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その3

 別荘のドアは流線型デザインの施されたアイアン製で、中は広い玄関ホールになっている。

 カナは外国式で土足のまま建物の中に入った。

 玄関ホールにはステンドグラスのはめられた二つの扉が並び、床は黄色がかった象牙色と微かに色違いの白タイルが敷かれている。


 ひとつ目のドアを開くと、その先は大きな暖炉のある応接室に続き、備え付けの家具には汚れ除けの布が被せられていた。

 カナはその布を一枚ずつ剥いでゆく。

 中から現れたのはロマンチックなデザインの白い猫足テーブルに、色鮮やかな花柄の生地が張られた肘掛椅子。

 天井からシンプルなデザインのシャンデリアが垂れ下がり、深みのある色のマホガニーキャビネットにはアンテークな花柄ランプが飾られている。

 そして応接室の中央に鎮座しているのは、三人掛けの革張りのソファーだった。

 子供の頃、夏休みに遊びに来たカナたち悪ガキがソファーをトランポリンに見立てて、跳ねて遊んでいたのをよく大叔母さんに怒られた。

 それからしばらくして偶然ネットで同じソファーが新車と変わらない値段で売られていたのを知り、心底驚いた事があった。

 カナは子供の頃の夏休みにタイムスリップしたような、そしてモノの価値を知らない子供って恐ろしいなと、複雑な感情の入り混じった気持ちになる。


「この部屋は、天井も壁も破損なし。

 空気を入れ換えて、お掃除してカーテンを新しいのに取り替えればいいよね」


 夏別荘の応接室には、テレビなどの家電製品がない。

 妖精森は電波も届かないド田舎で、個人所有の山と森には送電線が来ていないのだ。

 別荘地内で自家発電しているが、電気を使用できるのは必要最小限の照明と、生活する上で必要な調理器具と洗濯機だけ。


「スマホは車でも充電できるからいいけど、電動工具が使えないのよね。

 高圧洗浄機が使えれば、お掃除も楽なんだけど」


 カナはそう呟きながら、応接室の隣のキッチンを覗く。

 海外ドラマに出てくるような白いタイル張りのシンクに花模様の彫り込まれた木目扉の調理台。

 壁一面天井まで大きな食器棚が備え付けられていて、中に納められた食器は大叔母さん自慢のコレクション皿が並んでいる。


「あれ、このお皿、今洗ったみたいにピカピカ?

 大型冷蔵庫の中身は……空っぽだ。

 そういえば明日、雑貨屋のコンおじさんが食材を補充してくれるって言っていたよね。

 コンおじさんと会うのも久しぶり、楽しみだな」


 雑貨屋のコンおじさんは、妖精森すぐ側の国道沿いで「テツコン雑貨店」を営んでいる店主で、実は大叔母さんのBFだ。カナがDIY好きになったのもコンおじさんの影響が大きい。




 カナは応接室と台所のチェックを済ませ、二つ並ぶステンドグラスの扉の反対側を開く。

 廊下には緑の絨毯が敷き詰められ、その先に部屋が三つ並んでいる。

 手前が大叔母さんの部屋、奥の二つが来客用、というより夏休みの子供部屋。

 白を基調にした大叔母さんの部屋は、丁寧に使われた家具と調度品が並び、壁の汚れも無く綺麗な状態だ。


「問題は、ガラクタだらけの子供部屋かぁ。

 私も散々汚して中が物置状態だから、それを何とかしなくちゃ。

 まずは、部屋の荷物をいったん全部外に運び出そう」


 カナは覚悟を決めて大叔母さんから預かったカギを鍵穴に差し込むが、固くてカギが回らない。

 そこは予想通り、開かずの間になっているのだ。


「もうっ、コノ部屋は何年閉めっぱなしにしているの?

 これじゃ鍵穴がバカになる。車に戻って潤滑剤スプレーを取ってこないと」


 カナは建物の外に出ると折りたたみ自転車にまたがり、妖精森の入り口に停めた車に道具を取りに戻る事にした。



 ***



 僅かに欠けた明るい月が、荒れ野と妖精森を照らす。

 妖精森の中へと続く細い石畳の道を、白銀の髪の少年は必死に駆けている。

 しかし森に近づくにつれて少年の背に見えない何かが伸しかかり、まるで地面が揺れているかのように足を取られ、その場で何度もひっくり返る。


「このっ、妖精森の入口は目の前なのに、どうしてたどり着けないんだ!!」

 

 巨大な二つの岩が門のようにそびえ立つ森の入り口が見えるというのに、平坦な道はまるで険しい崖を登っているような錯覚を起こす。

 這うように地面にしがみつきながら、ルーファス王子は王宮から母親と数少ない従者たちと、この辺境まで逃げ落ちてきた道のりを思い返す。

 焼け落ちる館の中で、毎朝自分を起こしに来る女官の悲鳴を聞いた。

 逃げる荷馬車を追う黒装束の男たちに立ち向かい、先に行けと告げたまま帰ってこない騎士たち。

 命懸けで自分たちを守ってくれた家臣を残して、母親と二人だけ森の中で生き延びるなんてできない。

 

 王子は歯を食いしばり、地面を這いながら少しずつ前進する。

 妖精森の入り口はもうすぐだ。

 しかしついに見えない結界は王子をカエルのように押しつぶし、前に進むことも後に戻ることも、頭を上げることも出来なくなった。

 妖精族の祖先還りといわれるほど圧倒的な魔力を持つルーファス王子も、始祖の大魔女の前では惨めに地面に這いつくばっている。


「このぉ、妖精森の大魔女め。森を開けろ、姿を見せろっ!!」


 すると、妖精森の入口から薄気味悪い女の歌声と、ギシギシギイギイと何かが軋むような不気味な金属音が近づいてきた。

 そして次の瞬間、ルーファス王子はこれまで聞いたことのない甲高い獣のカナキリ音を聞く。



 


 カナの自転車は、白い石畳の道をかなりのスピードで走る。

 妖精森入り口の大きな石壁の上を木々の葉が埋め尽くし、まるで森の外にでるトンネルのようだ。

 自転車は中央に並ぶ石の間をすり抜けて、車を停めている外の広場に出るはずだったが……。

 妖精森入り口の向こう側に、誰かが倒れているのを見つけた。


 キッ、キキキィイーーー

 かなりのスピードで走っていた自転車が急ブレーキをかける。

 地面にうつ伏せになっている子供の手前、ギリギリ十数センチの所で自転車は止まった。

 危機一髪、危うく曳いてしまうところだ。


「ええっ、どうしてこんな場所に子供が倒れているの?

 しかも髪が銀色の外人さん。

 ちょっと坊や大丈夫、どこか怪我をしているの!!」


 銀色の髪に細身でとても色が白い、八歳ぐらいの男の子だ。

 それよりも少年の着ているものは、白い長袖のシャツに紺のベスト、革ズボンにブーツ。

 どう見ても夏服ではない。

 倒れた少年は派手に転んだのかシャツの肘が破れている。しかし怪我は擦り傷程度だ。


「怪我は大したことないけど、ここで倒れていたら日射病になっちゃう。

 早く木陰に連れていかないと」


 小柄なカナは倒れた少年を背負い、石壁のトンネルをくぐり妖精森の中に運んだ。

 持っていたペットボトルの麦茶でタオルを湿らせて、少年の額に乗せる。

 シャツの襟元をくつろげ暑そうな紺のベストを脱がせようとして、ベストの前を閉じてる飾り紐を解くのに時間がかかった。

 

「今日の最高気温三十一度だったよね。

 どうしてこんな暑苦しい服装をしているの?

 よっぽどクーラーをガンガンに効かせた場所か、北欧か季節が逆の南半球から来たとか。

 もしかして夏別荘のお客様は外国の方?」


 その時少年が小さく唸り声をあげ、額にのせたタオルがズレ落ちる。

 カナはタオルに手を伸ばすと、少年は大きく身動きして瞼を開き、意識を取り戻した。


「ああ良かった、目が覚めた。

 坊や大丈夫?どこも痛いところはない」

「ココは……ドコ。お前は、誰だ!!

 僕は妖精森の、大魔女に、会いに来たんだ」

「えっ、ここは妖精森よ。

 大叔母さんに会いに来たって、やっぱり坊やは夏別荘のお客様なのね。

 お客様は母子二人だって聞いていたけど、お母さんも一緒に来たんじゃないの?」


 少年の疲れた様子からすると、どうやら別荘を探しているうちに道に迷い、長い時間田舎道を歩き回っていたのだろう。

 しかし母親の事を尋ねると少年は眉を寄せる。

 もしかしてこの子は、親に無断で夏別荘を探しに来たのかもしれない。


「お前、大魔女を知っているのか。

 それなら僕を、始祖の大魔女の所へ連れて行け!!」


 あれ、この子ちゃんと日本語を話している。

 それにしても助けてあげたのにお礼も言わず、命令口調でとても生意気ね。


「坊や知らないの、大叔母さんはココ妖精森には居ないよ。

 大叔母さんは南の島に、バカンスに出かけているの」

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