その24
妖精森の山頂に立つ一本の巨木。その木はツリーハウス、カナの秘密基地だった。
カナは慣れた様子で木に登ったが、続いて登り始めたルーファス王子は途中でストップしてしまう。
「オヤカタ、斜めに伸びた枝が邪魔だ。僕の身長では乗り越えられない。
それに上の手すりも場所が高すぎて、手が届かないし……」
今日の王子は意気地がへし折られてばかりで、情けない声でカナに助けを求める。
それに気づいたカナがツリーハウスからスルスルと降りてきて、小型ノコギリを握ると王子の行く手を遮る太い木の枝を簡単に切り落とす。
そして幹の王子の手が届く位置に、太い釘を二本打ちこんだ。
「久しぶりに秘密基地に来たわ。放置した二年の間に枝が伸びたのね。
ほら王子、切り落とした枝の根元に足をかけて釘に捕まれば、一気に秘密基地まで登れるよ。
さぁ頑張れ、ワタシが登るのをよく見て、同じ場所に手と足をかけるの」
カナはルーファス王子に声かけすると、自分はさっさと上に登って行ってしまった。
巨木の幹にできた大穴がツリーハウスの入口で、そこから顔を出して王子を見下ろしている。
ルーファス王子はカナが登ったコースを進み、幹の穴にたどり着くとそのまま中に転がり込んだ。
「ようこそルーファス王子、ここは木登りできた者だけが入れる【妖精森の秘密基地】よ」
「オヤカタ、ここは魔女の研究室なのか、それとも宝物庫?
夏別荘の宝物庫よりすごい、僕の見たことのない魔法道具が沢山ある」
このツリーハウスは、別荘を建てるだけでは物足りなくなったコンおじさんが作ったものだ。
中は子供部屋程度の広さしかないが巨木の高さを利用して上へと伸びて、落下防止のネットがアスレチック遊具のように張りめぐらされ、上まで登って行ける。
夏別荘に子供のガラクタ部屋があったように、ツリーハウスは大人のガラクタ部屋と化していた。
世界中を旅する大叔母さんがコレクションしたシャンデリアやランプが高い天井からぶら下がり、壁には見事な刺繍の施されたタペストリーと素朴な手織りのアジア風壁飾りがいっしょに掛かっている。
こんな高い場所にどうやって持ち込んだのか、部屋の中央には柔らかい革張り三人掛けソファーがあった。
王子は部屋中を駆け回りネットをよじ登り、木の幹を利用して作られた棚を見て不思議そうな顔をする。
「オヤカタ、このゴーレム人形は魔女の使い魔なのか?」
「えっ、ワタシはガンプラで遊んだりしないよ。
それは従兄弟の兄さんが置いたもので、お台場に実物等身大があるわ」
「このがんぷらゴーレムの実物はどのぐらいなんだ?」
「さすが男の子、ガンプラに食らいつくよね。
えっと、大きさはどのぐらいだろう。ツリーハウスと同じサイズかな?」
カナの言葉に、ルーファス王子は「おおっ」と歓声を上げる。
手作り棚にはガンプラの他に戦闘機などの作りかけプラモ箱が並べられ、実物の1/24スポーツカーや動く蒸気エンジン模型や蓄音機もある。
一番奥のカラスケースの中に飾られているのは、コンおじさんお気に入りの見事な装飾の施された西洋鎧と盾で、それを見た王子は驚きで目を見張った。
「オヤカタ、僕はこの鎧や盾と同じものを見たことがある。
昔世界を支配した覇王の肖像画に描かれていた鎧や盾にそっくりだ!!」
「これはコンおじさんのモノで、気に入った男の子に譲るって言っていたけど、結局誰ももらえなかったの」
カナに何げない一言に、ルーファス王子は衝撃を受けた。
「まさか覇王であるコン王は、鎧や盾を譲り渡す相手を探しているという事は……」
今帝都で覇王を名乗る者は、力も魔力も持たず直系の血筋を受け継ぐだけだ。
そして弱体化した帝都から分かれた諸国は小競り合いを繰り返し、ルーファス王子の国は何度も侵攻を受ける。
元は覇王と同じ一族でありながら、力のない自分たちは宰相の裏切りにあい、クーデターで城を追われたのだ。
「僕はジテンシャに乗れないし、オヤカタがいないと木にも登れない。
覇王に選ばれて、この鎧と盾を手にすることが出来るのは、どんな王様だろう?」
ルーファス王子は長い時間、神獣のレリーフが刻まれた黄金に輝く美しい鎧と盾を魅かれたように眺め続けた。
ガコガコ、と音を立ててソファーを引きずる音。
カナは部屋に敷き詰めた絨毯を点検すると眉をひそめた。
「二年も部屋の手入れをしていないから、絨毯の虫食いがヒドい。うわっカユイ、なんかいる。
絨毯は処分して、ついでに床も新しく綺麗にすれば、五人ぐらい寝泊まりできそうね。
秘密基地で天体観測しながら一晩過ごすのもイイわ。さぁ王子手伝って、部屋の寸法を計りましょう」
そういうと、カナは虫食い穴だらけの絨毯をめくって丸めると部屋の端に寄せ、手にメジャーを握り床を計り始めた。
「オヤカタ、床を新しくするにしても、どうやって床板を運ぶんだ?
それにココは中が狭くて、ソファーと床で二人しか寝る場所しかないぞ」
王子はカナに言われて、寸法を測る手伝いをしながら聞いてきた。
カナは床から顔を上げるとニヤリと笑った。
「ツリーハウスの中に木の枝が何本もあるじゃない。枝にハンモックをつるして眠ればいいの」
「母上やメイドたちは木登りができないから、秘密基地には入れないな。
隊長みたいな体重の重たい豪腕族は、ここまで登って来れるかな」
「王子、そういえば最近隊長太ってない?
コンおじさんも同じ筋肉質な体型だけど、隊長より引き締まっているよ。
隊長は秘密基地の入り口に体がつっかえて、大変なことになるかも」
カナに一言に、その場面を想像した王子は笑い転げた。
ツリーハウスの下で、隊長はさっきまで泣き顔だった王子の笑い声を不思議そうに聞いていた。
「明日から秘密基地のリフォーム開始よ。
モチロン王子はワタシの弟子だから、しっかり手伝ってもらうわ」
夏別荘に戻ってきたルーファス王子は、ニール少年の姿を見ると自分から駆け寄っていった。
どうやら自転車に上手に乗るコツを教わっているらしい。
カナは夏別荘の玄関先に腰を下ろし、広場で自転車に乗る子供を眺めながら明日のリフォーム計画を練っていた。
「そういえばアシュさんはエレーナ姫に急ぎの用事があると言ってたけど、ずいぶんと話が長引いているのね」
「カナさま、もうエレーナ姫への報告は済ませました。
ちょっと寸法を直すのに時間がかかったのですが、ワタシにこの衣装は似合いますか?」
後ろから声を掛けられて振り向いたカナは、そこに深紅の花々が描かれた細身のシルエットのムームードレスを着た華やかな美女を見た。
普段は無造作に後ろに束ねただけの髪は、丁寧に手入れされ艶やかな赤毛になり、一つに編み込んで肩から胸元に垂らし白い花の耳飾りをしている。
「うわぁん、とても綺麗だよアシュさん。
着ているのはムームーだけど、まるでギリシャ神話に出てくる女神さまみたい」
「そうですか、女神さまと言われると恥かしいです。私はこのような衣装は慣れてないので」
アシュさんって宝塚の男役みたいに凛々しい美人だから、華やかなドレスも似合う。頬を赤らめて恥じらう姿も眩しいほど綺麗。
うっとりとアシュを眺めているカナの隣に隊長がやってきて、嫌な予感がした。
「おおアシュ、その衣装ならちゃんと女に見えるぞ。
餌が欲しくて派手にピチピチ跳ねる錦鯉のようだ」
隊長ーー、アンタそれ褒めているように聞こえないっ、言葉を選びなさい!!
ああっ、アシュさんの顔が少し曇ってしまった!!
バタァーーン
カナはアシュの手を引いて夏別荘の中に入り、隊長の目の前で派手な音を立てて扉を閉めた。
隊長はドアノブをガチャガチャしているので、どうやら鍵をかけて締め出されたらしい。
「隊長は、またオヤカタを怒らせてしまったぞ。
あれ、ニールどうした?顔が真っ赤だ」
「ルーファス王子さま、今の美女は、まさかアシュさまですか。
僕はあんなに綺麗な人を初めて見た。
赤いドレスが美しい大輪のバラのようで、まるで花の化身に見えました」
***
撤退したクーデター軍を宰相が再集結させ、再び妖精森に攻める準備を始めたが、大魔女の呪いを恐れ兵士が逃げ出し、気が付けばクーデター軍兵士の数は半分以下に減っていた。
宰相を匿う反王族派最大貴族の領主は、深々とため息をついた。
「宰相、私はこれまで貴方に色々と協力してやった。
だが【始祖の大魔女】を敵に回すなら、私は今後一切貴方には関わらない。
私の領地の者たちは、大魔女に逆らい呪われた男が没落する様子を知っている。アレは人が関わってはならない、真の魔物の親玉だ」
「反王族派最大貴族といわれたお前まで、臆病風に吹かれたのか。
どいつもこいつも【始祖の大魔女】の名前を出して俺を阻もうとする。
これまで力のない先王と優柔不断な現王を支え、この国を守護してきたのは俺だ。
【始祖の大魔女】が我々のために何かしてくれた事はあったか?災害も戦争も病魔からも【始祖の大魔女】は助けてくれなかったではないか」
只の人間だった男は出世街道を上り詰めるために必死に突き進み、この国の宰相の地位を得る。
だが気がつくと妻を娶らず子もなさず天涯孤独で、髪も髭も白くなり老いて支配欲だけが増した。
「このまま、只のつまらない人間で終わるものか。俺は必ず王になる。
【始祖の大魔女】さえいなければ、この国は俺のモノだ。
ふはははっ、この方法を用いれば妖精森に潜り込める。
【始祖の大魔女】を屠り、エレーナ姫とルーファス王子を捕え、魔力を俺のモノにしてやる」




