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魔法使いの娘  作者: 彩華
第二章 千年樹の杖
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介爺の昔話

「この事は、絶対他言無用」


 恐ろしい顔で固く口止めをする介爺に、二人は「勿論です」と緊張した面持ちでほぼ同時に答え頷いた。


 分かっている、客の個人情報を漏らしたと知れ渡れば二度と商売は出来ない。


 二人が頷いたのを確認すると「サッサッと済ませる」と言う言葉通り、お茶すら出す事をせず、気難しい顔で静かに語り始めた。


「あの杖を手に入れたのは二十三年前の事じゃった。その時、儂は此処ではない別の場所で商売しておった。そう、能力を持たぬ者が住む地域で、未能力者を相手に商売をしておった。そんなある日、雨が降り寒い日の事じゃった。夕方、一人の男がやって来おった。その男、なかなかの魔力保持者じゃったが、残念ながら混血者だった」


「混血者って?」


 話の途中だが、美優は分からない単語が出て来たので即座に質問する。介爺は、ピクリと眉の端を動かし、面倒くさそうに答える。


「あぁ、未能力者と魔力保持者の間で生まれた子という事じゃ」


「どうして混血者だと残念なのですか?」


 美優は再び質問する。なかなか話が進まないので、今度はあからさまに介爺は嫌な顔をしてみせる。

 その表情を汲み取って、柊哉が介爺に変わり手短に説明する


「今は、そうではないのですが、少し前までは魔法界では、どんなに強い力を持っていても、混血者は地位や名誉を与えられる事はなかった。それどころか忌み嫌われてさえいました。それは、未能力者達にとっても同じだった。しかし、大半の者は未能力者の住む地域で生活をする。そこでなら、仕事に困る事はなかったから」


「ありがとうございます。続きを……」


 本当は、もっと色々聞きたい事があったのだが、介爺の怖い顔を見ると、それ以上は聞けなくなったのだ。


 静かにコクリと一つ頷いて、介爺は再び昔話を語り出した。


 あの日の事は今でも鮮明に覚えている。

 そう、あの素晴らしい杖と出会った日の事だから……


 ザーザーと降り続ける雨音に、介爺は今日何度目かの溜息を吐き出した。天気が悪いと気持ちまで暗くなるものだ。


「いやによく降る雨じゃな。こう天気が悪いと、もう客は来んだろう。少し早いが店じまいにするか」


 実際問題気持ちだけではなく、売上も間違いなく落ちるのだ。粘ったところで、客など来ない事は、既に経験から分かっている。

 すぐさま、閉店の準備に取り掛かる。と言っても、入り口を施錠し、店内の明かりを消すだけだ。

 目の不自由な介爺には、それでも大仕事である。誤って棚にぶつかり、商品を落とし壊しでもしたら、1ヶ月分の売上がパァになる事もある。それだけ、高値の商品も扱っているのだ。


(さぁ、サッサッと戸締まりを済ませるか)


 そう思い入口へと向かうと、自動ドアの前に二人の人影を感じた。勿論、見えたわけではない。

 ガラス越しにボンヤリと人の形を型どって オーラを感じたのだ。

 実際、レインコートを着こみ、フードを目深に被った二人は介爺の目が見えたとしても、性別すら判別出来なかったであろう。


(大人と子供……否、幼児か)


 そう思った時、軽やかな鈴の音が店内に響いた。

 自動ドアが開いたのだ。目の不自由な自分が、客が来たら分かるようにとドアに取付けたのだ。

 店内に入ると、すぐにしゃがみこみ、子供に何かを言っているようだった。

 その低い声から男である事を介爺は認識する。だが、何を言ってるのかまでは聞き取る事は出来なかった。雨音にかき消され、聴力も鈍るというものだ。


 男は子供をその場に残し、一人此方に近付いてくる。多分、そこで待つように指示していたのだろう。

 男からは、ピリピリとした張り詰めた空気が伝わってくる。

 ただの客ではない。長年の勘で、そう判断し身構えるが、それを悟られぬよう無表情で、相手をジッと観察する。


(かなり強い魔力保持者…… じゃが、混血者か)


「すみません、此方では商品の買い取りもしてらっしゃいますよね?」


 介爺の目前に立ち止まり、男は恐る恐る口を開いた。


「あぁ、やっておる」


「何も聞かずに買っていただきたいものがあるんですが」


 買い取れと言われても、どうみても大した物を持っているようには見えない。

 ――男からは男のオーラ以外、何も感じないのだ。


(儂の勘も鈍ったかのぉ??)


「で、何を?」


 興味なさそうに尋ねると、男はソワソワと周囲の様子を伺っている。


(まったく、そんなごたいそうな物でもなかろうに―― んっ、もしかして盗品か??)


 盗品を買うのは犯罪。決して商人は売買を行ってはならい。裏では汚い事もやっているが、正規の商人を装い、此処で店を構えている以上、介爺も他ならない。


「盗品なら、通報じゃ」


 先手を打って、そう告げる。品物を見ては、黙認出来ない。此処で店を構えるというのは、そういう事なのだから。

 男は介爺にだけ聞こえるように、声を落とし耳元で囁く。


「心配いりません。何しろ実際に存在を確認されていない幻の杖ですからね」


(目が見えぬから、分からないとでも思っているのか?  紛い物でも掴ませる気じゃな)


 この辺りの男ではない。恐らく何処かで盲目の商人の話を聞き、一儲けしようとやって来たのだろう。

 それが成功しようが、失敗しようが顔を見る事が出来ない介爺には、犯人を断定出来ないのだから。


(まぁ、いいじゃろう。二度と此処へ来ないよう少し相手をしてやるか)


「それなら、見せて頂こう」


 介爺が頷くと、男は満足そうに微笑み、懐から長細い木箱をうやうやしく取り出した。

 何の変哲もない杖ケース、しいてあげればやけに念起が入っている事くらいだが、それは盲目の介爺には分からない。


「こちらです」


 恐らく差し出されてあろう辺りを注視するが、何の力も感じられない。


(図々しいにもほどがある。偽物どころかただの棒切れを売りつける気かっ)


 随分と甘く見られたものだ。途端に殺気が立ち上る。それに、共鳴するように棚に並べられた商品達が、耳鳴りのような音を出し始めた。

 介爺の魔力だけでは、この男の足下にも及ばないだろう。しかし、ここで戦った場合、勝つのは間違いなく介爺だ。

 此処には、介爺の仲間がいる。沢山の愛情を注いで世話をした商品達なかまがいるのだから。


「す、すみません。これでは分かりませんよね」


 介爺の豹変ぶりに驚いたのか、ダラダラと冷汗を流し始めた。

 男は慌て木箱の蓋を開け、再度介爺に差し出して見せる。


「この木箱で、力を遮断しています。感知能力が強い方には、すぐに気付かれてしまいますからね」


「これは……」


 金色に輝くオーラが杖を取り巻いている。

 男の言う事は、強ち嘘ではなかった。これ程の杖に今まで出会った事がない。

 介爺には、これが本物の幻の杖かどうか、確認するすべがない。何しろ誰も見たことがないのだから。

 何にせよ素晴らしい杖には間違いない。吸い込まれるように杖を見つめる。


 介爺の感情に感化されたのか、商品達が唸るのを止めた。また店内に聞こえるのは雨音だけになった。


 ホッとしたように男は額の汗を拭い、ニヤリと笑い「どうしますか?」と尋ねた。

 分かっているのだ。

 決して、介爺が断らないという事を――


「も、勿論頂く……それにしても、素晴らしい杖じゃ。一体、何処で手にいれた?」

「何も聞かない約束です」

 ピシャリと男は言い放つ。余計な詮索は無用とばかりに――

 いつの間にか介爺と男の立場は逆転していた。


「おぉ、そうじゃったな、すまない。で、幾らで売って下さる?」


「貴方の全財産と交換です」


「何っ!! 随分とふっかけて来なさる」


「それだけの価値があると自負しております」


 介爺は両手で白髪混じりの髪を掻き毟り悩む。


(安いとは思っていなかったが、まさか全財産とは…… 本物なら、それだけの価値がある。だが……)


 正直、今の安定した生活を失うのは恐かった。

 此処まで来るのにどれ程の苦労をしたものか。

 なかなか答えを出さぬ介爺にこれ以上待てぬと言わんばかりに男は言った。


「無理にとは、いいません。これは別の方にお譲りする事に致します」


 蓋を閉め、懐へ戻そうとする。


「ま、待ってくれっ。買わせて貰おう」


 介爺は咄嗟に声を上げていた。他の者の手に渡るのが許せなかった。

 男は静かにほくそ笑んだ。



 その日のうちに介爺は店を出た。その身に幻の杖を一つ携えて――

 騙されたと気付いたのは、それから五時間後の事だった。行き場のない介爺が行き着いたのは、小さな公園。閑静な住宅街の中にあり、大抵誰もいない。

 人混みが苦手な介爺にうってつけな散歩コースだ。

 夜に来たのは初めてなので灯り一つない事に、今まで気付かなかった。

 どちらにしても、明かりなど無くてもあっても介爺にとっては一緒だ。

 常に闇の中にいるのだから――


 公園脇の道を一台の自動車が通り過ぎ、公園内に光をもたらすが、介爺にはその明かりを感じる事が出来ない。

 雨を避けようと傘をたたんで手探りで滑り台の下に潜り込む。


 今日は野宿をするしかない。難なく介爺は今の状況を受け止めていた。

 コンクリートの地面からじんわりと冷気が浸透し、体の熱を奪っていく。体は素直なもので小さく身震いをさせ、体温を少しでも上げようと努力している。

 寒さが、身に凍みる。

 介爺は後悔し始めていた。


(杖を拝めば気持ちも変わるはずじゃ)


 少しでも気分を晴らそうと、買ったばかりの杖を、懐から木箱を取り出した。


(やはり、何も感じない)


 手触りの良い箱を優しく愛しそうに撫でる。


(これ程の力を完璧に遮断しているこの箱だけでも、大変な価値がある。あの男は、杖と同じ木で作られていると言っていたな。高い買い物ではなかったはずだ)


 そう自分自身に言い聞かせる。自分は間違ってなどいないと。

 慎重に辺りを伺い、周囲に誰も居ない事を確認すると、ふしくれだった手で蓋をソッと開いた。


 大人しく箱に納まる杖、だがその姿は甚大な存在感を発揮している。

 その神々しい姿に一瞬にして魅了される。


「ほぉー」


 思わず感嘆のため息が漏れた。


(これが、千年樹の杖……)


 先程までの後悔の念は、嘘のように消え去っていた。

 口元が自然と綻ぶ。


(どれっ、幻の杖とはどれ程の物か、少し試してみるか)


 自分のズボンで両手を拭いた後、恐る恐る杖へと伸ばす。

 杖を使ってみようと思ったのだ。


 ――しかし、それは叶わなかった。


 杖に触れた瞬間ビリビリと電流に似た痛みが指先に走り、杖を掴む事すら、出来ない。完全に拒まれていた。


「な、何と…… こんな杖は初めてじゃ」


 目を丸くしながら、介爺は呟く。


 長い間、商売を行っているが初めてだった。

 こんな杖に出会うのは……

 自らの意思で魔力の発動を止める杖には、年に数本出会う。

 しかし、自らの意思で力を使う杖なんて。

 触れられる事すら拒絶し、己の魔力を使って電気を、その身に発生させているのだ。


「す、素晴らしい」


 面白い玩具を見つけた時の子供のように目をキラキラと輝かせる。だが、すぐにその目は落胆へと変わる。気付いたのだ。

 これでは、売り物にならない事に。

 幻の杖となった所以もそこにあるのだろう。どんなに素晴らしい杖でも扱えなければただのガラクタと一緒だ。


「だからこそ、あの男……」


 忌々しげに吐き出しながら、木箱の蓋を閉めようと視線を落とす。返却しようと思ったのだ。

 視界の端に嬉しそうな杖のオーラを捕らえる。

 その金色の耀きに、思わず見惚れて、手を止め考える。


(手放したら、二度とこの杖を手中に納める事はないだろう。幻が現実になった今、いつか必ず後悔するはずだ。それならば、今……)


「悪いな。元の持ち主には返さん」


(後悔してやるわい)






 ◇◆◇◆






「それだけですか?」


 話を終えた介爺に明らかに不服そうに美優は尋ねた。


「そうじゃ」


「どうして、何も聞かなかったのですか?」


「約束じゃからな」


 美優の責め立てるような口調に、不機嫌そうに介爺は吐き捨て、続けざまに言った。


「お主に渡したのは間違えじゃったなっ」


 辛辣な言葉を投げ、返せと言わんばかりに、しわだらけの手を差し出す。

 美優は何も言い返せず、黙り込むしかなかった。

 知らず知らずの内に何も分からなかった事を、介爺のせいにしてしまっていた。怒らせて当然である。


(思い通りの結果を得られないからといって、他人のせいにするなんて……)


 美優は自分の行為を恥じた。

 身を縮こませ申し訳なさそうに、鎮座する美優の横で柊哉が口を開いた。


「もう少し長い目で見てあげてもらえませんか?  扱いが難しい杖だという事は、介爺が一番ご存知でしょう?」


 含みを持たせた柊哉の言葉に、介爺は誤魔化すように咳払いをし、手を引っ込めた。


「だ、誰も返せとは言っておらん」


「えぇ、勿論です」


 恨めしそうに柊哉の顔を睨みながら「全く、余計な事など話さなければ良かった」と一人言のように介爺は愚痴る。

 柊哉はそれを笑顔で受け止めていた。



「用は済んじゃろ。サッサッと帰ってくれ」


「その前に、一つだけ聞いてもいいですか?  教えていただければすぐにでも退散します」


「なんじゃ?」


「その後、その方には?」


「…………会ってもおらんし、見てもおらん。その男にはなっ」


「…………」


 難しい顔して、黙り込む柊哉。きっと、お手上げ状態なのだろう。

 柊哉に分からないのに、美優には尚更分からない。

 じっと考え込む柊哉の横で、邪魔にならないよう大人しく待つ。



 その思案の時間を破ったのは、中々帰らない二人に痺れを切らした介爺だった。眉をヒクヒクと動かし、額に青筋を浮かべ、低い声で唸るように告げる。


「もう、いいじゃろ?」


「あっ………… えぇ、帰ります。すぐ帰ります」


 柊哉にしては珍しく、慌てたように、そそくさと立ち上がった。

読んでいただき有難うこざいました。ぜひ、評価していただけると嬉しいです。

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