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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
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閑かなひととき

(柊哉さん、遅いな。戻ったら、連絡くれるって言ってたのに)


 美優は、部屋で一人柊哉の帰りを待っていた。

 夕食の時間にも、食堂に姿を見せなかった。もうすぐ、9時。食堂が閉まる時間。


(そうだ!!)


 美優は、立ち上がった。




 トン、トン、トン――


 一定のリズムを刻む、心地よい包丁の音。髪を一本に後ろに束ね、エプロンを着け、柊哉の為に夕食を作る。食堂が閉まったら、夕食が摂れない。


(食べてもらえるか、わからないけど、私が柊哉さんにしてあげられるのは、これ位だから。お料理、料理長さんに、教えてもらっていて、良かった)


 料理だけは、唯一美優が得意とする所。

 父親に美味しい物を食べさせてあげたい。そう思案し、一年位前に、父に内緒で習い始めた料理。結局、手料理を振る舞う前に、あの事件で、機会はなかったのだが……その後も、唯一の趣味として、料理を習う事を続けていた。


(柊哉さん、喜んでくれるかしら。時間がないから、簡単な物しかできないけど)


 可愛いらしいピンクのお弁当箱に盛り付けをしながら、美優は、好きな人に手料理を振る舞える、小さな幸せを感じていた。魔法学校ここに来なければ、そんな事は、あり得なかったのだから。




 リビングにあるスマホがなる。


「柊哉さん」


 ぱっと顔を上げ、素早くスマホに駆け寄る。


「やっぱり、柊哉さんだ」


 飛び付くように、携帯を手に取った。


「もしもし」


「美優、遅くなって、すみません」


 部屋の掛け時計を見ると、もう十時半だ。


「随分遅かったんですね……あの、今から会えますか? いえ、会いたいです」


「えっ、もう遅いですよ」


 驚いたように言葉を返す。


(せっかく、お弁当を作ったんだから、渡したい。いや、それ以上に二人きりで会いたい)


 今日は、ずっと誰かが一緒だったのだ。


「駄目……でしょうか?」


「分かったよ。少しだけなら。10分後、カフェテラスで」


「はい」




 急いで、身支度を整えテラスに向かう。ラウンジには、まだ人がいたが、食堂は閉まっている為、誰もいない。薄明かりを頼りに食堂を通り抜け、カフェテラスに向かった。他の部屋から、お喋りする声が洩れ聞こえてくる。


 カラリと外への扉を開く。

 夜の闇の中、月明かりが、ボンヤリ柊哉の身体を浮かび上がらせていた。夜空を見上げながら、何か物思いに耽っているようだ。


 ピシャリとドアを閉める。寮内の音が遮断され、静寂が広がる。まるで、この世界に二人しか存在しないような錯覚を覚えた。

 昼間は暖かいが、夜はヒンヤリと肌寒い。室内が暖かかった為、軽装で来てしまった、美優は、身を縮めた。


「柊哉さん、お待たせしました」


 声を掛けられ、柊哉は、此方を振り返った。


「こちらこそ、遅くなってすまなかったね」


 丸テーブルの席に着く柊哉の前に、美優は、腰を下ろした。


「何を見てらっしゃったのですか?」


「月を……何だか落ち着くんだ」


 美優も柊哉に習い夜空を見上げる。


「綺麗」


 思わず小さく呟く。

 雲一つない空に光る月。その周りに沢山の星々が淡い光を放ち、幻想的にちりばめられている。


「ここは、余計な光がないから、普段より沢山の星を見る事が出来るのさ」


 暫く、二人は夜空に輝く月を堪能していた。


「クシュン」


 小さく美優がくしゃみをする。


「夜風は、まだ寒い。中に入ろうか」


 ブラウスにロングスカートだけという軽装に気が付いて、中に入るよう促した。


「大丈夫です」


 首をゆっくり、横に振る。


「もう、少しだけ……」


 懇願するように言った。

 美優にお願いされて、断れる男は、そうはいない。


「仕方ない。もう少しだけ」


 諦めたように承諾する。

 自分の上着をスルリと脱ぎ、美優の肩に掛けてくれる。柊哉の温もりが、美優を優しく包み込む。


「駄目です。柊哉さんが、風邪を引いてしまいます」


 慌て上着を返そうとした。


「大丈夫だよ。そんなにやわじゃないさ」


 上着を脱ごうとする手を止めるように、柊哉の手が触れた。ドキリと心臓が高鳴る。そんな気持ちを気付かれないように、美優は、視線を落とした。


「あの、良かったらこれ……」


 美優は、照れ隠しに、先程作ったお弁当を差し出した。


「これは?」


「夕食、食べてらっしゃっらないと思って……お口に合うか分からないけど」


「有難う、頂くよ。お腹空いていたんだ」


 柊哉は、お弁当箱を受け取り、開ける。玉子焼や唐揚げ、サラダにデザート色とりどりに盛り付けられているのが月明かりに照らしだされる。

 食欲をそそる香りが辺りに漂う。


「凄い美味しそうだ。いただきます」


 そう言って卵焼きをパクりと一口。

 不安そうに、美優は、柊哉の様子を伺っている。


「うん、美味しい。いいお嫁さんになれるよ」


 美優の頬がカァーッと熱くなる。


(薄暗くて、良かった)


 美優は、暗闇である事に感謝する。

 多分、美優の顔は、湯でタコのように真っ赤だろう。



「先生と何のお話しされていたのですか?」


「クラス委員の話だよ。今朝もそれで呼び出されたんだ」


「クラス委員?」


「そう。一年生は、クラスメイトの事を知らないから、担任が決めるらしいんだ」


「頼まれるなんて、凄いです」


 胸の前で手を組みながら、誉め称えた。


「凄くなんかないさ。ただ単に、僕がクラスで一番年上って理由だろうからね。それに、もう断ったし」


「そうなんですか……では、誰が?」


(見てみたかったな。柊哉さんのクラス委員)


 少し残念に思う。


「それを決めるのを手伝ってた。一人では、決められないらしくて、名簿を見せられて……生徒に見せるのは、不味いと思うのだが……」


 困ったように苦笑いを浮かべ愚痴る。


「あっ!! だから、和人くんの名前知ってらっしゃったのですね?」


「そうゆう事」


 柊哉は、微笑しながらコクリと頷いた。


「ご馳走さま。お弁当美味しかったよ」


 美優は、ニッコリ微笑んだ。


「そろそろ、戻ろうか?」


「はい」


 一応目的も果たした事もあって、今度は、素直に言う事をきく。


(あっ、そうだ)


 思い出したように、前を行く柊哉に訪ねる。


「あの、柊哉さん。十二名家って、知ってらっしゃっいますか?」


 美優の言葉にピタリと足を止める。

 何かを考えているのか沈黙する。


(…………?)


「知ってるよ」


 そして、こちらを振り返りながら、柊哉は答える。


「私、自分の事なのに何も知らなくて……エミリちゃんに笑われてしまいました」


「心配しなくてもいい。これから、色々な事を知っていくだろうし……今日は、もう遅い。また今度教えてあげるよ」


 柊哉が美優を気付かうように告げる。

 何だかその言葉が、美優の心に引っ掛かった。




 ――如月邸書斎――


 深夜を廻っている為、邸内は静まりかえっている。

 書斎内には、優作と室戸の二人のみ。


「一体、あいつは、何をしているのだ」


 室戸が苛立ったように言った。

 約束の時間は、とおに過ぎている。約束の物すら届かない。


「まぁ、良い」


 のんびり構えるように、優作が言った。


「でも、旦那さま……」


 不満そうな声を上げる。


「良いと言ってるだろう。まだ、始まったばかりだ。暫くは、おとなしくしていた方が良い。早々にばれてしまっては、何にもならんだろう?」


 遮るように言い放ち、ドサリと椅子に腰掛け、優雅に足を組みニヤリと笑った。


「はぁ……」


 室戸は、冷や汗を拭いながら、曖昧な返事を返す。


(あやつめ、私の顔に泥を塗りおって……)


 忌々しそうに、優作にばれないように小さく舌打ちをした。


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