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その30

 「あれ、今カエルが潰れてたような変な声が聞こえたけど?」


 夏別荘の子供部屋でルーファス王子とオセロゲーム中のカナは、眠気まなこを擦りながら不思議そうにつぶやいた。

 雨戸を降ろした窓に目にやるが、唸る暴風と木々が軋み音が聞こえるだけで、夏別荘は風雨に耐えている。

 天気予報によると、上陸した台風が通り過ぎるのは明日の昼前。

 妖精森管理人のカナには、台風一過後の片づけが待っているはずだ。


「さてと、明日に備えて夜更かしはやめてもう寝よう。私は子供部屋で休ませてもらうわ」

「オヤカタ。僕の二段ベッドの上は魔法道具オモチャ置き場になって眠る場所はないぞ。

 もしかして床に寝るのか?」


 王子の子供部屋は六畳の広さに二段ベッドとソファーと本棚が置かれていて、カナが横になるスペースは固いフローリングの床だけだ。

 普段は柔道場で寝泊まりしている男性陣も夏別荘に避難してるので、メイド三人にエレーナ姫とルーファス王子、それにカナとニール少年を加えて計九名の大所帯になっていた。

 普段カナは応接室ソファーを借りるが、応接室は護衛の彼らが使用している。カナは王子の部屋で休むことになった。


「ふふっ、ちゃんと寝袋は持参してるし、実はこのソファー、なんとベッドになる仕掛けなの」


 そういうとカナは腰掛けていたソファーの後ろの留め具を外し、背もたれと肘掛けを倒した。

「おうっ」とルーファス王子は思わず声を上げる。

 子供部屋に置かれていたのはセミダブルのソファーベッドで、王子には魔女カナがソファーをベッドに変身させたように見えた。


「す、すごいぞ、オヤカタの魔法でソファーがベッドになった」

「急なお泊まりにも対応できるように、ソファーベッドにしてよかったぁ。

 背の高いアシュさんがこのベッドで寝たら足がはみ出るけど、私ならちょっと広すぎるくらいでゆったり眠れる」


 カナはソファーベッドの上に寝袋を置くと、ミノムシのようにゴロゴロ転がりながら寝心地を確かめる。その様子に王子は興味津々だ。


「オヤカタ、その寝袋の中はどうなっているんだ?僕にも見せてくれ」


 楽しそうにゴロゴロしているカナを見て、王子は自分も寝袋の中に入ってみたいとおねだりする。

 カナは寝袋をゆずると、王子は大喜びで中に潜り込んだ。

 しかし小柄な王子に大人Sサイズの寝袋は大きすぎて、カナのように上手く転がることが出来なかった。

 そして寝袋の中は微かに温もりの残っていて、ルーファス王子は不思議な気分に首を傾げる。


 なんだろう、オヤカタのイイ匂いがする。

 ルーファス王子はその事に気付いたとたん、自分の頬が熱くなるのを感じた。

 普段カナの髪から漂う、甘く爽やかな花の香り(シャンプー)に包まれドキドキして、慌てて寝袋の中から顔を出す。

 そこで王子は、目の前にカナのアップと対面して驚く。

 睡魔に負けたカナは、ベッドの端に腰かけたまま上半身を横に倒し眠ってしまっていた。

 普段は好奇心に満ちた大きな瞳は伏せられ、茶色い波打つ柔らかな髪にホホも唇もぷっくりとして健康的な桃色。

 改めてじっくりとカナを見た王子は、女の子が持っている着せ替え人形のような顔をしていると思った。


「ああビックリした。オヤカタ、もう寝てしまったのか。この寝袋はどうするんだ?」


 子供の王子では、自分より大きなカナを寝袋の中に入れることは出来ない。仕方がないので、カナの靴を脱がせて足を抱えベッドにのせる。

 カナの体はソファーベットの手前で寝返りを打てば下に落ちてしまうので、背中を押して転がしベッド中央まで移動させた。

 相変わらず外は嵐で、どこからかすきま風が部屋の中に入って来て少し肌寒い。

 王子は自分の夏毛布をカナにかけると、自分は二段ベッドで寝袋にくるまって寝ようとした。


 ふと、風の音が激しくなり部屋中がガタガタ揺れた。

 いや、違う。子供部屋の壁の向こう側から、圧倒的な気配を漂わせ黄金色に輝く美しいたてがみを持つ守護聖獣が現れようとしている。

 壁の中から歩み出てきた獅子は、ゆっくりと部屋を横切りルーファス王子の前を通り過ぎて……。


『ごろごろ、ぐるぉん♪グるるグるる〜〜』

「あーっ、お前オヤカタが眠っているのを良いことに、すり寄って甘えようとしているな!!」


 半透明の守護獣はソファーベッドに上ると熟睡しているカナの隣に座り、そして眼光するどく王子を威嚇する。

 むにゃむにゃと寝言を言うカナの顔をなめる獅子の姿をした聖獣に、ルーファス王子は我を忘れて飛びかかった。


「このぉ異界の聖獣め、僕のオヤカタから離れ、うわぁっ!!」


 半透明で実体を持たないはずの獅子は、圧倒的な気の固まりで王子を払いのける。

 まるで突風のような気配に弾き飛ばされた王子は、床にしりもちを付きそのまま後ろに転がった。

 一瞬だけ獅子の燃えるような赤い瞳が王子を見たが、すぐに興味を失うと再びカナにじゃれている。

 悔しさで唇をかみしめる王子が手首に触れると、自分の守護獣である白蛇の鎖が小刻みに震えた。


「お前、あの獅子が怖いのか。

 僕も怖いけど、だけどオヤカタの隣にいるのはこの僕だ。

 アイツのたてがみを引っこ抜いて退かしてやる!!」


 ルーファス王子は怯える銀の鎖を外すと、もう一度ソファーベッドに寝そべっている獅子に挑む。

 近づく者を拒む圧倒的な気配に押し返されながら、後ずさりしそうな自分の足を奮い立たせ、腕を伸ばして半透明の獅子のたてがみに触れた。

 それまで小さな子供に全く関心を示さなかった守護聖獣は、ゆっくりと頭を起こすと初めて不機嫌そうなうなり声を上げる。

 ルーファス王子は前に一度、恐怖心から召喚に失敗したが、今度こそ異界の聖獣を使役する。


 眠れる獅子よ

 偽りの平原から

 うつつの闇夜へ招かれよ


 圧倒的な存在感で睨みつける高位の守護獅子にルーファス王子は気圧されまいと顔を上げ、しっかりと獅子のたてがみを掴む。


「やった、今度こそ守護獅子を服従させたぞ!!」


 しかし王子がどんなにたてがみを引っ張っても獅子はまったく動かない。それどころが、力一杯たてがみを引っ張る子供を退屈そうに眺め大あくびをした。


「オヤカタの隣から退け、動け動けっ」


 いくら命令しても聖獣に無視されて、ルーファス王子の張り詰めた気力は尽きそうになる。

 必死にたてがみを掴む指先の力が抜けてくる。


「悔しい、コイツは僕が弱いから相手にしないんだ。

 オヤカタはケルベロスやミノタウロスを使役できるのに、まだ僕には聖獣を使役する力がない」

 

 その時、突然獅子の体が跳ね苦痛の咆吼を上げた。

 驚いた王子の目に飛び込んできたのは、獅子の後ろ足首に絡まる銀の鎖。妖精族の守護獣である小さな白蛇が獅子の足に噛みついていた。

 祖先返りの魔力を持つルーファス王子は小さな白蛇に自分の力を注ぐ。

 子供の指のように細い白蛇は、与えられた魔力を吸収して瞬く間に巨大化し、剛腕族の腕のように太くなった胴体で獅子を締めあげ、もう一度鋭利な牙で噛みついた。

 その瞬間、激しい落雷が響き夏別荘を揺り動かす。




「ふわっ、どこかに雷がおちた?」


 突然の落雷の音に飛び起きたカナは、我にかえると周りを見回した。

 いつのまにか寝てしまったのか、ここは夏別荘の子供部屋だ。

 そしてソファーベッドで眠っていた自分の隣に、小さな温かい気配を感じる。

 部屋の暗さに目が慣れると、寝袋にくるまった王子が自分の横で寝息を立てているのが見えた。

 暗闇の中、白銀の髪と真っ白な素肌が内側から輝いているような、天使のように綺麗で可愛い子供。

 少し髪が乱れて寝汗をかいているルーファス王子の額の汗を、カナは自分のパジャマの袖で拭った。


 寝る前より少し風の音や弱くなってきた。

 もしかしたら台風は明け方には過ぎ去っているかもしれない。

 カナはしばらく綺麗な王子の顔を眺めていたが、再び深い眠りに誘われた。



 ***



 暴風に吹き飛ばされて木端微塵になった青い自転車の側に、ボロボロの黒い布切れが絡まった細い枯れ木が立っていた。

 いや、それは枯れ木ではなく痩せた骸骨のような人間だ。

 宰相という高位な身分の器には、多少の怪我でもすぐ癒える魔法が施されていた。

 暴風に吹き飛ばされ岩に身体を叩き付けられ、根こそぎ倒された巨木の下敷きなり、雷に打たれても気を失うことはできず、すさまじい暴風の中で生き地獄を味わった。

 宰相は禍々しく狂気に満ちた目で、台風一過の晴れ渡った空を仰ぐ。


「ゆ、許さんぞ、始祖の大魔女。本気でこの俺を殺そうとしたな。

 だが俺は生き残った。ふははっ、大魔女の呪いに打ち勝った。

 待っていろよ、大魔女にエレーナ姫。この礼は倍にして返してやる」

◆次回予告

倍返しだ!!BY宰相

さらにその倍返しだ!!BY魔女カナ

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