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その12

 夏別荘の玄関ホールに入ると、そこには二つの扉が並んでいる。

 右の扉は広い応接室と食堂キッチンへと続き、左の扉は大部屋と二つの客間に続く廊下が伸びていた。

 奥の部屋はルーファス王子が大魔女の宝物庫だと言ったが、実はガラクタ部屋。

 中を片付けると現れたのは、音を立てきしむ床に壁紙が剥がれ穴だらけの壁。これでは客室として使用できない。

 カナは部屋の中をぐるりと見回すと、昨日イメージしたリフォーム図面を脳内に呼び起こし自らに気合いを入れる。


「さぁ、頑張ろう!!

 時間をだいぶロスしたから、床のフローリング貼りだけでも今日中に済ませなくちゃ」


 資材運びの件で護衛の彼らが当てにならないと判ったので、部屋のリフォーム作業は自力で頑張るしかない。

 これからノンストップでリフォームにとりかかるが、下手すると徹夜覚悟の作業になるかもしれない。


「オヤカタ、隊長は妖精森の見回りに行かせたぞ。

 そのかわりに夜警の担当でさっき目を覚ましたアシュが、オヤカタの手伝いをしたいそうだ」

「えーっ、もう護衛さんは手伝わなくてもいいよ。

 資材を壊されたらイヤだし、ワタシ一人で作業した方が間違いないもの」


 カナは床にしゃがんだまま、王子の呼びかけにも顔を上げす作業に専念している。

 フローリング材の番号を直接床に書き込んでいると、後ろから誰かがカナに話かけてきた。


「大魔女一族のカンリニンさま、それはどのような魔法陣ですか?

 この傷んだ部屋を修繕のは腕の良い大工でも五日がかりの作業でしょう。

 だが王子さまは、カンリニンさまなら一晩で美しく蘇らせるとおっしゃいました。 

 小柄なカンリニンさまおひとりで作業するのは大変でしょう。

 是非とも私にお手伝いさせて下さい」

「オヤカタ、アシュはとても優秀な騎士だ。

 ウィルスのようになんでも壊さないから大丈夫だぞ」


 王子が自慢げに呼んだアシュという騎士は護衛の中では一番細身で、長い赤毛の髪を後に結わえて、切れ長の黒い瞳に鼻筋の通った綺麗な顔をしている。

 フローリング材を珍しそうに見つめ、板を叩いて質感を確かめている彼の様子から、どうやら大工仕事に詳しそうだ。


「それならアシュさん、お手伝いよろしくお願いします。

 今回のリフォームは寸法通りに切らせたフローリング材を、専用両面テープでくっつけて床に置くだけなの。

 板の裏にかかれた番号通りに、間違えないように床に置いてね。

 板同士の隙間が出ないようにきちんとくっつけて下さい」

「オヤカタ、このフローリンという木は、どうして全部同じ形をしているのだ?

 それに板の表面は、まるで蜜蝋で磨いたかのようにツヤツヤだ」


 こうしてカナが指示を出し、アシュは重たい板を軽々と運んで床に並べ、ルーファス王子が番号のチェックをする。

 板の大きさに誤差があっても、カナは慣れた手つきでノコギリを引き、サイズを正確に調整する。


「なるほど、あらかじめ寸法通りに切られているから、並べて敷き詰めるだけで床が仕上がるのか」

「王子と一緒に何度も床を正確に計って、長さに合わせて板を切ったの。

 ホントは床板を釘止めしないといけないけど、今回は急いで仕上げないといけないから両面テープ留めで済ませるわ」


 そして二時間ほどで床の作業は終わり、木目の美しいチャコールグレーの高級フローリング材が、薄汚れて傷だらけだったガラクタ部屋の床に敷き詰められる。 


「すごいぞオヤカタ、あのオンボロ床が、まるで王宮のサロンのように傷一つ無い綺麗な床になった。

 本当に魔女は部屋を簡単に直すのだな」


 大喜びで床に寝転がりフローリングの手触りを楽しむルーファス王子の隣で、カナは一仕事終えて満足そうなアシュの顔をあらためて見つめた。

 少し癖のある赤毛に中性的な綺麗な顔立ち、細身で身長の高い力持ち。どことなく気品もあって、なんだか素敵な人。 


「この調子なら今日中に壁の捨て貼りまで出来るわ。

 イイわ、この人使える。仕事が丁寧で、ワタシが指示した通りに動いてくれる。あの何も考えてない脳筋隊長とは全然違う!!」


 昨日からメイドや隊長に散々足を引っ張られていたカナは、やっと巡り会えた使える人材に心をときめかせる。 



 ***



 カナは床に寝転がっている王子を起こすと、仕上げた床を傷つけないようにシートを敷いて、所々剥がれた壁紙の上に薄ベニヤを貼る作業にとりかかる。


「カンリニンさま、次の作業は汚れた壁を板で隠すのですね。

 しかし、これだけ天井の高い壁全部を板で覆うのはかなりの重労働ですよ」

「あっ、それは全然大丈夫。タッカーで簡単に板を留めるから。

 アシュさんは板が斜めにズレないように、しっかりと支えてね」


 そして茶髪の小さな魔女が箱から取り出したのは、鉄のドアノブに似た形をした不思議な道具だった。

 ルーファス王子はカナの手にしたソレを見ると、瞳を輝かせ興味津々でカナにたずねる。


「オヤカタ、その変な形をした魔法道具はなんだ!!」

「これはタッカーという木工用大型ホッチキスで、先から金属の芯が飛び出すの。

 王子、子供は危ないから触っちゃダメだよ」


 カナはルーファス王子に後ろに下がるように命じると、アシュの支える板の端に魔法道具を押しつけてハンドルを引いた。


 パシン、パシッ、パシン


 大きな金属音を立てながら、小さい魔女が壁に薄い板を縫いつける。

 熟練の大工でもこれほど早く釘打ちは出来ないだろうと、アシュは驚く。

 カナが手を離すと板はしっかりと壁に打ち付けられて、そして休む間もなく新しい板を運び次の作業に取りかかる。

 アシュはカナが作業しやすいように板を支え、足下に転がる木クズや落ちた針を素早く片づけた。

 空を赤く染めた夕日が沈み夏別荘に明かりが灯る頃には、壁半分まで捨て貼り作業が進む。


「あら、この部屋はさっきまで倉庫のように汚れていたのに、もう床を修繕したのですか。

 まさかカンリニンさまが、これほど腕の良い大工だとは思いもしませんでした」

「母さま、ここは僕の魔法部屋にするのだ。

 部屋が綺麗になったら、外に置いてある宝物も全部この部屋に持ってくるぞ」


 王子に連れられてガラクタ部屋のリフォーム作業を覗きに来たエレーナ姫は、お昼着ていたムームーの上から朝顔柄の浴衣をガウンのように羽織っている。

 彼女は何枚か古着を手に持ち、カナと一緒に作業をしているアシュを呼び寄せた。


「こちらにいらっしゃい、アシュ。

 貴方は昼間休んでいたから、まだ着替えが済んでいませんでしたね。

 カンリニンさまが、素敵なお洋服を私たちのために準備して下さったの」


 そういえば、彼は昨日と同じ分厚い生地のシャツに皮ベストを着て毛皮のズボンという暑苦しい服装で、エレーナ姫が手にしているのは流行遅れのリサイクル古着だった。

 うわっ、アシュさんごめんなさい、今日はこの古着で我慢して。とカナは心の中で謝る。

 そんなカナの気持ちを知らないアシュは、エレーナ姫から受け取った服に着替えるため部屋を出ていった。

 

「それにしても、アシュさんが居てくれて助かったわ。

 ワタシが作業しやすいように気をきかせるし、仕事は丁寧だし使えるし、とてもイイ人ね」

「オヤカタ、隊長相手の時と態度が全然違うぞ。

 まぁオヤカタは魔女だから、相手を利用することしか考えていないのだな」

「えっ、男を利用することしか考えていない悪女って、友達のミドリちゃんにも同じ事を言われた記憶が……。

 ううん、そんなこと無いわ。もしかしてアシュさんとは夏の恋が芽生えるチャンスかも」


 そういって頬を赤らめるカナの目の前に、細身の紺のパンツスーツに薄紫のノースリーブのサマーセーターを着た背の高いスレンダーな美女が部屋に入ってくる。

 まるで宝塚の男役のように綺麗な顔立ちで、背中まで伸びた癖のある赤毛を後で結んでいた。

 突然現れた美女はエレーナ姫とにこやかに談笑したあと、カナに向かって歩いてきた。


「カンリニンさま、どうもありがとうございます。

 この服はまるで私にあつらえたように、大きさもピッタリです」

「ええっ、えーーっ、まさかそのカッコ。

 アシュさんって女の人だったの!?」

「アシュは母さまに忠誠を誓う女騎士で、豪腕族と妖精族のハーフだから、僕らより力持ちなのだ。

 オヤカタとアシュが仲良くしてくれて僕も嬉しいぞ。

 あれ、どうしたんだオヤカタ。顔が青いが、どこか気分でも悪いのか?」

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