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その21

 女騎士アシュとニール少年が妖精森を出ると、そこは黒々とした不気味な沼地と彼方まで薄く雪化粧した荒れ地が広がる元の世界だった。

 妖精森の周囲に陣取っていたクーデター軍の姿はなく、地面には巨大な鍵爪の獣の足跡と、何かが引きずられ大勢の人間たちが逃げる足跡が記されていた。


「これはどうしたのかしら。クーデター軍が撤退した様子だわ」


 荒れ野の所々に武器が投げ捨てられ、アシュはまだ使えそうな武器を拾いながら自転車を押すニール少年に訪ねた。

 少年も何が起こったのか見当も付かず、しかし地面に残った鍵爪は巨大モンスターが暴れていたと分かる。


「僕の村が心配です。若者と子供たちは村から逃げ出したけど、まだおじいさまたちが残っている。

 村が軍隊やモンスターに襲われていたらどうしよう」


 少年は自転車を手放すと急いで村の方向へ駆けだし、アシュは慌てて倒れた自転車を起こすと少年の後ろ姿を追った。




 荒れ野の真ん中にポツンと存在する寂れた村は、老人だけが残っていた。

 少年は息を切らしながらも全力で走り続け村にたどりつく。

 人気のない閑散とした村は荒らされた様子もなく静かで、そして可愛い子犬の鳴き声がすると、黒い豆柴が尻尾を降りながら少年のところに駆けてきた。


「えっ、ケルベロスさまがどうして僕の村にいるんだろう?」


 足下でじゃれつく黒の豆柴を抱き抱えると、少年は顔をペロペロ舐められた。

 しばらくケルベロスを撫でて、それから村の入り口に建つ村長である祖父の家に入る。


「おじいさま、ご無事ですか。ニールは帰ってきました」


 すべての窓を閉めカーテンを降ろした暗い家の中で、背を丸めソファーに腰掛けていた老人は、少年の姿を見ると驚いて立ち上がる。


「お前は、まさか、おおっニール。無事だったか!!

 妖精森に入って十日も帰ってこないから、ワシはてっきり【始祖の大魔女】に捕らわれ死んだと思っていた」

「おじいさま、僕は妖精森の大魔女の館で一晩お世話になり帰ってきました。

 僕が村を出てからまだ一日しか経っていないはず……まさかその間に、村では十日も時間が過ぎたのですか?」


 大切な孫を失ったショックで、生きる気力を失いふさぎ込んでいた祖父は、帰ってきた少年を抱きしめると大声で泣いた。

 家の中が真っ暗だったのは、孫の死をいたみ喪に服していたからだ。

 少年は涙をこらえて祖父を安心させようと励ましていると、女騎士のアシュが館の中に入ってきた。


「ニール君はなかなか足が速いな。

 この私の足でも追いつけず、姿を見失いそうになったよ」

「ごめんなさいアシュさま、僕は村が心配で、魔女カナさまから頂いた荷物を投げ捨てて来てしまった」


 少年は落ち着いた祖父をアシュに紹介して、妖精森の中で【始祖の大魔女】代理の魔女カナに助けられた話をした。

 老人は孫の話に納得したようにうなずくと、少年が妖精森に入った後、地獄の魔犬ケルベロスが現れて軍隊を襲い、領主の魂を食べたがマズくて吐き出した話をする。

 村長が拾った領主の魂は、夜中に気味の悪い声で泣くので瓶に詰めて領主の館に戻したという。

 その驚く内容に、アシュとニール少年は互いに顔を見合わせる。

 カナは領主に対してとても怒っていたが、まさかケルベロスを使役してクーデター軍を壊滅させ、領主の魂を食わせるとは。

 アシュは背中に冷たい汗を感じた。


「カナさまは少女のように愛らしいお姿をしていながら、怒れば情け容赦なく呪いを行使する。

 本当に恐ろしいお方。ああ、カナさまこそ真の魔女です」


 村にケルベロスがいるなら、クーデター軍に襲われる心配はない。

 しかし冬の貯えが尽きた村に食料は残っていないはずなのに、村長に飢えた様子はなかった。


「そういえばおじいさま、若者と子供たちにすべての食料を持たせたから村に食べ物は無いのに、どうやって十日間暮らしていたのですか?」


 老人は孫の顔を見ると穏やかな笑みを浮かべ、部屋の片隅を指さした。

 そこには夏別荘で見た大魔女の贈り物、米や食料品のお中元の箱が山のように積まれていた。


「ケルベロスさまが毎日村に贈り物を持ってきて下さるんだ。

 おかげで残された村人は誰一人飢えることなく、今年の冬を乗り越えられる。

 逃げたクーデター軍兵士の中にも、領主がお前に行った仕打ちに怒りワシ等の味方に付く者もいる。もう村は安心だよ」


 老人の話を聞くとアシュは身を乗り出してきた。

 アシュの穏やかだった気配は凛とした眼光鋭い女騎士に変化し、固い口調で老人に問いかける。


「私は味方に付いたクーデター軍兵士に会いたい。現在の詳しい戦況が知りたいのです。

 ああ、それにしても私たちと姫様や王子だけではなく、村人まで心配りをするとは、なんて慈悲深い【始祖の大魔女】と魔女カナさま。

 このご恩に報いるためにもクーデター軍を退け、エレーナ姫とルーファス王子さまを王宮へ無事お帰りできるようにしなくてはなりません」

「孫を助けていただいた、妖精森の魔女さまと王子さまに感謝します。

 我々は、エレーナ姫さまのルーファス王子さまに忠誠を誓いましょう。

 女騎士さま、どうかこの地を支配する領主とクーデター軍を操る宰相を討ち滅ぼして下さい」


 まだ足下はおぼつかないが強い意志を宿した老人と、その背中を支えて立つ少年も顔を上げるとアシュを見て力強くうなずいた。



 ***

 


 しばらくすると噂を聞きつけた村人たちが館を訪れ、ニール少年の無事を喜んだ。

 その中で「土地は【始祖の大魔女】に呪われたのではなく、元々荒れ地を大魔女が豊かな森にした。それを領主が開墾したせいで大地は豊かさを失った」という話をしなくてはならず、村人たちは落胆し更に領主に対して怒りを募らせる。

 アシュはクーデター軍の動向を探るため村人にも協力をあおぎ、アシュ少年と村長の住む館に滞在することになった。


「お爺さま、魔女カナさまから妖精森の果物を頂いてきました。

 この果物は帝都の覇王さまが食べる貴重な白桃で、とても甘くて滋養強壮になるそうです」


 心労気味の祖父に果物を渡すと、金剛石のように光り輝く果物から上品でさわやかな香りが漂い、老人は喜んでソレを食べる。


「おお、果肉は瑞々しく蜜のように甘い、これまで食べたどんな果物より美味いぞ。

 体がなんだか温かくなって、おや、腕の痺れが収まってきた」


 老人は加齢から右手が不自由になって、白桃を握る手が震えていた。ソレがぴたりと止まり、椅子から立ち上がると丸まった背中がしゃんと伸びた。

 目の前の村長が突然若返ったように変化して、村人たちは驚きの声を上げる。


「なんだ村長さん、それは魔法の果物なのか?

 ちょっと俺にも分けてくれよ」

「これは妖精森の魔女カナさまから頂いたもので、今日中に食べるように言われました。

 とても美味しい果物で、まだ沢山あるし村の皆で食べよう」

「ああ、久々に新鮮な果物を食べたよ。

 妖精森の中には、この他にたくさんの果物が実っているのか。うらやましいな」


 そして村人たちは村長からお中元と白桃を分けてもらい、沢山の荷物を抱えて自分の家に帰る。

 その道途中で一人の老婆は枯れ木の根元に腰を下ろし、休憩しながら白桃を食べて、種を木の根元に捨てた。

 すると種は地面の割れ目に挟まり、しばらくすると割れ目の奥に落ちていった。


 翌日早朝、老婆の休憩した場所に、濃い緑の葉に黄金色に輝く実をたわわにみのらせた『金剛石の雫』の木が生えているのが見つかり、村は大騒ぎになる。

  

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