その32
ガラクタの散乱した広場の後かたづけに追われていた大人たちは、ルーファス王子が別荘を抜け出した事に気付かなかった。
慌てて全員で茂みの中を懸命に探したが、王子の姿はどこにもいない。
クーデター主犯の宰相にルーファス王子がさらわれるという最悪の事態になった。
「申し訳ございませんエレーナ姫さま。私が王子様から目を放したばかりに、こんな事になってしまいました」
「いいえ侍女長に責はありません。ルーファスは貴女の言いつけを破って、自分勝手に外へ出たのです。
私も同じ建物の中にいながら、王子が抜け出したことに全く気が付きませんでした。どうやらあの子は、自分の守護獣を置いていったようです」
子供部屋の中を見回したエレーナ姫は、床に細い銀の鎖が落ちているのを見つけた。
夜中に異界の獅子と向かい合った時王子は手首から守護白蛇を外して、すっかりその事を忘れてしまったのだ。
エレーナ姫は細い鎖を手に取ると、自らの魔力をそそぎ込む。
ルーファス王子の小さな蛇は、水晶の鱗を持つ半透明の美しい蛇に変化する。
「さぁ、妖精族の眷属である白銀の蛇よ、我が息子ルーファスのいる場所まで案内しなさい」
水晶の蛇はエレーナ姫の手からするりと離れ、床を這って部屋の外に出る。ルーファス王子の見えない足跡をたどるように玄関ホールまで進んだところで、急に動きをとめた。
ちょうどその時、外でルーファス王子を探していたカナとアシュが夏別荘に戻ってきた。
守護蛇はカナと玄関ホールで鉢合わせする。
「あーっ、家の中に蛇がいる!!こいつ、どこから入り込んだの」
高位の守護獅子に立ち向かった守護蛇は震え上がる。
この茶色い髪の魔女は、一度守護蛇を車輪の魔物で踏んづけて蹴飛ばし、頭をかち割ろうとした。守護蛇は魔女から必死で逃げて、ニール少年に助け出されるまで泥の中に潜んでいたのだ。
カナを見た途端、水晶の蛇は殺されかけた恐怖を思い出し、猛スピードで外に逃げ出していった。
「この辺に住む蛇は毒を持っていて、噛まれると手足が腫れて大変なの。
お客様へ危険を及ぼす害獣は、すべてワタシが処分する!!」
「カナさま違います、あれは毒蛇ではありません。ルーファス王子さまの守護聖霊です」
天敵を見つけたカナに、アシュの制止の声は耳に届かない。
カナは玄関に置いた工具箱入りリュックを背負うと、手にバールを持つ。
子供の頃から妖精森の中を駆けずり回り、動物を追跡するのが得意だったカナは、足の速いアシュですら追いつけない猛スピードで逃げた蛇を追いかける。
「あれは獲物を屠る狩人の眼。
守護聖霊すら恐れをなして逃げ出すとは、魔女カナさまはとんでもないお方だ」
普段は乙女チックなレースの服を好んで着るカナだが、今日は大きめの鋲で靴紐をしっかり留めたスパイク付きの作業ブーツに、泥はね防止にフード付きの黒いカッパを羽織っていた。
右手に握りしめた赤いバールは呪杖に、風にあおられて広がるカッパは黒い羽根のように見える。
今のカナは伝説の魔女そのものだ。
必死に逃げる守護蛇とカナの後ろから、アシュは倒木とガラクタが散らばった遊歩道を駆けのぼる。
そして気が付くと、いつの間にかツリーハウスのある山頂にたどりついた。
***
妖精森に忍び込んだ宰相は、人が歩く道を避けながら茂みの中に隠れ潜む。全身泥だらけの宰相は、それが保護色となり森の木々にうまく紛れた。
そして森の奥を目指して進んでいると、茂みの中で白い卵を夢中で拾う子供の姿を見つける。
「獲物が勝手にコチラに現れるとは、俺にも運が向いてきたな」
ルーファス王子は間近まで迫る宰相に全く気が付かない。
宰相は手にした杖を握りしめると気配を消して子供の背後に回り、そして振り下ろす。
子供はゆっくりと地面に倒れた。
獲物が意識を失ったことを確認すると、自分の証である宰相の杖と王子の靴を離れた場所に投げ捨てる。
遠くでルーファス王子を探す声が聞こえる。
宰相は沸き上がる笑声をこらえながら、王子を脇に抱えその場から遠ざかっていった。
突然意識を失い、そして頭の鈍痛で目を覚ましたルーファス王子は、自分がぬかるんだ泥の上に倒れていることに気が付く。
後ろに回された両手が動かない。
「気が付いたか。お久しぶりですなぁ、ルーファス王子さま」
この聞き取りにくい、くぐもった声には聞き覚えがある。
そして目の前には自分と同じように全身泥で汚れ、長いヒゲにも泥がこびりついた年老いた男がいた。
「宰相、おまえがどうしてここに居る!!」
台風が通り過ぎて荒れた森の中を一別した宰相は、地面に転がる王子を見た。
「妖精森は楽園のように花が咲き乱れ、甘く瑞々しい果物が実る場所だと噂されていたが、話と全く違うぞ。
こんな地獄のような大魔女の住みかで、王子さまはどんな暮らしをしているんだ?」
賢い王子はその言葉で、宰相はまだ夏別荘に近づいていないと知る。
そしてルーファス王子は、宰相の手に掛かるなら死を選ぶと言った母親のいる夏別荘に、絶対にこの男を近づけないと決心した。
ツリーハウスに大魔女が住んでいると思わせて、そこに宰相をおびき寄せるのだ。
「僕は山の頂上に立つ大魔女の家に住んでいる。大魔女の奴隷にさせられたんだ。
仕事を言いつけられ、失敗すると魔法の杖で叩かれる」
王子は嘘をつき、自転車練習で擦り傷だらけの自分の手足を宰相に見せた。
宰相は王子の手足の傷に驚き、そして白いヒゲを撫でながら口角をつり上げて笑った。
「一国の王子様を奴隷扱いするとは、大魔女は情け容赦ないな。
それなら俺が大魔女を倒せば、王子の奴隷契約は大魔女から俺に移動する。
立てルーファス王子、俺を大魔女の住む場所に案内しろ」
ルーファス王子の嘘にまんまと騙された宰相は、ぬかるんだ上り坂に足を取られながら、夏別荘と反対方向の妖精森の山頂に向かう。
台風の影響をモロに受けた山頂付近は、草も木もなぎ倒され一本の巨木だけがそびえ立つ。
そして山頂に到着したルーファス王子は、その光景に驚く。
ツリーハウスのある巨木の周囲に、迷路のように鉄柵が張り巡らされている。
ギューン、キリキリ、キィイーン
突然背筋の凍るような、甲高く鋭い魔物の絶叫が聞こえた。
宰相はこれまで聞いた事のない、全身が総毛立つような不気味な音に両耳をふさぎ踞る。
しかしルーファス王子は顔を上げ、そして鉄柵の向こう側にいる人物の姿を見た。
黒いマントを羽織り仮面で顔を覆った魔女が、腕から生えた魔導カラクリの牙を操って鉄柵を噛み砕いていた。
***
「うわっ、裏山のゴルフ場から飛んできたフェンスがツリーハウスの周囲に散らかっている。あっ、蛇がフェンスの下に潜った」
ツリーハウスのある山頂付近も、台風で飛ばされたゴルフ場のガラクタが散乱する。
それにしてもこれはヒドイ。フェンスは巨木に絡まって地上に落ちたようで、よじれて折れ曲がり巨大迷路状態になっている。
「カナさま、この幾重にも張り巡らされた鉄柵は、罪人を捕らえる檻なのですね。
これほど巨大で強固な檻を見たことはありません」
魔女カナは、どうやってこの檻を作ったのだろう。
鉄の棒を交差させて編み上げた鉄柵は網目が狭く、細い蛇しか通り抜けることができない。
カナとアシュが突然現れた鉄柵の迷路に気を取られている間に、蛇はするりとフェンスをくぐり向こう側に逃げた。
そしてとぐろを巻き鎌首をもたげて、フェンスの反対側にいるカナを威嚇する。
「カナさま、あの蛇は私たちをルーファス王子の元へ導いているのです。
見失ってはなりません、早く後を追わなくては!!」
アシュはフェンスの金網に腕を突っ込んで蛇を捕えようとしたが、手首までしか入らない。急いでナイフを取り出し網目を広げようとするが、堅い金網はナイフの刃をボロボロにした。
「そうねアシュさん、ここまで追いつめたんだから、絶対に捕まえてやる。
フェンスを十字に切ってバールで広げれば、中に入る穴ができるわ。
切った金属片が飛んできたら危ないから、アシュさん後ろに下がって」
カナはそういうと工具箱から電動ノコギリを取り出し、刃先を鉄鋼用ブレードに替えて防護マスクとゴーグルをした。
カナがトリガーを引くと、電動ノコギリの鋭い刃先が動き出す。金網に触れた部分から一瞬火花が散り、金属同士が激しくこすれる鋭い音が響く。
そしてアシュのナイフをダメにした堅い金網を、魔女カナの魔導カラクリの牙はいとも簡単に噛みちぎった。
高貴な守護聖霊は、黒衣のマントを身にまとい仮面をかぶった魔女が、金網をこじあけて追ってくるのを見た。
魔女の持つ折れ曲がった赤鉄の杖は、膨大な魔力を宿している。あの杖に突かれたら、どんなに力を持つ聖獣や魔獣も一瞬で命を散らすだろう。
守護蛇は鉄柵を潜り抜けよじ登り、禍々しい気を放ちながらせまる追手から逃げながら、必死で主の姿を探しだす。
そして両耳をふさぎ踞る宰相の隣に、両手を縛られたルーファス王子を見つけた。
次回 魔女カナVS悪者宰相
この話、れ、恋愛ジャンル?




