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魔法使いの娘  作者: 彩華
第二章 千年樹の杖
51/56

確率

 真っ黒な雲に覆われた道を足早に二人並んで歩く。

 行く時は、あんなに心細く感じた道程も不思議と怖くは無かった。不気味に見えていたオレンジ色の外灯も、何故か今は頼もしく感じる。

 柊哉が傍にいるだけで、こんなにも心強いのだ。



「今日は本当にすみませんでした」


 身を寄せて、隣を歩く柊哉の温もりを肌で感じつつ、美優は真っ直ぐ前を見たまま謝った。

 内緒で出て来たうえに、呼び出し。挙句に何の情報も得られなかった。

 申し訳なくて柊哉の顔を、まともに見る事が出来ない。


「そうですね。黙って此処に来るのは止めて下さい。突然呼び出されて、何かあったのかと、寿命が縮まる思いをしました」


「す、すみません……」


 柊哉の不機嫌そうな返答に、思わず身を縮こませた。

 しょんぼりとする美優を可哀想に思ったのか、続けざまフォローいれる。


「まぁ、おかげで、一緒に話を聞く事が出来ましたけどね」


「でも、殆ど何の手掛かりも得られませんでした。分かった事といえば、持ち主が混血者の男という事と、小さな子供がいるという事くらいしか……」


「そんな事ありませんよ。確かに聞いた話を素直に受け止めるとそれだけですが、その先を調べる方法は、幾らでもある。店一つ分の商品を売買するには、仲買人が必要です。どこかで必ず記録に残っているはずです。また、介爺にその時取り扱っていた商品を確認して、その線で追っていく事もできる。そうそう、当時急に羽振りが良くなった混血者達を探して、介爺に会ってもらうというのも手ですね。介爺なら、一目会えば必ずその時の男かどうか分かるはずですから」


「えっ?! でも、目が……」


「だからこそ、余計に確実なのです。外見は時が経てば経つほど変わる。だが、介爺は気〈オーラ〉で、人を判別している。気〈オーラ〉の質は何十年経とうとも、決して変わる事はない。余計な情報がない方が、惑わされる事も少ない。まぁ、でも、目が見えぬからといっても誰にでも出来る芸当ではありませんがね」


「そういえば、私の事もお店に入ってすぐに分かっていたみたい」


「99.99パーセントの確率で当てますよ、彼は」


「……じゃあ、あれは残りの0.01パーセントだったんだ」


 一人ごとのように小声でポロリと美優はこぼす。


「あれとは、何の事ですか?」


「先生にどこかで会った事があると―― でも、結局勘違いだったみたいですよ」


「そうゆう事ですか」


 柊哉は晴れやかな笑顔浮かべた。その表情から、柊哉が何かを掴んだのは明白だった。


「どうゆう事ですか?」と問いかけた美優に、柊哉は何かを知らせるように視線を走らせた。

 その視線を追うと、漆黒の翼を身に纏う烏が、ある一つの外灯の上から二人の様子を見下ろしている。感情のないビー玉のような瞳を此方に向けている。

 まるで、監視しているようだ。


「軽率でした。これ以上は――」


 柊哉は人差し指を立て自分の唇へと押しあてる。

 美優はハッとして押し黙った。


(そうだった…… 此処は、裏社会に住む人々が多数存在する場所だったわ)


 柊哉が傍にいる安心感から、すっかり忘れていたのだ。周囲に気を配るが、特に此方を注視する人物は、あの烏以外いなそうだ。

 烏が止まる外灯の下を無言で通り過ぎ、少し離れた所で後ろを振り向いた。

 じっと此方を見送るだけで、特に追って来る様子はない。


「大丈夫でしょうか?」


 顔を曇らせ不安を滲ませた声で尋ねた。


「大丈夫でしょう。大した話はしてませんし…… 何にせよ、壁に耳ありとも言いますし、今後は注意しましょう――おっと、着きましたよ」


 魔法通りへと続く路地前に、いつの間にか到着していた。話に夢中で危うく通り過ぎてしまう所だった。

 オレンジ色の灯りに照らされ路地へと続く入口がポッカリと口を開いている。

 柊哉は躊躇う事無く、その入口へと足を進める。

 そして少し進んだ所で、ポンと手を打ち何かを思い出したように告げた。


「あぁ、そうそう。言い忘れていましたが、マリーさんのお店に行きますから」


「マリーさんの所ですか?」


 茶色の巻き髪に可愛いピンクのウェイトレスの洋服を着た体格の良いマリーの姿を思い出す。


「えぇ、あそこにテレポドアが繋がっています。暗黒横丁はねじ曲げられた空間に存在する為、直接繋ぐ事が出来ないのです。他に思い付く場所がなくて―― すぐに帰れるようにと、マリーさんに頼んで開いたままにしてあります」


「そうですか」


 どおりで到着が早いわけだ。美優は一人納得する。

 前回、話の途中で店を出て来た事をふと思い出す。あの時のマリーの絶叫が蘇る。


「マリーさん、怒っていませんでした?」


「えぇ、まぁ……」


 眉間に皺を寄せ脇腹の辺りを擦りながら、曖昧な返事をする。何だか様子がおかしい。


「どうかしたんですか?」


 脇腹を擦る柊哉を覗き込むように尋ねる。

 ケガでもしたのではないだろうか?


「否、何でも……」


 慌て脇腹から手を離し、笑顔を作るが、何だか嘘っぽい。


「とにかく、行きましょう。マリーさんが、待っています」


「はい」


 二人は暗い闇の中へと呑まれて行った。




 ◆◇◆◇




 路地を抜けて魔法通りに出ると、すっかり日が暮れていた。それでも、通り抜けて来た路地に比べれば全然明るいのだが――


 道の反対側には、マリーの喫茶店。窓からは灯りが洩れている。


 足を止めて空を仰ぎ見ると、おぼろ月が浮かんでいた。美優には、そのはっきりと姿を現さない月が千年樹の杖のように思えた。


 霞み掛かった月を見上げたまま、感慨深げに「随分と時間が経っていたんですね」と告げる。


「暗黒横丁には日が出る事はありません。あの場所は一年中厚い雲に覆われています。そのせいで、行き慣れない者は時間の感覚を狂わされます」


「店主さんが不機嫌になって、当然ですね。長居し過ぎてしまったのね」


「あの方は人嫌いなので、余計ですね。このままだと人懐っこいマリーさんをも、また怒らせかねない」


 外灯の明かりを頼りに自分の腕時計で時間を確認しながら、柊哉は冗談混じりに言った。

 美優も隣から柊哉の時計を覗きこむ。時計の針は七時を回っていた。かれこれ、五時間近く介爺の所に居座っていたのだ。



(柊哉さんの言う通り、これでは本当にマリーさんを怒らせ兼ねないわね)


 そう思った瞬間、足早にマリーの店へと向かったが、中に入りづらくて、ガラスドア越しに中の様子を伺った。

 明るい店内は、こちら側からは良く見える。

 思った通り、客のきの字すらなかった。大きな体を丸めカウンターの奥にポツンと座るマリーの姿があるだけだ。

 火に掛けたヤカンを微動だにせず、怖い顔で睨み付けている。


(やっぱり、怒ってる?)


 恐る恐るドアを押し開ける。その僅かな音に気が付いたのかマリーが顔を上げる。

 二人の視線がぶつかった瞬間、マリーは機械人形のように勢い良く立ち上がった。その反動で座っていた椅子が派手な音を立てて倒れる。倒れた椅子を無視したまま、マリーは美優の無事を確認するかのように眺め「良かったぁ。美優ちゃん無事だったのねぇ」と安堵の声を洩らした。


「ご心配おかけしました」


「謝るなら私じゃなくて彼にでしょ!! 血相変えて現れたんだから、相当心配かけたんじゃないの?  まぁ、おかげで私は……ムフフフフフ……」


 何かを思い出したようにだらしなく口元を緩め、ガッシリとした巨体をくにゃくにゃと動かした。口元の黒いごまは相変わらずだ。


「マリーさんっ」


 柊哉が美優の後ろから、慌てたように口止めに入る。美優の片頬がピクリと動いた。


「何を……した……んですか?」


 美優の声とは思えない程の低い声。その瞬間、室内の温度が急激に下がった。


「なっ、何なの?!」


 室内の急変に訳が分からないマリーは、少しでも体温を上げようと腕を擦りながら、事の元凶を見つけようと辺りを伺った。

 吐き出す息まで白くさせ、先程まで湯気を上げ始めていたヤカンのお湯はすっかり冷め、火までその炎を小さくし、最後には消え失せてしまった。


「美優、落ち着いて下さい」


「えっ?!  こ、これっ、美、美優しゃんの仕業らのっ?」


 驚きの声を上げるも寒さで歯の根を上手く噛み合わせられない。


「何をしたんですか?」


 刺すような鋭い瞳を向けたまま美優はその距離を縮める。マリーは、その迫力に押され一歩後退り、寒さに震えながら弁明する。このままでは凍死させそうだ。


「な、何って…… 仲直りのハグを……」


「ハグ――」


 眉をひそめて言葉尻を美優は繰り返した。

 すかさず、柊哉がフォローを入れる。


「仲直りの証です。この前、変な別れ方をしたので、お互いわだかまりを捨てようと――」


「そ、そうよ。怪しい事なんて何もないわ。挨拶よ、あ・い・さ・つ」


 不審の眼差しを向ける美優に、続け様に口を開き説明する。何も言わなくても、マリーに美優の危険さは伝わったようだ。


「第一、私は逞しい男が好きなの…… 源さんみたいな」


「源さん……」


 何かを思い出すように空を見つめ、数秒後、美優は笑顔を作り出した。

 柊哉とは似ても似つかない源の容姿を思い出したのだ。

 まぁ、これが本当の女性だったら、いくら他に好きな人がいると言っても簡単には納得出来なかっただろう。

 笑顔と共に室内の温度が一気に上昇する。


「そうなんですか?」


「そ、そうよ、全く何告白させるのよ」


 恥ずかしそうに顔を覆い隠しイヤイヤをするように首を振る。どうやら、これは本当らしい。

 どちらにしても、二度と柊哉に手を出す事は無いはずだ。


「すみません、私ったら」


「いいのよ。そうだ、貴方達に飲ませようとコーヒーを淹れてたの」


 そういって淹れたてのコーヒーをカップにそそいで、カウンターテーブルに二つ並べた。黒いコーヒーが更にカップの白さを引き立てている。いや、その逆なのか。


「さぁ、どうぞ。今回は特別にサービスよ」


 美優に向かって、不自然なボリュームの睫毛がついた目をパチリとウィンクしてみせる。


 サービスしている余裕などないのでは? と思ったのだが、さすがにそれを口に出す事は出来ず、黙って厚意を受ける事にした。

 いくら何でもコーヒー二杯で潰れはしないだろう。いや、そう願いたい。


(後で、何か注文すれば大丈夫よね)


 カップを掴んで一口含む。


「っ!!」


  驚いたように顔をあげ、マリーの顔を凝視した。


「あらっ?! どうかした?」


「……あの、これ冷たいんですけど…………」


 唇に残る冷たい感触。温かい飲み物と思っていたので、かなり驚かされた。


 柊哉とマリーは顔を見合わせる。


 どうやら、美優は自分が魔力を使った事にすら気付いていなかったようだ。

 無意識に力を発動、それはそれで素晴らしい特技といえよう。


「コーヒーメーカー、調子悪いんじゃないですか?」


 すぐさま、柊哉が口を開く。マリーが余計な事を口走る前にだ。

 柊哉の言動に何かを感じ取ったのか、マリーもぎこちない表情で話に乗っかる。


「えっ、えぇ、時々ね。気付かなくて、ごめんなさいね。すぐに淹れ直すわ」


 カウンターに置かれた柊哉のカップに手を伸ばす。そして、もう片方の空いた手を美優の持つカップを受け取ろうと差し出した。

 大きな手だが、よく手入れをされていた。そこらの女の子以上に綺麗な手をしている。しかし、その手には何の装飾もされていない。やはり、料理人だからだろうか?



「いえ、コーヒーより、食事をお願いしてもいいですか?  勿論、お代はお支払いします」


 迷惑をかけたお詫びに、せめて売上に協力したい。


「えっ!! それって注文ってこと?」


「はい」


「喜んでっ!!」


 目を輝かせメニューを持ってきたマリーに、数点注文を入れると、嬉々とした顔で奥へと引っ込んでいった。調理場は奥にあるようだ。


 今回は、窓際の席でなくカウンター席に並んで座る。


「厄介払いというわけですね」


「えっ?!」


 美優はギョッとする。そんなつもりは毛頭なかった。ただ、純粋に売り上げに協力しようと思っただけだったのだ。


「そ、そんなつもりは……」


「冗談ですよ」


 柊哉は楽しそうにクスリと笑う。


「今日は驚かされましたからね。少しくらい仕返しさせて下さい」


「すみません……」


 柊哉の一言に、申し訳なさそうに、美優は身を縮めた。

 此処から姿は見えないが、店内の奥からは、マリーのご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。料理の腕はどうなのか少々心配するところだが、それは出てきてみれば分かるだろう。

 鼻歌の聞こえる方へ視線を送り、すぐにマリーが戻らぬ事を確認すると、今度は真面目な顔で言った。


「せっかくなので、今後のことについて話しておきましょう。でも、その前に指輪を見せていただけませんか?」


(指輪を見てどうするのかしら?)


 疑問に思いつつも、断る理由もないので素直に応じる。ゴソゴソとワンピースのポケットをまさぐり指輪を取り出す。着ける気になれずに、ずっとしまっていたのだ。

 大好きな人に買って貰った指輪、なのにこれを見ると今は気が重くなる一方である。俗に幸運をもたらすと言われる四つ葉のクローバーもその力を発揮出来ないでいる。


「貸して下さい」


 差し出された手のひらに、言われるままに指輪をそっと乗せる。


「ッ!!」


 その瞬間、柊哉は痛そうに顔を歪めた。美優はすぐにその理由に思い当たる。

 自分が何度も感じた痛みを、杖は柊哉にも与えているのだ。

 介爺も言っていたではないか。誰でも触れるわけではないと――


「あっ、すみません」


 慌て指輪を拾い上げようとするが、ほんの一瞬早く柊哉が握りしめた。


「いえ、いいのです。さて、確認もとれましたし、いよいよ本題に入りましょうか」


「確認?」


「えぇ」


 ニヤリと笑うその顔は、痛みを微塵も感じさせなかった。


読んでいただきありがとうございました

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