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魔法使いの娘  作者: 彩華
第二章 千年樹の杖
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思わぬ申し出

久々の更新となります。是非読んで下さい

(余計な事を話し過ぎてしまったな)


 杖の先端に半分意識を傾けながら、柊哉は思った。

 杖先がボンヤリと輝きを放ち出し、小さな光の球が作り出す。徐々に光が膨らんで野球ボールサイズの球が出来上がった。真ん丸と綺麗な曲線を描いている。

 クラスメイト達も席に着き、各自課題に取り組んでいる。教室内は異様な静けさを醸し出す。それ程までに各々が自分の作業に没頭しているのだろう。

 あのあと、下村に事情を説明し柊哉達もクラスの授業に混ぜてもらったのだ。勿論、美優も一緒だが杖を使えないという事もあり、時間を持て余しているようだ。

 静かに課題に集中する周りの生徒達の様子をソワソワと伺っているのを背中に感じとりながら、席が目立

たない端の席で良かったと柊哉は安堵する。


(それにしても、阿相先生らしくない)


 本来なら千年樹について、美優に話すつもりなど更々無かった。今は知らなくても何とかなる予定だったのだ。そう、本気で杖に嫌われる前は……


(余計な心労を与えてしまった)


 忌々しそうに、杖先を睨み付ける。光の球がユラリと揺らぎ僅かに歪む。


(どう見てもあの杖を使わせないように仕向けている。 でも、何の為に……やはり、杖の正体を知っているのか?)


「あっ!!」


 短く柊哉が声を上げた。

 杖先の光の球が、まるでシャボン玉が消えるように弾け飛んでしまったのだ。

 どうやら、考え事に集中し過ぎてしまったらしい。


「珍しいな」


 生徒を見守りながら、前方から机と机の合間を此方に向かって歩いていた下村が驚嘆の眼差しを向けていた。見られていたようだ。

 下村の声で、数名の生徒達が、振り返り此方の様子を伺っている。

 杖に光の球を持続させたままで――

 さすがは、魔法学校に合格するだけの力がある者達だ。何かに注意を逸らしても、なお、意識を魔力へと傾けているのだろう。

 まぁ、大多数の生徒達は、少しでも自分の魔法技術を高めようと、他人の事に気を摂られるような者は少ないのだが。


「そんな事ありませんよ。過大評価し過ぎです。下村先生もご存じでしょうに?」


 苦笑を浮かべ、柊哉は答える。入学試験の魔法実技試験の担当の中に下村もいたはずだ。

 学科試験のおかげで何とかギリギリ合格ラインに達したのだと思うのだが、覚えていないのだろうか?


「そうだったな。 しかし、魔力量は、ともかくとして、こうゆう繊細な魔法は得意だと思ったんだが?」


 前々回同様の課題――指定のサイズに光球を作りあげる課題は、確かに下村の言う通り大した魔力は必要ない。だが、何でも得意と思われるのは、今後此処で美優をサポートして生活していくのに、大変邪魔になる。地位も権力もない柊哉が魔法学校に合格するには、優作の後押しだけでは、不安があった為に仕方なく、学科で満点合格など、成し得てしまった。せめて、これからは目立たずに過ごしていくのがいいだろう。


「いえ、実践は苦手ですよ」


 柊哉は首を竦めて答える。嘘ではない、柊哉自身の魔力では出来ない事の方が多いはずだ。

 下村は、疑いの眼差しで、じっと見ていたが、何も分からなかったのか、やがて口を開いた。


「それなら、尚更授業に集中しなさい」


「はい、すみませんでした」


 素直に柊哉が謝ると、下村はそれ以上は何も言わずにその場を離れ、また、見回りするように生徒達の間を歩き回り始めた。時折、足を止め、生徒にアドバイスを行っている。


 柊哉は暫し、その様子を眺めていた。


(随分と的確なアドバイスをしているな)


 先程まで、僅かに光球が歪んでいた生徒が下村の一言で、綺麗な弧を描いている。


(阿相先生の言う通りだな)


 本来、下村ほどの教師がDクラスを受け持つ事があるはずはないのだ。“魔法力があるから、教えるのが上手いとは限らない”と思っていたのだが、どうやら、それは違っていたらしい。


(如月優作を意識しての采配か…… ならば……)


 陽光に眼鏡をキラリと反射させながら、杖へと意識を集中させる。


(真面目に授業に取り組みますか)


 その顔は、どこか嬉しそうでもあった。




 ◆◇◆◇





 美優達は昼食を終え、人の少ない教室でのんびりしていた。

 大半の者は食堂へと行き、僅かなお弁当組も、今日は天気も良い事もあり、外でハイキング気分でランチをとっている。かくいう、美優達もかおりに誘われたのだが、未だエミリ達意外のクラスメイトと打ち解けていない美優は、今回は申し訳ないが、お断りさせていただいたのだ。今は、杖の事で頭が一杯である。

 香は名残惜しそうな瞳で、和人を見つめながら、渋々教室を出て行っていた。

 多分、誘いたかったのは和人であろう事が、まざまざと感じられた。


「如月さん、少し宜しいでしょうか?」


「先生!!」


 ヒョッコリと後ろのドアから姿を現した阿相に美優は驚きながらもドアへと向かう。

 そろそろ落ち着きを取り戻した頃だろうと、柊哉は阿相に会いに教室を出て行ったばかりの事だった。

 ここに阿相がいるという事は、どうやら行き違いになったらしい。

 そんな事を微塵も知らずに、阿相は閑散とした教室内を一見し「湊君はいないのですか?」と問うた。

 今現在、教室ここにいるのは、美優達四人と師走と十二田の二人だけである。


「柊哉さんは、先生の所へ……」


「すれ違いか……それは好都合」


 明らかにホッとした表情を浮かべ、阿相はボソリと零した。美優は小首を傾け意味がわからないという風に尋ねる。


「好都合って?」

「いえ、此方の事です」


 慌て気味にすぐさま即答する阿相に、美優はそれ以上突っ込んで聞く事はしなかった。

 優秀な柊哉に、多少なりと劣等感は持つものだ。その上、教える立場の者が教えられる立場の者に言いくるめられるのは、尚更良い気がしないだろと思ったからだ。


「御用件は何でしょうか?」


「今日の授業の事です…………えっと、此処では何ですので指導室で話しませんか?」


 阿相は美優の後ろへ視線を向け、話しずらそうに続けた。その視線を追うように、美優も後ろを振り替えると、興味津々といった感じで、席に着いたまま此方を見つめる六つの瞳とぶつかる。


「…………」


 美優の視線とぶつかると慌てたようにエミリ、真生、和人は視線を逸らした。和人に至っては、わざとらしく口笛まで、吹いて惚けている。

 美優は静かに首を縦に振った。






 長い廊下を指導室へと向かって歩く二人。陽射しも登り、開け放たれた窓からは、心地よい陽射しが差し込んでいる。お昼直後ということもあり太陽は一番高い位置まで上り詰めていた。時折、すれ違う生徒達が、何事かと興味深そうに横目で此方を観察している。

 前科がある美優が、担任と連なって指導室へ向かう姿は、他の生徒達の興味をそそるのだろう。


 廊下を進みながら、前を歩く阿相の細いわりには大きな背中を見つめ、美優は少しばかり後悔し始めていた。


(考えなしについて来てしまったが、もう別授業をしたくないと言われたら、どうしたら……)


 有り得ない話ではない。先程の好都合という言葉、それなら合点がいく。

 自分一人で引き止める事は困難だろう。

 美優は短時間で、何とか策を練りだそうと必死で考えを巡らす。しかし、無情にも案が思い浮かぶ前に、指導室の前に到達してしまった。

 真四角なドアを思わず恨めしそうに睨みつけていると、その顔に気付いたのか、阿相が振り返り不思議そうに訊ねてきた。


「どうかしましたか?」


「あっ……な、何でもありません」


 ぎこちない笑みを浮かべ誤魔化す美優を別段気にする風もなく、阿相はカラリとドアを引き中へと足を踏み入れた。美優もそれに従い中へ入る。


 誰もいない室内は、意外にも広く感じられた。

 二時間前の阿相の姿がリアルに思い出される。


(やっぱり、一人で来るんじゃなかった)


 美優がそう思った時、阿相がクルリと振り返った。


(あっ……)


 反射的に、美優は視線を逸らしてしまう。


「やはり、怒っていますよね。授業を途中で投げ出すなんて教師失格ですよね」


「そんなこと……」


「いえ、良いんです。私が悪いのですから……つい、感情的になってしまって。私も考えを改める事にしました」


「改める?」


「ええ、次回からは如月さんが、その杖を使えるようお手伝いします」


(次回……という事は…………)


「先生、授業続けて下さるのですかっ??」


 食い付かんばかりに身を乗り出し、思わず大きな声を上げた。美優の声が静かな室内に反響する。自分でもビックリするくらいの大声だ。


 美優の勢いに阿相は目を丸くする。


「……続けるも何も止めるとは、一言も言ってませんが?  それとも、他の方の方が良かったのでしょうか?」


 慌てたように大きくかぶりを振った。柔らかい髪が弧を描くように舞う。

 どうやら、自分一人の思い込みで無駄な心配をしていたようだ。

 黙ったまま首を横に振る美優に、優しい笑顔を向け阿相は続ける。


「早速ですが、その指輪をお借り出来ませんか?  その指輪の記憶を調べられるかも知れません。私の知り合いに、そう言った魔法が得意な方がいます。きっと如月さんの手助けになると思いますよ」


 阿相の言葉に、急かされるように美優は指輪に手をかける。阿相は指輪を受け取るべく右手を開いて差し出した。

 だが、その手の平に指輪が納まる事はなかった。


「どうしました?」


「すみません、やっぱり自分で調べます」


 迷いながらも、指輪から手を離し、断りの言葉を告げる。

 阿相の申し出は、正直ありがたかった。しかし、この杖の正体を知る美優は、素直にそれを受ける事は出来なかった。

 阿相は信用している。しかし、阿相の依頼先は手放しに信用出来ない。


(第一、全て人任せでは駄目な気がする)


「遠慮はいりませんよ。私は如月さんの担任なのですから」


「遠慮ではありません。人任せにしたら、認めてもらえないと言われましたから」


「湊君ですか?」


「はい」


 阿相は片眉をピクリと跳ね上げるが、すぐに何か思い付いたように、笑みを浮かべる。


「それは多分、如月さんが湊君を頼り過ぎているからでしょう。せっかく魔法学校に入ったのですから、きちんと学門を学びたいはずです」


 阿相の言葉に、美優はピタリと静止した。自分が柊哉の重荷になっているのだ。それを裏付ける証拠として、先刻の下村の授業を、柊哉は嬉々とした顔で受けていた事を思い出す。

 今までに見せた事のない愉しそうな顔だ。

 認めざるおえなかった。


「分かってます。それでも、お願いする訳にはいきません」


 不安そうな声で、それでも尚も断りをいれる。


(千年樹の杖の事、他人に知られるわけには――)


「――仕方ないですね。しかし、どうするつもりですか?」


 美優の気持ちが堅いと気付いたのか、思いの外すんなりと、阿相は諦めたようだ。しつこく薦められると思っていた美優は、長い睫毛をしばたたかせ、驚きを顕にする。なんだか、肩透かしを食らった気分だ。



「この杖を売っていたお店に行こうと思ってます。きっと何か分かるはずです。ただ……」


 不安そうに言葉を言い淀む。

 柊哉にお願いする事は、出来ない。だが、一人で行くには気が引ける場所だ。


「私が一緒に行きましょう」


 美優の気持ちを汲み取ったのか、阿相がすぐ様申し出る。


「彼を二人で驚かせましょう」


 笑みを浮かべて、パチりと美優にウィンクをしてみせた。



読んでいただき有難うございました

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