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その6

 たいまつを掲げ満月の荒れ地を進む人々の先頭に、この地の領主である痩せた男の姿がある。

 十年前森の開墾を押し進めた若い領主は、始祖の大魔女の怒りをかい相次ぐ天災に襲われ、豊穣の森はマトモに植物の育たない荒れ地となった。


「ご主人様、いくら宰相の命とはいえ、妖精森に火を放つなどお辞めください。今度こそ始祖の大魔女に呪い殺されてしまいます」

「うるさい、この役立たずめ!!

 森を開梱して農地を広げるのは、どの領地でもやっていることだ。それをあの大魔女は……せっかく開墾した農地に呪いをかけた。

 それで俺は王に助けを求めたが、辺境の領主の言うことなど興味のない王は、俺を無視した。

 しかし宰相様は違う。この俺に、罪深い王の第二王妃エレーナと息子の第一王子を捕らえろと命じてきた。

 二人を捕らえればその見返りに、豊かな南の領地を与えると約束したのだ。このチャンスを逃すものか」


 それは宰相のクーデターに手を貸すことだ。

 前代からこの地の領主に仕える老執事は、主に思い留まるようにすがって止めたが、手にした杖で殴られる。


「村人を全員呼び集めろ、これから呪われた大魔女の妖精森を焼き払う。

 エレーナ姫と王子を、草の根をかき分けてでも探し出すんだ!!」





 見えない結界で守られた妖精森の入り口から、小柄な銀髪の少年が荒れ野へと続く細い道に現れる。


「おおっ、妖精森の中からルーファス王子さまのお姿が」

「我々は一歩も結界の中を進めなかったのに、さすが祖先がえりの魔力を持つと言われる王子だ」 


 まるで分厚いガラスの壁のように行く手を阻む妖精森の結界の中を、ルーファス王子は軽々と駆けてくる。

 結界のすぐ外で、皆は王子が中から出てくるのを待っていた。

 息を切らしながら現れた王子は、不思議そうに周囲を見回す。


「おかしいな。さっきまで昼間だったのに、どうしていきなり夜になっているんだ?」

「王子、何をおっしゃいますか。王子が妖精森の中に迷い込んだ二日間、我々は必死でお探ししました」


 その言葉に王子は驚いて顔を上げると、美しい黒髪の女性が駆け寄りルーファス王子を強く抱きしめた。


「妖精森は始祖の大魔女の住む『神之種』の世界と、私たちの住む世界が交わる場所。

 本来私たちは、足を踏み入れてはいけない処なのです。

 二つの世界は時の流れが異なり、妖精森で一日を過ごすと、外の世界は十日も時が過ぎています」

「それじゃあ僕は二日間も姿を消していたのか。

 母さまたちはその間、ずっと僕を捜していたのですか」


 王子の言葉に頷くと、安堵したエレーナ姫はその場で崩れ落ち、側にいた女官が慌てて支える。

 うずくまる母親の背中越しに多くの篝火が見え、すでに自分たちの背後を大勢の敵が取り囲んでいるのが判った。

 隊長のウィリスは痛ましい表情で王子に告げる。


「ルーファス王子、我々に気づいたこの地の領主が、宰相の命を受け妖精森に火を放とうとしています」

「エレーナ姫さま、もう逃げられません。妖精森に逃げ込んでも中で焼け死ぬだけです。ここはもう諦めるしか無いと思います」

 

 偵察から戻ってきた騎士の言葉に、隊長は顔を真っ赤にして怒鳴りつけるが、顔を上げたエレーナ姫は覚悟を決め返事をする。


「ルーファス、よく聞きなさい。

 貴方の持つ祖先がえりの魔力を、決して宰相に利用されてはなりません。

 隊長のウィリスと共にココから逃げて、天を貫く山を越え隣国に逃げなさい。

 私は王を裏切った宰相に汚されるくらいなら、捕らわれる前に自らの命を絶ちましょう」

「母さま、待って下さい。

 僕は妖精森の中で、大魔女の親戚の女と会ってきたんだ。

 女の名前はカンリニンといって、僕が弟子になれば皆を助けてくれると約束した」


 ルーファス王子はそう叫ぶと、ズボンのポケットから古びた鍵を取り出す。

 それは【大魔女の鍵】と呼ばれる、どんな強固な結界も開くことのできる魔法の鍵だった。


「まさか王子は、本当に大魔女に会ったんですか?」

「大魔女は今はココにいない。

 僕は妖精森の中にある大魔女の館で、宝物が一杯に詰まった部屋や湯を注ぐ魔法の料理を食べた。

 妖精森を支配するカンリニンは自分のことを親方オヤカタと呼び、僕はオヤカタの弟子になった。

 オヤカタは守護白蛇を足で踏みつけて簡単に倒すとても強い魔女だ。きっと僕らを助けてくれる」


 ルーファスの言葉に皆言葉を失う。

 まさか第一位王子が、自分たち家臣を救うために魔女の弟子になったのだ。


「どういたしますか、エレーナ姫。ご決断を」

「ルーファスの話を信じましょう、この子はとても賢い子です。

 もし妖精森に火が放たれたとしても、貴方たちと一緒なら、私は何も恐ろしいことはありません」


 背後から追っ手の怒声が聞こえてくる。

 エレーナ姫の言葉に、長年付き添っていた女官長は肩を震わせ涙をこらえ、白銀の王子は母親の手を引くと、三人の女官と五人の騎士は妖精森の結界の中へ飛び込んだ。

 足を踏み込むことのできなかった妖精森の結界が解け、水の中を歩くように一歩ずつ先へと進む。

 二つの岩に囲まれた妖精森の入り口の手前で、しかし生い茂る植物が一斉に彼ら目がけて伸びてきた。


「やはりこの森は呪われているんだ、ウグッ、誰かぁ助けてくれ」


 皆から遅れ最後尾を走る騎士に伸びたツタが縄のように絡まり、高々と吊されながら結界の外へ放り出してしまった。


「なんだ、大魔女は我々を受け入れるのではなかったか?」

「ちがう、大魔女は僕の仲間を受け入れると約束した。

 アノ男は……仲間ではないんだ」


 結界の外に、たいまつを手にした敵が迫るのが見えた。

 男は彼らを手招きをして、王子たちが逃げ込む妖精森の入り口を指さす。


「まさか、忠実な家臣だと思っていたのに」


 神秘的な美しい黒髪に透けるような白い肌、ルビーのような瞳を持つエレーナ姫は、結界を挟んで敵を見る。

 そして隣に立つ小柄な白銀の髪の少年は、全身からあふれ出した魔力で自ら輝き、人形のように整った顔立ちに炎の色をした強い意志を持つ瞳をしている。

 満月の月明かりと篝火によって映し出されたその姿に、敵味方無く魅入ってしまう。

 そんな人々を退けながら現れた荒れ地の領主は、欲に濁った目でエレーナ姫を舐めるように見つめると、甲高い声で喚いた。


「エレーナ姫、逃げても無駄だぞ、我々はこれから妖精森に火を放つ。

 焼け死にたくなければ、早くこの結界から出て来い」


 だが夜の化身のような姫と輝く月のような王子は、領主を一別すると妖精森の中へ消えていった。

 次の瞬間、満月は黒々とした雷雲に閉ざされ、大粒の冷たい雨が降り注ぐ。


「ええい、こうなったら結界の周囲に油を撒け。

 火をつけて結界を破壊しろ、連中をあぶり出すんだ」

「領主様、冬を越すために必要な大切な油と火種をここで使えば、村人たちは冬の寒さに耐え切れず凍え死んでしまいます」

「エレーナ姫とルーファス王子を捕らえれば、宰相はいくらでも褒美を出すだろう。

 貴様らはグズグズ言わずに俺の命令にしたがえ」


 その時強烈な突風が吹き、たいまつの火を全てかき消した。

 荒れ地に降り注いだ大粒の雨は、瞬く間に乾いた大地に染み込んでゆく。

 撒いた油に着けた火はすぐ消えて、足元は瞬く間にぬかるみ、妖精森の周囲は人が踏み入れることのできない底なし沼になった。





 ルーファス王子を先頭に、彼らは凍るような冷たい雨に打たれながら、妖精森のトンネルを駆け抜ける。

 そして一歩踏み出したその先は、濃厚な木々の息吹と柔らかな木漏れ日の明るい場所に出た。

 奇妙な像が立ち並ぶ白い石畳の道が奥へと続き、妖精森の中は色鮮やかな花が咲き乱れている。


「ここは天国、ま、まさか私たち死んでしまったの?」

「おい、縁起の悪いことを言うな。確かに妖精森の中に入ったが、うう、眩しい。

 いきなり昼間になっちまった」

「さっきまで雪まじりの雨が降っていたのに、ううっ、暑くて兜なんかかぶっていられない」


 そういえば、自分たちのすぐ後ろまで迫った大勢の敵の喚き声も聞こえない。

 森に火の放たれた様子もなく、ただ恋の唄を歌う美しい鳥のさえずりが聞こえるだけだった。



 ***



 カナは小走りに妖精森を出て、道向こうの雑貨屋に駆け込む。

 店内にコンおじさんの姿は見えず、番犬のシバがカナを見ると嬉しそうに尻尾を振りながら吠える。


「ここは圏内で電波が届いている。

 ねぇケルベロス、おじさんはドコにいるの?」


 いつも店前に停めている軽トラが見えないので、コンおじさんは近所(車で二十分以上離れている)に商品の配達に出かけているようだ。

 甘えて顔をベロベロなめるワンコの相手をしながら、三度かけ直してやっと電話に出たおじさんから意外な報告を聞く。


「コンおじさん、ワタシ、カナです。ちょっとおじさんに聞きたいことが……。

 えっ、男の子のお母さんとお客様が私と入れ違いで妖精森に来ているの!!

 早く戻ってお客様に挨拶しなくちゃ。

 でもワタシ、作業着姿で汗だくで汚れているし、どうしょう」


 ガラスのショーケースに移るカナの服装は、ごっつい黒の作業用ブーツに色のあせたジーンズ。着ている長袖のシャツは汗がにじんで、背中まで伸びた三つ編みはほどけてボサボサだった。


「落ち着くのよカナ、ココは雑貨屋。

 石鹸とタオル、ドライシャンプーと制汗スプレーがある。

 でも服はさすがに、あれ?フリマスペースに古着が置かれている」


 雑貨屋の片隅に、手書き文字で「フリーマーケット」の看板が出て、そこには見るからに地元の主婦が作った手編みの服や、子供のオモチャUFOキャッチャーのぬいぐるみが戸棚に並べられている。

 そして手縫いの割烹着と一緒にハンガーに引っかけられていたのは、レースのふんだんに使われたアンティークな白いワンピースだった。

 

「こんな綺麗なワンピが割烹着やジャージと一緒に売られているなんて、恐るべしド田舎。

 もしかしたらこの服は、大叔母さんが出品した古着かもしれないね」


 大叔母さんはカナと身長は同じくらいで少しぽっちゃり体型で、その古着のワンピースはカナが着ると少しゆったりとしていた。

 ショーケースに映った自分の姿を見て、カナはその場で一回りする。


「丈はちょうどイイぐらいだし、細かいレースがとても素敵だわ。

 うん、この服ならお客様に会ってもバッチリよ」


 そしてカナはココに来た本来の目的、大叔母さんが自分に妖精森を譲ると書かれた書類のことはすっかり忘れ、大急ぎで身支度を整えると妖精森の別荘へ戻っていった。


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