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その10

 初夏の妖精森の朝は、鳥のさえずりよりもセミの騒がしい鳴き声が目覚ましがわりだ。

 宰相のクーデターで城を追われ、辺境の妖精森へ逃げ込んだエレーナ姫と王子たちは、無事逃げ延びた安堵と旅疲れでセミの声にも目を覚まさずに爆睡した。

 ルーファス王子が起きた時には、太陽はすでに真上に昇っていた。

 夏別荘は森の中の避暑地とはいえやはり季節は夏で、城を出てから一度も着替えていない分厚い生地のシャツは、寝汗でじっとりと湿っていた。

 もう敵に追われる心配もないので、部屋に風を通すため窓も扉も開け放たれている。

 同じベッドで寝ていた母親の姿は無く、開いた扉の向こうから彼女たちのはしゃぎ声が聞こえる。

 

「妖精森の入口にこの紙袋が置かれていて、中には服が入っていました。

 きっとカンリニンさまが持ってきたものでしょう」

「まぁエレーナ姫さま、この服をご覧ください。なんて細かい縫い目のブラウスなのでしょう。

 宝石のようなボタンに、袖口が伸び縮みします」

「これは、ずいぶんとポケットの多い男物ズボンですね。

 騎士たちに履き替えてもらいましょう」


 それは妖精森の外にある、雑貨店のリサイクルコーナーに置かれていた古着や手作りの服。

 エレーナ姫たちは城から着の身着のままで逃げ出してきた。

 しかも妖精森の季節は夏なので、十九世紀のビクトリアンファッションに似たドレスを着ていた彼女たちは、はしゃぎながら古着の夏服に着替える。

 そして小柄なルーファス王子は、侍女の趣味で女子のブラウスを着せられた。



 ***



「森の入口近くギリギリに、資材を置いて下さい。

 はい、コンクリートブロック五十個、レンガ五十個、セメント二袋、薄ベニア二十枚にフローリング材、組立家具二つ、これで全部です。ありがとうございました」


 カナは資材を降ろしたホームセンターのトラックに深々と頭を下げ、狭い妖精森の入口に積まれた資材を満足げに眺めた。


「さて、今日から楽しい別荘リフォームの始まりよ。

 ガタイのイイ男の人が四人も手伝ってくれるし、重い資材運びは彼らにお任せしよう。楽チン楽チン」



 自分は指示を出すだけの現場監督で、四人の騎士をこき使って作業をしようと企んでいた。

 カナは白い石畳の道を、鼻歌まじりでスキップしながら夏別荘に向かう。

 しかし、昨日メイドたちにガスコンロの使用方法を教えるのに悪戦苦闘したように、彼女のリフォーム作業にはこれから様々な困難が待ちかまえているのだ。




「あっ、カンリニンさまありがとうございます。緑柄模様のズボンは俺にぴったりです。

 この紺色のベストはポケットが多くて便利ですね」

「ええっーー、何ですかその格好!!」


 夏別荘手前の道で出会ったのは、カナが自転車で曳いて気を失わせた護衛隊長だった。

 確か昨日見たときは、ファンタジー映画の騎士そのものの姿をしていたのに、今目の前にいる彼は迷彩ズボンに紺の作業用ベスト、短く刈り上げた頭に浅黒い肌のミリタリールックになっている。


「えっと、後の人は紫色に『愛羅武勇』のワッペン付き七分ズボン(ニッカポッカ)だし、遠くに見えるメイドさんのスカートは、紺の制服プリーツスカート。

 まさかこれって、コンおじさんが店からリサイクル古着を持ってきたのね。

 それにしても着こなしが、て、適当すぎる」


 見た目ハリウッド映画俳優のように美男美女ぞろいのお客様なのに、あまりにこの服装はムゴい。

 焦ったカナは、思わず駆け足で夏別荘へと向かった。


「こんにちはカンリニンさま。素敵な贈り物をありがとうございます。

 この夏用のドレスは絵がカラフルで、とても涼しくて着心地がいいわ」


 夏別荘前にそびえ立つ巨木の木陰のベンチに腰掛けていたのは、ハワイの浜辺が似合いそうな派手なムームーを優雅に着こなしているエレーナ姫。

 その隣で白いレースの日傘をさして会釈する侍女長は、胸元にニャンコ刺繍の入った割烹着を着ている。


「ウワァーン、森の別荘暮らしって、もっとお洒落な感じでないと。

 男どもは適当でもいいけど、お姫様たちの服はなんとかしなくちゃ。

 あっ、ルーファス王子、スゴくかわいい服だけど、それボタンが逆……オンナノコ用」

 

 カナの姿を見て別荘を飛び出してきたのは、肩に付きそうな白銀の髪にルビー色の瞳の小柄な少年で、白いリボンタイの付いた女子のブラウスを着ていた。穿いている茶色のズボンも実は女子のキュロットスカートだけど、それを指摘するのはやめよう。


「うむむ、家からファッション通販カタログを持ってこなくちゃ。

 こうなったのはコンおじさんのせいだから、通販代金はおじさん払いにするわ。

 まったく、お客さんを古着コスプレさせたなんて、大叔母さんに知られたら私が怒られちゃうよ」


 そんなカナの心の葛藤を知らないルーファス王子は、大喜びで駆け寄ってくる。


「オヤカタ、僕は今日何を手伝いすればいい。

 空にした部屋を、どんな魔法で綺麗にするんだ?」


 本日はピンクのレース生地チェニックに茶色い髪を細かい三つ編みにして花の髪留めをさした、乙女チックな美少女に化けたカナに、ルーファス王子が抱きついてくる。


「こんにちはルーファス王子、今日もしっかり手伝ってね。

 妖精森の入口にリフォーム資材を置いているから、護衛の男の人たちを呼んできて。夏別荘の前まで資材を運んできてもらうの。

 みんな体格が良くて力がありそうだから、きっと仕事がはかどるよ」


 その時ルーファス王子の後を、汚れた服を山のように抱えた二人のメイド娘が通り過ぎ、森の奥に入って行こうとする。


「あれ、メイドさんたち。その服をどこに持って行くの」

「カンリニンさま、森の中にある泉で服を洗うのです。

「どうして、泉で洗濯なんてしなくても、裏の勝手口の側に洗濯機があるじゃない。

 ああそうか、洗濯機の使い方を教えなくちゃいけないんだ」


 カナの脳裏には昨日のガスコンロの悪夢がよみがえるが、彼女たちを泉で洗濯させる訳にもいかない。

 資材運びは護衛の男の人たちに任せて、自分は洗濯機の使用方法をメイドたちに教えようと、ルーファス王子に伝言を頼んだ。


「よくわかったぞオヤカタ。妖精森の入口に置いてある荷物を運ばせればいいのだな。

 隊長たちに声をかけてくる」


 この時カナは慌てて資材運びをさせた事を、後からヒドく後悔することになる。

 


 ***



「ハハハッ、お任せ下さいルーファス王子。

 この程度の石を運ぶくらい、我々 豪腕ゴウワン族なら良い体力作りになります」

「それにしても、穴が三つ空いた四角い石はどうやって切り出したんでしょう。

 この綺麗に磨かれた曲がりのない床板はすべて同じ厚みですよ」


 夜衛担当の騎士が一人抜けて、隊長を含め護衛三人でリフォーム資材運びを始めた。

 妖精森の入口から夏別荘までは歩いて片道十分、その道を彼らはブロックを片手で三個づつ、計六個抱えて運ぶ。


 その時カナは、別荘裏の勝手口でメイドたちに洗濯機の使い方を教えていた。

 白物と色物を分けて洗濯ボタンを押せば後は洗濯機が勝手に洗ってくれるのだが、メイドたちは中のドラムが回るのを珍しがって手を突っ込もうとする。


「ダメっ!!洗濯機の蓋を閉めたら、合図がしてドラムが止まるまで蓋を開けてはダメ」

「ああ、蓋を開けたら洗濯鬼が腕をもぎ取ってしまうなんて、お、恐ろしい」

「こんなに怖い思いをするなら、私は泉で洗濯する方がいいです」

「ダメっ!!泉には魚も住んでいるのに、洗剤使って洗濯なんかしてはダメ」


 そばかすメイドは洗濯ドラムを見すぎて目を回し、おでこメイドは勝手にボタンを押して脱水時間を一時間にしてしまう。

 ついにカナは全てのボタンをガムテープでふさぎ、洗濯開始ボタンだけ押すように教えた。


「はぁ、意外と彼女たち好奇心旺盛で、余計なことまでしちゃうんだもん。

 まるで、夏休みの旅に遊びに来て、そこらへんを引っ掻き回していた昔の私みたい」


 この妖精森は大叔母が作り上げた理想郷、美しい花々と森の木々に囲まれた夢のような空間。

 ここにいる間は家のゴタゴタや、学校や勉強の悩みも全て忘れて自由でいられる。

 昨日見たときは疲れきった顔をしていた彼女たちも、たった一晩で血色のよいバラ色の頬になっていた。

 ついはしゃぎすぎるのも仕方ないと、カナは自分に言い聞かせていた、その時。


 ガチャン、ガシャガシャン!!


 夏別荘の表の方から、何か硬いモノが割れる大きな音がした。

 これは、イヤな予感しかしない。

 

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