その13
「はふぅ、ふかふかのクッションから太陽のイイ香りがする。
久しぶりに応接室のソファーで寝ちゃった」
昨日リフォームを手伝ったアシュが、実は女性だと知りカナはショックをうける。
しかし恋心よりガテン魂の勝る彼女は、その後も壁の修繕作業をノンストップで続けた。そして資材運びとリフォームで働きずめの疲れから、仕事が終わると同時に気を失うように寝てしまったのだ。
翌朝、カナは夏別荘の大きなソファーの上で意識を取り戻す。
キッチンからベーコンの焼ける香ばしいかおりがして、開け放たれた窓の外は快晴で、風にはためく洗濯物が見えた。
「お目覚めですか、カンリニンさま。
昨日は本当にお疲れさまでした」
「あっ、メイド長さん、おはようございます。
ワタシったら朝寝坊しちゃって、もうお昼前ですよね。
ちょっと顔を洗いに……あれっ、お腹が空いて力が出ない」
カナはソファーから体を起こし。フラフラと立ち上がる。
心配して声をかける侍女長に大丈夫と答え、勝手知ったる夏別荘の洗面所に向かった。
「くんくん、なんだか汗臭いよね。お風呂に入りたいな」
しかしココのお風呂に入るのはよくない。自分は管理人としてケジメを付けなくてはいけない。
そういえば大叔母さんから頼まれたお客さまは親子二名だったが、メイドの女の人や警備の男の人たち計九名に増えて、全員がこの夏別荘で暮らすには無理がある。
「よし、夏別荘のリフォームが済んだら、次は隣の平屋を修繕して男の人たちの休憩所にしよう。
右隣の小さなログハウスは、私専用の管理人室にしようかな。
フフッ、やることがいっぱいあって、なんて楽しいの!!」
顔を洗い目を覚ましたカナは、楽しい楽しいDIY作業の事を考えると自然に口元がゆるむ。
応接室に戻ると、そこにうさぎワッペンのベストを着たルーファス王子が、遊び相手を待っていたかのように瞳を輝かせてカナの元に駆け寄る。
「おはよう、オヤカタ。今日僕は何を手伝えばいいのだ。
あの宝物庫は、僕の部屋になるんだな」
王子は甘えるようにカナに抱きつく。
奥の食堂から出てきたエレーナ姫と女騎士アシュが、二人の様子に微笑みながら声をかけてきた。
「おはようございますカンリニンさま。
あのお部屋は、もう完成したではないのですか?
アシュから話を聞きました。
魔法道具を使って壁の穴を塞ぎ、一晩で修繕してしまうなんて、熟練大工でもこれほど早い作業は出来ないと驚いていましたよ」
「エレーナ姫さま、お待たせしていますが、まだリフォーム中なのです。
これからベニヤ板に壁紙を貼って新しく家具を入れて、今日中に部屋を完成させます」
「それでは私は、今日もカンリニンさまのお手伝いをします。
一晩で部屋が綺麗になったので、他の者たちも是非カンリニンさまの手伝いがしたいと言っています」
「ううっ、手伝いはアシュさんがいれば大丈夫。
作業が終わるまで他の人は立入禁止だと伝えて下さい。
特に、アノ隊長は決して部屋に近づけないように!!」
エレーナ姫にリフォーム作業の報告をしたカナは、王子に手を引かれて遅い朝食が準備されたテーブルに付く。
椅子に腰掛けようとするとアシュが素早くエスコートしてくれた。
(はうっ、アシュさんはやっぱりカッコいいなぁ。でも女の人なんだよね。)
昨日は食事も忘れ作業に没頭していて、朝起きた時はふらつくほど空腹だったカナは、目の前に用意された料理が泣きたくなるほど嬉しい。
厚切りパンを卵に浸して焼いた熱々フレンチトースト、上にのせた冷たい生クリームとジューシーな果物のシロップをトーストに塗って食べる。
柔らかく煮込まれた野菜スープは、ほのかに甘い優しい味。
適度に焦げ目が付き分厚く切られたベーコンは、カナのバイト先のファミレスで食べるモノとは全く味が違う。
夏別荘に食材を届けたコンおじさんは、グルメでお取り寄せマニアだ。
きっとこの食材は、全ておじさんの御眼鏡にかなった一級品なのだろう。
「はふんっ、なんて幸せな朝ご飯なの。五臓六腑に染み渡るとは、まさにこの事だわ」
カナが目を細めて美味しそうに食べるのを、頬杖をついて眺めていた王子は、行儀が悪いと侍女長に注意される。
ルーファス王子は、茶色い髪の小さな魔女が今日は一体どんな面白いことをするのか楽しみで仕方なかった。
そんな王子の視線に気づいたカナは何かひらめいたかのようにニヤリと王子に笑いかけ、食事を終えて「ちょっと待って」というと玄関の外へ出て行く。
数分後、彼女は外に放置していたガラクタ箱を抱えて戻ってきた。
「ねぇルーファス王子。このミニカーを走らせてみようよ」
それはカナが子供の頃大流行した自動車のオモチャで、丸いフォルムにカラフルな車体、後輪がゼンマイ式のミニカーだ。
カナはガラクタ箱の中からオモチャを一つ取り出すと、床に置いて手を離す。
するとオモチャはカナの手の平から飛び出して、王子の目の前を横切り反対側の壁にぶつかって停る。
「オヤカタ、なんだ、なんだそれは!!
この奇妙な形をしたオモチャの荷馬車は、どんな魔法で動いているのだ」
「フフフッ、やっぱり食いついた。男の子は乗り物が好きだよね。
このミニカーは後ろのタイヤがゼンマイ式でね、ホラ、床で後ろにバックさせて手を離すと前に走り出すの」
ルーファス王子は驚いて椅子から転げ落ちるよう立ち上がると、オモチャ箱に飛びついた。
半透明ケースの中から赤いミニカーをひとつ取り出し、カナの真似をして床を走らせて歓声を上げる。
「オヤカタ、この魔法玩具を僕が貰ってもいいのか?
箱の中にはバラバラになった荷馬車があるぞ。どうして壊れたままにしているんだ」
「ああ、それは速い車のパーツを組み合わせてカスタマイズして、自分だけのミニカーを作るの」
「速い荷馬車の破片を組み合わせて『かすたまいず』すれば、僕だけの荷馬車が作れるのだな」
王子は夢中でミニカーを全部ひっくり返す。
どの車が一番早く走るのかチェックしている間に、カナはその場を離れアシュを手招きをしてリフォーム部屋へ向かった。
「この部屋はルーファス王子が使うから、リフォームで大変身させて驚かせようと思うの。
お姫様やメイド長に頼んで、部屋が完成するまで王子を外に連れ出して欲しいの」
「しかしカンリニンさま、豪華な王宮を見慣れているルーファス王子さまを驚かすのは難しいと思いますが。えっ、なんですか、ソレを壁に貼るのですか」
カナは鼻歌をうたいながら折り曲げられた壁紙を広げると、それを見た女騎士アシュは戸惑いと驚きの声を上げた。
「私も一度こんな子供部屋に住んでみたかったの。さぁ早く作業を始めましょう。
二人で王子様を驚かせるのよ」
ルーファス王子はカナから貰ったミニカーを床に並べて何度も走らせ、気に入った五台を見つけた。
ふと気が付くと随分と時間が過ぎていて、応接室にカナの姿はなく壁を隔てた反対側の部屋から壁を叩いて作業する音が聞こえる。
「そうだ、僕はオヤカタの弟子だから仕事を手伝いをしなくちゃ」
王子は慌ててミニカーを箱の中に片づけると応接室を出た。そこへ王子の姿を見たエレーナ姫と侍女長が呼びとめる。
「あら、ルーファス王子さま、お遊びは終りですか。
カンリニンさまが大きな幻の果実を食べたいとおっしゃたので、私と幻の果実を採りに行きましょう」
「ルーファス、貴方が一番大きな金剛白桃を採ってきたら、カンリニンさまはとても喜ぶでしょう」
母親の言葉に王子は素直にうなずくと、侍女長と一緒に夏別荘の外にでる。
そこへ待ち伏せていた隊長が現れ、泉に七色に輝く魚が居るから捕まえに行こうと誘い、王子を妖精森の探検に連れ出していった。
***
ガラガラガラ、
夕焼けで空は赤く染まり、黒い鳥がカァカァと泣きながら妖精森の上を横切る。
妖精森の奥へと続く細い道を、隊長とルーファス王子は水を満たした衣装ケースを台車に載せて運ぶ。
泉で橙に黒のまだら模様の太った鯉を捕まえると、王子はそれをカナに見せたいとねだったのだ。
白い肌が日に焼けて赤くなり白銀の髪もボサボサになった王子が、夏別荘の中へ駆け込むとカナの姿を探した。
玄関ホールの左の扉の奥から、少し舌足らずで大きな明るい声が聞こえる。
「消費電力の少ないLEDライトなら夏別荘でも使用できるの。
子供部屋に二段ベッドは定番よね」
天井から吊した小さなシャンデリアと、星と月の形をしたライト。
木製の組み立て式二段ベッドの上の段には、カナが厳選したオモチャを並べた。
別の部屋に置かれていた本棚を運び込み、王子が最初に興味を示したモンスターカードゲームのコミックスを並べてみた。文字は読めなくてもマンガを見て楽しめるだろう。
折り畳みのソファーベッドを広げ、本棚の一番上に家庭用プラネタリウムの玩具を置いて完成。
すっかり仕上がった部屋を見回して、アシュは感嘆の声を上げる。
「これほど丁寧に作られた家具が、私のような素人でも組み立てるだけで出来上がるとは驚きです」
「アシュさんが手伝ってくれて本当に良かった。
警備の男の人だと壊す心配があるし、ワタシ一人で二段ベッドを組み立てるのは重労働だもの」
すっかりリフォーム&模様替えの済んだ部屋を見回して、カナは満足げに微笑んだ。
廊下から、パタパタとこちらに駆けてくる元気な子供の足音がした。
「オヤカタ、とても大きなオレンジ色の魚を捕まえたぞ。僕が網ですくってんだ。
……えっ、なんだこの部屋は」
リフォーム部屋に飛び込んできたルーファス王子は、その場に立ち止まり言葉を失う。
朝は平たい板張りだった壁三面に小鳥と青いリーフ柄の壁紙が貼られている。
そして部屋正面の壁が消えて、外の景色が映し出されていた。
抜けるような青空に緑の草原が広がり、そこで寝そべっているのは黄金のたてがみをした獅子で、鋭い眼光がルーファス王子を睨みつける。
「ふふっ、王子びっくりした?
これは私が大好きな動物写真家の巨大広告看板を壁に貼ったの。
サバンナを駆け回る百獣の王、ライオンの等身大ポスターよ」
「ルーファス王子さま、これは魔法で布に風景を閉じ込めた『シャシン』だそうです。
それにこの魔獣は迫力があって、まるで生きているようです」
しかし王子は壁の向こうにいる獅子を見つめたまま、金縛りにあったかのようにその場をしばらく動かない。
慌てて何度も声をかけると、やっと王子はカナの声に気がついて後ろを振り返った。
「王子、大丈夫?そんなにこのポスターに驚いたの」
「オヤカタ……コレも僕が貰っていいんだな。
凄い、コイツを使役できれば、僕はどんな魔道士よりも力を得られるぞ」
※本タイトル「白銀の王子(小)と夏別荘のDIY乙女」にしました。




