その17
翌日の昼過ぎ、ピザパーティを極秘計画したカナはワゴン車に食材を乗せ妖精森に向かった。
「半年間バイトしたピザ屋で教わって私が唯一作れる料理なの。
お店特製のピザ生地にピザソース、後は具材を乗せて焼くだけ。三種類のチーズに艶のあるナスと完熟トマトの夏野菜は準備したけど、お肉はどうしようかな?」
それはとても手料理とは呼べないモノだが、元バイト先は美味しいと評判のピザ店なので、同じ材料を使えばカナでもまともなピザが作れる。
そうして妖精森前の広場に到着すると、普段ほとんど通る車のない道の端に、一台の宅配車が停まっていた。
広場に車を停めると、宅配車から眼鏡をかけた青年が額の汗をぬぐいながら降りてきて、カナのワゴン車に近づくと困った表情でたずねる。
「すみません、この別荘地の方ですか?
実は配達物があるのですが、中に車の乗り入れができなくて荷物が届けられないんです」
「ああ、そうですか。私は妖精森別荘地の管理人です。
荷物ってもしかして、この時期大叔母さん宛に届くお中元かな。
別荘地の道は狭くて車の乗り入れが出来ないので、荷物はココで私が受け取ります」
カナは手慣れた様子で車に乗せた台車を降ろして宅配車の前に運ぶ。
宅配青年は助かったと呟くと、安堵した様子で台車に荷物を載せ始めた。
その荷物の量は二、三個ではなく、台車に数十個のお中元が山のように積まれた。
なるほど、この量では宅配青年も途方に暮れるはずだ。
カナは宅配青年に、自分がいないときには道向かいの雑貨店に荷物を預けるように頼んだ。
「さすが大叔母さん、ものすごい数のお中元。
夏別荘のお客様が増えたから、タオルや洗剤はとても助かるわ。
それとお米や食料品が多い……こ、これは新潟魚沼の高級米!!
はっ、ダメダメ、今日はピザパーティの予定なのよ」
大量のお中元受取証のサインをしながら、台車に積まれたお中元をチェックしていたカナの目に一つの箱がとまる。
「これは某有名牧場のパッケージ、中身がずっしりと重い。もしかして、もしかして、うわぁ大当たりだ」
ベリ、ベリベリと乱暴に包み紙を破き、中から取り出したブツを見て、カナは思わず歓喜の声を上げる。
「おおっ、予想通り、中身はベーコンとハム。
通販のお取り寄せランキングで常に十位内に入っている、花華牧場まん丸豚のじっくり熟成させた絶品ベーコンと生ハムの詰め合わせ!!
綺麗な桜色の生ハムに、リンゴのように鮮やかな肉色の熟成ベーコン。
ピザの上に載せて石窯でカリカリに焼いたら、うはっ、絶品ピザが出来上がるわ」
大叔母さんは来年までニホンに戻る予定はないし、ベーコンの賞味期限は三週間だ。
その他にタイミング良く届いたお中元の中身はピールやワイン、某有名店のバームクーヘンまであり、ピザパーティの食材はすべて揃った。
「大叔母さんありがとう。これで今日のピザパーティは大成功よ」
カナは上機嫌で歌を歌いながら台車を押して夏別荘に運んでいった。
カナが夏別荘に運んできた大量のお中元。
大魔女からの突然の贈り物は、エレーナ姫たちを驚かせた。
エレーナ姫たちは箱に書かれた異国の文字が読めない。中に何が入っているのか分からないので、一つ一つ箱を開いては歓声を上げ、まるでクリスマスのサンタのプレゼント状態になった。
バラの香りのする高級シャンプー&リンスのボトルを手にしたエレーナ姫の姿は、テレビのシャンプーCMを見ているようだ。
蜂蜜入りの手作り石鹸をお菓子と勘違いして食べようとしたメイド娘を慌てて止めたりと、多少のアクシデントはあったが、お中元はほとんどが別荘暮らしに役立つモノばかりだ。
「私たちはこれほど大魔女さまと、それにカナさまのお世話になりっぱなしで、本当によろしいのでしょうか?
城を焼かれ着の身着のまま逃げだし、金品も持たずにいるのに、大魔女さまの結界に守られ住み心地の良い素敵な館を与えられ、充分すぎるほどの食べ物を得ています。
私たちはどうすれば、このご恩に報いることが出来るのでしょう」
「えっ、私は大叔母さんからバイト代を貰っているから、エレーナ姫さまが気にすることありません。
そうだ、もし私がお姫様や王子の国に遊びに行った時に、お家に泊めて下さい。それなら良いですよね」
カナの言葉にエレーナ姫は一瞬真顔になるが、隣にいる侍女長と目を合わせ、微笑みを浮かべながら会釈した。
「では、もしカナさまがアチラの世界にいらっしゃるのでしたら、私たちは精一杯おもてなしいたします」
その言葉は契約になる。
カナが、アチラの世界へ招かれた瞬間だった。
***
カナのいる世界では真夏の妖精森だが、アチラの世界は真冬だった。
凍ることのない沼地に取り囲まれた森の中へと続く一本道は、所々膝まで泥が溜まり、少年はその中を歩かなくてはならなかった。
少年は自分がおとりとなり村の子供たちを逃がすため、そして妖精森に住む大魔女の呪いを解くために、膝上まで泥につかりながらその道を歩いていた。
妖精森の結界は侵入者を押しつぶそうと、見えない重石が少年の肩や背中にのしかかる。
さらに泥で片足が滑り倒れそうになるが、少年の首に巻かれた縄に引かれて体を後ろに反らす。
首の縄は、奴隷の呪いをかけられ決して切る事が出来ない。
少年が背後を振り返ると、縄の端を握りしめ自分の姿をあざ笑う領主の姿を見た。
「僕はなにがなんでも、大魔女と会って呪いを解いてもらう。
兄上、いいや、お爺さまや皆を苦しめるアノ男から、村を開放するんだ」
巨大なドーム状の結界に包まれた妖精森は、真冬だというのに深い緑に包まれ異国の花が咲き乱れ、色鮮やかな蝶が舞っている。
だがしかし、侵入者を拒む結界は妖精森に近づけば近づくほど力を増す。
少年は氷のように冷たい泥にヒザ上までつかり、体は凍えて震え、足の感覚もなくなってきた。
それでも前に進めと急かすように、首の縄がギリギリと締め付ける。
次第に少年の意識はもうろうとしてきて、体が前のめりになり両手が泥の中に沈む。
泥の中で指先になにか細長いモノが触れた。
引き上げると細い鎖に見えたモノが、白銀に光る蛇に変化して手首にからみついていた。
「なんで……こんなトコロに白蛇が、いるんだ、ろ。
白蛇よ、ここは、呪われ……残酷な土地だ。お前も、早く逃げろ」
その瞬間、少年の首の戒めがゆるみ体を押しつぶしていた力が消え、結界の内側へ転がり出た。
妖精森の中へと続く白い石畳の細い道が目の前に現れる。
そして、森の中から何かが焼ける香ばしいかおりが漂い、少年は残された力を振り絞り森の入口までたどりつくが、そこで意識が途切れた。
***
アシュたちが丁寧に作った石窯に火入れして温まるまで、カナはピザ生地に具材をトッピングをして料理の準備をしていた。
油断大敵、側から手を伸ばした隊長はベーコンを摘み上げると、がぶりと一口かじる。
「ほう、コレはずいぶんと大きな肉の塊ですな。どれ味見を、おおっ、旨い。
とても濃厚な肉と脂が、口の中でとろけるようだ」
「やめて隊長!!それは通販お取り寄せ予約二ヶ月待ちの、絶品まん丸豚のじっくり熟成ベーコン。
ああっ丸かじりした歯形がついている。なんてもったいないっ」
たった一口でベーコンの五分の一をかじられ、仕方なくその部分は切り落として端切れを隊長にあげた。
ピザを焼く前に具材が全部食べられそうな状況に、カナは焦る。
「隊長とルーファス王子は、今日は川に魚釣りへ出かけたんでしょ。
それなら石窯で釣ってきた魚を焼くから、ココに持ってきて」
しかしカナの言葉に隊長は気まずい顔で、その後ろで不機嫌そうなルーファス王子がいた。
どうやら今日の漁果はゼロで、王子はふてくされているようだ。
魚が釣れないのに意地になって、お昼もおやつも抜きで頑張ったらしい。お腹がぺこぺこでご機嫌斜めの王子様は、メイドたちがなだめても言うことを聞かない。
「魚はぜんぜん釣れないし、もうお腹が空いて我慢できない。僕もその大きな肉をかじる」
「隊長が変な事するから、王子が真似するじゃない。
まだ石窯の炭にちゃんと火がつかないの、あと三十分待ちきれない?」
着火材を使って炭に火をつけたが、石窯全体が温まるまで少し時間がかかる。
お腹が空きすぎて半分涙目の王子はカップ麺を食べると言い出し、それではピザが焼ける頃にはお腹いっぱいになってしまう。
石窯が温まればピザは数分で焼けるのに。
「あら、カナさま。それでしたら【炎の結晶】を使えば直ぐに火が付きますよ」
そういうとアシュが小さな袋から真っ赤な石を取り出した。
それはまるで石の中に炎が閉じこめられた巨大なルビーのような、今までカナが見たことのない石で、アシュは【炎の結晶】を石窯の炭の中へ投げ入れる。
「ええっ、アシュさん、そんな綺麗な宝石を炭の中に捨てたら……あっという間に火が付いた!」
「この魔力で火を操る【炎の結晶】が珍しいのですか?
私たちには、カナさまの持つ魔力を込める必要もなく誰でも炎が扱える火打石の方が珍しいです」
【炎の結晶】のおかげで石窯は数分で温まり、カナは一枚目のピザを焼いた。
ピザ生地は薄くて軽くサクッとした食感のクリスピー生地で、お腹の空いた王子のために、子供の大好物具材のコーンと卵と薄切りベーコンを乗せて、マヨネーズを回しかける。
そしてピザの焼ける香ばしいかおりが周囲に漂った。




