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その5

 ガラクタを運び出した薄汚れた部屋の中で、カナは鼻歌まじりに5Mメジャーを取り出して部屋の四隅の寸法を測る。


「床は少しきしんでいるけど、上から新しくフローリング材を乗せれば誤魔化せる。

 剥がれかけの壁紙の上から捨てパネルを張って、重ねて新しい壁紙にすれば部屋も簡単にキレイになるわ」


 自家発電の別荘地では、カナの持っているインパクトドライバーやパワーカッターなどの電気を食う電動工具は使えない。

 床材や捨てパネルをホームセンターで寸法通りに切ってもらい、それを部屋で組み立てる事にした。

 そのためには部屋の採寸はミリ単位で入念に行う必要がある。


「王子、メジャーがたるんでいる。真っ直ぐピンと引っ張って」


 5Mメジャーの片方を王子に持ってもらい、カナは床の縦横を手前と中間と奥の三カ所計る。

 次は壁の寸法を測るのだが、この夏別荘は外国から呼んだ建築士によって建てられた洋館で、天井がかなり高い。

 そして女子の平均身長より低いカナは、高さを測るのに大型脚立に登らなくてはならない。

 脚立の位置を移動して四辺の壁を測るのだが、何度も同じ場所を測り直していると、手伝いの王子は面倒クサくなってきたようだ。

 

「オヤカタ、この定規は目盛りが細かくてゴチャゴチャしている。

 僕の国の定規はもっと幅が広いぞ、簡単に測れる方がいい」

「ここはイイ加減に測っちゃダメなのよ。

 1センチ長いと板がハマらないし、1センチ短いと隙間ができるの」


 この採寸作業はカナひとりではできない。でも王子にどうやって説明したらいいか考えたカナは、何かをひらめくとイタズラ顔で笑った。


「そうだ、今からワタシが王子の身長をちゃんと測ってあげるから、こっちに来て」


 カナは部屋から廊下に出ると、大叔母さんの部屋の前で王子に手招きをする。

 カナが指さす先に、扉の木枠に沢山の柱のキズが刻まれている。


「オヤカタ、これはいったい何の印だ?」

「ふふっ、これは別荘に遊びに来たお客さまや子供の身長を記しているの。

 ほら、一番上の赤いペンで印されている背が高いのは二メートルのコンおじさんよ。

 さぁ王子の身長はどこら辺か、ワタシが測ってあげる。

 柱に背中と頭の後ろをつけて、靴を脱いでココに立って」


 大叔母さんが子供たちの身長を測る時は、少しでも高くしようと背伸びをして誤魔化したりと、大騒ぎになった。

 見た目小柄な体型の王子は、自分の身長と同じぐらいの高さにある柱のキズを気にして入る様子だ。


「それじゃあ王子の身長は、えーっと、だいたい123センチぐらいかな」

「オヤカタちょっと待て!!

 僕の背はもっと高いはずだ。細かい目盛りまでちゃんと測り直せ」

「そうだね王子、今度はちゃんと測ってあげるよ。

 いい加減に測るとダメだって判ったでしょ」


 ルーファス王子はカナに身長を測ってもらいながら、その意味を理解して渋々うなずいた。

 この子は生意気な口のききかたをするけど、頭が良くて素直な性格をしている。


「次は僕がオヤカタの身長を測る番だな」

「えっ、ワタシはいいよ。身長151センチってちゃんと判っているから」

「僕はオヤカタの身長を正確に知りたいんだ。オヤカタずるいぞ、靴を脱げ!!」


 そして無理やり身長を測られたカナは、勝ち誇った表情の王子を前に気まずい顔をした。


「オヤカタの身長は151センチじゃない、149.5センチだ。

 これならすぐに、僕はオヤカタの身長を追い抜いてやる」


 こうしてカナは多少墓穴を掘りながらも、王子は手伝いを嫌がらず、部屋の寸法を正確に測ることができた。



 ***



 昼前に妖精森の入り口で倒れている王子を助け、別荘に連れてきて話を聞き、ガラクタ部屋の掃除を手伝わせ寸法を測り終えると、時間はすでに午後四時前になっていた。

「迷子の子供がいる」と雑貨店のコンおじさんに電話(なんと黒電話)で知らせ、作業している間に子供の親が現れるのを待っていたが、おじさんからも親からも連絡はない。


「そう言えばお昼抜きで働いて、お、お腹が空いた。

 こんなに早く非常食の出番が来るとは思わなかった」


 妖精森はド田舎の別荘地だが、車で十五分ほど走れば幹線道路と合流した先にファミレスがある。

 しかし今自分たちがココを留守にしている間に、もし王子の親が探しに来たら入れ違いになる。

 それで仕方なく、カナは非常食のカップ麺で食事をすることにした。


 台所の食器や鍋は新品のようにピカピカなので、軽く水ですすいで鍋にお湯を沸かす。

 前日にプロパンガスが補充されたのでガスコンロは使える。


「では王子さま、今日のランチはどれにする?

 本場の味噌ラーメンに王道焼きそば。

 シーフードヌードルにあっさりキツネうどんもあるけど、どれが王子さまの口に合うかな?」


 カップめんの容器を不思議そうにカサカサと振る王子は怪訝そうな顔をした。


「大魔女は、こんな鳥の餌のようなモノを食べているのか?

 いくら膨大な魔力を持っていても、貧しい食事では力も出ないだろう。

 だからオヤカタは大人なのに、そんな背が小さいのだな」

「くっ、やっぱり生意気な子供ね。

 まぁ王子様には縁遠い食事だけど、今はこれで我慢して……あっ、そのまま食べるんじゃないの!!」


 王子が乾麺をセンベイのように食べるのをカナは慌てて止め、容器に具を移すとお湯を注ぎ蓋をしめた。

 カップ麺の中から漂う漂う薬味スープの香りに、王子は驚いた顔になる。


「この入れ物の中で小人がスープを作っているのか?」


 そして容器の中に麺料理が出来ているのに驚き、麺をフォークで巻いて音をたてないようにすする王子。

 白に近い銀色の光を放つ美しい髪にルビーのような赤い瞳、先の尖った長い耳がまるでファンタジーの住人のよう。

 そんなハリウッド映画に出てくるような美少年がキツネうどんを食べる姿に、カナは思わず吹き出してしまう。


 そうして簡単な食事を終え、カナは部屋のリフォームのために手帳に簡単な図面を書き、ルーファス王子はカードゲームをテーブルの上に広げて遊んでいる。

 その時カナの手帳に挟んでいた茶封筒が、王子のカードゲームの上に落ちた。


「あっ、ごめんね王子。それは大叔母さんからの手紙なの」

「なんだ、この手紙は古の魔道語で書かれているぞ。

 宛先は神之種が住まう、極東の果ての海にある国だ」

「ええ、王子、この文字が読めるの?」


 そういえば封筒の中に、カナが知らない文字の書類が入っていたハズだ。

 賢い王子さまなら、書類の内容を読んで判るかもしれない。

 カナは封筒の中から書類を取り出すと、王子に読んでくれるように頼む。


「これは、妖精族に伝わる古の魔道語。

 我が一族の中で選ばれし……成人した娘に妖精森を渡す。

 森を譲られた者は、好きなように……難しくて読めない。

 妖精森の主が変わると書いている。このサインは大魔女のモノか?」

「本当にそんなことが書いてあるの?

 まさか大叔母さんがワタシに妖精森を譲るって、いったいどうして」


 カナが驚いて立ち上がった拍子に、束ねられた三本の鍵が音を立てて床に落ちた。

 ルーファス王子はそれを拾い上げカナに手渡そうとしたが、カナはしばらく何かを考えこんだ後、束ねた鍵の一本を王子に手渡した。


「ワタシちょっと外の雑貨店に行って、コンおじさんと会ってくる。

 おじさんは大叔母さんの恋人だから、何か知っているかもしれない。

 王子はお母さんたちが探しに来るかもしれないから、ココで待っていてね。

 コレ、夏別荘の鍵を預けておくわ」


 カナは慌てて自転車にまたがり、石畳の遊歩道を走っていった。

 その姿が見えなくなると、ルーファス王子も渡された鍵を握りしめて外に飛び出す。

 古びた鍵からは、妖精森を包み込む結界と同じ魔力が感じ取れる。

 これは妖精森を出入りできる鍵だ。

 早く妖精森の外にいる皆を呼びに行こう。


 そしてカナは妖精森のトンネルを抜け、表の広場に出る。

 ルーファス王子は同じトンネルを抜け、干からびた荒地に出た。



 ***



「一体王子はどこに消えたのだ。我々ではアノ呪われた妖精森に近づくこともできない」

「隊長、大変です。あれを見てください。追っ手の狼煙火がこんな近くまで迫っています」

「こうなればせめてレーナさまだけでも、早く妖精森の中へお逃げください。

 ルーファス王子は我々が必ず探し出します」


 二日前の夜、侍女と警護の騎士の隙を見てルーファス王子は逃げ出した。

 王子がいないことに気づき慌てて広い荒地の中を探すと、妖精森へと続く道の上に、王族の守護精霊白蛇の宿る銀の鎖が落ちていた。

 森に近づき始祖の大魔女の怒りを買ったのか、強力な魔力持ちの守護精霊が無残に引きちぎられている。

 二晩二日の間、彼らは必死で王子の姿を探したが見つからず、そして約束の満月の夜、荒れ野の彼方から追っ手の狼煙火が見え、それは数百と増えて妖精森に向かって進んでくる。


「これだけの数の敵が……。

 さては領主のやつ、我々を宰相に売ったな」

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