ミステリー小説
面白いと思われた方、ぜひ評価お願いします。
二階にある食堂に戻るとエミリ達は、食事を終えていた。美優達が戻ったら、すぐに図書室へ行けるように食器も綺麗に片付け待っていたようだ。
何故かそこに和人の姿はない。聞くと早々に「本を見るだけで頭が痛くなる」と同行を辞退し、逃げるようにどこかへ行ってしまったそうだ。
真生は炎の論文に興味を持ったようで、伴に行くことを選択する。
図書室は委員会室のある棟の三階にある。四人はそこへ向かった。
「それにしても、美優がミステリー小説好きだとは思わなかったわ」
歩きながら、美優の手に持つ本の題名を、覗き込みエミリが言った。美優の手には二冊の本があり、しかも二冊ともミステリー小説だ。
「いけませんか?」
パチパチと長い睫毛をしばたたかせ、不思議そうに尋ねる。
「いけなくはないけど、お嬢様と言ったら、恋愛小説じゃない。特に純愛ものに憧れてそう」
「そうですか? ミステリーの方が面白いですよ。エミリちゃんも読んでみて下さい」
そう言って美優は持っていた本を、一冊エミリに渡す。エミリは歩きながら、器用に本をパラパラと捲った。だが、すぐに「あー、やっぱ無理だわ」と諦めの言葉を吐き、表紙を閉じる。
「文字見てると、眠くなるのよね」
ここにいないどこかの誰かに似た台詞を溢す。
「真生ちゃんは、どんな本が好きですか?」
「私? 私はホラー小説ですね」
「意外な組み合わせね。美優のミステリーより驚きだわ」
「柊哉さんは、何読んでいるんですか? 随分と厚い本みたいですけど」
真生の言葉に、柊哉が小脇に抱える本へ視線を送る。辞書並みに分厚い本だ。
いつも一緒に図書室に本を借りに行っている美優には、すぐに分かった。
小難しい本だということが――
「遺伝子組み換えにおける魔力操作の可能性」
「…………」
窓から差し込む陽の光に眼鏡を反射させながら、淡々と題名を暗唱する柊哉にエミリと真生は閉口する。
「実に興味深いですよ。ぜひ、読んでみて下さい」
『いや、無理だから!!』
三人同時に思わず突っ込んだ。
階段を上り、教室がある棟とは反対の方向へと向かうと、すぐに図書室へと着いた。入口の青い扉を引き、入室する。入口付近には、本の貸し借りを行うカウンターがあり、その前にはたくさんのテーブルが並んでいる。三年生らしき数名の生徒が散らばるように席に着き、本を広げ熱心に勉強をしている。
その奥には重厚な木製の本棚が綺麗に並んでいる。
真生は数回来たことがあるようだが、エミリは初めてのようだ。もの珍しそうに奥にある天井までの高さのある本棚を、下から上へと眺めている。
美優も初めて見たときは膨大な量の本に驚き、本棚の一番上の棚にある本はどうやって取るのだろうと真剣に悩んだものだ。結局、脚立を使って取るしかないそうなのだが、今の所はまだ使わずに手の届くはんいの本で済んでいる。
数名の生徒達が、本棚の前でウロウロと借りる本を探している。これだけ本があると借りる本を決めるだけでも一苦労。実際、美優も面白そうな本があり過ぎて困っている。卒業までに、一体どれくらい読めるだろうか。
「ねぇ、美優。早速なんだけど、紅蓮の騎士の論文はどのあたり?」
キョロキョロと辺りを探しながら、エミリが尋ねる。真生も解答を待つようにジッとこちらを見つめる。
「えっと……」
美優は柊哉の顔を見る。
美優自身、論文の置き場所を知らないのだ。何度か通っているのに知っているのは、ミステリー小説のある場所だけ。
自分の興味があることにしか、目がいっていない自分に気付き少し恥ずかしくなる。
「美優、まずは本の借り方を二人に教えて上げて下さい」
「はい」
穏やかな笑みで、柊哉は指示を出す。
(紅蓮の騎士の論文があったら、エミリちゃん、興奮して話を聞いてくれなさそう)
会って一ヶ月程度だというのに、エミリ達の性格を、柊哉はきちんと把握しているようだ。
全く柊哉には頭が上がらない。
とりあえず、近くのテーブルに促し説明することにする。
すぐに探しに行けなくてエミリは不満顔だが仕方ない。ほんの数分で終わるので我慢してもらおう。
美優の横に柊哉、対面にエミリ、そしてその横に真生だ。
「まず、本を借りるために初回にカウンターで学生証の登録をします。その後、借りたい本を探します。同時に借りられるのは三冊までで、期限は一ヶ月間。借りる本が決まったら、本の裏側にカードが付いてますので、そちらに借りた日とクラスと名前を記入します。これは、本の返却期限が分かるようにと、本を傷つけられたりしないようにするためです」
そう言って美優は、自分の借りていた本の裏側を開いてエミリに見せた。しっかりとカードには美優の名前が書かれている。
美優の上にも数人の名前が連なっている。
「へぇ~、借りていた人が分かるのね」
そう言ってエミリは、美優が借りていたもう一冊の本を手に取り、テーブルの上で裏表紙を開く。勿論、こちらも同様にカードが付いていて、沢山の名前が書かれている。真生も身を乗り出して覗き込む。
「あれっ! 同じ人が二冊とも美優ちゃんの前に借りていますね。ほらっ」
そう言って、カードに書かれた名前の部分を指差した。
「あっ、本当。 気が付きませんでした」
美優も、この時初めて気が付いた。今まで借りている人など気にしたことなどない。
シリーズ物なら分かるのだが、この二冊はシリーズではないし作者も違う。
「“大根久良”か……美優、知ってる?」
美優が頭を振ると、緩やかなウェーブのかかった髪が揺れる。友達の少ない美優に他のクラスに知り合いなどいるはずがない。
「きっと、美優と同じミステリー好きなのね。ねぇ、柊哉さんの本は?」
エミリに促されテーブルに置いていた重く分厚い本を開く。硬い裏表紙が本の難さを物語っている。
静かに開いて見せたそのカードには……
柊哉の名前以外載っていない。
多分この時、三人は思っただろう。
(やっぱりね)
借り方の説明をし、美優と柊哉は本の返却に、エミリは初回の登録にカウンターへと向かった。手続きをしてくれるのは、タータンチェックの青いスカートの生徒、二年生である。腕章を付けているので図書委員だろう。大きな眼鏡に三つ編みが真面目そうな雰囲気を醸し出す。いかにも本が好きそうな女生徒だ。
本の返却を先に終えた二人は、登録手続きに手間取るエミリをカウンター付近で待っていると、学生証を片手にエミリが戻ってきた。学生証にはコードがあり、それを登録して読み込むことで、誰が借りているのか分かるようになるのだ。
「野田さん、大谷さん。論文はあの棚にあります」
窓際の壁に並ぶ低い棚を指差した。本というか紙の束が重ねられて置かれている。通りで気が付かないわけだ。
あの中から、炎の論文を探すのは大変そうだ。
「先程、確認したのですが葉月さんの論文は、まだ貸し出しされていないようです。最近出されたばかりなので、誰も気づいていないようです。もう少ししたら、知れ渡って借りられなくなるでしょう。良かったですね、野田さん」
「先生に感謝だわ」
コクリと頷き、満面の笑みで謝辞を述べる。エミリの中で阿相の株が上がったようだ。
「私はエミリちゃんに感謝ですね。読み終わったら、次に貸して下さい」
「オッケー」
親指と人差し指で丸を作る。
「では、僕は自分の借りる本を探しに行かせてもらいます」
「えー、手伝ってくれないんですか?」
「すみません。せっかくなので、休み時間中に次の本を借りたいですからね」
穏やかな顔でピシリと断り、柊哉はお目当ての本を探しに行ってしまう。
「美優~」
助けを求めるように、青い瞳で縋るように美優を見る。
「ごめんなさい。私も本が借りたいので……」
その瞳を払い除けるように、エミリと真生を残し、その場を去った。




