その26
カナは朝イチでホームセンターに乗り込み、リフォーム資材を購入して妖精森に出勤した。
妖精森の道路沿いに警備保障会社のマーク付きの杭が一定間隔で打たれ、防護柵が張られている。木の上に防犯カメラが設置されているのが見えた。
「さすがミノダさん、仕事が早いわ。ミノダさんの警備会社は体育大や自衛隊や警察あがりのエリート猛者揃いらしいから、これで妖精森の中は安全ね」
カナは満足げにつぶやくと、白いワゴンからホームセンターで購入した資材を降ろし始める。
その時、普段ほとんど車のない道路を地域の広報車がアナウンスしながら通り過ぎていった。
「ーーさんを探しています。
年齢は七十五歳、痩せ気味で背が高く、長い白髪頭に白髭を生やしています。二日前から家を出たまま帰ってきていません。
ーーさんを見かけた方は、警察か消防、役所の福祉課へ連絡をーー」
カナは一瞬作業の手を止め、広報車の放送を聞いていた。
「このおじいちゃんが妖精森の中に迷い込んでいたら大変ね。一応皆にも声かけしなくちゃ」
カナが妖精森に運び込んだ資材を見て、一番に興味を示したのはルーファス王子だった。
「オヤカタ、この積み木はなんだ。もしかしてこれを秘密基地の床に敷き詰めるのか」
「ふふふっ、そうよ王子。
板で出来た縦横三十センチの正方形ウッドタイルを並べて床にするの。
このサイズなら自転車の後ろに積めるし、ツリーハウスの小さな入口から中に入れることが出来るわ」
カナが台車に積んで運んできたのは、屋外のベランダに敷くウッドタイルが約百枚と大きな細長い工具箱。
今日は王子と一緒にカナのリフォームを手伝うアシュも台車の資材を珍しそうに眺め、そしてカナの工具箱の中身を見て驚きの声を上げる。
「これはすべてカナさまの武器ですか。刃こぼれ一つなく見事に磨き上げられた刀が三本。それに鋼鉄製の杖はカナさまの魔力がたっぷりと込められています」
「ここ二、三年くらいツリーハウスの手入れをしてなかったから、木が育って邪魔な枝葉を伐採しないといけないの。
使い慣れた道具の方が仕事がはかどるから、ワタシ愛用のノコギリと釘抜きバールを持ってきたわ」
魔女カナの武器は女騎士アシュが使うものとずいぶんと形が違う。
中でもアシュが気になるのは握り部分と刃が折り畳める剣で、これなら服の中に忍ばせそうだ。しかも切れ味が悪くなれば換えの刃が用意されているという。
アシュの隣で道具箱をのぞき込んでいた王子は、奇妙な形をした鉄の道具に触ろうとして、カナが制止の声をあげる。
「あっ王子、その電動工具は子供がさわっちゃダメ!!」
「オヤカタ、この鋭い大きな牙の魔導カラクリはなんだ?」
カナの声にルーファス王子はすばやく手を引込めた。
それは充電式の電動工具で、握り手のトリガーを引くと先端のノコギリが動いて木や金属を切断する。
小柄で男性のように力のないカナは以前から電動ノコギリが欲しくて、それが偶然、朝イチに出かけたホームセンターでセール品として売りに出されていたのだ。
まるで憧れのブランドバックを手に入れたかのように、カナは新品の電動ノコギリをうやうやしく箱から取り出す。
「妖精森は電気が使えないから、ふふっ、充電式の電動ノコギリを買っちゃった。
一回の充電で板が二十枚切れる優れ物なのを」
「ええっ、一回の魔法で敵を二十人切る!!
カナさま……それはなんて恐ろしい魔導カラクリ」
魔女カナが魔導カラクリを手に取ると、ソレはけたたましい吠声をあげながら蘇り、目にもとまらぬ早さで鉄の牙を擦りあわせ、腕ほどの太い枝を一瞬で噛みちぎった。
「さすが一流メーカーの最新電動ノコギリは切れ味が違う。
あれ、アシュさんに王子も、どうしてそんなに離れているの」
「とても威力のある魔導カラクリに、お、驚いてしまいました。
魔女カナさまが味方で良かった。もしこの方を敵に回したら……」
女騎士アシュはこわばった笑みを浮かべながら、聞き取れないほどの小声で呟いた。
***
カナは夏別荘横にある倉庫から、修理済みの青い自転車を出してきた。
いつの間にか自転車に乗れるようになったアシュが、自転車のペダルを踏んで走り出す。
さすがのカナもこれには呆気にとられ、そしてルーファス王子は眉をへの字に曲げていた。
ツリーハウスまでの長い上り坂は、台車を押して運ぶより自転車の後ろに資材をくくりつけて運ぶ方が早い。自転車二台とマウンテンバイクにウッドタイルを積んでいると、ルーファス王子がカナに声をかけてきた。
「オヤカタ、僕のジテンシャにも積み木を乗せろ。
ニールやアシュまでジテンシャに乗れるのに、僕だけが出来ないことはない。皆と一緒にオヤカタの手伝いをするんだ」
「あんなに自転車の坂道練習を嫌がっていたのに、やっと王子もその気になったのね。
坂道は上りより下りの方が転びやすいから気を付けて運んで」
それからカナたちの自転車はツリーハウスに向けて出発し、後ろから王子の自転車と工具箱を背負った隊長が続いた。
カナたちがツリーハウスと夏別荘を三往復して資材を運び終えた頃、ルーファス王子も全身汗をかきながら坂道を登りきり、ツリーハウスに到着する。
「オヤカタ、オヤカタ、僕は一回も転ばなかったぞ。 僕は自分の力でココまで来たんだ。
坂道でジテンシャを立ちこぎして、大きなミゾも飛び越えた」
「王子さま、とてもご立派です。
うっククッ、この一月でルーファス王子はとても逞しく成長なされて、ウィリスは感動しております」
カナから言いつけられた仕事をやり遂げて自慢げな王子と、何故かその感動でむせび泣く隊長。
王子は一度も転んでないというが、その手足は擦り傷だらけだ。
「スゴーーい王子、ココまでよく頑張ったね。
木の上から王子が立ち乗りをして、坂道を登っているのが見えたよ。
王子はワタシの弟子だもの、その気になれば何でも出来る」
カナは小さな王子に駆け寄ると、ムギュムギュ手荒に抱きしめる。
自転車から資材を降ろしていたニール少年は、カナにハグされたルーファス王子が耳まで真っ赤になっているのを見た。
妖精森の頂上に立つ巨木のツリーハウス。
カナの持ってきた電動ノコギリはその威力を発揮し、巨木の枝をきれいに剪定した。アシュはツリーハウスまで登る階段をこしらえて、隊長は雑草の生い茂る獣道から巨木周囲までの草刈りをした。
「ちゃんとした階段ができたから、これなら母上やメイド長も秘密基地に登ってこれる。母上がこの中を見たら、きっと驚くぞ」
「床にウッドタイルはルーファス王子とニールくんが並べたのね。
木目を交互にした市松模様がお洒落で、部屋の中が見違えるほど綺麗になったわ。これならエレーナ姫を招待しても大丈夫。
ただ、隊長は入り口にお尻がつかえて中に入れないけど」
作業を終えてツリーハウスの中に入ってきたアシュとカナは、メイド長が作ってくれたフワフワな食感のフルーツマフィンに鮮やかな香りの漂うダージリンティで一息ついていた。
ツリーハウスの中に入れない隊長は、巨木の根元で昼寝をしている。
そしてアシュとニール少年は秘密基地の宝物の一つ一つに歓声を上げ、身軽な子供たちはネットを伝ってツリーハウスの一番上まで登ると、小さな天窓を跳ね上げた。
そこから妖精森の周囲が見渡せるはずだが、窓から顔を出したルーファス王子はそのルビー色の瞳に映る景色に声を詰まらせた。
「王子さま、ここから見える外の景色はとても綺麗でしょう。あれ、どうしたのですか?」
「これは、二つの世界が交差して見える。
右は荒れた大地に細い道が伸びる僕の世界、左は美しい山々に大蛇のはったような跡が刻まれて、山肌に緑の美しい芝が広がる魔女の世界」
山肌の緑の芝は妖精森裏山のゴルフ場で、大蛇のはった跡は山の中を走る道路だ。
玩具のミニカーを知るルーファス王子は、遠目からだとミニカーサイズの車が何台も道路を走っているのを見た。
二つの世界を行き来した王子の瞳は、寂れて終焉を迎えたような自分の世界と豊かな魔女の世界が映る。
同じように窓から顔を出したニール少年も同じ景色を見た。
「王子、なんですかこれは。
僕らがいたのは、不気味な色の沼地と干からびた土気色の荒地。でも隣の世界はこんなに美しい。
魔女カナさまは、隣の世界から来ているのですね」
「これがオヤカタの住む世界。僕の世界とはあまりに違いすぎる」
その時、空気を揺るがすような重々しい爆音と共に、銀色に光る巨大な鳥が姿を現した。細い翼に細い胴体の怪鳥がこちらに向かって飛んでくるのが見える。
驚いたニール少年は王子を中に引き戻すと、慌てて天窓を閉めた。
すると恐ろしい爆音はピタリと止み、そして天窓は固く締まったまま開かなくなった。
「王子、それにニールくんも、お腹がすいているでしょ。下に降りてきてオヤツを食べなさい」
カナは秘密基地の天窓で二人の少年が何を見たのか知らない。
ルーファス王子とニール少年は何故かすっかり大人しくなって、並んでソファーに腰掛けてマフィンを食べている。
カナは二人の様子に首をかしげるが、あえて何があったのか聞きはしない。
冷めて少し渋みのあるダージリンティを飲んだルーファス王子は、上を仰ぎ天窓の向こう側を見た。
隣に座るニール少年は、熱に浮かされたような少し興奮した声でつぶやいた。
「ルーファス王子さま、あれは、あの銀色に輝く巨大な鳥は不死と再生の神鳥フェニックスです。
きっとこの荒れた大地は再び再生して緑の森になる、その知らせです」
しかしルーファス王子は押し黙ったまま、ニール少年の言葉に返事をしない。
二人の様子を観察していたカナは、少し考えると何かひらめいたようにニヤリと笑った。
「どうやら王子はまだ遊び足りないようね。
こんな事もあろうかと、既にハンモックと寝袋を準備しているの。
よし、今日はこの『秘密基地でお泊まり会』よ。皆で一晩語り明かそう!!」
※充電式チェーンソーにしようかと思ったけど、重すぎるので電動ノコギリ。




