その11
「ふぅ、思ったよりもキツいなぁ。良い運動になった」
隊長のウィルスは両脇に抱えたブロック六個(六十キロ)を、やれやれと腰を屈めて地面の上に置こうとした。
初夏の日差しの強い時間帯、照りつける太陽に体から噴き出した汗は腕を伝い掌に溜まり、うっかり指を滑らせる。
ガチャン、ガシャガシャン!!
地面に落ちたブロックが派手な音を立て、二個残して全部割れてしまう。後から続いてきた騎士二人も、ブロックを乱暴に地面に投げ置いて半分のブロックを割ってしまった。
「なんだ、随分とモロい石じゃないか。こんな簡単に割れるんじゃ使い物にならないぞ」
「コラーッ、乱暴に扱って割っておきながら、なに偉そうに言っているのぉ!!」
派手に割れる音を聞きつけ裏の勝手口から全速力で走ってきたカナは、壊れたブロックを見て悲鳴をあげる。
「こんな重たいブロックを素手で運べば、疲れて指を滑らせるの当たり前じゃない!!
資材置き場に準備していた台車に乗せて運べばいいのに」
「台車とは何だ、そんな道具は見かけなかったぞ?
もしかして、青い鉄の板が置かれていたが、それの事か」
カナは準備していた運搬用台車を、折りたたんで岩壁に立てかけていた。
折りたたまれた見慣れない台車に気がつかず、彼らはブロックを両脇に抱えて運んできたのだ。
「ううっ、ブロックは値段が安いからまだ諦められるけど、注文お取寄せした耐火煉瓦を割られたら、夢のピザ釜造りが出来なくなるよ」
「オヤカタ、豪腕族は力はあるが細かい作業が苦手なのだ。何でもすぐ壊す」
落ち込むカナの隣で平然と答えるルーファス王子。そして隊長は反省した様子もなく、ふたりに声をかけてきた。
「カンリニン殿、次は細長い板を運んでやろう。
あの板は長くて運びにくいから、半分から切った方がいいな」
「ちょっ、在庫処分の高級フローリング材を半分に切るって!!
壊されたら同じ物は手に入らないのよ。
ダメだ、この人たち当てにならない。自分で資材を運びます」
妖精森の入口の資材置き場にきたカナは、岩壁に立てかけていた折りたたみ台車を組み立てる。
「この台車は一度に三〇〇キロ、ブロック三十個を運べます。
試しに台の上にブロックを何個か載せてみて下さい」
「こんな小さい車輪で重い石をまともに運べるのか?
試しに十個置いて運んでみるか。お、おおっ、片手で押しただけで台車が動くぞ」
ブロックを両脇に抱えて運んでいた彼らは、小さい掌サイズの車輪がついた台車が重いブロックを載せて軽々と動くことに驚く。
「妖精森の石畳道は、デコボコが無くてわずかに下り坂なの。だから台車を押すだけで前に進む、ってスピード出し過ぎじゃない!!」
面白がってブロック十個(重量百キロ)を載せた台車を力任せに押した隊長は、加速しはじめる台車のスピードに追いつけず手離した。
勝手に走り出した台車は、五十メートル先の緩やかなカーブを曲がりきれず横倒しとなり、乗せていたブロックをひっくり返し全部割ってしまう。
「だから豪腕族はすぐ壊すのだ。」
「うわぁーーん、あの隊長が一番使えないわ。
ワタシが先頭の台車を押すから、後の二人はゆっくり付いてきて!!
あっ、隊長は資材置き場の見張りをして下さい。付いて来なくていいから」
せっかく髪を編込み花飾りで乙女チックな格好をしてきたのに、カナは飾り紐のサンダルを脱ぐと作業用ブーツに履き替え、両手に軍手をはめる。
自分の運ぶ台車に耐火煉瓦を丁寧に積み始め、王子もその作業を手伝う。台車にレンガを二十個載せるとカナは王子に声をかけた。
「このぐらいなら王子でも運べるよ。途中でワタシが交代するから夏別荘まで運びましょう。
後の台車は王子の後を付いてきて、スピードを出して追い抜かしてはダメよ」
それから隊長ひとりを資材置き場に残し、三台の台車は夏別荘に向かって進む。
途中で台車を押す役目をルーファス王子から代わると、カナは王子も台車に乗るように言った。
小柄なカナが、ルーファス王子とレンガを乗せた台車を軽々と押して運ぶ。
「オヤカタ、この台車は小さな柔らかくて潰れそうな車輪なのに、どうして重たい荷物を運べるんだ」
「うーん、ワタシにもよく判らないけど、ゴムのタイヤが衝撃吸収とかするんだって。
石畳の遊歩道は綺麗に整備されているから、車が中に入れなくても台車で荷物をスムーズに運べるの。
コンおじさんの持っている台車は搭載重量五〇〇キロ、一度にブロック五十個も運べるの」
「そういえば、オヤカタの話によく出てくるコン王とは誰だ。
豪腕族のウィルスよりも身長が高くて、四角い岩を五十個も運べるなんて只者ではないぞ」
「そんな、只者ではないなんて大げさよ。コンおじさんは大叔母さんの恋人でケルベロスの飼い主よ」
カナの何気ない返事に、後を付いてきた二人の護衛から悲鳴が上がる。
「ま、まさか大魔女の恋人でケルベロスを使役する王とは、我々豪腕族『最後の覇王』ではないか!!」
「彼は大魔女と契約を交わし、永遠の命を得て更なる栄光を求めた王だ」
「ええそうよ、大叔母さんのBFで雑貨店を営業しているの。
もしかして貴方たちはおじさんと同じ出身地なの?」
そういえばコンおじさんの日本人離れした大柄な体格は、彼らとよく似ている。
「おお『最後の覇王』と同じ血が流れている。そのようなお言葉を頂けるとは、なんたる光栄!!」
「カンリニンさま、自分たちのこれまでの無礼をお許し下さい。
カンリニンさまが『最後の覇王』の御身内であるのでしたら、我々豪腕族はルーファス王子殿下と同様に、貴女さまをお守りいたします」
突然感極まったかのようにむせび泣く二人の護衛に、カナの方が驚いてしまう。
そしてうろたえるカナに、王子は涼しい顔で答えた。
「オヤカタ、僕も蒼臣国の第一王子として『最後の覇王』に感謝を伝えたい。大魔女はココにいないが、覇王とは会えるのだろ」
「そうね、おじさんにも王子たちを紹介しなくちゃ。
護衛の人は知り合いみたいだし、感動の対面になるね」
なんだか話が少しこんがらがっているけど、意味は通じてる?
カナは少し首を傾げながら返事をした。
***
一度レンガを夏別荘まで運び、再び資材置き場からフローリング材とベニアを運び、何度か往復して壊さずに運ぶことが出来た。
数の減ったブロックは諦めて、カナは並べられた資材を眺めながらこれからのリフォーム計画を立てる。
「今日中にフローリング材を床に敷いて、壁にベニアを貼れるかな。
暗くなったら作業が出来ないから、日没までが勝負ね」
カナは現場監督として指示を出すだけで、力仕事は彼らに任せようと考えていたのに、完全に計画が狂った。
特に五十個あったブロックのうち十四個を壊した隊長は要注意人物。これ以上資材を破壊されたらたまらない。
何か物言いたげにチラチラとカナを見ている隊長はガン無視して、他の二人にフローリング材を家の中に運び込むように指示を出す。
「カンリニンさま、ウィルスもご苦労様です。
飲み物と食事を用意しましたから、少し休憩してはどうですか?」
その時、まるでカナの気持ちを読み取ったかのように、夏別荘の中から割烹着姿の侍女長が声をかけてきた。
「さぁ王子さま、皆さんも御一緒にテーブルへどうぞ。
カンリニンさま、甘いパンケーキはいかがですか」
夏別荘玄関から応接室、食堂へと続く扉が開け放たれ、奥のテーブルに食事と冷たく冷えた飲み物が準備されている。
「うわっ、スゴい。まるでオシャレカフェみたい。
森で採れた果物のフルーツポンチに、香ばしい甘い香りの漂う五段重ねのパンケーキ。小さなバスケットの中には、焼きたての大きなクッキーが入っている」
昨日は同じ時間にこのテーブルでカップ麺を食べていたのに、今日は優雅なティータイムだ。
カナは大喜びで椅子に腰掛けようとすると、隊長がエスコートして椅子を引いた。
そんな彼の姿を勝手口の扉の影から覗く二人のメイドが、キャーキャー黄色い声をあげるのが聞こえる。
なるほど、仕事は荒いが女性の扱いは丁寧なのね。
しかしカナの関心は、目の前の五段重ねパンケーキを取り分けてフルーツを乗せ、冷たい生クリームが添えられたデザートに注がれていた。
「はむっ、ふわぁー美味しいっ。パンケーキの表面はこんがりきつね色で香ばしくて、中はふんわり柔らか生地に甘酸っぱいベリーの果肉が入っている。
このシロップはもしかして、大叔母さんが漬けていた果実酒で作ったの?」
「ええ、カンリニンさま。棚の奥に保存されていた物を少し使わせていただきました。
上質なアルコールで漬けられて、素晴らしい味の果実酒ですね。
あの方は甘いお酒が好きでしたからね」
あれ、メイド長さん。大叔母さんのことを知っているの?




