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その16

 プロックを積んだ土台ができあがり、次は耐火煉瓦と石版を積み重ねる作業に入る。


「アシュさん、濡らした煉瓦を図面通りに並べて下さい。

 一段目の煉瓦を並べたらセメントを塗ってコテでならし、その上に二段目の煉瓦を重ねます。

 四段重ねた上に石版を載せて下さい」


 煉瓦とブロックで作る簡単なピザ石窯作り。

 カナから図面の説明を聞いたアシュは、仲間を指導して作業に取りかかる。

 最初資材を乱暴に扱っていた彼らも、この一週間でずいぶんと仕事が丁寧になった。


「カンリニンさま、重い煉瓦は我々が運びます。

 この石窯作りを覚えて、俺の故郷でも同じモノをこしらえたいのです」


 作業を手伝っていた護衛のひとりがそう話すと、カナの持つ煉瓦を受け取った。

 シンプルな作りの石窯は、材料さえそろえば一日で制作できる。彼らが無事国に帰れば、同じモノを作ることができるだろう。


 といっても最初に壊されたブロック資材を補充して、作業の手伝いというか邪魔をする隊長がめんどうだったり、なんやかんやと大がかりな作業になった。

 ルーファス王子は、雑貨屋のリサイクルコーナーから持ってきた補助輪付自転車に乗って、カナたちが石窯作りをしている広場の周囲を走っている。

 運動神経の良い少年は、数回ブレーキの使い方を教わるとあっという間に自転車を乗りこなした。


「オヤカタ、坂道は踏み台に立ち上がって回せば前に進むのだ。

 僕はこの鉄の車輪の魔物(自転車)を、簡単に使役できたぞ」

「スゴいよ王子。ブレーキを使うタイミングもばっちりだし、バランスよく自転車をこいでいる。

 明日はちょっと難しいけど、右の補助輪を外して練習しようか」

「オヤカタと一緒に、鉄の車輪の魔獣で森の中を走りたい。

 僕はコイツを乗りこなせるように頑張る」


 額に汗を浮かべながら、初めて自転車に乗れた嬉しさで声を弾ませてカナに話しかける王子。

 ハリウッド映画子役のような美少年がキラキラと輝くような満面の笑顔を見せた。


「うっ、王子の笑顔が眩しすぎるっ。

 あんなに生意気な口をきいていた王子が、こんなに素直になるなんて。

 この妖精森は心を取り戻す不思議な場所ね」


 初対面の時、カナは王子の魔力で作り出した守護獣を踏みつぶし、圧倒的な魔力の差を見せつけた。

 ルーファス王子の自信の源は妖精族の祖先がえりと言われる魔力で、それ以外は男子としては細く小柄な自分に引け目を感じていた。

 そんな王子の見た目にかまわないガテン系のカナは、少し乱暴すぎるほどガサツに扱うが、今まで真綿に包まれるように守られてきた王子には、それが新鮮だった。

 魔力を使わなくても、頑張ればオヤカタは手放しで誉めてくれる。

 この人にもっと認められたい、好かれたい。

 それは初めて少年のココロに芽生えた、奇妙な感情だった。




 日が傾いた頃、最後の煉瓦を積み終えてピザ石窯が完成した。

 

「とても初めて作ったとは思えない、ブロックの間に塗り込んだセメントはハミ出しもなく綺麗で、煉瓦は一枚の壁のように真っ直ぐに積まれている。

 アシュさんの几帳面で丁寧な作業のおかげで、私が想像してたよりずっと立派な石窯ができたわ」

「ええ、私も驚きました。まさかたった一日で石窯が作れるとは。

 この土台の四角いブロックの穴に鉄芯を差し込んでセメントを流し込めば、もっと強固で大きなモノが作れるのですね」


 ピザ石窯を眺めるカナは感無量で、作業に関わった彼らも「上出来だと」その仕上がりに満足している様子だ。

 王子は完成したピザ石窯の周囲を、補助輪付き自転車で走り回る。

 夏別荘から若いメイドが夕食の準備が出来たと呼びにきて、その日の作業は終了した。




 夏別荘の八人掛けテーブルに、お客様扱いのカナはエレーナ姫やルーファス王子と一緒に食事をとる。

 毎回アシュがカナの椅子を引いてエスコートするので、なんともいえないお姫様気分だ。


「今日のディナーは、ウィリス隊長さまが捕まえてきた川魚でございます」

「うわっ、スゴい、大きな魚が皿からはみ出している!!

 ウィリスは、見回りをサボって釣りしてたんだな」


 ルーファス王子の一言に、キッチンの入り口で若いメイドに話しかけていた隊長が、慌てて外に飛び出していった。

 カナのリフォームや石窯作りに他の者が駆り出され、ひとりだけ相手にされず暇を持て余していた隊長は、釣りという娯楽を見つけていた。


「森のヴァカンスに来ているんだから、みんな自分の好きなことをしてもいいのよ。

 うーん、バジルのイイ香り。こんがり焼けた川魚のバター焼きは、生臭さが消えて皮がパリパリに香ばしくて、白身がふっくらしている。

 あっ、私はコショウじゃなくてお醤油をかけていただきます。

 ふわんっ、美味しい。バター醤油って和食洋食の壁を取り払う味付けだと思うの」

「オヤカタがそんなに魚が好きなら、僕が釣ってきてやろう。

 ウィリス、明日は僕も一緒に釣りに行くぞ」

「それは本当ですか、王子!!このウィリス喜んで釣りのお共をいたします。

 川に住む魚を、全部釣り上げましょう」


 窓の外から中の様子をうかがっていた隊長は、王子の一言に大喜びで部屋に飛び込んできた。 

 今夜も明日も天気予報は快晴。

 

「一日セメントを乾燥させれば、明日の夕方には石窯に火入れをして、念願の野外ピザパーティができる。

 ここで食事をご馳走になってばかりいるから、ピザパーティ計画を密かに進めて、みんなを驚かせるの。

 明日王子が釣ってきた魚も、石窯で焼いてみよう」


 

 こうして妖精森の中は平穏な毎日が過ぎてゆく。

 しかし、妖精森の外では不穏な空気が立ち込めていた。



 やがて二つの世界が交わる出来事が起こる。



 ***



「俺は村の子供を全員連れてこいと言ったハズだ。

 それなのに貴様ひとりだけとは、一体どういう事だ!!」


 妖精森を取り囲む沼地の入り口に現れたのは、ひとりの少年だった。

 領主は額に青筋を立てて怒鳴りつけるが、少年はひるまずに堂々とした態度で答えた。


「兄上、これ以上村人たちに犠牲を強いるのはおやめ下さい。

 妖精森の結界越えは、僕がひとりで行きます」

「この愚図が、貴様のような下賎な者に兄上と呼ばれる筋合いはない。

 そうか、貴様が妖精森に行くというなら、首に縄を掛けて沼地を歩かせる。

 必ず呪われた森の中に入れ。逃げ出したり戻ってきたりすれば、ヒドい目に遭わせるぞ」


 領主と少年は大人と子供であるが、髪と目の色、顔立ちがよく似ていた。

 領主が兄弟ではないと否定しても、他の者から見れば血のつながりは一目瞭然だ。

 腹違いの弟の首に縄を掛け、奴隷のように道を歩かせる領主に、兵士の中からもやりすぎではないかと声が聞こえる。


「大魔女に呪われて死ぬかもしれないけど、僕は必ず妖精森の中に入ります。

 兄上も軍の兵隊たちも、全員で僕を見届けて下さい」


 少年の行動は、領主と軍隊の関心を自分にひきつけるものだった。

 監視のいなくなった村では、若者たちが子供を連れて呪われた地から逃げ出し、村に残った年老いた者は少年の無事を女神に祈った。

冬に書き始めた夏休みの話、いつの間にか季節が追いつきました。

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