白銀の王子(小)と夏別荘のDIY乙女 1
例年より遅い梅雨が明けたとたん、関東地方はうだるような暑さになった。
学生の要求でやっとの冷房が入った大学のカフェテリアで、カナは涼みながらシュークリームと抹茶アイスをほおばる。
「早くミドリちゃん帰ってこないかな、アイスが溶けちゃう。
それに、この人暑苦しいし……」
教室に忘れたノートを取りに行った友人は、まだ戻ってこない。
空いた向かいの席に座るのは、顔と名前だけは知っている同じ学部の先輩で、組んだ足が隣席に当たっても気にする様子もなく、一方的に彼女に話しかけていた。
一見すると爽やかなアイドル風だが、女たらしで評判はあまり良くない。
「カナちゃんも俺と同じで、インテリアに興味があるんだって?
俺はマンションに置くソファーにこだわって、一月以上探してやっとイタリア製の黒いヤツを手に入れたんだぜ」
大学生には見えない小柄な体型のカナは、袖に白いレースの施された淡いピンクのチェニックを着ている。黒目がちの大きな瞳に長いまつげ、腰まで伸びた栗色のヴェーブした髪が服装と相まって可愛らしい雰囲気をかもし出しす。
それまで仕方なく男の話を聞いていたカナは、ソファーの話に反応して瞳を輝かせた。
「佐藤先輩、そのソファーの木の材質は何ですか。
ウォルナットかチーク、もしかしてマホガニー?
ベニヤ合板って安くて扱いやすいけど、仕上がりのチープ感は否めません。
イタリア製だと皮はオールレザー、ヌメ皮はしなやかな手触りが素敵ですよね」
突然カナが専門用語をまくし立てるので、先輩と呼ばれた男の顔には戸惑いの色が浮かぶ。
しかしなんとか取り繕うように答え、椅子から投げ出した足を組みかえながら彼女をクドき続ける。
「え、ははっ……革は合成革だけどデザインが凝っているんだ。
そうだカナちゃん、今度の日曜、俺の部屋にソファーを見に来ないか」
「イタリア製のソファーを見せてもらえるなんて、とても嬉しいです。
今度の日曜日なら私もホームセンターに買い物予定があるから、先輩も一緒にどうですか」
いとも簡単に誘いに乗る彼女に、男は下心が隠しきれす口元がにやける。
(なんだよこの女、ちょろいな。簡単に男の部屋に遊びに来るぞ。それならソファーに押し倒して、寝心地をじっくり確かめさせてやろうか。)
男は脳内妄想を繰り広げながら、少し上ずった声で日曜の約束を取り付ける。
「ああ、いいねー。俺もムードのある洒落た間接照明が欲しいから、一緒に行こうか。
ところでカナちゃんは何を買う予定なんだ?」
「土日特価の、赤レンガとコンクリートブロックを買います。先輩が一緒だから運搬も楽だわ。
えっ、ブロックの重さは一つ10キロで、それを五十個買うから全部で500キロかな」
満面の笑みを浮かべる彼女に、男からニヤケ顔が消えると慌てて腰を浮かし立ち上がった。
「じ、冗談じゃねぇ……ブロック500キロも運んだら腰が死んじまう。
カナちゃんゴメン、俺日曜に用事があるの忘れてた。買い物は手伝えないや」
先輩と呼ばれた男は、飲みかけのコーヒーを残して逃げるように去り、後ろで少し前からナンパ風景を面白そうに眺めていた友人が、冷めた声で彼女に話かける。
「カナったら、ブロック五十個で今度は何を作るつもりなの?」
「おかえりミドリちゃん。へへっ、実は昨日テレビで見た番組で、ブロックで簡易ピザ釜が作れるっていうから、試してみようと思って」
ミドリと呼ばれた友人は、呆れ顔でため息をつく。
逃げ出した先輩の判断は正しい。
カナの愛らしい見かけに騙されてナンパを仕掛ける男達は、インテリア趣味(笑)に付き合わされ肉体労働に駆り出される。
ホームセンターでブロック運びの後は、セメントの練り作業が待っていたはずだ。
「そんな趣味はインテリアじゃない、建設土木工事よ。
ブロックとレンガ五十個って、アンタは三匹の子ぶたの三番目の弟か!!」
「ミドリちゃん、土木工事なんてそんな大げさよ。
DIY(日曜大工)趣味の意味を説明するのも面倒だしインテリアでいいじゃない。
実は今度の夏休み、大叔母さんから別荘の管理人を頼まれたの」
そう言うとカナは【AirMail】と赤いスタンプの押された茶色の封筒と三本の古びた鍵を机の上に置いた。
「まさかカナん家の大叔母さんって、駅から車で何時間もかかるド田舎の妖精森にある貸し別荘?
小学校の時、アンタに誘われて別荘にお泊まりしてスゴく楽しかったけど……」
「そういえばミドリちゃん、あの時別荘にテレビが無くて、月9ドラマが見れないって怒っていたね。
大叔母さんの貸し別荘は、今でも後ろの大きな岩山が電波を邪魔して地デジも届いてないし、圏外でスマホもネットも使えないよ」
いきなりの話に戸惑った口調の友人に、カナは心底楽しそうに返事をする。
「ちょっと待って。別荘管理人って事は、その何もないド田舎に夏休みの間滞在するの?」
「そうよ、夏別荘にお客さんがいらっしゃるから、そのお世話と建物のメンテナンスを頼まれたの。
夏別荘を自由にイジって、リフォームしていいんだって。
別荘の応接室にお気に入りの壁紙を貼って、床はダークブラウンのウォールナット無垢材を敷き詰めて、ああ、外壁のペンキも塗り替えなくちゃ。
ひと夏中、涼しい避暑地で趣味をエンジョイできるなんて、最高だわ!!」
そしてカナはにこやかに微笑みながら、テーブルの上に置かれた鍵の一本をミドリに差し出す。
これを受け取れば、自分はカナのガテン趣味に付き合わされ、一夏中肉体労働に駆り出されるのだ。
「カナ、ゴメン。私は付き合えないから。9月に会おうね」
***
闇夜に煌々と炎が舞い美しい白亜の城が焼け落ちる瞬間を、馬車のホロの隙間から白銀の髪の少年が見つめていた。
隣に座る母親の美しく長い黒髪は炎に焼かれ煤け、文字通り間一髪で難を逃れたのだ。
二人を守るように武器を構えた女騎士は周囲を警戒しながら、うなだれて顔を上げない母親に声をかける。
「すべてはあの強欲な第三側室と宰相の仕業。
国王様自ら北方へ遠征に出向かれる隙に、クーデターを起こしたのです。
ヤツラが妖精族の血を引く第二側室のエレーナさまと、第一王子ルーファスさまを見逃すはずがありません」
ホロ馬車の手綱を握る紺の鎧を着た騎士は、正面を見据えたまま声を張り上げた。
「エレーナさまご安心ください。我々には策があります。
大魔女さまが、結界で囲まれた辺境の森でお二人を保護してくださるそうです。
始祖の大魔女相手では、あの宰相でも手出しできません。
どうか王がお戻りになるまで、そこで御身をお隠し下さい」
漆黒の闇に包まれた辺鄙な荒れ野をホロ馬車は進み、妖精森と呼ばれる呪われた地を目指す。