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その28

「ーーさんを探しています。

 年齢は七十五歳、痩せ気味で背が高く、長い白髪頭に白髭を生やしています。一週間前から家を出たまま帰ってきません。

 ーーさんを見かけた方は、警察か消防、役所の福祉課へ連絡をーー」


 台風対策の準備をしていたカナは、妖精森前で広報車のアナウンスを聴いた。

 広報車が配るチラシが一枚、風に乗って車のフロントガラスに張り付き、カナはチラシを手にとりその内容を確認する


「身長百八十センチ体重五十五キロ、ものすごく痩せているのね。

 白髭が伸びて仙人のように長く、徘徊癖あり。

 行方不明のおじいちゃん、お孫さんに会いに出かけたまま帰ってこないんだ。

 本当にどこにいるのかな、きっと家族の人たちも心配しているわ」


 四日前に発生した弱い台風は、ノロノロと東シナ海を北上しオキナワをかすめるとニホン本土に上陸するコースをとった。妖精森のあるこの地域も、明日の明け方から暴風域に入りそうだ。


「夏別荘の修繕をして本当に良かった。

 別荘の雨漏りは直したし、外壁はコンおじさんが補強をしてくれたし、電動ノコギリで伸びすぎて危険な木の剪定もして台風対策はこれで大丈夫。

 それに非常食買い出しもバッチリ。ふふっ、台風って聞くとなんだかワクワクする!!」


 カナは大きなリュックを背負い、自転車の荷台に非常食の入った段ボールを乗せる。ちなみに段ボールの中身はカップめんとスナック菓子だ。

 管理人という立場上、台風対策のため今夜は夏別荘に待機する予定だ。

 雲の流れがはやい。時折風が強くなり、パラパラと小雨が降ってきた。


「台風そのものより、妖精森裏山のゴルフ場から色々なモノが飛んで来るから、台風が過ぎた後の片づけの方が大変よ」




 夏別荘の台所には、大量の果物が運び込まれている。

 台風の風で実った果物がダメになってしまうので、朝からメイドたちとニール少年、それにルーファス王子は森の果物を収穫した。

 妖精森の遊歩道脇に生えている野イチゴは普通より一回り大きく、スダチに似た柑橘類の酸っぱい香りが台所を満たしている。

 裏庭の柵に絡まるブドウの実がはちきれんばかりに育ち、そして木の枝が地面に届きそうなほど鈴なりに実を付けた白桃【金剛石の雫】が調理台の上に山盛りになっていた。

 カナが台所をのぞき込むと、メイド長が野イチゴを鍋で煮てジャムを作っている。

 

「夏の妖精森は食べきれないほど沢山果物が実るから、この時期になると大叔母さんは親戚中に果物を送りまくっていたわ。

 ふわぁあ、果物の甘い香りがプンプン、それとケーキ生地の焼ける美味しそうな匂いがたまらない」

「今夜はカナさまが夏別荘にお泊まりになられるので、私たちが腕を振るってフルーツケーキとタルトを作りましょう。

 もう少し焼きあがるまで時間がかかるので、カナさまはルーファス王子さまとニールのお相手をして下さい」

 

 メイド長に言われて台所の隅を見ると、小さな椅子に腰かけて手際よく果物の皮むきをするニール少年がいた。どうやら台所手伝いをしながら果物の種を集めているらしい。

  

「そういえばニール君は、自由研究で果物の種を集めていたね。

 秘密基地の近くに梨の木があったけど、うーん雨が強くなってきたから採りに行けないね」

「ありがとうございますカナさま、この果物の種を村に植えることができます。

 妖精森には、他にどのような果物の木があるのですか?」

「秋になると柿や栗、秋から冬にかけて蜜柑と青リンゴが実るわ。特に青リンゴはジューシーで爽やかな味がしてとても美味しいの。春は苺やビワ、それから珍しいレイシも実るわ。

 そうだ、コンおじさんにお願いして妖精森の季節の果物をニール君のお家に届けてもらおう」

「ええっ、まさか覇王が直々に僕のような下賤の者に……そんな恐れ多いです!!」


 ニール少年は近所に住んでいるらしいから、宅配便よりコンおじさんに配達してもらう方が早い。

 カナの言葉にニール少年は大慌てで遠慮するが、カナは「誰も食べる人がいないから貰ってよ」といって果物を送る約束をした。

 応接室で絵本を眺めていたルーファス王子は、カナとニール少年の声を聞いて台所入口で二人の様子をうかがっていたが、居ても立ってもいられず中に入ってきた。 

 

「オヤカタはどうやって四日も前から、妖精森に嵐が来ると知ったんだ?

 それに嵐が来たら、オヤカタの魔法で消せばいいじゃないか」

「王子の国はあまり台風は来ないのね。でもニホンは夏になると毎年何度も台風が来るの。

 台風を消してしまえばいいって、流石にそんな技術はないわ。

 だから台風が過ぎるまで、別荘に隠ってゲームしたりマンガを読んでダラダラするのよ」

「大魔女でも嵐を消す魔法は持ってないのだな。

 マンガを読んでダラダラって、そうだオヤカタ、腕が伸びる海賊の絵本の続きはどうなっているんだ?

 僕は魔女の呪文文字は読めないから、絵だけじゃ話の意味が分からない。早く続きを読んでくれ」


 夏別荘にはテレビやビデオがないので、カナは中古マンガ本を買ってルーファス王子に読んであげると、王子はそのマンガに夢中になった。


「ええっ、ちょっと王子。マンガ読み出したら止まらないじゃない。

 一昨日みたいにコミック五巻も声を出して読まされたら、喉が枯れちゃうよ」

「カナさま、巨人が人間を食べる絵本を読んでください」


 さすがオタク大国ニホンのマンガは外国人の子供も夢中にさせる。

 そういえばニール君って近所に住んでいるのに、ニホン語を読めないの?

 カナは首を傾げながらも、ふたりの子供にせがまれてマンガを読み聞かせるために台所を出て行く。

 そしてカナと入れ替わりに、片手に手作り新作のムームーを手にしたエレーナ姫が台所に入ってきた。




 エレーナ姫が侍女長に声をかけると、若い侍女は軽く会釈をして台所から出て行った。


「侍女長、タルトには金剛石の滴をたっぷり乗せて、でも甘さは控えめにしてね。

 これが夏別荘で食べる、最後のケーキかもしれませんから」

「ではエレーナ姫さま、とうとう国王軍がクーデター軍を打ち破ったのですね!!

 ああ、さすがは我らが国王様。あの黒く汚れた魂を持つ宰相などに負けるはずがありません」


 侍女長は声を抑えながらも頬を高揚させ、目にうっすらと涙を浮かべた。

 しかしエレーナ姫がとても不安げな様子に気がつくと、改めて神妙な面持ちで話の続きを聞いた。


「アシュが報告がありました。

 ウィリス隊長がクーデター軍を寝返った兵士と村人を率い、妖精森に向かって来るクーデター軍に挑みました。

 鬼と呼ばれる怪力の豪腕族ウィリス一人で人間の兵士百人を倒し、その姿に恐れ戦いたクーデター軍が後退するところを、背後を突き国王軍が衝突しました。

 もはやクーデター軍が破れるのは、日の目を見るより明らかでしょう」

「それではなぜ、エレーナ姫様はそんなに辛そうなお顔をしているのです。

 もしかしてクーデターを予知されたように、未来視で何か良からぬお告げでも受けたのですか?」


 艶やかな美しい黒髪に月の化身のような姫は、折れそうな細い躰を小刻みに震わせている。侍女長は思わず駆け寄ると、その両手をしっかりと掴んだ。


「私の未来視はとても弱く、クーデターを予見しても阻止できませんでした。

 あの狡猾な男の気配を感じるのです。この嵐に紛れて悪しき獣の匂いがします。

 そして恐ろしい事に、悪しき宰相の狙いは、私ではなくルーファス!!」

「お気をしっかり持たれて下さいエレーナ姫様。

 王都からの逃避行の間ルーファス王子様は私たちを励まし続け、そして魔女と契約して救って下さったのです。

 今私たちは楽園のような妖精森で何不自由なく暮らしていますが、あの時王子様の勇気がなければ、反逆者たちに捕らわれ奴隷に落ちていたでしょう」


 エレーナ姫は長い間自分に付き従ってきた同じ黒髪の侍女長を見た。

 老いが遅い妖精族でも、その黒髪には所々白いモノが混じり目尻には細い皺が刻まれて、これまでの苦労が見て取れる。

 エレーナ姫はゆっくりと顔を上げる。彼女の両手の震えは止まり、そして妖精族独特の魔力の高まりを感じた。

 

「いつまでも子供のように、貴女に甘えてはいけませんね。

 貴女の言う通り、私はルーファスに少しでも母親らしいところを見せなくては」


 外の風が強くなり窓ガラスに雨が音を立てて打ち付けるが、彼女の全身から放たれる温かいオーラは夏別荘の中を満たしていく。


「大丈夫ですエレーナ姫さま。

 宰相の災いが降りかかろうとも、ルーファス王子さまの傍らにはカナさまがいらっしゃいます。

 魔女カナさまは大魔女の後継者にふさわしいお方。きっと王子を守ってくださいます」



 ***



 手加減なく人も物を打ち壊す。

 先頭で雄たけびを上げながら、クーデター軍の中に突っ込んでくる巨漢の男の姿があった。

 

「あれは鬼隊長のウィリスか。しかし連中は俺たちより数が少ない、よく見ろ、村の年寄りまで混じっているぞ。

 軍を抜けた裏切り者には死を、連中を匿った村人も全員殺して……うっ、うがぁあああ!!」


 クーデター軍の戦闘で指揮をとる兵士が剣を掲げると同時に、天から雷が降ってきた。

 激しい爆音を立てて雷撃が地面に落ち、そして空を稲光が走る。

 驚いてクーデター軍兵士たちは天を仰ぐ。これまで晴れ渡っていた妖精森上空に漆黒の雷雲が沸き起こり、巨大渦巻となって広がり始めた。

 暗雲の中に無数の稲光が走り、その禍々しい光に照らし出された妖精森入口はまるで地獄門のようだ。


「ひぃいーー人間が雷で黒こげになっちまった。

 これは始祖の大魔女の怒りだぁ。俺たち全員地獄に落とされるぅ」

「何バカなことを言ってんだ。敵をよく見ろ、腰のまがった年寄りが混じっているじゃねか。

 弱そうな奴から狙えば、えっ?ぎゃああぁ」


 兵士は敵の中から皺だらけで痩せ細った老人を選び、薄笑いを浮かべながら襲い掛かった。

 背のまがった老人は驚くほどの素早さで兵士の剣をよけると、一瞬で背後に回り手にした草刈大鎌を一閃、周囲の兵士を巻き込み敵を刈り取る。

 隊長ウィリス率いるエレーナ姫軍兵士は【金剛石の雫】で強化され、腰のまがった老人も二十の体力に若返る。特に剛腕族の兵士たちは狂戦士状態になっていた。

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