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その27

 突然カナが言い出したツリーハウスのお泊まり会に、ルーファス王子とニール少年、そして女騎士アシュが問答無用で参加させられることになる。

 実はこのお泊まり会、カナが前もって計画していたようで、すでに寝袋人数分とハンモックが準備されていた。


「カナさま、夏別荘で夕食を済ませてからツリーハウスに泊まればよいのではありませんか?」

「何をいっているのアシュさん。お泊まり会で夕食にカレーを食べるのは、絶対外せないイベントよ。

 ツリーハウスの中だからカセットコンロしか使えないのは残念だけど、次は飯ごう炊爨すいさんに大鍋でカレーを作りたいわ」


 カセットコンロに紙皿に紙コップ、レトルトカレーと大量のスナック菓子が秘密基地に持ちこまれ、料理が苦手なカナはご飯も真空パックで温めればすぐ食べられるモノを準備していた。

 ルーファス王子とニール少年は、大喜びでスナック菓子の袋を開ける。


「オヤカタ、この揚げた芋は手に油が付いて汚れるぞ。

 フォークを使うと芋が割れるし、スプーンですくって食べるのか?

 そうか、箸で揚げた芋を摘めばいいんだな」

「へぇ、クマの形をしたクッキーは描かれた顔の表情が違いますね。

 食べてしまうにはもったいないなぁ」


 ニール少年はコアラ形のお菓子をひとつひとつ並べて眺め、王子は紙皿にポテチをのせて箸で摘んで食べていると、カナがポテチを手づかみで口に放り込むのを見て驚いたりする。


「メイド長さんの作る絶品料理もいいけど、たまにジャンクフードを食べたくなる。レトルトカレーは味にうるさい私が厳選したモノで、どれも美味しくてお気に入りよ」

「オヤカタが持ってくるカップめんはおもしろい変な味がする。

 魔女の料理は、お湯を沸かせば食べられるモノばかりだ」

「えっ、王子、私ピザ焼いたでしょ。あれって料理としてカウントされないの?

 まぁ、確かにあのピザも具材をのせて焼いただけなんだけど」


 ルーファス王子が素直な気持ちで発した一言は、カナを軽く落ち込ませる。

 そんなカナの隣で、アシュはカセットコンロでわかしたお湯で温めているレトルトカレーの袋を珍しそうに見る。


「カナさま、袋の中に入っている料理はいつ作ったものですか?」

「これは一昨日スーパーで買ったの。袋に書かれている賞味期限だと、来年の春まで食べられるわ」


 そういってカナは取り出したレトルトの封を切ると、中身をライスの上にかける。

 袋に詰めたモノは一昨日前に作った料理というが、それは今出来立てのようなスパイシーな香りがした。魔女の料理は時間を止めて保存できるらしい。

 いったいどのような仕組みで腐敗を防ぐのか。アシュがそのことをたずねると、カナは困った顔で答えた。


「えっとアシュさん、これは普通にお店で売られているレトルトなの。

 そういえばレトルトカレーはどうやって作るのかな。アシュさんが知りたいのなら色々調べてみるね」

「魔女の秘術を教えていただけるとは、カナさまありがとうございます。

 料理のことでしたら、私より侍女長に教えて下さい。

 出来立て料理を長期保存できる技を習得できれば、食糧事情が改善し料理技術がさらに向上します」


 カナとアシュがレトルトカレーの話をしている間に、お腹の空かせた王子はさっさとカレーを食べ始め……。


「うわぁああぁーー、か、辛い辛い、口から火が出る!!

 オヤカタたち魔女は、この魔法料理を食べて火を操るのか」

「ちょっ、王子が食べているのは星五つ激辛カレー。

 子供が食べるのは、こっちのリンゴとハチミツの入ったカレーよ」


 辛い辛いと大騒ぎする王子にカナは慌てて水を飲ませていると、ツリーハウスが激しく揺れ出した。


「今の悲鳴はなんだ!!

 ウォオオオッ王子、このウィリス、命に代えてでもお守りします」


 ズシン、めりめり、ミシミシ、スポンッ

 そして野太い吠声をあげながら隊長のウィリスが秘密基地の入り口から姿を現すと、そのまま胴体が狭い入り口にぴったりと挟まる。


「えっ隊長、まだ下にいたの?あっ、入り口にみっちり挟まっている」

「なんだウィリス、お前もこの激辛カレーを食べたいのか」

「今王子様の悲鳴が聞こえ……あれ、大丈夫、みたいですね。

 ハハハっ、どうやら俺は早とちりしたようだ」


 お泊まり会に参加した王子が心配で、巨木の近くで隠れて警備をしていた隊長は、王子の悲鳴を聞いて秘密基地に駆けつけた。

 隊長は照れ笑いしながら入り口から出ようとしたが、体がぴくりとも動かない。ハチミツを食べようと木のウロに挟まったクマのキャラクター状態だ。


「ぐぐぐっ、前にも後ろにも、まったく体が動かない。

 こうなったら力ずくで、抜け出すしかないな」

「こんなに力一杯体をつっこませて怪我しないなんて、隊長ってどれだけ頑丈なの。隊長が無理に動いたら秘密基地の方が壊れそう、入り口の壁を少し切るしかないね」


 ぎゅぅううううーーーーーん


「隊長、危ないから絶対に体を動かさないで。ちょっと足場が悪いから、頭を踏んずけるわよ」

「魔女カナさま、それは鉄の刃を持つ魔導カラクリ!!

 ブルブルブル、絶対動きませんから、俺の体は切らないで下さい」


 カナは電動ノコギリを握ると、隊長が挟まった入り口の周囲を確認して、隊長自身を足場に壁板を切り始めた。

 電動ノコギリを使った作業は数分で終わるが、ウィリス隊長にしてみれば数時間と思えるほどの恐怖を味わう。


 その様子を見たアシュにはある考えが浮かんでしまう。あまりに荒唐無稽な話だと分かっていても、それを望んでしまう自分がいる。

 目の前で魔導カラクリを操るカナは、まさに魔女の中の魔女だ。

 昔は火を放ち巨岩を粉砕させる魔法使いが存在したらしいが、今ではエレーナ姫やルーファス王子をのぞけば、紙切れを微かに浮かせる程度の魔法使いしかいない。

 祖先がえりの魔力持ちのルーファス王子が成長して、そして王子に魔女カナが力を貸せば、もしかしたら帝都の覇王を越える力を持つのではないかと。




 ツリーハウスの中につるされたランプに明かりがともる。

 隊長はカップめんを四個食べると、ツリーハウスを警備するといって下に降りていった。

 それからカナは秘密基地の宝物の中から、ホコリをかぶったオセロ板を引っ張り出してくると「うまか棒三十種類味の詰め合わせ」を賞品にゲームを始めた。そのゲームではなんとニール少年が勝利し詰め合わせをゲットする。

 負けず嫌いのルーファス王子は、自分が勝つまでオセロゲームに夢中になり、気が付けば夜も過ぎて遅い時間になっていた。


「私は夜中に隊長と警備を交代しますので、仮眠をとるために床で寝させてもらいます。カナさまはソファー、それとも王子様が休まれますか」


 子供部屋程度の床しかないツリーハウスは、床とソファー二人分のスペースしかない。


「それはモチロン、ワタシはハンモックで寝るわ。

 せっかく秘密基地に来ているのに、床やソファーで寝るなんてもったいない」


 すっかり童心モードのカナは、瞳をキラキラ輝かせるとあらかじめ目を付けておいた場所にハンモックを設置して、中に潜り込むとハンモックを左右に揺さぶって、声を上げてはしゃいでる。

 カナの楽しそうな様子に、これを見たルーファス王子が黙っているはずがない。


「では王子さまは、ソファーで休まれて下さい。ニール君はハンモックで寝てもらえます」

「僕はソファーよりハンモックがいい、ニールがソファーで寝ろ。

 オヤカタの隣の枝に、僕のハンモックをつるしてくれ」

「ええっ王子!!

 ぼ、僕がアシュさまの隣で……寝てもいいの」


 ハンモックは危ないというアシュと、顔を真っ赤にして口ごもるニール少年を無視し、王子はネットを伝ってカナのハンモックまで登っていた。

 カナはハンモックから体を起こすと、嬉しそうに王子を見つめた。


「このハンモックはしっかりと体を受け止めてくれて、揺りかごのように気持ちいいよ。

 それにしても王子はすっかりたくましく、男の子っぽくなったね」

「オヤカタ、僕は夏別荘に来てから、朝は自分で起きるし着替えもメイドたちの手を借りずに自分で出来るようになった。

 僕はもっと、オヤカタみたいに自分の力で色々なことが出来るようになりたい」 


 小柄で線が細くハリウッド映画子役のように整った美しい顔のルーファス王子は、カナが最初会ったときにはどこか醒めた目をしていた子供だった。

 それが今は、こぼれ落ちそうなルビー色の瞳に期待と好奇心と、そしてたまに悔しさと甘えた色をたたえる、表彰豊かな男の子になっていた。




 それから夜遅くまでカナと王子のハンモックからおしゃべりする声が聞こえ、ソファーで横になるニール少年はなかなか寝付けず、深夜過ぎてやっと三人が大人しく寝入った頃、仮眠から目を覚ましたアシュは隊長と警備を交代するためにツリーハウスを出た。

 

 警備を交代した隊長は、そのまま巨木の根元でいびきをかきながら眠ってしまった。

 アシュはツリーハウスから持ってきたシーツを隊長にかけてやると、苦笑しながらポツリと呟いた。 


「魔女カナさまの魔法を見せられたというのに、貴方の態度は全く変わらない。

 それにしても、今日はずいぶんと風が強い」


 アシュの手に提げたランプの炎は、風にあおられて何度か消えた。

 朝皆が起きて夏別荘に戻れば、自分たちは宰相との勝負をつけるために外の世界へ戻る。

 大切な姫と王子は魔女カナに任せれば大丈夫だろう。



 その日南の海で発生した台風は、数日後に妖精森のある地域を通過することになる。

 嵐の予感だった。



 ***

 


 痩せた土地に寂れた村は、今は見違えるほど豊かな村になっていた。

 村は大魔女とエレーナ姫と契約したおかげで、大魔女からの贈られる食料と不思議な若返りの木の実、そして魔犬ケルベロスに守られている。

 女騎士とともに村に現れた豪腕族の騎士は、村の味方に付いた兵士を前に演説した。


「まぁお前たちも、あの悪徳宰相に言葉巧みに騙されて、こんな辺境の呪われた土地に来ちまったんだな。

 宰相が醜悪な悪魔なら、エレーナ姫さまは美しく慈悲深い伝説の女神のようなお方だ。

 この村を見ろ、女神さまの御利益でこんなに豊かになった。

 宰相のような悪魔に呪われるより、エレーナ姫とルーファス王子のために戦い御利益を受けた方がいいだろ」


 始祖の大魔女の呪いの恐ろしさは、魂を引き裂かれた領主の姿を見た兵士たちは充分理解していた。

 大魔女が味方するエレーナ姫と、クーデターが失敗した宰相のどちらに味方するか、考えるまでもない。

 幸い騎士隊長ウィリスは、村によっぽど酷い略奪虐待行為をした兵士以外は、罪を問わず仲間として気軽に受け入れる。

 クーデター軍は兵の逃走を恐れ軍律を厳しく締め付けるが、それが逆効果になり更に数を減らした。




 妖精森では三日、外の世界で三十日が過ぎた頃、女騎士アシュは決断する。


「ついにクーデター軍が動き出しました。

 我々とクーデター軍では兵の数で倍近い差があり、それで相手が油断するなら好都合。

 こちらにはケルベロスと、魔女カナさまが授けて下さった若返りの実のおかげで体力強化された兵士がいます。

 敵を我々が惹きつけ、背後から国王軍で挟み撃ちすれば、形勢逆転して敵を打ち破れます」

 


※マリアンローズ応募作 締切が10月末で、やっとギリギリ規定の10万文字達成しました。お話も佳境に入りました、応援をよろしくお願いします。

 

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