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魔法使いの娘  作者: 彩華
第二章 千年樹の杖
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千年樹

お久しぶりです。2ヶ月以上更新があいてしまいすみませんでした。続きをどうぞ

 パソコンのキーボードを細い指で器用に打ち込む。

 その右手には四つ葉のリングが怪しい光を放っている。


 “杖について”

 ディスプレイに表示された文字を確認しENTERを押した。


 学校も終わり、美優は寮の自室に戻っていた。夕食までの短い時間、早速調べてみる事にしたのだ。

 パソコンの起動音だけが室内に響いている。廊下の喧騒が届かぬよう防音設備もしっかりなされているのだ。これで集中して専念出来る。

 勉強用の机にノートパソコンを広げ検索する。

 前のめりになり、ジッとディスプレイを見つめ答えを待つ。だが、出て来た答えを見て、美優は僅かに眉をしかめた。

 思っていた答えとは違っていたのだ。ガックリと肩を落として、力が抜けたように、椅子の背もたれに身体を預ける。

 昼間、阿相が説明していた内容と全く一緒だったのだ。

 眉を八の字にしかけたが、何かに気付いたようにハッとする。


(あれっ?! でも、何故柊哉さんは?)


 柊哉の言葉を思い出したのだ。彼は阿相に間違いなく言ったのだ。

「よくご存知ですね」と――

 簡単に検索出来る内容に果たして、あんな事を言うのだろうか?

 他に何か言っていなかったか?

 しばらくあれこれと思案する美優だが、すぐにそれを諦める。

 魔法に関して基礎知識のない美優には、何が普通で何が普通でないのか分かるはずがない。

 第一、分かった所で、役に立つとは限らない。取り敢えず今は此方を調べる方が先決だ。


 両手を頭上で組み、疲れた背筋を伸ばすように大きく伸びをし、パソコンのディスプレイへと再び向かい合った。






 ――一時間後――


 机に両膝を付き、美優はパソコンの前で頭を抱えていた。思い付く限りの単語を入力し、検索を何度も繰り返したが、出て来た答えは阿相や柊哉が言っていた事だけだったのだ。

 特別な杖については、それなりに出てくるのだ。杖の名や持ち主、はたまたネット上で売買までしている。

 なのに、特殊な杖の情報は皆無に等しかった。調べている内に分かったのだが、余りに力が増大になる故、どうやら魔法省が持ち主をを登録し、管理しているようだ。勿論、強奪や不正な取引が行われないよう情報は、全て極秘となっている。


(もしかして、この杖も?)


 一瞬、そんな考えが頭をよぎるが、すぐに頭を振って否定する。暗黒横丁あんなばしょで売られていた物だ、きっと表に出せない代物だ。否、実際には売られていた訳ではないが。


 パソコン《ここ》から、この杖を探るのは無理なようだ。唇を真一文字に引き締め、諦めたようにノートパソコンを閉じた。


「やっぱり、柊哉さんを頼るしか……」


 低い声で呟き、右手をジッと見つめる。

 物言わず指輪が、その薬指にはめられている。美優の気のせいかもしれないが、此方の様子を、静かに伺っているように感じる。

 まるで品定めをされている気分だ。

 小さく肩をすくめ、今度は先程より少し大きな声で言った。


「自分で何とかしないとね」


 勿論、杖を意識しての発言だ。


(でも、どうする?)


 美優は思考を巡らせる。


(魔法省に問い合わせる?  もしも、この杖が登録されていなかったら、どうなるのかしら?   万が一、不正に入手された物だったら、この杖を取り上げられるのかしら? それどころか、犯人扱いされる可能性も……)


 自分の考えに恐怖を覚え、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 魔法省相手にヘタな行動は、起こせない。一生を左右される問題に発展する可能性が大きい。

 美優は、まだ良い、如月の名が守ってくれる。でも、柊哉は違う。彼を巻き込む訳にはいかない。

 ――となると残る方法は一つ。

 最初から思い付いていた、もっとも手っ取り早い方法だ。




 ◆◇◆◇



「これでは授業になりませんね」


 溜息混じりに、首を左右に振りながら阿相が言った。

 杖を怒らせたあの日から、初めての授業である。今日も前回同様、指導室での授業だ。どんよりとした雲が空一面を覆いつくし、部屋全体が暗い。


「す、すみません……」


 目前に座る阿相に、美優は顔を赤らめ申し訳なさそうに頭を下げる。あれ以来、指輪は杖に戻る事すら、拒んでいるのだ。これでは、当然授業になどならい。わざわざ自分の時間を割いて付き合っているのだから、責められて当然である。


「どうです、やはり此方を使われては?」


 そう言って、サラリと先日の杖を何処からともなく取り出した。

 いつ気が変わってもいいように、持ち歩いているようだ。それとも、この状況に気付いて持って来たのか。


「いえ……」


「あっ!! これが気に入りませんでしたか?  それなら幾つか別の物も用意して来たので……」


 そう言って、違う杖を取り出そうとする阿相を美優は必死で両手を振って止める。そんな物を見せられたら、益々断りづらくなってしまう。


「ち、違います。本当に結構ですから」


「どうしてですか?  そんなに意地を張る必要なんてないでしょう」


 阿相の責め立てる口調にも美優は怯む事なく、真っ直ぐな眼差しを向け首を横に振る。


「しかし……」


「無理ですよ、阿相先生。こうなったら、彼女は決して意見を曲げない」


 柊哉が二人の間に割って入った。美優との付き合いが長い柊哉は、一見気弱そうに見える美優だが、一度決めた事を簡単には意見を曲げない事を知っている。


「……っ……」


 両手を握りしめ、悔しそうに阿相は唇を噛んだ。

 ワナワナと小さく肩を震わせているのが分かる。必死で感情を抑えているようだ。


「……これでは授業になりませんので、私は失礼させていただきます」


「えっ!!」


 思いも寄らない阿相の言葉に、美優は目を丸くする。ガタリと大きな音を立て椅子を引き、サッサッと指導室を出て行ってしまう。


「あっ……」


 阿相を引き止めようと手を伸ばしかけたが、美優の手は、それ以上伸びる事がなかった。

 阿相の背は、美優達を拒絶していたのだ。


「完全に自分の仕事を忘れてますね」


 美優のすぐ横で、先程までおとなしく成り行きを見守っていた柊哉が苦笑しつつ呟いた。


「自分の仕事?」


 グルリと首を捻り、横を振り向きながら尋ねた。勢いよく振り向き過ぎたせいで、軽い眩暈を感じ目元を抑える。


「彼が呼ばれたのは、授業をする為だけではないという事ですよ」


 柊哉は、阿相の背中に視線を留めたまま答えた。


「仮にも、僕達は恋人同士」


 思わぬ言葉に、美優は頬をポッと染めるが、柊哉は照れる事無く、二の句を告げる。


「教室に二人きりで一時間も過ごしたら、恰好の噂の的に成りかねませんからね」


「柊哉さんとなら、構いません」そう喉まで出かかった言葉を、慌てて飲み込んだ。

 それではまるで告白しているも同様ではないか。第一、美優が良くても柊哉には迷惑意外に他ならないだろう。


「阿相先生は具合が悪くなった事にして、今日の所は教室に戻りましょう」


「でも……」


 気懸かりそうに、阿相が消えたドアを見つめる。


「大丈夫です。時間が経てば冷静さを取り戻すはずですから」


「分かりました」


 美優は、素直に頷くしかなかった。阿相の機嫌を直すには、杖を受け取る以外に方法がない。そして、美優自身が自分の気持ちをねじ曲げるつもりがないのだから、今、追い駆けて行っても、何も出来ないのは明らかだ。

 音もたてずに、席を立つ柊哉に、自分も立ち上がりながら声を掛ける。


「柊哉さん、教室に戻る前に聞いてもいいですか?」


「何でしょうか?」


 その場に立ち止まり問い返す。


「柊哉さんは、この杖の事を何か知っているのですか?」


「えっ?」


 この前、言われた事を思い出し、美優は狼狽える。

 別に柊哉から聞き出そうと思った訳ではないのだが、どう考えても教えてくれと言っているようなもんだった。


「あっ……えっと……教えて欲しいとか、そう言う訳ではなくて……」


 シドロモドロに何とか言葉を繋ぐ。柊哉の顔がまともに見れず俯いた。


「知っていて、教えないと思っていたのですか?  それは心外ですね」


「あっ、えっ!!」


 柊哉の言葉に、驚いて顔を跳ね上げる。此方を見つめる、少し不機嫌そうな柊哉の瞳とぶつかる。

 一気に額から汗が吹き出すのを感じた。


(怒らせてしまった!!)


 美優が顔を引きつらせ、そう思った瞬間、柊哉が相好を崩した。


「冗談ですよ」


 クスリと笑みを溢し、そう告げる。


「じょ、冗談…………」


「すみません、随分意地悪な男に思われてると思ったら、つい……」


「うっ……」


 返す言葉が見つからず口籠もる。


「残念ながら、本当に何も知らないのです。僕が知っているのは、介爺に教えていただいた、その杖が千年樹より作られた特殊な杖であるという事くらいですね。特に、その時は手に入れるつもりもなかったので、詳しく聞きませんでした」


「千年樹って何なのですか?  いくらネットで調べても出て来なくて」


「それは、政府が機密にしているからです」


「政府……魔法省でなくて?」


「えぇ、こちらは以前未能力者が住む区画に行った時、噂で聞いた事がある。千年に一度何でも願いを叶える樹があるという事を――そして、その樹は魔法で出来ない願いをも叶える事が出来ると――」


「まさかっ!!」


「多分、十中八九本当でしょう。政府が情報を削除している事が、何よりの証拠。魔法省と政府、表向きは協力をしている風を装っていますが、政府にとって魔法省は目の上のたんこぶ。魔法以上の力を手に入れる事が出来れば、いつでも反旗を翻すでしょう」


「今の所、変わった動きがないという事は、千年樹は杖になってしまい、今は存在しないという事ですか?」


「それは、どうでしょうか?  千年に一度では、ないに等しい。そんな状態で裏切る事は考えられない。今は、多用化を目指している最中という可能性もあり得ます。どちらにしても、その杖は政府、そして、魔法省にとっても重要な存在です。あんまり表沙汰にしない方が良いでしょう」


「そ、そんな重要な杖を私なんかが持っていていいのでしょうか?」


 予想もしない重い話に、美優の声が自然と震える。否、声だけではない身体も小刻みに震えている。

 震えを抑えるように、自分の手を指輪ごとギュッと押さえた。


「杖が貴方を撰んだのです」


「撰ばれてなど……」


 下唇を噛み、戸惑うように目を伏せる。


「いいえ、撰ばれたのですよ。貴方なら杖の気持ちが理解出来るはずです。とにかく、学校ここには、それが特殊な杖だと気付く者はいない。ましてや千年樹の杖だと分かるはずはない。学校ここにいる間は、美優に危険が及ぶ事は少ないでしょう。だからこそ、今の内に、パートナーとして認めてもらうのです」


 青ざめた顔で、ブンブンと音がしそうな程大きく首を振る。


「む、無理です。世界を揺るがしかねない、この杖をパートナーにするなんて…………す、すぐにでも、魔法省に引き渡すべきなのでは?」


「無用な争いを引き起こすつもりですか?」


「争い?」


 コックリと柊哉は厳しい顔で、頷いて見せる。

「千年樹の杖の事を知った者達が奪い合いを始めるでしょう。何しろ魔法を凌ぐ力を持っていたのですから。それに、政府も何らかの動きをみせるはずです」


「それは、私が持っていても同じじゃないですか?」


「いいえ、全然違います。貴方がパートナーとして認められれば、貴方が存在する限り、他の者の云うことは決して聞かない」


「ならば、私の命を狙うのではないでしょうか?」


「大丈夫です。パートナーになれば杖が貴方を守ってくれる。それまでは、必ず僕が守り抜きます」


 優しい笑顔、そして強い瞳を向ける柊哉に、美優の震えは、止まっていた。


(大丈夫、柊哉さんがいれば……)


 美優の不安も恐怖も、いつの間にか無くなっていた。


読んでいただき有難うございました

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