その4
「お前、大魔女を知っているのか。
それなら僕を、始祖の大魔女の所へ連れて行け」
「坊や知らないの、大叔母さんはココ妖精森にはいないよ。南の島へバカンスに出かけているの」
「なんだと、大魔女がいない。そんな……」
大叔母がいないと知った子供はとてもショックを受けて膝を抱えしゃがみこむと、カナがいくら話しかけても押し黙ってしまう。
「この子、このまま放っとけないし、どうしよう。とりあえず夏別荘に連れてゆこう」
カナは子供にココで少し待っているようにと声をかけ、森の外に停めた車に向かった。
妖精森の側を通る寂れた田舎道は、走る車も歩く人の姿もない。
道向かいにあるオジサンの雑貨屋にも確認したが、店の中に客の姿はなかった。
「やっぱり誰もいない、男の子は一人でココに来たのね。
まさかお客様が外人さんなんて思わなかった。
見た目はハリウッド映画の子役みたいで、すごく綺麗な白銀の髪をした美少年だけど、ちょっと口の利き方が生意気ね。
まぁ、アタシは大人ですから、イチイチ子供の相手なんかしないけど」
カナはボヤきながら車から道具を取り、森の入り口に乗り捨てた自転車のパダルを踏む。
油の切れかかった自転車は、ギコギコと耳障りな音を立てながら妖精森の中を進む。
「ヒッ、なんだこの音は!!
鉄の骨の魔物を使役するとは、お前も魔女の力を持っているのか」
自転車の音に驚いて男の子は顔を上げると、何故かカナを睨みつけた。
「お姉さんは大叔母さんの親戚で、妖精森の管理人よ。
ほら坊や、歩けないなら自転車の後ろに乗りなさい。
貴方が泊まる予定の夏別荘に連れてゆくから、そこで詳しく話を聞かせてね」
「フン、僕の方こそお前に詳しく話を聞かせてもらうぞ。
大魔女がいないなら、カンリニン、お前は僕の命令に従え」
我が 白銀の 守護蛇よ
罠の上の 愚かな贄を 絡め取れ!!
ルーファス王子は女がいない間に、敵を捕獲する呪術魔法陣を地面に描いた。
背の小さな騒がしい女は、妖精森に住む大魔女の仲間。
始祖の大魔女の身内らしいを呪縛魔法で捕らえ、大魔女の居場所を聞き出そうとした。
カナの足元に描かれた魔法陣が白銀の光を放ちながら渦巻き、それは白い稲妻をまとった白蛇に変化する。
「なにこれ、パチパチって急に静電気が?
えっ、どうしてこんな場所に白蛇が、イ、イヤぁーー!!」
ルーファス王子は妖精族祖先還りの魔力を持ち、使い魔の白蛇を操り獰猛な狼を狩ることも出来る。
人に使うのは禁じられた呪縛魔法だが、相手は大魔女なのだ。
手加減する必要ない。
「ハハハッ、これは我が王族を守護する稲妻の化身。
さぁカンリニンよ、僕の命令を聞き大魔女の居場所を……あっ、なにをする。や、やめろぉ!!」
「このぉおお、蛇ごとき害獣はその場で処分、曳き潰すっ!!」
稲妻をまといながら這う白蛇を、なんとカナは作業用ブーツ(ゴム製)で思い切り蹴り飛ばす。
すると魔力結界で決して人には触れられないはずの白蛇が簡単に地面に叩きつけられ、素早く自転車に跨がり体重をかけてタイヤで蛇の躰を曳いた。
「まさか、この女に僕の魔法は効かないのか」
自らの召喚魔法に絶対の自信を持っていた王子の顔が驚愕で歪む。
「坊や、この辺に住む蛇は毒を持っていて、噛まれたら手足がはれて大変な事になるの。今すぐ頭をかち割って仕留めるから、後ろに下がって」
「うわぁ、この蛇は僕を守護する使い魔の蛇だ。
毒は持っていない、やめろ、殺すな!!」
タイヤで踏みつけた蛇の頭を狙い大きな石でトドメを刺そうとするカナを、子供は泣きながら必死で止める。
すると自転車のタイヤに踏まれ、苦しげにのた打ち回っていた白蛇は、みるみるうちに小さくなり細い銀の鎖に変化した。
「あれ、蛇がいない。どこかに逃げたの?
坊や、怖かったでしよ。もう大丈夫だから泣きやんで。
どうして大叔母さんに会いに来たの、夏別荘で詳しく話を聞かせてね」
カナは蛇を見て驚き抱きついてきた子供に声をかけた。
ショックで泣きじゃくる子供を優しく抱きしめたが、しかし王子は妖精族の使い魔を簡単に消滅させた女に怯え、次は自分が殴られるのではないかとあまりの恐怖に泣きだしたのだ。
カナに拘束され抵抗できず、抱きしめられたままガタガタと震えている。
こうして白銀の王子(小)とカナは、運命的な出会いを果たした。
***
夏別荘に連れてきた子供は、カナの予想をはるかに上回る奇想天外な話をした。
「母上と僕たちは、王宮から敵に追われ五日間も逃げ惑い、やっと妖精森にたどり着いた。
大魔女は僕たち親子は助けると契約したが、これまで我が王国のために尽くした女官や護衛の者たちを見捨て、母と僕の二人だけ助かるなんて出来ない」
「大叔母さんが言っていたお客様って、外国のお姫様と王子様なの?
しかも……クーデター絡みで国外脱出なんて、もしかて密入国?
まさか国際問題に発展するなんてことに!!
それなら一緒に逃げて来た護衛の人やメイドさんも、この別荘でかくまう必要があるわね」
大叔母さんは海外に知人友人が多く、王族や大統領と親交があったとしても不思議ではない人だ。
どうやら男の子は外国の王族で、国にクーデターが起こり大叔母さんを頼って着の身着のままニホンの妖精森まで来たという。
「カンリニン、僕の名前はボウヤではない。蒼臣国 第一王子ルーファスだ」
さっきの蛇ショックから立ち直った王子は、応接室のソファーにふんぞり返ってカナを見上げる。
「それではルーファス王子さま。
メイドさんや護衛の人も別荘に入れてあげる。
ただし条件があるわ。王子さまは私の言うことを聞いて、仕事を手伝いなさい」
別荘の滞在者が増えるのなら、カナの仕事も増える。
それならこの生意気な男の子にも仕事を与え、社会勉強させようと思った。
しかしカナの言葉に王子は顔をこわばらせ、それから神妙な面持ちで返事をした。
「では……第一王子の僕が大魔女と下僕契約をすれば、他の者たちを妖精森に入ることを許可するのだな」
「ちょっと待って、下僕契約ってそれじゃ人身売買じゃない。話が大げさすぎるわ!!
例えるなら私は親方で王子さまは弟子の立場よ。弟子は親方の手伝いをするの」
「なるほど、下僕契約をしなくても良いなら、僕はカンリニンの弟子になってやる。
お前の事を、今からオヤカタと呼ぼう」
やはり偉そうで生意気な口調の王子に、カナは諦め顔で口元に苦笑いを浮かべた。
親方のカナと弟子の王子は、廊下奥の開かずの間の前に立つ。
カナが鍵穴に潤滑剤スプレーをするのを、王子はとても珍しそうに見ていた。
「鍵は開いたけどドアが重たい。
これは嫌な予感がする……。王子さまはドアから離れて」
カチャリ、ドサッ、ドサドサッーー
物置と化した客室の扉を開くと、中に詰め込まれていた荷物が音をたてて廊下に崩れ落ちる。
箱の一番上に乗せられていた雑誌の束が落ちた拍子にバラけて散らばり、部屋の中には段ボールや衣装ケースが積み上げられ足の踏み場もない状態だ。
客室をガラクタ部屋にした当事者のカナは、一度に150キロまで運べる運搬用台車を準備していていた。
廊下から玄関ホールの扉を開け放ち、外の段差は板でスロープを作り、一直線に外へ荷物を運び出せるようにセッティングしてある。
「この台車にガラクタを、ウッ重い、少しづつ荷物を載せようか」
「オヤカタ、これの動物の置物は大魔女の呪術道具か?」
そういって王子が手にしたのは、北海道土産の鮭をくわえた木彫りの熊や、沖縄土産のシーサーの置物。さらに髪の毛が逆立ったリカちゃん人形が箱いっぱいに詰められていた。
「キャアー懐かしい、このお人形は誕生日プレゼントでもらったのよ。
はっ、だめだめ、思い出に浸る暇はない。ガラクタは全部外に出すの」
「これは何だオヤカタ、剣の形をしたランプか?
振るとブンブン音が出て唸っているが、どうやって使うんだ?
それに奇妙な鳥の形をしたカラクリは、ガチャガチャ、ウワッ形が変わった」
半透明の衣装ケースの中から、テレビ戦隊ヒーローのオモチャを見つけた王子は、右手にライトセーバーもどきと左手に合体ロボを持ち、好奇心で瞳をキラキラと輝かせている。
「オモチャの遊び方は後で教えてあげるから、今は中身を出さないで。
しまった、ただのガラクタだと侮っていたけど、こんなに誘惑の多いブツが潜んでいるとは思わなかった」
異国の王子にとって、マンガアニメ大国ニホンのオモチャで埋め尽くされた部屋は心躍る宝物庫だ。
それでも王子は途中までカナの手伝いをしたが、箱にモンスターのイラストが描かれたカードゲームを見つけてしまい、ついに誘惑に負けて遊びだす。
「もう、仕方ないなぁ。ココのガラクタ部屋はワタシが散らかしたモノだし、一人で何とかしよう。
でもこんなに働いているのに不思議と全然疲れない。
荷物も思ったより軽いし、気合いを入れて一気に部屋を片づけてしまおう」
それから一時間、カナはひたすら荷物を外に出して、ようやくガラクタ部屋の床が見えるようになった。
やはり他の部屋と比べると壁紙は所々はがれ、床はきしんで痛みが大きい。
部屋の中をざっと見回した彼女は、廊下でカードゲームを広げている王子に声をかける。
「王子さま、そのカードゲームもオモチャの合体ロボも貰っていいから、少し手伝ってちょうだい。部屋の寸法を正確に計らなくちゃいけないの」
カナは5Mメジャーを取り出して部屋の四隅の寸法を測り出す。
「よくよく考えてみれば、管理人バイト代の半分は別荘のメンテナンス費用かもしれない。
でもワタシは日曜大工(DIY)が趣味だし、部屋をリフォームする材料選びも楽しいわ」
ブティックで今年流行のワンピをチェックするより、ホームセンターで流行資材をチェックし、工具の性能を確かめる方が大好きな彼女は、ガテン系DIY乙女だった。
薄汚れた部屋の中で楽しそうに作業するカナの姿を、白銀の髪の小さなルーファス王子は不思議そうに眺めていた。