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その15

 今日の妖精森は快晴。

 都心では過去三十年で一番の猛暑日を記録したが、田舎の避暑地にある妖精森は少し汗ばむ程度の暑さで、木々の間から涼しいそよ風が吹けばクーラーや扇風機も必要としない。

 そんな穏やかな別荘地で、やたらと鼻息荒く勇む小柄な娘が一人。


「今日は絶好のピザ石釜造り日和、練ったセメントの乾きも速い。

 アシュさん、広場の右端の地面を平たくならして、午前中に石釜の土台を作りましょう」


 料理なら夏別荘のキッチンで充分できるのに、わざわざ外に石窯を作るのは完全にカナのDIY趣味だ。

 カナは自分の趣味に他人を巻き込み、特に力仕事で男性陣をこき使う気満々でいる。


「カナさま、地面をならした後は図面通りに四角い石を並べればいいのですね。

 セメントという粉末に砂と水を加えて混ぜれば硬い石に変化するとは、なんて不思議な魔法でしょう」


 DIY作業を通してすっかり打ちとけた女騎士アシュは、カナを名前で呼ぶようになっていた。

 ガサツな他のメンバーにカナが指示を出すよりも、仲間であるアシュを現場監督にして頼んだ方が仕事はスムーズだ。


「オヤカタ、今日は何を作るんだ?僕にも手伝える事はないか」


 木陰のベンチでメイド長に本を読んでもらっていたルーファス王子は、広場の隅で作業を始めたカナたちを見つけると、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。

 妖精森にきた当初、厳しい逃亡生活で青白い顔をした王子は、毎日森の中を駆け回り。少し日に焼けて子供らしい明るい表情を取り戻していた。


「うーん、ブロック一個十キロあるから、王子に運ばせたら危ないよね。

 それより妖精森の入り口に置いてある、石釜用の資材と鉄板を運ぼうか」

「カンリニンさま、妖精森の入り口に王子を連れて行くのは危険です。敵がすぐ側に潜んでいるかもしれない。

 前のように台車に資材を乗せてココまで運べばいいのですね。俺が資材を運んできます」


 カナに声をかけてきたのは、二メートル近い長身で筋骨隆々な肉体を持つ、蒼臣国第一近衛団隊長ウィリスだった。

 彼は人並みはなれた怪力の持ち主だが、簡単にモノを壊してしまう。

 そのせいで彼一人だけリフォーム作業から外され、もっぱら妖精森の見回り警備の仕事だけで退屈していた。

 張り切る隊長の様子に、カナとルーファス王子は互いに顔を見合わせる。彼に運ばせれば、確実に資材を壊すのは目に見えている。


「それなら隊長さん、王子と一緒に運搬用台車を森の入り口まで運んできて下さい。私は自転車で先に行って資材の準備をしています」

「えっ、僕はオヤカタの鉄と車輪の魔物(自転車)の後ろに乗りたい!!ウィリスと一緒は嫌だ」

「ええーっ、それはヒドいです。ルーファス王子さま」


 今カナが乗っている自転車は、白く細いフレームに洒落たデザインをしている。

 隊長とぶつかった紺の自転車はハンドルが取れチェーンが切れ、修理に時間がかかるといわれた。

 妖精森で自転車が無くては不便なので、カナは仕方なくバイト代をつぎ込んだピカピカの白い自転車に買い換えた。


「そういえば、王子は自転車に乗れなかったよね。

 私の後ろに乗るのもいいけど、自分で自転車に乗る練習をした方がいいかもしれない」

「オヤカタ、僕でも鉄と車輪の魔物(自転車)に騎乗できるのか?」

「大丈夫、王子は運動神経良さそうだし、練習すれば自転車に乗れるようになるよ。オジさんの店に補助輪付き中古自転車があったから、ソレで練習しようか」


 ルーファス王子の国は車や自転車がなく、今でも馬が輸送手段だと聞いた。そしてオモチャのゼンマイ車に夢中の少年が、自転車に興味を示さないハズはない。


「鉄と車輪の魔物(自転車)を王子が使役するなんて危険すぎます!!それなら俺が代わりに魔物を使役しましょう」

「イヤーァ、やめてっ。重量オーバーで自転車が潰れちゃう」


 なんと隊長もカナの自転車に興味を示していた。

 二メートル近いガチムチ男が、細いフレームの白い自転車に乗ろうとするのだ。

 隊長を必死になって止めるカナを見て、ルーファス王子の叱咤が飛ぶ。


「ウィリス、お前は骨と車輪の魔物(自転車)を二匹もダメにするつもりか!!貴様は魔物に触れることを禁じる」




 こうしてカナはピザ石釜作り、小さな王子は自転車に乗る練習が、同時進行で行われることになった。

 ちなみに資材運びの方はいつものお約束で、隊長が鉄板を下に落とし少しゆがんだ状態になった。



***



 妖精森の中の七日間は、外の世界では十倍の時を刻む。

 エレーナ姫とルーファス王子の一行が妖精森に逃げ込んでから二月が過ぎ、森を取り囲む領主の自警団と宰相の軍隊は焦りと苛立ちを隠せなかった。

 たかが女子供ふたりを捕らえることも出来ないのかと、クーデターの主犯格である宰相から、毎日矢のような催促が届く。

 領主は宰相に気に入られようと大勢の軍隊派遣を要請した。自ら軍隊の先頭に立ち、捕らえた姫と王子を宰相の手土産に、英雄として王都入りを企んでいた。

 しかし妖精森の結界に阻まれ姫と王子を捕らえられず、長期駐留する軍隊は領地で略奪を始めていた。


「子供のルーファス王子が他のモノを導き森の中に逃げた。

 そうか、子供なら大魔女の結界を越えて、妖精森に潜り込むことができるはずだ。

 村にいる子供を何人か、いいや、全員連れてこい!!」




 廃屋が建ち並び住人の数が半分に減り、寒村と呼ぶにふさわしい寂れた村。

 村の入り口に立つ一件の館では、領主からの書状をみた村長が頭を抱え、思わずうめき声を上げた。


「うううっ、この馬鹿領主、何を血迷ったことを言うんだ。

 村に備蓄していた食糧だけではなく、今度は子供を差し出せという。

 妖精森へと続く沼地の道は、膝上まで泥に浸かり進まなくてはならない。

 真冬に泥の中を歩けと命じるのは、子供に凍え死ねと命じているようなものだ!!」

 

 村長は書状をぐしゃぐしゃに丸め床に投げ捨てた。

 十年前、誠実だった前領主の跡を継いだ息子は、何度か事業に手を出しては失敗する。その借金を返すために農作物を増やそうと、禁域の妖精森を開墾し大魔女の呪いを受ける。

 もうすぐ村の食料は底をつく。子供を連れて逃げようとしても、きっと軍隊に捕らえられるだろう。

 村の行く末に絶望し、顔を両手で押さえ苦悩の声を漏らす年老いた村長の後ろから、彼の孫である少年が声をかける。


「お爺さま、いえ村長さま。僕はまだ十一歳、子供の年齢です。

 もうこれ以上、兄上のせいで村人に迷惑はかけられません。

 僕が妖精森の結界越えに行きます」


 村長が振り返ると、そこには孫のニールがいた。

 一人娘の残した大切な子供で、髪と瞳の色は領主と同じだ。

 十三年前、領主の館に行儀見習いをかねて、女官として働いていた娘は前領主と関係を持った。

 数年前妻に先立たれた五十前の前領主と娘の関係に愛情はあったのか分からないが、決して無下に扱われることはなかった。

 しかし突然父親である領主が死に、産後のひだちが悪かった娘も赤子を残して死んでしまう。

 そして腹違いの兄にあたる現領主は、生まれた子供を兄弟と認めなかった。

 

「お前はこれまで兄の領主に散々蔑まれてきた。こんな村など離れ、王都で学び優れた人物になるのだ」

「いいえ、お爺さま。この地の呪いを解くために、僕は大魔女に許しを請いにゆきます。

 僕が妖精森の結界に入るのを、領主も軍隊を見届けようとするでしょう。

 その間にお爺さまは村人と共に、この呪われた場所から逃げてください」

 

 

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