結果
なかなか更新出来なくて、遅くなりすみません。
「それにしても、驚いたよ。湊君と如月さん、付き合ってたんだな……」
柊哉の隣を歩く、炎が複雑な表情で力なく言った。
「………………」
あの状態で柊哉の言葉を鵜呑みにした炎の言葉に、誰もが一瞬呆気にとられた。
これが和人だったら、エミリが「バカじゃないのぉ」と真っ先に突っ込みを入れているのだろうが、今は炎の発言なので何も言わない。
人の目を避ける為、下校時間をずらしたので寮への道程もすっかり静かだ。
「違うっすよ」
いつもは真っ先に口を挟むエミリが沈黙に徹しているので、仕方なく和人が訂正を入れた。
「でも、そう言ってたし……」
「言ってませんよ。そんなこと」
間髪入れずに、柊哉が隣でキッパリ否定した。
「えっ! でも……?」
「思い出して下さい。僕は将来を約束した――と言っただけです」
炎は眉間に皺を寄せ、思い出す素振りをする。
柊哉は、言葉のニュアンスと行動で、皆に思い込ませただけなのだ。そうする事で、美優に逃げ道を残した。
(少々、不自然になってしまいましたが、仕方がありませんね)
柊哉を良く知る者なら、彼の行動に違和感を覚えたはずだ――――普通なら。
当然、仲の良い三人はすぐに気が付いた。
「…………如月さんの為か?」
思い出したのだろうか、顔を上げポツリと炎は尋ねる。
冷静に考えれば、すぐに分かる事だ。
柊哉は、ゆっくりと頷いた。他にそんな事をする理由などない。
(わざわざ、皆の前で交際宣言など……)
柊哉の耳が僅かに赤く染まるが、誰も気付かない。
柊哉にだって羞恥心はあるのだ。
「これで、風当たりが弱まるな」
「そうだといいのですが……」
「大丈夫よっ!! 女性は身分違いの恋とか大好きだから……特に、絶対に実らないって分かっている恋はね」
クルリと後ろを振り返り、二人の会話に割り込むように、エミリは自信満々に柊哉を指差して断言した。
勢い良く回った為、ポニーテールに結ばれた髪が綺麗な弧を描く。
美優はエミリの言葉に反応したかのように、ビクリと小さな肩を大きく揺らし暗い顔で俯いた。
「エ、エミリちゃんっ!!」
真生が慌てた様子で、肘でエミリをこづいている。
「そうですね、きっと野田さんの言う通りです。必ず上手くいきます。美優、心配ありませんよ」
俯いたままの美優に優しく声を掛けた。
(上手くいかなければ、次の手を考えればいい)
「なーに、駄目なら、また君を守るまでさ」
他の女生徒なら、失神間違いなしの殺し文句だが、今の美優には殆んど効き目がない。
「……えぇ」
美優は、聞いているのかいないのかよく分からないが、浮かない顔で頷いてみせる。
エミリは指差していた腕を、誰にも悟られないようにそっと下ろしたが、真生は横目で、しっかりとそれを確認していた。
トゥルルル……
ベッドにテーブル、それに本棚だけの質素な部屋にスマホの着信音が鳴り響く。
物が少ないせいか、余計反響して、聞こえる気がする。
濡れた髪をタオルで拭きながら、柊哉は鳴り続ける携帯を手に取った。
久しぶりに何も考えずに、先程までのんびりとシャワーを浴びていたのだ。
(美優から…………何かあったのでしょうか?)
頭にタオルをかけたまま、直ぐ様電話に出た。
「はい」
「もしもし」
美優の覇気のない声が、聞こえて来る。柊哉は、心配になり尋ねた。
「何かありましたか?」
「…………」
美優は何も答えずに黙り込んでいる。仕方なく、もう一度尋ねた。
「どうしました?」
二度目の問い掛けに思い詰めた声で、答えが返ってきた。
「あの、謝ろうと思って……」
「謝る?」
「約束破ってしまったから、柊哉さん怒ってるかと思って……」
(約束??)
「学校を休むように言われていたのに」
「あぁ! その事ですか……」
「はい、私が勝手に登校してしまったから、迷惑を掛けてしまったんじゃないかと」
「迷惑どころか、助かりましたよ。美優がいたおかげで上手くいったのですから」
「……怒ってない?」
「怒ってませんよ。おかげで葉月さんをも騙せる迫真の演技が出来ました」
柊哉は電話口でクスリと笑った。
電話の向こうで安心したような美優の吐息が聞こえて来る。どうやら、そんな事で気に病んでいたようだ。
「明日になれば結果が出るはずです」
努めて明るい声で言う。エミリの言う通り十中八九大丈夫だろう。
「その事なんですが……もう出てます」
「えっ?」
「先程から、寮生の方々が謝罪と激励に来てくれて……」
(随分と早いな)
「色々とアドバイスしてくれました」
「アドバイス?」
「はい、慶くんを味方に付けた方がいいから、一緒に説得してくれるとか――良い人達ばかりですね」
(そう言う事か――)
美優を仲間に付けて、慶に取り入ろうという魂胆が見え見え。浅はかな目論見だ。
「……良かったですね」
とりあえず柊哉はそう告げた。わざわざ、余計な事を伝える必要もあるまい。どうせ、そのアドバイスは必要とされる事はないのだから。
「はい」
美優は柊哉の考えに微塵も気付かず、嬉しそうに応えた。久しぶりに元気そうな美優の声に、柊哉の心も晴れる。
ピンポーン――
その時、誰かが部屋のチャイムを鳴らす音が聞こえた。チャイム音に反応して、柊哉が視線を玄関へと走らせる。
柊哉の部屋に来るだろう人間は今の所一人しか思い当たらない。
「誰か来たみたいです」
「えっ!! そうですか……」
話し足りないのであろう、美優が残念そうに言った。
「すみません」
「いえ、柊哉さん、今日はありがとうございました。では、また明日」
「はい、明日」
電話を切ると直ぐに眼鏡を掛け、玄関へと向かう。
すると痺れを切らした和人が、ドアを叩きながら叫ぶ声が聞こえて来た。
「柊哉いないのかぁ?」
このままだと隣にうるさいと怒られそうだ。
柊哉は肩をすくめ、慌て返事を返し、ドアを開ける。
黒のTシャツにジーンズ姿の和人が立っていた。
地味な姿が、その髪色を際立たさせている。
「風呂入ってたのか、悪かったかな」
柊哉の濡れ髪に気付いた和人が言った。
「いえ、ちょうど出たところですから。それより、どうしたんですか?」
「ちょっと心配になってな」
「心配?」
「今は女子が騒いでいるんで、表だってはいないけど、美優ちゃんの隠れファン多いみたいだ。今度は、柊哉が嫌がらせを受けるんじゃないかと思ってさ」
「――その事ですか。それは問題ないと思いますよ」
柊哉は何でもないという顔で答える。
「でも――」
和人が口を開きかけた時、通路を歩く二人組の生徒の声が遠くから聞こえてきた。徐々にその声も大きくなる。此方に向かって歩いて来ているようだ。
「驚きだよな、如月家のお嬢様が一般の男と出来てたって……」
「あぁ、家庭教師だろ。結局の所、今まで引きこもっていたから、近くにいた若い男が、そいつだけって事で、勘違いしてるんだろう」
「じゃあ、俺達にもチャンスあるんじゃ……」
(……! そうゆう事ですか……)
何故優作がこの作戦に直ぐにOKを出したのか、柊哉は、この時に気が付いた。
(如月家以外の人間にも、美優と付き合うチャンスがあるという事を周知させられるからか)
それは、より可能性を広げられるはずだ。
柊哉は考え込むようにじっと見つめる。
この二人組みは、まんまとそれに乗せられている。十二名家以外にもチャンスがあると。
(まぁ、あの方が望んでいるのは間違いなく彼等ではないでしょうが)
「そうだな。顔も並で、魔力も弱い。そんな貧乏学生に負ける要素が見つから……あっ!!」
彼等は、顔にシマッタという言葉を書き示したような表情で、慌てて口をつぐんだ。
いつの間にか、すぐ脇にまで来ていた。
どうやら、柊哉の存在に気付いたようだ。
二人はほんの一瞬立ち止まり、柊哉と視線が合う。
「…………っ!!」
何の合図もなしに、同時に逃げるように駆け出した。
まるで、鬼にでも会ったかのように、顔を恐怖で引きつらせて――
二人の足音が通路に響く。
柊哉は、その二人の背を目で追いながら言った。
「ほら、心配ないでしょう?」
「えっ、何で? 何でっ?」
和人が目を点にしている。和人は知らない。目が合った一瞬に力を使って畏怖の念を植え付けた事を――
魔力を操るのとは違って、こちらは安易な物だ。特に未熟な若者は簡単に左右される。
その時、何の前触れもなく、軽快な音楽が鳴った。どこかのアイドルグループの曲だろう。耳にした事はあるのだが、それが誰の曲かはアイドルに興味のない柊哉には分からなかった。
和人がビクリとその音に反応する。
どうやら、和人の着メロのようだ。ジーンズのポケットをまさぐり、すかさずスマホを取り出したが、何故かディスプレイを確認すると、そのままポケットへと戻した。
「出ないのですか?」
和人は片眉をピクリと動かした。
ポケットの中で、スマホは物悲しく鳴り続けている。
「あ、あぁ……戻ったら掛けなおす」
(聞かれたくない内容……という事ですね)
一向に切れる様子のないスマホに、急用性を感じ取る。
「急ぎの用みたいですね。戻って出てあげて下さい」
「悪いな」
和人は一言だけ言い残し、一目散に部屋へと向かう。
(多分、電話相手は、あの人だろう。すぐに請求書を廻しておいて良かった)
柊哉は、その後ろ姿を鋭い視線で見送った。
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