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その29

 深い緑に包まれた妖精森の上空に、まるで巨大な蛇がトグロを巻いているような黒い渦巻き雲が現れる。

 そして黒雲の中を無数の稲光が走り、そこから生まれた雷の矢がクーデター軍の上に降り注ぐ。


「ひぃい、なんでこの雷は俺たちを狙って落ちるんだぁ!!」

「始祖の大魔女が雷を操って、俺たちを皆殺しにしようとしている」

「チクショウ、宰相に騙された。早く逃げろぉ、このままじゃ大魔女の生贄にされちまうぞ!!」


 落雷のすさまじい爆音と何かが焦げた異臭。

 パニックに陥った兵士はその場で金属製の武器を投げ捨て、鉄の鎧も脱ぎ捨てる。

 泥でぬかるんだ地面をカエルのように這いながら、一刻も早く妖精森から離れようと我先に逃げ出した。

 そんな状況でも武装を解かない者たちは、逃亡兵と村人の混じった姫軍と向かい合う。


「貴様ら何をしている、我々の人数の方が圧倒的に多いではないか!!

 敵一人に二人、いや三人四人がかりで挑めば、簡単に倒せるぞ」


 陣形の整わないクーデター軍に対して、ウィリス隊長率いる姫軍は木の盾をずらりと並べ整然と隊列を組んでいる。


「たかが人間ごとき、それもやせ衰えた雑兵じゃないか。

 この俺を倒すというなら、百人がかりで挑むんだなぁぁあ!!」


 姫と王子を守るという戒めから解かれて豪腕族狂戦士の本性を露わにしたウィルス隊長に、仲間の兵士や村人は気合い充分で敵陣地に突入する。

 そして大暴れする男を援護するかのように雷が立て続けに降り注いだ。

 もはや敵は総崩れ状態、ウィリスは自分の顔を見ると慌てて逃げ出す一人の兵士に目を付け、周りにいた敵を薙ぎ払い追いついて捕えた。


「おい、貴様の顔には見覚えがある。

 俺たちを裏切り、領主にエレーナ姫と王子を売ったロクデナシめ!!

 ここでその首をへし折ってやりたいが……命が惜しければ俺の質問に答えろ!!」


 隊長は金剛石の雫のドーピング効果で、筋肉そのものが鎧のように変化して躰が一回り大きくなり、まさに鬼神そのものの姿になっていた。

 片腕で裏切り者の元部下の首を締め上げると、頭に先端が大きく尖った兜を乗せて高々と頭上に持ち上げる。

 周囲に稲光が走り、今にも裏切り者の兜の上に雷が落ちて来そうだ。


「ひぃいいぃ、雷に打たれて焦げ死ぬのはイヤだぁ!!

 ゆ、許して下さいぃ、言います言います。宰相の居場所は……」




 隣領主の館の応接室には様々な果物が並んでいた。

 特に【金剛石の雫】と呼ばれる瑞々しい白桃は周囲に濃厚な甘い香りを放つ。

 

「お前たちの領主が呼び寄せたクーデター軍が、私の領地に居座って大変迷惑しているんだ。

 だがそれは、ビジネスとは関係ない話。

 私は都への販路と流通ルートを持っている。この白桃を高値で仕入れてやろう」


 村の若夫婦が、隣領主の館に【金剛石の雫】を売りに来ていた。

 始祖の大魔女に呪われた貧しい領地を出て、豊かな隣領地に収穫物を売りに来たという。

 隣領主はやっかいなクーデター軍が出て行ったと同時に、【金剛石の雫】の価値を知らず安値で売るバカな村人に笑いが止まらない。

 銅貨一枚の値段で仕入れた【金剛石の雫】は、金貨五枚以上で売れるのだ。

 言い値の倍で売れたと喜ぶ夫の隣で、隣領主に深々と頭を下げる農夫の妻に目が止まる。

 薄汚れたエプロンにぼさぼさの茶色い髪をしているが、背が高く整った顔立ちは妖精族の血が混じった美しい女。こんなイイ女が、辺境のド田舎で農婦をしているとは驚きだ。


「この白桃はもっと金を出すだけの価値がありそうだ。私の部下に馬車に積んだ残りの白桃を見せてくれ。

 ああ、ご婦人はここで休まれて下さい。今菓子と飲み物を用意させましょう」


 隣領主は農婦の夫に金の入った袋を手渡し、隣に控えていた家来に合図をして外に連れ出させる。

 そして応接室の扉を閉め鍵をかけると、茶の用意されたテーブルの前で戸惑った表情の農夫の妻に近づき、いきなり女の腰を引いて抱き寄せた。


「お前のような美しい女が、あんな寂れた村に住んでいるとは知らなかった。

 恥ずかしがらずにその綺麗な顔を私に見せてくれ。おや、お前のその顔はどこかで……」


 隣領主に無理矢理抱き寄せられた農夫の妻は、男から逃れようと身をよじり抵抗する。

 伏せた顔を上げた彼女は口元に冷たい微笑みを浮かべると、領主の腕をねじり上げ脚を払い、自分より横幅のある男を軽々と押し倒す。

 そして素早い動きでスカートの中に隠し持っていた折りたたみの剣を取り出すと、美しく磨かれた鋭く細かいノコギリ歯を隣領主の首元に押しつけた。


「隣領主様お久しぶりです、私の顔をお忘れですか。

 貴男は何度かエレーナ姫様にイヤラシい色目を使っていましたが、どうやら隣に立つ私には気付かなかったのですね」

「なんだと、貴様っ。その声にその顔は、まさか姫の守護騎士のアシュ!!」

「もうすぐ国王軍がこの隣領地へ到着するでしょう。さぁ、国王様を迎える歓迎の準備をしなさい。

 そして王への忠誠の証に、裏切り者の宰相の首を献上するのです」


 農夫の妻に化けたアシュは、領主の首に押しつけたノコギリの歯に少し力を込めた。

 牙の食い込んだ皮膚からうっすらと血がにじむ。それは命令に従わなければ、お前の首を落とすと言っているのだ。


「ウ、ウワァ、やめてくれ。

 私は本当に、このクーデターに関しては宰相とは無関係だっ。

 クーデター軍そのものが皆の目を逸らすための囮で、ヤツはココにはいない。

 宰相はアルものを利用して、妖精森に潜り込んでいる」



 ***


 

 クーデター軍とウィリス隊長たちの衝突は、妖精森入口より離れた村に近い場所で起こっていた。

 そして逃げまどう大勢の兵士の中に、黒いローブをまとい杖を付く魔導師風の男がいた。黒いローブの男は、妖精森へと続く細い道を歩く。

 そこには始祖の大魔所の結界が張られ妖精森に近づく者を拒むのだが、黒ローブの男はあっさりと結界の中に入り込むと真っ直ぐ森の入口へと向かって進んでいった。

 

「グヒヒッ、妖精森を出入りするには二つの世界を行き来した強力な媒体が必要なのだ。

 ケルベロスの首に巻かれ、最後まで領主がその手から放さなかった戒めの縄こそ、二つの世界を行き来する鍵。

 さぁ、始祖の大魔女よ。次の王になる俺様を妖精森に向かい入れろ」


 黒ローブ姿の宰相は、ケルベロスの首に巻かれていた縄を自分の首に巻く。正気を失った領主から騙し取ってきた物は魔獣の首輪だった。


「ふぅ、嵐の中を歩いてきて、全身ずぶ濡れで寒いな。妖精森の中は花々が咲き乱れ甘い果物が実り、穏やかな気候の楽園だと聞く。早く中で温まりたいものだ。

 そうだ、エレーナ姫とルーファス王子を召使いにして、俺は薬園でほとぼりが冷めるまでのんびりと休息しても良いな」


 目の前に妖精森入口の二つの岩壁が見え、宰相は何にためらいもなく妖精森の中に足を踏み入れた。

 その途端、外よりも更に激しい雨風が宰相を襲った。


「雨が顔に打ち付けて目も開けられない。ぐわぁ、身体が吹き飛ばされるっ。

 外の嵐より酷い。なにが楽園だ、まるで地獄じゃないかぁ」


 身にまとっていた黒いローブがはためき、風を受けて細い宰相の身体が吹き飛ばされる。

 固い石畳に強く腰を打ち付けた宰相は大きな悲鳴を上げたが、その声は暴風の音にかき消された。

 そしてうねる風の中で、ギコギコギイィ――と鉄の牙を歯ぎしりするような不気味な魔物の金切り声がこちらに向かって来る。


「こ、この音はなんだ、地獄の魔犬は今ココにはいないハズ。

 車輪の魔物が俺に向かって、飛んでくる!!ウギャアアぁ」


 それはカナが妖精森入口に停めたまま、片付けるのを忘れた青い自転車だった。凄まじい暴風に飛ばされた自転車は宙を舞い、そして宰相の倒れている場所めがけて飛んでくる。

 石畳に腰を打ち付けて動けない宰相は、落ちてきた自転車の下敷きになり気を失う。

 そこは、ルーファス王子とウィリス隊長とニール少年が倒れていたのと同じ場所だった。



 ***



 「あれ、今カエルが潰れてたような変な声が聞こえたけど?」


 夏別荘の子供部屋でルーファス王子とオセロゲーム中のカナは、眠気まなこを擦りながら不思議そうにつぶやいた。

台風の時は、むやみに外へ出てはいけません。

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