいに時間がかかったよ。

 お客さんを待たせちゃう。夏別荘前にガラクタも山積みしたままだし、早く戻らなくちゃ」


 カナは白いレースのワンピをひるがえし、自転車を立ち乗りで道路を横切り、妖精森前の広場を通過して緑のトンネルの中を爆走する。

 薄暗いトンネルを抜け明るい森の中に入ろうとした時、目の前になにか黒い大きな影が現れた。

 今回はブレーキも間に合わない。

 カナは咄嗟にハンドルを手放して飛び降りると、スピードのついたまま自転車はそれに正面からぶつかる。

 

「ウギャアーーッ!!」

 

 妖精の森の奥に住むイノシシか野犬、それにしては大きい。

 おそるおそるカナが近づくと自転車はチェーンが外れハンドルがゆがみ、その下に曳かれた金色の髪の男が、石畳に頭を打ちつけ気を失って倒れていた。





「お-い、隊長どこですか。どうした、隊長の姿が見えないぞ」

「森の奥に行ったのか、まさか森の外に出たんじゃないよな」


 夏別荘の中で応接室の立派な調度品や台所の電化製品に驚き、部屋の探索に夢中になったエレーナ姫と女官たち、護衛の騎士が隊長の不在に気が付いたのは、彼が姿を消して既に一時間が過ぎていた。


「そういえば、オヤカタもちょっと出てくると言ってたのに、まだ戻ってこない。

 まさかオヤカタは、妖精森を取り囲んでいる連中に捕われたか。

 大変だ、森の外に様子を見に行かなくては」

「いけません王子様、ダメです、それはあまりに危険です!!」


 焦った王子が別荘の外に飛び出、し家臣が驚いて追いかけたその時、白い石畳の道から何かが引きずられる音が聞こえてきた


 ガラ ガラ ガラガラガラーー


「誰か、助けて下さいっ。この人が道に倒れていたの」


 台の上に膝を抱えうずくまっているのは彼らが探していた人物で、ひどく戸惑った様子で小柄な娘が台車を押していた。

 娘は茶色のウェーブした長い髪に花を編み込み、黒水晶のように輝く大きな瞳に桜色の唇、白い花のようなドレスを着た可愛らしい姿をしている。


「隊長、これはいったいどうしたんだ。お嬢さん、貴女は誰ですか」


 気を失ったままの隊長は、仲間たちに抱えられ台車から降ろされる。

 地面に仰向けに寝かされた彼の胸から腹にかけて、大蛇が這った鱗(自転車のタイヤ)痕がくっきりと付いていた。


「ワタシは妖精森の管理人です。

 ワタシが緑のトンネルの中を歩いていると外から誰かの悲鳴が聞こえてきて、驚いて駆けつけるとこの男の人が石畳の上に倒れていました。

 どうやら彼は森に住む野犬に驚いて、足を滑らせ頭を地面に打ちつけたようです」

「ええっ、お嬢さんが大魔女の親戚のカンリニン!!

 ルーファス王子からはみすぼらしい農夫のような姿の小さい女だと聞いていたが……。

 しかし貴女はまるで可憐な花の精霊のようだ」


 護衛の騎士の言葉に恥ずかしそうな仕草で微笑む娘を、ルーファス王子は信じられないものでも見るかのように立ち尽くし、大きな声でカナを呼んだ。


「オヤカタ、その姿はなんだ!!

 まるで化けたみたいに、いや、オヤカタは魔女だから化けることができるんだな」

「ルーファス王子、ワタシは服を着替えてきただけですよ。化けるなんてそんな事ありません」


 何故か銀の髪を振り乱して怒る王子は置いておいて、カナはその場にいるひとり女性に見惚れてしまう。

 夏別荘の中からスーパーモデルのように優雅な足取りで出てきた絶世の美女。

 地面に流れ落ちる艶やかな緑の黒髪に、雪のようにきめ細かい白い肌。鼻筋の通った顔立ちでルーファス王子と同じルビーの瞳をしている。

 先端のとがった耳は遺伝なのか、まるでファンタジー映画キャラクターのようだ。

 彼女が大叔母さんから頼まれた夏別荘のお客様、ルーファス王子の母親だろう。

 カナはお客様がいらっしゃると聞いて、営業モードに化けたのが幸いした。さっきまでの薄汚れた作業着では、とても彼女の前に立てなかった。


 カナは夏別荘の玄関前で佇む彼女に駆け寄り、大叔母さんから教わった外国のお客様への挨拶を緊張しながら行い、もう一度日本式にペコリと頭を下げて話しかけた。


「私は大叔母さんの親戚で、妖精森の管理人を任されましたカナといいます。

 お客様は、ひと夏の間ゆっくりと妖精森別荘で避暑をお楽しみ下さいませ。

 何か御不自由な事がございましたら、私管理人か、弟子である王子様にご用件をお伝え下さい」


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