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魔法使いの娘  作者: 彩華
第二章 千年樹の杖
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置き去り

久しぶりの更新となります。なかなか、筆が進まず苦労しました。是非読んでみて下さい。

「此処は良家のお嬢ちゃんが気軽に足を運んで良い場所ではない」


 入口を入るなり薄明るい店内の奥から不機嫌なしゃがれ声が飛んで来た。

 その声に、美優は驚いて目を丸くする。その不機嫌な声にではない。

 一言も声を出していないのに、一度しか会っていない美優を見事に言い当てた事にだ。

 陳列棚の横をすり抜け、狭い通路を一直線にカウンターへと向かい、椅子に座る介爺の目前に立つ。


 その口調と同様で、眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔だ。

 面倒な事に巻き込まれたくないというのが、有りありと伝わってくる。

 介爺の怖い顔に思わず視線を外した。


「何じゃ、お主は?  そんなに儂の顔が珍しいか?」


 白濁した瞳を美優の横――つまり、阿相へと向けていた。阿相は何故だか大きく目を見開いて、マジマジと介爺の顔を眺めている。目の見えない介爺が感じ取る程に……

 執拗な視線に、益々眉間の皺が深く刻まれる。


「す、すみません」


 阿相を見ると、慌てたように深々と頭を下げ、非礼を詫びている。怒らせたら話を聞けなくなってしまう。


「んっ!!  お主、何処かで会った事ないか?」


「――い、いいえ、初めてです」


 大袈裟と思える程、顔の前で手の平を介爺に向け、左右に振って否定した。


「んっ、そうか……」


 僅かに瞼をピクリと動かし、介爺は素っ気なく頷いた。


「如月さんの担任で阿相と申します」


 慌てて聞かれてもいないのに名を名乗り、再度頭を下げた。今度は軽くお辞儀する程度だが。

 自己紹介を聞いた介爺は、途端に顔をしかめる。


「担任……やはり、儂の勘違いか……教師などに知り合いはおらん。生憎、聖職者は嫌いでな。サッサッと此処から出て行ってくれ」


 誰もいない店内に皺皺の顔に更に深い皺を刻んだ介爺の声が響く。


「いえ、それは出来ません。如月さんの付き添いですから」


「付き添い……この事、湊は知っておるのか?」


 ジロリと冷たい目で美優を睨み付ける。年老いた老人なのに妙に迫力がある。

 美優は黙ってプルプルと横に首を振ったが、すぐに介爺が目が見えない事を思い出し、口を開いた。


「い、いえ、柊哉さんは何も……」


 消え入りそうな声で何とか答える。美優の声と呼応するかのごとく、電球がチカチカと点滅した。


「じゃろうな。知ってたら、そやつを来させぬだろう」


「用事が済めばすぐにでも帰ります」


「用事?」


 介爺の問いに阿相は話せとばかりに、美優に目配せする。合図を受け恐る恐る美優は口を開いた。


「……あの杖の持ち主の事…………教えていただけませんか?」


「それは出来ぬ」


 少しくらい考えてくれても良さそうなものだが、介爺は即答した。


「どうしてですか?」


「客の個人情報、簡単に話したりするものか」


 闇商人なのに、やけに律儀な男である。否、闇商人だからこそ口が堅いのか。

 ペラペラ情報を開示してしまう輩は、すぐに海の藻屑とされてしまうだろう。


「絶対に他言致しません。どうしても、必要なのです」


 そう言って右手から指輪を外し、静かに木のカウンターの上に置いた。小さな電球の灯りを受け、キレイに磨かれた指輪が光る。


「…………」


 黙って指輪を見つめる介爺。そしてその姿を見つめる美優と阿相。

 目が見えないいうのに正確に指輪の位置を捕えている。盲目という事を忘れてしまいそうな程に。

 暫く注視していたが、指輪から全てを汲み取ったのか、ポツリと呟く。


「そうゆう事か……」


「お願いします」


 縋るような瞳で、介爺に頼み込む。もう、他に方法が思いつかないのだ。

 介爺は顎を擦り、難しい顔で考え、答えを出しあぐねいているようだ。


「彼女に力を貸して上げて下さい」


 すかさず、阿相もフォローをいれた。その時、介爺は、ハッとした顔で指輪を見、そして、阿相の方へと顔を向けた。


「お主……」


「あっ!!」


 突然、阿相が大声を上げ、介爺の言葉を遮った。美優は驚いて阿相を見る。


「えっと……そ、そう、用事……大切な用事があったのを忘れてました」


 左手の平を右手を握り締めた手でポンと叩き、今思い出した風を装いながら言った。

 明らかに動揺しているように見える。


「い、急いで帰らないと」


 ヨロヨロと数歩あとず去る。


「せ、先生……」


 こんな所に置き去りにされたら、一人で帰らなくてはならなくなってしまう。

 美優は慌てて止めに入るが「失礼します」と別れの言葉を残し、阿相は慌ただしく立ち去ってしまった。


(ど、どうしよう)



 阿相が立ち去った扉を眺め、目の前で起こった事が信じられずボンヤリと立ち尽くした。頭の中が真っ白になる。


「こんな所に生徒を置き去りにするなんて、悪い教師じゃのぉ。お嬢ちゃん、どうする?」


 意地悪く唇の端を歪める。美優の足が自然と震え始めた。

 だが、敢えて気丈に振る舞って見せる。自分の気持ちを奮い立たせるように……


「話を聞くまで、帰りません」


 どちらにしても、阿相はもう此処にはいない。一人で戻らなければならないという事実は変わらないのだから。


「勝手にするがいい」


 介爺は冷たく言い捨てて、カウンターを立ち、奥へと姿を引っ込めた。

 誰もいない店内に美優は一人取り残される。

 カウンターに置き去りにされた指輪が、まるで自分の姿を写し出しているように思え、手に取り優しく包み込んだ。


(大切にしなかったから)


 綺麗に並べられた商品を見て、美優は思った。

 ゆっくりと歩きながら端から端まで並べられた全ての商品を監察する。どの商品を見ても、塵一つ付いていない。とても大切にされている事が伝わってくるのだ。

 “物にも心がある”

 此処にある物を見ていると、そんな柊哉の言葉も頷ける。

 どれを見ても沢山の愛情を受け、キラキラと輝き、その自信を訴えている。

 商品の目利きだけではなく、管理も怠らない。良い商人なのだろう。

 美優は自分の手元にある指輪が、急に可哀相に思えてならなかった。視線を落とし、ジッと見つめる。

 その様は顕らかに此処に並べられた商品とは違い、何も此方に伝えて来ようとはしない。

 何も語らない指輪を胸元でそっと握り締め、これを手に入れた時の事を目を閉じて思い出す。確かにあの時は何かを訴えていた。美優にもそれは感じとれた。


「私のせい……?」


 何となく言葉に出して問うてみる――勿論、誰もいない店内に答える者はいない。

 手中に治まる指輪がとても重くのしかかってくる。


(このまま置いて帰ってしまおうかしら)


 ふとそんな思いにかられた時、突如鋭い痛みがその手に走った。


「痛っ!!」


 苦痛に顔を歪め、あまりの痛さに思わず持っていた指輪を取り落とす。二、三度床の上をバウンドし、木目に沿ってコロコロと転がる。見失ったら、あんな小さな指輪を探すのは困難だ。慌てたように、美優は後を追う。

 暫く転がった所で商品棚の端にぶつかり弾かれ止まる。ぶつかった反動でカタカタと揺れていたが、徐々にその力を弱め、そして動かなくなった。

 暗い顔でため息を一つ吐く。

 動かなくなった指輪を腰を屈め、拾い上げた。美優は立ち上がらずスカートが汚れるのも気にせずに、力なくその場に座り込んだ。

 指輪を握り締めたまま商品棚に持たれ掛かり、ボンヤリと考え込む。


(どうして……?  どうして、杖は怒ったのかしら?  私と一緒に居たくはないはず…… 此処に残りたくなかったとか?  いいえ、そんなはずないわね………… あっ!! もしかして早く手放せというサイン)


「あっ?!」


 再び手に鋭い痛みを感じる。しかし、今度は何とか指輪を落とさずに堪えた。


「何なのよ――」


 嫌われたのではないのか?

 理由わけの分からぬ杖の行動に思わず口走り、頭を抱え込んだ。






 ◆◇◆◇◆◇






 キィッー

 木の軋む音で美優は我に返った。あれから、どれ位の時間が立ったのだろうか?

 ほんの一瞬のようにも随分と長い間にも感じられる。

 頭を抱え込んでいた手を放し、顔を上げると入口の扉が開くのが見えた。どうやら、客が来たようだ。

 此処からは死角になっているので、その姿を確認する事は出来ない。

 狭い通路を占領している事に気付き、慌てて立ち上がり、左手でスカートの泥を払う。此処は暗黒横丁、どんな客が来るかわからないのだ。揉め事の火種は消しておくに限る。

 右手に持つ指輪をスカートのポケットに急いで押し込んだ。


 緊張した面持ちで、陳列棚の陰に身を隠す。

 美優は棚越しにコッソリと様子を伺う。


(男の人……)


 裸電球の薄明かりと身を隠しながらの観察で、はっきり顔を見ることは出来ないが、その様子が不自然な事に気が付いた。

 何かを探すようにキョロキョロと辺りを伺っている。始めは、お目当ての品を探しているのかと思っていたのだが、その視線は陳列棚を一切見ていないのだ。


(誰を探しているの??)


 美優の鼓動が早まる。額からジワリと汗が噴き出す。


(まさか、杖を……)


 ポケットの膨らみを確認するように上から押さえた。言い知れぬ不安が美優を支配する。

 徐々に此方へと向かって来る男から、逃げるように更に奥へと静かに身体を移動させていく。


 その時、美優の足に堅いものが触れた。


(あっ、マズい)


 そう思った時には、時既に遅そし。

 男に気を取られ過ぎて、足下にまで注意がいかず、畳んで棚に立て掛けてあった踏み台を蹴飛ばしてしまったのだ。蹴られてバランスを崩した踏み台が派手な音を立てて倒れる。

 美優は、その場に凍り付いた。

 音に気付いた男がパタパタと此方に駆け寄って来たのをその背に感じる。もう、隠れる事は出来ない。

 観念したかのように、美優はゆっくりと振り返る。

 そして、オレンジ色の明かりに照らされた男の顔を見た。


「柊……哉……さん……」


 美優は、大きな目をパチクリさせた。

 そう、目の前にいたのは思いもよらない人物、柊哉だったのだ。


 額に汗を浮かび上がらせ息を切らしながら、美優の両肩を掴み、上から下まで眺め、無事な姿を確認すると安心したように柊哉は言った。


「良……かった……無事だったんですね……」


 突然の柊哉の登場に驚きつつも、握力の強さに顔を歪める。


「あっ、すみません」


 力を入れ過ぎていた事に気が付いた柊哉は、すぐに美優の肩から手を離した。

 気配りを忘れる程、慌てていたようだ。何だか、いつもの柊哉らしくない。

 掴まれていた肩の痛みを誤魔化すように、美優は疑問を口にする。


「柊哉さんは、どうして此処へ?」


 誰にも何も言わずに出て来たのだ。だから、共に来た阿相以外は此処に居ることを知らない。


「君が一人でいると介爺に連絡貰ってね。まさか一人で来るとは……」


(柊哉さん、勘違いしてる)


 介爺は何も話していないのだろう。

 誤解を解こうと口を開き掛けた時、第三者の声にそれを阻まれた。


「もう来たのか!」


 振り返ると表の騒ぎに気が付いた介爺が、腰を折り曲げ杖を突きながら、奥からゆっくりと姿を現す所だった。


「随分と早いな」


「大切な方ですからね」


 当たり前と言わんばかりの顔で即答する柊哉。

 義務感から言っているのは分かっているが、それでも美優は頬を染めずにはいられない。


「では、サッサッと連れ帰ってくれ」


 コンコンと手に持つ杖で、不機嫌そうに床を打ち鳴らす。美優はビクリと肩を縮めるが、柊哉は顔色一つ変えない。


「待って下さい。せっかく来たんですから、彼女の目的を果たさせて頂きますよ。介爺もそのつもりでワザワザ僕を呼び出したのでしょう?」


「商売に邪魔なお嬢ちゃんを追い返そうと思っただけじゃ」


「そうでしょうか?  でしたら、源さんにでも頼んで送ってもらえばいい。そっちの方が余程早い。第一、僕が来たら、おとなしく帰らない事は分かっているでしょうに?」


「…………」


 悠然と微笑む柊哉に、眉間に皺を寄せる介爺。

 対象的な二人の姿をハラハラしながら、美優は見比べる。今は、黙って事の成り行きを見守るしか無いのだ。


「――今日は、店じまいじゃ」


「えっ?」


「とっとと、奥へ行けっ」


 どうゆう事かわからずに、戸惑っていると柊哉が助け船を出す。


「話して下さると言う事ですよ。さぁ、気が変わらぬうちに行きましょう」


 促すように、美優の背中を軽く叩き、柊哉は介爺が出て来た場所をくぐり奥へと勝手に入って行った。


「あっ、はい」


 美優も慌てて後を追う。





 ◆◇◆◇◆◇






 店の奥は狭い畳み部屋へ続いていた。

 真ん中にポツンと小さな卓袱台があり、壁ぎわに古い木のタンス、それ以外には何も置かれていない殺風景な部屋。どこか懐かしい昭和の香りが漂う。

 男の一人暮らしにしては、思いの外綺麗に整頓されている。

 柊哉は、慣れた手つきで勝手に押入から座布団を二つ取り出し、卓袱台の脇に並べる。そして、その一つに腰を下ろし、隣の座布団を黙ったままポンポンと叩き、美優に座るよう促した。

 促され横に正座するが、柊哉は沈黙したままだ。

 介爺の話も気になるが、今は柊哉の方が気になる。


(やっぱり、怒らせてしまっ……た?)


 黙りこくる柊哉の顔を、伏し目がちにチラリと盗み見、様子を窺う。その表情からは、何も窺い知る事は出来ない。

 美優の視線を感じたのか、柊哉は前を向いたまま口を開いた。


「どうして、言って下さらなかったのですか?」


 静かな口調で、そう告げる姿は、どこか淋しそうにもみえる。何にしろ怒ってはいなそうだ。

 とりあえず、安堵する美優だが、迷惑をかけた事にはかわりないので、素直に頭を下げる。


「すみません。柊哉さんを驚かせようと思って……」


「えぇ、驚かされました!!  まさか、こんな危険な場所に一人で来るなんて」


 クルリと此方を振り返り、声を荒げた。思いもよらない声に、美優は目を大きく見開き固まった。

 美優の表情に柊哉は、我を取り戻す。


「あっ……すみません……声を荒げるつもりなどなかったのですが……つい…………」


 視線を泳がせ、シドロモドロと謝る。美優はパチパチと長い睫毛を上下させ瞬きをした。

 柊哉がこんなに動揺する姿は珍しい。本当に怒るつもりは、なかったようだ。

 柊哉のあまりの慌てぶりに、逆に申し訳なくなる。


「――いえ、私が悪いんです。それに一人では、ありません。阿相先生と一緒でした」


「先生と?」


「えぇ、用事を思い出したとかで、急に帰られてしまって」


「えっ!! 美優を一人暗黒横丁(ここ)へ残して帰ったのですか?」


 柊哉が目を丸くし驚きを顕にした。それも当然の事である。当の美優も正直少し驚いている。

 阿相は、そんないい加減な人間ではないはずだ。


「余程、大事な用だったのかも。店主さんと話している途中に、急に帰ってしまわれたので」


「…………………」


 何かを考えるように、柊哉は沈黙する。


(私のせいで柊哉さんに悪い印象を与えてしまったのではないかしら?  もし、そうだったら……)


 黙り込んでしまった柊哉に不安を覚え、必死でフォローをいれる。


「きっと、大切な用事だったんです。阿相先生が生徒を置き去りにするはずがありません。私の事も親身に相談に乗ってくれて…… 今日だって嫌な顔一つせずに自分から申し出てくれて……」


「大丈夫、分かってますよ。少し頼りない所がありますが、良い先生ですよ」


 美優の不安を感じ取り、安心させるように、優しく微笑みかけコックリと頷いてみせた。


「それで、どんな話をしていたのですか?」


「杖の事を教えていただけるようお願いしていたんです」



「お取り込み中悪いが、サッサッと話を済ませよう。これでも忙しいのでな」


 いつの間にか、店の戸締まりを済ませた介爺が目の前に腰掛けていた。

 柊哉も驚いた顔で、介爺の方を見ている。音もさせずに目の前に座るのは、健常者でも難しいはずだ。それを盲目の介爺が簡単にやってのけるのは、やはりただ者ではない。


「相変わらず、暗殺者のような方ですね」


「人聞きの悪い。せめて、隠密くらい言えんのか」


 ふんっとばかりに鼻息荒く言い返す介爺に、柊哉はニコリと人の悪い笑みを浮かべていた。


読んでいただき有難うございました。評価等してもらえると嬉しいです。

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