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その25

「まぁカナさま、それに王子さまも、ずいぶんとお洋服を汚しているではありませんか。

 二人ともお食事前に体を清めてきて下さい」


 アシュの手を引いて夏別荘の応接室に入ってきたカナの姿を見て、メイド長は呆れ顔で叱りつける。

 ルーフェス王子は自転車練習、カナは秘密基地リフォーム計画に頭がいっぱいで、自分たちが草まみれホコリまみれだと全く気が付かなかった。

 

「エレーナ姫に作ってもらったムームー服をかなり汚しちゃったし、お言葉に甘えてお風呂借ります」


 カナは管理人という立場上、夏別荘のサニタリーは利用しないが、今回は仕方がない。

 最初シャワーで簡単に済ませようとしたが、湯船にはたっぷりと湯がはられ、しかも入浴剤はお中元で頂いた日本の名湯モノだ。

 あまりの湯加減のよさに一時間近く長湯してしまい慌ててお風呂から上がると、脱衣所に光沢のある白地に小花柄でフリル五割増しの膝丈ムームーが準備されていた。

 カナは身支度をして食堂に入る、中にはエレーナ姫にルーファス王子の他に、護衛一人を除いて全員がそろっていた。

 

「ちょっと長湯しすぎて、遅くなってごめんなさい。お風呂に入って、とてもすっきりしたわ。

 エレーナ姫の作るムームードレスは、オシャレでしかも体を締め付けない着心地がいいです。

 アシュさんもスゴく似合っているから、隊長の言うことなんか気にしないでね」


 テーブルに付いたカナは、椅子を引いてエスコートしてくれるアシュに話しかけた。赤いムームーを着たアシュは照れ笑いのような表情でうなずく。

 カナの向かいの席には緊張した表情のニール少年が、そして隣にはルーファス王子が座っている。

 テーブルの上に料理が並べられるが、まだ誰も手をつけない。

 キッチン側にメイド長と二人のメイドが整列して立ち、アシュの隣にウィリス隊長、部屋の入り口を二人が警護している。

 上座の席にエレーナ姫がゆっくりと腰かけると、普段は穏やかな雰囲気の姫が、明らかに緊張した様子で話し始めた。


「お食事の前に少し私の話を聞いてください。

 外の情報収集を命じ、さきほど戻ってきたアシュから報告がありました。

 私たちと敵対していた領主は妖精森から手を引き、ニール少年のお爺さまと村人たちが協力を申し出ました。

 すでに宰相は王宮から逃げ出し、そしてまもなく我が王軍は都を奪還します」

「おおっ、エレーナ姫さま。それでは宰相のクーデターは失敗したのですね」


 隊長は思わず身を乗り出すと拳を掲げ、二人のメイド娘は互いに両手をとり歓声を上げる。しかし姫の緊張した表情は変わらない。


「しかし都から逃れた宰相は反王族派最大貴族の元に身を隠しています。

 そうです、妖精森の隣領地に宰相がいます。

 宰相は現在でも私と王子を狙い、隙あらば妖精森に攻めてくるでしょう」


 クーデター首謀者の宰相の狡猾さを知るエレーナ姫は、その男が隣領にいると知るだけで背筋が寒くなる。

 ルーファス王子はそんな母を心配そうに見つめ、女騎士アシュは彼女を励ますように張りのある声で告げた。


「ご安心下さい、エレーナ姫さま。

 この妖精森の中にいれば宰相は一切手出しできません。

 魔女カナさまが守って下さいます。

 先ほどカナさまの使役するアンゼンホショウのミノタウルス殿が、妖精森の警備を固めると報告に参りました」


 アシュの口から出た言葉に、メイドたちは悲鳴に似た声を上げ、騎士たちは驚きと畏怖混じりの声を漏らした。

 一時間前、突然夏別荘の玄関先に牛の頭をした人身の魔物が現れた。

 その姿を見たのは、夏別荘の中にいたアシュとエレーナ姫とメイド長の三人だけ。

 頭の左右から突き出た黒々と光る禍々しい角に、煮えたぎる溶岩を埋め込んだような毒々しい赤い瞳、そして体は魔女の世界の衣装で軍服のように見える。

 牛頭の男は人語で『妖精森の二十四時間せきゅりてぃさーびすを開始します』と告げると、煙のように姿を消した。

 アシュの話に一同押し黙り、そして湯上がりでペットボトルのウーロン茶を飲んで喉を潤しているカナを見た。


「さすがコンおじさん仕事が早い。ワタシがお風呂入っている間に、警備保障のミノダ(蓑田)さんが来ていたんだ」

「まさか本当にカナさまは……ミノタウロスを使役できるのですね」

「うん、ミノダさんは昔ヤンチャしてコンおじさんに助けられた恩義があるから、ワタシの頼みごとも聞いてくれるの。アシュさんもエレーナ姫も、ミノダさんをドンドンこき使っていいからね」


 カナに一言に、エレーナ姫とメイド長は激しく首を左右に振る。あの禍々しい姿をした魔人を使役できるのは、大魔女の親戚であるカナだけだ。

 しかしアシュは一瞬考え込むと、大きく頷いてカナを見た。


「ではカナさま、妖精森の守りを宜しくお願いします。

 実は私一人で外の情報収集を行うには人手が足りなくて、ウィリス隊長や他の者たちにも協力してもらいたいのです。

 それからニール少年は、しばらく妖精森で預かって頂いてもよろしいでしょうか」


 ニール少年の村に集まってきた兵士をまとめ指揮するには、女騎士アシュより豪腕族の血を引くウィリス隊長が適任だった。

 都から着の身着のまま逃れてきた時とは違う。さまざまな偶然とケルベロスと魔女カナのおかげで、敵に対抗する準備が整いつつある。

 宰相がクーデター軍を率いて来るなら、自分たちは王姫軍として迎え撃つつもりだ。


 カナはのんきに「いいよぉ、ニールくんはここで預かります。隊長たちもがんばってね」と返事をした。

 

  

 ***



 食事が始まり、ニール少年の目の前には、妖精森で取れた果物の盛られたフルーツサラダがある。

 それは彼にとってただのサラダではなく、宝の山に見えた。


「カナさま、妖精森に生えている果物の種を僕に下さい。花の種も草の種も、何でもかまいません。

 僕の願いゴトが聞いていただけるのなら、僕は魔女と奴隷契約をしてもかまいません」


 うっ、ブブぶっーーー!!

 腹ペコ状態のカナは、滑らかな喉ごしのコーンスープにカリカリ食感のクルトンを味わっているところで、ニール少年の言葉に盛大に吹き出してしまった。


「ちょっとニールくん、奴隷契約ってそんなにワタシ人でなしに見えるの?

 王子も同じ事を言ったけど、ニホンの法律ではそういうことは禁止されてます。

 今日からニールくんは夏別荘のお客様だから、妖精森の果物をいくらでも好きなだけ食べていいよ。

 種を集めたいって、そうか夏休みの自由研究なのね。

 もう夏休みも半分過ぎたし、そろそろ宿題を終わらせないといけないから、私もニールくんの植物標本作りに協力するわ」

「ニール、オヤカタの弟子は僕だけだ。お前なんか弟子にしない。

 オヤカタ、夏が半分過ぎて終わらせないといけないって、どういう事だ?

 夏が過ぎれば秋が来るだけだ」


 カナを不思議そうな表情で見つめるルーファス王子は、夏が終わるという意味を理解していなかった。

 カナは夏休みのアルバイトで妖精森の管理人をしている。夏が終われば大学が始まり、ここを去るのだ。

 まだ幼いルーファス王子にとって、カナは姉のように親しい存在になっていた。ずっと一緒にいられると思っている。

 この感情はカナにも覚えがある。小さい頃夏別荘で夏休みを過ごし、大叔母さんやコンおじさんや友達と別れて家に帰るのがイヤでイヤで、ゴネて大泣きしたりした。


「夏休みが終わる頃には王子の国のクーデターも解決して、無事国に帰れたらいいね」


 カナは明るく微笑んだ。

 ルーファス王子には、残りの夏を精一杯楽しんでもらおう。 

 ターザンごっことバンジーと、どっちがイイかな。

 カナは少しハードな遊びを計画して、皆に全力で止められることになる。



 ***



 その館はすべての扉と窓が閉じられ、さらに上から板で打ち付けられていた。

 昼間でも館の中は僅かな光しか入らず、その中で両手を振り回しながら走る男がいる。


「お辞め下さいご主人様。階段から落ちてくじいた足が治らないのに、もっと怪我がひどくなります」

「旦那様は鳥じゃないから、空は飛べないんですよ。おい、今度は窓から飛び降りちまうぞ。

 もうすぐ客が来る、こうなったら旦那を椅子に縛り付けろ」


 魂をケルベロスに食われた男は自分が鳥だと思いこみ、両手をバタバタと羽のように上下させ、館の中の階段や棚の上から何度も何度も宙を飛ぼうとした。

 先代領主から務める数少ない家臣たちは、自分が鳥と思いこんでいる主人の世話に日々忙殺されていた。


「なんだ、ケルベロスに魂を食われたというが、まるで無邪気な子供のようだ。

【始祖の大魔女】の呪いも大したことない。コイツにとっては今の方が幸せかもしれないな」


 家来が三人がかりで主人を椅子に押さえつけ無理に座らそうとしている時、館に客人が姿を現した。

 その声は家臣たちにも聞き覚えがある。

 この国で王の御言を常に代読する、カサツいた重たい声の男を知らぬ者はいない。

 長い白髪に長いアゴ髭をはやし、歳は七十を過ぎているがギラギラとした欲をたぎらせる、クーデター首謀者の宰相がいた。


「ようこそいらっしゃいました、宰相さま。

 御覧のように我が主は【始祖の大魔女】の使い魔に魂の半分が食われ、人としての記憶をなくしてしまいました。

 どうか宰相さまの力で、主人を元の状態に戻して下さい」

「そんな話より、アレはどこにある。早くアレを俺に渡すんだ。

 俺がアレを使って妖精森の中に潜り込み【始祖の大魔女】を屠ってやる。

 そうすればコイツの呪いも解けて、元に戻るだろう」


 大魔女の名前を出すと家来たちは顔面蒼白になり、ガクガクと震えながらアレを宰相に手渡した。

 宰相はほくそ笑む。


「いいぞ、これさえあれば妖精森に潜りこめる。

 いくら優れた魔力を持っているとはいえ、相手は女子供。

 子供であるルーファス王子を捕え人質にすれば、エレーナ姫は嫌でも俺の言うことを聞くだろう。

 やっかいなのは【始祖の大魔女】だが、それもこの【魔女殺しの邪剣】があれば恐れることはない。

 クククッ、もうすぐだ、今度こそ俺は無能な王になり替わり王座に着いてやる」

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