道程
大分、遅くなってしまいました。次回は早く更新出来ると思います。
週末、阿相の運転する車で魔法通りへと二人は向かっていた。
結局の所、美優自身も困っていた事もあり、阿相の申し出を断りきる事が出来なかったのだ。
前回、フェミニンな洋服で浮きまくった失敗を考慮し、今日は美優が持っている服の中で、一番ラフな服装に見えるデニムのワンピースを身に着けている。
阿相もいつもはスーツにネクタイと、かしこばった服を着ているが、今日はグレーのワイシャツにカジュアルなジャケットを着ているだけである。
(それにしても、どう話を切り出そうかしら……)
美優は、隣で真剣な顔で運転をする阿相の横顔をチラリと盗み見る。
まだ、本当の目的は暗黒横丁だという事を話せていない。そして、千年樹の杖の事も……
なかなか言い出すタイミングが無くて、今日まできてしまったのだ。
毛先を人差し指でクルクルと弄びながら思う。
(やっぱり、迷惑だと思われても柊哉さんに頼むべきだったかしら)
今となっては後の祭りだが、そう思わずにはいられない。少しでも心を晴らそうと、後悔の念を吐き出すように小さく溜息を吐いた。
「もうすぐ、到着します」
美優の溜息を聞き取ったのか、阿相が言った。
(あぁ、もう、此処まで来たら、なるようになれだわ)
今更、話す事も出来ない。
半ば自棄を起こし、黙って案内する事を、美優は腹に決め、シートベルトを強く握り締めた。
◆◇◆◇◆◇
「凄い人ですね……」
駐車場に車を止め、降り立った阿相の第一声は、それだった。前回同様、魔法通りは若者達で混みあっている。流行に感化され、皆同じようなスタイル。近頃の若者は群れから外れる事に不安を憶えずにはいられないのだろう。
「で、どこの店舗ですか?」
通りに立ち並ぶポップなお店をキョロキョロと見渡しながら尋ねる。さながら、その姿はおのぼりさんのように見えるが、当の本人は気付いていないようだ。
「えっと、もっと奥の方です」
(此処に来た事なさそうだけど……)
真っ直ぐに暗黒横丁の方向を指差して、阿相の反応をはた目で伺う。もし、知っている場合は、着く前に止められる可能性もあるのだ。それくらい危険な場所だ、暗黒横丁は。
「あぁ、あちらですね。行きましょうか」
にこやかな笑顔で、何の疑いも持たずに、颯爽と歩きだす。思った通り、初めてのようだ。
美優も阿相の横に並び、お互いはぐれる事の無いよう注意しながら、人の流れに乗った。
どれくらい歩いただろうか、次第に店舗の数がまばらになり、いつしか人の流れが消えた。美優は、それでも真っ直ぐに通りを歩き続ける。
更に五分程進むと、辺りに全く人の気配がなくなり、寂れた店があるのみになった。
殆どの店舗は、背の高い雑草が生えたままになっており、今は誰も管理していないのが誰の目から見ても明らかだ。
「確かこの辺りだったはず……」
記憶の糸を手繰り寄せながら、ゆっくりと首を巡らせる美優。
暗黒横丁は公に認められていない場所。勿論、案内標識など一切ない。
それどころか、意識を傾け探している者にしか路地が分からぬよう魔法をかけてあるのだ。
間違えて迷い込む事のないようにと――
それでも、月に一人か二人はいるようだ。
(マリーさんのお店もあるし、間違いないはずだけど――)
強烈なキャラクターのマリーの顔を思い出しながら、喫茶店へ視線を走らせ考える。室内に明かりが点っているので、営業しているらしい。
ここからは、人の姿が見えないが、今日も客はいないのだろうか?
「あれっ!! あそこ明かりが点いてますね。倉庫にでも使ってるんですかね?」
美優の視線を追ったのか、偶々気付いたのか分からないが阿相がマリーの喫茶店を指差しながら、驚きの声をあげている。
美優は、マリーの事を少々不憫に思った。確かにこんな辺鄙な場所で店を開いているとは思わない。倉庫と思われる時点で、客は来ないだろう。
「いえ、あそこは喫茶店です」
マリーの今後の事を思い、一応間違いを訂正し、何気なく阿相を振り返った。
そして、大きく目を見開き、静止した。
(あっ……た…………)
――見つけたのだ。
怪訝そうに此方を見つめる瞳のその先に、あの日の細い路地を――
美優は阿相の横を抜い、スカートを蹴散らし、小走りで走り寄る。
高い塀に囲まれ薄暗く、二人並んで歩くのがやっとの怪しげな路地。普通だったら、決して足を踏み入れようとはしないはずだ。
勿論、その道を歩く者は誰一人としていない。
間違いなく暗黒横丁へと続く道だ。
春にしてはヒンヤリとした冷たい風が細い路地へと流れ込み、美優の髪先を揺らす。あたかも、美優を誘うように――
緊張の面持ちでゴクリと喉を鳴らす。
「この先ですか?」
路地前で立ちすくむ美優の後ろへと、いつの間にか阿相もやって来ていた。
「随分と狭い路地ですね」
訝しむように首を伸ばして、路地を覗き込んでいる。
まだ、気付いていないようだ。
緊張で唇が渇く。
(気付かれる前に行くしかない。着いてしまえばこっちのもの)
「此方です」
内心、いつばれるのかとヒヤヒヤしながらも、平静を装い、考える時間を与えぬように半ば強引に先導する。自分が行けば必ず着いてくるはずだ。案の定、阿相もすぐ様路地へと入り込む。
薄暗い路地を足を止める事無く、進んで行く。その足を止めたら、恐怖で二度と先に進む事が叶わないと分かっているからだろう。
今日は手を引いてくれる柊哉はいないのだから。
徐々に周囲が暗くなる。
それに比例するように、歩行速度もどんどんあがって行く。
「如月さん、待って下さい」
焦った声で呼び止める阿相の声が聞こえる。恐怖に打ち負けそうになる自分を必死で奮い立たせる。
止まる訳には行かない。ここで、引き返す訳には行かないのだ。
阿相の声を無視して、先を急ぐ。だが、その勢いも次第に落ち始めた。暗闇に足下が覚束なくなったのだ。
それでも、目を凝らし足下を確認しながら、着実に一歩また一歩と進んで行く。
辺りが完全に暗闇に包まれた時、遠くにボンヤリとオレンジ色の灯りが浮かびあがった。
(入り口だわ)
ほんの一瞬だけ、美優は足を止め、遠くで光る外灯の明かりを確認する。
しかし、阿相はその隙を見逃さなかった。
大きな左手で、美優の右肩をがっしりと掴み動きを封じ込める。
「この先って、暗黒横丁ですよね?」
美優の心臓が飛び上がった。探るような目で美優の様子を伺う阿相。
その黒い瞳には、もう誤魔化しは通用しないだろう。
「そ、そうです」
目を伏せ、言いづらそうに正直に答える。
「暗黒横丁で、手に入れたのですか?」
「はい」
美優の返答に阿相は驚愕する。
「ほ、本当ですか? 何処か別の場所と勘違いしてるとか? あっ、聞き間違えなのでは?」
「いえ、一緒に行ったので、間違いありませんが」
「――――えっ、一緒に!! 湊君は、何を考えているんだ。如月さんをこんな危険な場所に連れて来るなんて」
「柊哉さんは悪くありません。私の為にしてくれたんです。それに、ちゃんと傍に居て守ってくれましたし……」
あの日、柊哉と繋いだ手を胸元に寄せ、愛しそうに反対の手で握り締め訴えた。
「とにかく、教師として行かせる訳には行かない。そうだっ!! 店の場所と杖を貸して頂ければ、私が行ってこよう。如月さんは入口の所にあった喫茶店で待っていて下さい」
「場所……と言われても…… 先生は行った事あるのですか?」
初めて行った場所の説明など出来るわけがないし、それを初めて行く者が理解出来るはずもない。
真面目そうな阿相が、暗黒横丁へ行った事があるとは思えなかったのだ。
「ありますよ。捜し物をしにね…… 結局、その時は見つけ出す事が出来なかったんですがね」
「その時は……って事は、捜し物見つかったんですね?」
「えぇ、もうすぐやっと手に入ります」
恍惚の瞳で答える阿相。
余程、欲していた物なのだろう。
「さぁ、私の事は、これくらいにして――如月さん、杖を貸して下さい。行って参ります」
美優はプルプルと首を横に振る。形の良い耳が、時折髪の隙間からチラリと覗く。
「いえ、私も行きます。せっかく、此処まで来たのですから自分の耳で確かめます」
「駄目です」
厳しい口調で冷たく言い放つが、美優は負けじと力を帯びた強い瞳を向けてくる。
阿相は柊哉の言葉を思い出していた。
「こんな時の美優は絶対に退かない」という言葉を――
「いえ、行きます。第一店主さんは柊哉さんの知り合いです。見ず知らずの方が杖を片手に、突然現れて杖について教えて欲しいと言われても教えないと思います。それどころか怪しんで柊哉さんに連絡をいれるんじゃないでしょうか?」
美優としては、絶対にその状況を避けたかった。今日の事は、何も話していないのだ。
阿相とて、それは同じだったようだ。
目を剥き「知り合い!! 仕方ありませんね……」と渋々了承する。
何とか阿相を言いくるめられ、美優は心の中で安堵のため息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇
薄暗い街道を真っ直ぐに進んで行く。
通りを歩く人は、相も変わらず怪しげな風貌か、強面の者ばかりである。
顔を強張らせ早足で歩を進める阿相に、此方がどんなに危険な場所かを感じさせられる。
周囲から、まるで獲物を見るような視線を受け、自然と美優は体を縮こませる。
いつでも攻撃出来るようにと、阿相は袂に杖を隠し持ち、辺りに気を配っている。
如月家のお嬢様に何かあったら、首どころの話ではすまないだろう。幸い今の所は何かしてくる気配はない。
張り詰めた緊張感の中、二人は言葉を交わす事無く、薄暗い道を進んでいく。
一刻でも早く目的のお店に着くようにと――
遠くで獣の鳴き声が聞こえる。確か近くに魔獣屋があったはずだ。
この声の方向へ進めば間違いないだろう。美優は耳をそばたたせ、鳴き声を頼りに先を急いだ。
暗黒横丁にある建物は、どれも古い建物だった。
だが、中でも一番寂れた建物の前で、美優は足を止めた。
今にも崩れそうな古い建屋に、阿相が不審を顕に「此処ですか?」と尋ねる。
それも当然の事だろう。かくいう、美優も初めて来た時、此処がお店だとはすぐに信じられなかった。
介爺には悪いが、どうみても、ただの廃墟にしか見えない。
「ここです。間違いありません」
看板すらない店舗――
しかし、そのドアには確かに見覚えがある。
確信を持って頷くと、錆びかけたドアノブへと手を伸ばした。
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