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その23

 ニール少年がこぐマウンテンバイクの後ろに女騎士アシュが立ち乗りして、白い石畳の道を猛スピードで駆け抜け、夏別荘前の広場に乗り込んだ。


「えっ、ニール君いきなり二人乗り、しかも凄い早さで自転車を走らせている。

 たった三日であんなに上手に自転車に乗れるなんて、スゴいというか奇跡!!」


 見事な自転車二人乗りに、カナは思わず手をたたいて喜ぶ。

 しかし夏別荘の前で自転車から降りる二人の表情は、どこか硬く緊張していた。


「ああ、カナさま。とてもお久しぶりです。

 長い間留守にしていましたが、緊急にお伝えしたいことがあり戻って参りました。エレーナ姫はどこにいらっしゃいますか」

「アシュさん、久しぶりってたった三日だけど?

 エレーナ姫は応接室で足踏みミシンを踏んでいるわ。

 アシュさんの緊急の用事って、王子を捕まえようと追っている人たちの事よね」


 エレーナ姫や王子はクーデターで国を追われ、大叔母さんを頼って着の身着のまま妖精森に逃れてきた。

 カナはその情報を調べようとネットでニュース検索したが、クーデターで国を追われニホンに亡命してきた王族の話は出てこない。

 もしかしたらエレーナ姫たちは密入国、それとも国家機密で報道されないのかもしれない。


「エレーナ姫と王子を狙う敵がいるなんて……ああ、でもか弱い私には何も出来ない。

 いざとなったらコンおじさんに頼んで、知り合いの警備保証会社や地元消防団に妖精森を守ってもらおう」

「カナさま、ケイビホショウやショウボウダンとはなんですか?」

「うん、もしもの場合に備えて、知り合いの警備保障会社のミノダ(蓑田)さんや、地元消防団のケンタ(健太)さんに協力して貰おうと思っているの」

「ええっ、カナさまはミノタウロスにケンタウロスまで呼び寄せて、妖精森を守護させるのですか」


 さすがのアシュもこれには驚き、声が大きくなってしまう。

 目の前にいる小柄な魔女が膨大な魔力を有しているのは分かるが、まさかケルベロスだけでなくミノタウロスやケンタウロスまで一度に使役することが出来るとは。

 これなら宰相が大軍を率いて攻めてきても、魔女カナの守護魔獣を打ち破ることは出来ないだろう。

 妖精森の中にいる間、エレーナ姫やルーファス王子の身の安全は保障される。

 カナを見るアシュの視線は羨望と尊敬と畏怖が入り交じり、貴人に接するように居ずまいを正すと、深々と頭を下げその右手を取った。


「アシュさんどうしたの、そんなに見つめられると……。

 やっぱりこのお洒落なムームーは、ワタシに似合わない?」

「いいえカナさま、愛らしく高貴な魔女族の貴女にとてもお似合いです。

 魔女カナさま、どうかエレーナ姫とルーファス王子をお守り下さい」


 アシュに手を握られて頬を赤らめるカナに、ニール少年も声をかける。


「カナさま、僕の村を救っていただいてありがとうございました。

 魔女カナさまから頂いた贈り物で、村人の命が救われました」

「命を救われたって、それはちょっと大げさよ。

 大叔母さんのお中元を分けただけなのに」

 




 夏別荘の開け放たれた玄関前にいたルーファス王子は、ニール少年が見事に自転車をこぐ姿が見えた。


「えっ、どうしてニールは、あんな上手にジテンシャに乗っているんだ?

 僕でもまだ上手くジテンシャを使役できないのに……」


 それはルーファス王子が初めて経験する劣等感と羞恥、そして嫉妬心。


「オヤカタ、オヤカターー、アシュやニールとばかり話をするな!!」


 王子は自分でも気が付かないうちに駆けだしていた。

 自分に背を向けて、アシュとニール少年と話をしているカナの背中を思いっきり叩く。


 ポカッ☆ ポカポカ、ポカっ☆


「うわっ、イタタっ、急にどうしたの王子?

 ちょっと、今はアシュさんが急な用事があるから、王子と遊んでいられないのよ」

「イヤだオヤカタ、僕はオヤカタと弟子の契約をしているんだ。

 一番に僕を見てよ!!」

「ルーファス王子さま、何をお怒りになっているのですか?」

「王子さま、どうしたの?」


 アシュとニールが心配して声をかけると、王子は身をこわばらせカナの服を握り背中に張り付いた。

 カナは王子が顔を押しつけた背中が濡れて温かい涙を感じる。

 王子は泣いているのだ。

 カナが後ろを振り返ろうとしても、王子は背中に張り付いて顔を上げない。


「うーん、これはちょっと……王子と二人きりで話をさせて。

 そこの木の影に隠れている隊長、私の白いジテンシャの後ろに王子を乗せてちょうだい」


 相変わらず隊長は隠しきれない巨体で、バツが悪そうに広場の中心にある巨木の影から出てくる。

 カナの背中に張り付いたルーファス王子を抱え上げると、カナは白い自転車のハンドルを握り後ろに王子が乗せられる。

 二人乗りの白い自転車は、妖精森の奥へと続く山道を駆け上っていった。


 

 ***



「王子、見て見て、綺麗な蝶が飛んでいるよ」

「………」

「王子、ほら、木の上に大きなトカゲがいる。獲物のバッタをくわえているよ」

「………」


 自転車の後ろに乗ってからも、ルーファス王子はずっとカナの背中に顔を伏せたままだ。

 カナ自身、山道の自転車二人乗りはきつくて、途中から降りて自転車を押すだろうと思っていたが、この白い自転車はペダルが軽く上り坂もスイスイ進む。

 妖精森の奥へと続く白い石畳の遊歩道を走り抜け、小さな泉を通り過ぎると小高い丘にたどりつく。

 白い石畳の道はここまでで、そこから先は砂利道に雑草が生い茂り、ほとんど獣道と化していた。

 カナはそこで白い自転車から降りると、ルーファス王子を残しさっさと獣道を歩んでゆく。


「オヤカタ、ぼ、僕を置いてゆくな!!」

 

 砂利道を塞ぐ雑草は王子の胸までの高さがあり、カナはその雑草をかき分けてドンドン森の奥に突き進む。

 王子は慌ててカナの後ろからついて行き、二人は会話もなく黙々と丘の頂上を目指した。

 目の前が開けると、そこには一本の巨木があった。

 どうやらココは妖精森と呼ばれる山の頂上で、目の前の巨木は夏別荘前にあるシンボルツリーと同じモノだ。

 カナはその巨木に近づくと、木の幹に手を伸ばし何かを探している様子だ。


「えっと、確かこの辺から登れたはず。

 あっ、見つけた。王子、ココに来て木の上を見てごらん」

「なんだオヤカタ、広場の木と同じ種類で別に珍しくない……えっ、木の上に小屋が建っている」


 それは生い茂る巨木の枝葉で隠すように、木の上に作られたツリーハウスだ。

 カナはスカートの裾を絞って結ぶと、サンダルを脱いで巨木の幹にしがみつく。

 足をかけた部分に木のくぼみがあり、また所々に踏板が打ち付けられていた。


「邪魔な枝葉を払えば、上の秘密基地に登れそう。王子はちょっと待ってね」


 そういうとカナは慣れた様子で木を登り始め、途中太い枝で一休みするとさらに上へ登って行った。

 王子は黙ってその姿を見つめている。

 緑のムームードレスを着たカナは巨木の中に溶け込み、まるで森の妖精のようだ。

 しばらくすると、木の上からルーファス王子を呼ぶ声が聞こえた。


「下に落ちないように気を付けて登って来て。

 ふふん、ここはコンおじさんが子供たちのために作ってくれた秘密基地なのよ」

「木登りなら僕も得意だ、オヤカタ、そこに何があるんだ?」


 カナは一生懸命木を登ってくるルーファス王子と、その後ろの草むらに隠れて、ハラハラしながら見守っている隊長の姿を見た。



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