初恋
「あー、でも、残念よね」
エミリが悔しそうに言った。
部活動説明会が終わり、学校から寮への帰り道。
美優・エミリ・真生の三人は帰路に着く。和人も寮生なのだが、遅れていた荷物が今日届くとの事で、それを取りに行き、柊哉は、担任から呼び出し。
「何が残念なのですか?」
先程から悔しがるエミリに、美優は尋ねた。
「貴女達は、残念じゃないの?」
「だから、何がですか?」
美優と真生には、エミリが何を残念に思っているのか理解できない。
「紅蓮の騎士、葉月炎が部活動説明会に出席してなかった事よ」
二人が理解してくれないのが歯痒いのか、鞄をブンブン振り回しながら言った。
(あぁ、慶くんと同じ位の人気の……私も、ちょっと見てみたかったな)
「説明会に来ていたのは、ほんの数名。来てなくても、仕方ないんじゃないのかなぁ」
真生がエミリを宥める。
「仕方なくない。だって、来るって言ってたもん」
子供のように頬を膨らませむくれる。
「誰が?」
美優と真生の声がハモる。
「…………」
エミリは、口を真一文字に閉じ沈黙する。
「エミリちゃんって、学校の事、詳しいよね?」
真生が不思議そうに問う。
「えっ、そ、そんな事ないない」
持っていた鞄を地面に落とし、両手を横に振って全否定。一瞬だけ、地面に落ちた鞄が立ち、ドサリと音をたてて横に倒れる。
「イケメン好きだから、調べただけだよ。あはははは……」
誤魔化すように笑った。余り触れられたくないようだ。
トゥルルルル……トゥルルルル……
大自然溢れる景色の中に、場違いのようにスマホが鳴り響く。その音に驚いて、細い枝に止まっていた、雀が二羽、青空に吸い込まれるように飛び立った。
美優は、足を止めて、制服のポケットから、携帯を取り出した。他の二人もそれに習うように歩を止める。先程、住田に貰ったストラップが揺れている。
「慶くんです」
ディスプレイを確認し、電話に出た。
「もしもし……」
「美優か?」
確認するように、慶が言う。
(そういえば、慶くんと電話で、話した事なかったなぁ)
お互い電話番号は、知っていたが、いつも慶は、電話より、直接遊びに来てくれていたからだ。
慶の声を近くに感じ、何だか新鮮に思えた。
「はい、そうです」
「今日は、悪かったな」
「いえ……」
(積もるお話しのお誘い?)
美優は、反射的に、そう思った。
「軽率な行動を取ってしまった。倒れたと聞いて、美優の事が心配で……つい……迷惑を掛けてしまうかもしれないな」
「迷惑……?」
「気を付けて」
それだけ一方的に言い残して、電話は切れた。
「デートのお誘い?」
からかうようにニヤニヤしながら、エミリが笑う。
「いえ……」
美優は、首をかしげながら答えた。
「どうしたの?」
そんな様子に、真生が尋ねる。
「“迷惑を掛けるかも、気を付けて”と言われました」
「迷惑? 何に気を付けるの?」
エミリもキョトンとして問う。
「さぁ?」
三人は顔を見合せた。
これから大変な事態が待ち受けている事に、美優はこの時、知るよしもなかった。
「美優ちゃん、慶さんの事、どう思ってるの?」
「どうって??」
「好きなの?」
美優の気持ちを知らない真生が質問した。
「違います」
静かに、美優は、首を横に振り、ゆっくり歩き始めた。二人もそれに続く。
「慶くんは、私にとって、お兄様みたいなものです。いつも、一人家に閉じこもっていた私の所に、休みの度に会いに来てくれて、学校の話とか色々してくれました。ここ一年は、魔法学校に入学して、離れてしまったせいで、来ていませんでしたが……」
「お兄様か……複雑な所ね」
エミリがポツリと洩らした。
「エミリちゃんは、どうして和人くんに、あんな冷たい態度をとるの?」
今度は、エミリに質問する。
「そうです。あれでは、和人くんが可哀想です」
美優も加勢する。
「うっ……」
二人に責められ、エミリは口籠もり顔を伏せる。美優と真生は、黙ってエミリを見つめた。
「似てるのよ……」
沈黙を破るように、口を開いた。
「似てる?」
おうむ返しに、言葉を繋ぐ。
「私の初恋の相手に」
「エミリちゃんって、ああいうタイプが好きなんだ?」
「好きじゃない、好きだったよ」
“だった”に力を入れて、真生の言葉を訂正する。
「でも、どうして好きな人に、あんな態度をとるのですか?」
「好きな人じゃなくて、好きだった人に似てる人」
眉をしかめ、憮然とした態度で再び訂正。
「中1の時、私、クラスで浮いた存在だった。見た目、こんなだしさ……私も子供だから、意地張っちゃって自分から馴染もうともしなかった。でも、その時に話しかけてくれた男の子がいたの。アイツみたいに軽い感じでね。で、彼のおかげで、いつしか私もクラスに馴染めて、気が付いたら、いつの間にか彼を好きになってた。ある日、彼に告白されて、お付き合いして……毎日、ドキドキして……嬉しくて……」
遠くを見つめて懐かしそうに話していたエミリ、ふと言葉を切る。そして、淋しそうに視線を落とし続けた。
「でも、違ったの。友達と話してるの聞いちゃった。外人と付き合うとはくが付くからって。失礼しちゃうわよね。第一、私、外人じゃないし」
「和人くんは、違います」
美優は、強い口調で言い切った。
「和人くんは、優しい人です。自己紹介の時、私の事を助けてくれました」
エミリは、目を瞠る。
「ふっ、そんなの偶々よ……でも、そうよね。和人は、彼じゃない……普通に接するよう心掛ける」
そして、付け足すように
「でも、初恋は実らないって言うのは、本当だったて事なのよね」
寂しそうにエミリは微笑した。
(初恋は、実らない)
美優の心にエミリの言葉は、グサリと突き刺さる。
柊哉は、美優にとって、間違いなく初恋の相手。
(実らないのだろうか、初恋は……)
美優は、祈るように天を仰ぎ見た。