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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
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下準備

 生徒会室をでた後、その足で柊哉は職員室に向かった。


「失礼します」


 ドアをノックして入室する。放課後のせいか人も多い。だが、何度も職員室に来ているため、すぐにお目当ての阿相を見つける事が出来た。

 机に向かい眉間に皺を寄せ、何やら考え事をしているようだ。多分、お昼の事件の事だろう。

 こうたびたび問題が起きるクラスの担任は新任の教師には酷な事だろう。

 その問題の発端は殆んど美優が原因だ。学校側サイドとて無能ではない。予測をした結果、阿相が適任と判断し担任に据えたのだから、何とか乗り越えられる力量はあるはずだ。


(少しはお手伝いしないといけませんね)


 柊哉は難しい顔をしている阿相に、横から遠慮がちに声を掛けた。


「阿相先生、お時間宜しいでしょうか?」


(先ずは目先の問題から解決してあげないと)


「あぁ、湊君……」


 まるで今気付いたかのように、顔を上げる。余程考え事に集中していたのだろう。


「何でしょうか?」


「お忙しい所すいませんが、クラス委員の件です」


「クラス委員……それもあったか……」


 嫌な事を思い出したとばかりに、頭を抱える。


(まだ、決まっていないようですね)


 柊哉はホッとするが、問題続きの阿相には、それを読み取る余裕はない。


「弱ったなぁ…………どうしてもダメでしょうか?」


 縋るような目で懇願する。


「分かりました」


「そうだよなぁ…………えっ!! 分かりましたぁ?」


 何度も断られていたので、勿論、断られるだろうと思っていた阿相は、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 柊哉が苦笑いする。


「分かりました。先生も問題集積で大変そうですので、引き受ける事に致しました」


 特に“問題集積で大変そう”の言葉を強調する。

 阿相はあからさまにホッとしたように胸を撫で下ろした。

 柊哉がここに来た目的は正にそれだった。


「助かります」


「いえ。こちらこそ美優の件で頭を悩まさせて、すいません」


「一連の件は、如月さんのせいではありませんよ。況してや湊君のせいでは……それより、如月さんは大丈夫でしょうか?」


「大丈夫です」


 阿相が何処まで美優の事を聞いているのか分からない。信用していない訳ではないが、柊哉は余計な事を一切喋らなかった。

 ここは、職員室――生徒の出入りも多いのだ。

 周囲に注意を払うと、今現在、聞き耳を立てている者はいなそうだが、誰が聞いているか分からない。


「湊君がそう言うなら安心です。あぁ、そうだ!!  来週クラス委員の任命式がありますが、クラス委員に決まった方は、そこで挨拶をしてもらいます」


「えぇ、知っています」


 柊哉は意味ありげに微笑んだ。阿相は不思議そうな顔をしている。


「それと、何日か美優を休ませたいと思っているのですが、宜しいですか?」


「そうですね、それがいいでしょう。身体の傷は魔法で治せても、心の傷は魔法では治せない。心の傷を癒すには時間が必要です」


(心の傷か……その傷を幸か不幸か覚えていない。いつかは、その壁を乗り越えなければならないのだろうが、きっと今はその時ではないのだろう)


「お時間を取っていただき、ありがとうございました」






 職員室を出て直ぐに、柊哉は大きく息を吐いた。最大の難関がまだ一つ残っている。相手は如月優作。きっと一筋縄ではいかないだろう。


(いっその事、黙って事を進めるか)


 そんな思いが頭を掠めるが、すぐに振り払う。そんな事をして、万一引き離されでもしたら、美優との約束が守れなくなる。となると、連絡は早いに越した事はないが、学校ここで話せる内容ではない。第一、今は仕事中のはずだ。


(夜にでも、連絡するか)


 柊哉はそのまま寮へ戻る事にした。

 一度教室に鞄を取りに戻ると、一人教室に残る者がいた。それは、一年生の教室に不釣り合いな人間――葉月炎だ。

 柊哉の席に座り、窓から校庭を眺めている。校庭ではジャージ姿の生徒達が部活動を行っている。魔法にちなんだ部活だけではなく、普通の運動部もこの学校にはあるのだ。


「葉月さん、どうかしましたか?」


 静かな教室に柊哉の声が響く。自分を待っていたのは明白だ。


「“どうかしました?”では、ないだろう。詳しい事情を聞こうと思って待っていたんだ」


「事情……如月さんから聞いてませんか?」


「聞いたよ。階段から突き落とされたって……だが、それだけだ」


「それだけ?  あぁ!! 美優は大丈夫です。大事を取って何日か休みますがね。和人達から聞いてませんか?」


「聞いたよ」


 炎は不機嫌そうに眉を吊り上げて答える。


「では、何を?」


 何が言いたいのか分からないとばかりに、柊哉は尋ねた。


「凄い力が発動されたのを感じた。俺が気付かないと思っているのか?」


「力……噂通りって所ですよ」


「噂通りも何も如月さんが、階段から落ちた事以外は何も噂になっていない」


「本当ですかっ?」


 炎の意外な言葉に柊哉は目を丸くする。昼休みは、美優が目覚めるのを保健室で待っていたし、その後寮まで送って行き、落ち着くまで傍に付いていた。それから、食べそびれていた昼食を摂って戻って来たら、最後の授業が始まる直前で、午後は殆んど学校にいなかったのだ。だから、実際どんな噂が広がったかは、知らないが見ていた者が大勢いたのだから、そのままの真実が広まっていると思っていた。


(如月慶が口止めしたのでしょうか? ……でも、あの人数を口止めするのは不可能に等しい。第一、僕と一緒にすぐに保健室へと行った……と、残る答えは一つ。美優に畏怖の感情を覚えたという所ですかね。確かにあの力を目の前で見せ付けられたら、美優の怒りを買う事は避けますね)


 しかし、それはあの場面に出くわした者にしか通用しない事も現状。美優に対する嫌がらせは、なくならないだろう。


(やはり、やるしかないか……ならば……)


「あれは如月さんですよ。咄嗟に雪のクッションを作ってくれたんです。おかげで僕も美優も軽症ですみました」


「いや、しかし……あれ程の力……」


「大切な従妹を守る為、普段より強い力が出たのでしょう。如月さんの迫力がその場にいた人達にも伝わったんですね。それくらい美優を大切に思っている事を、女生徒の皆さんは認めたくない。だからこそ、口に出さないのではないでしょうか?」


 柊哉は真実を告げずに、とぼけて見せる。炎みたいな正直者で正義感の強い人間は意外に危険だ。時に自分の思い込みで突き進んだりする。柊哉にも予想出来ない事がある。それならば、敢えて何も教えない方が良い。


「何にしても、俺のせいだったらしいな。すまなかった。如月さんにも謝っておいてくれないか?」


「理由、聞いたんですか?」


「あぁ、如月にな。正直、申し訳ないが彼女の事覚えていないんだ。それにしても、珍しくアイツから、文句を言いに来たよ。余程、如月さんを大切に思っているらしい…………まぁ、彼女を見てると“守ってあけだい”そんな気持ちにさせられる」


 炎は最後に付け足すように、ボソッと呟いた。


「えっ?」


「あっ……いや、なんでもない。そろそろ行くよ。悪かったな」


 かなり慌てた様子で、逃げるように炎は教室を立ち去って行く。

 柊哉はその大きな背中を、黙って見送る。静かな教室に残されたのは柊哉だけ。

 だいぶ、が傾いて、柊哉の後ろの壁に長い影を作り出す。まるで、もう一人存在するかのようにも見える。柊哉は、その影に向かって囁いた。


「お前も、如月さんや葉月さんのように、思っているのか?」


 勿論、影は何も答えない。柊哉は自嘲するように、口の端を歪めた。


 やがて、その二人も教室から姿を消した。オレンジ色に染められた教室だけが取り残された。








 寮へと向かわず、柊哉は裏門へと来ていた。山側に面し狭い遊歩道しかない裏門には、誰一人として人影がない。

 夕焼けは、緑の木々までオレンジ色に染めあげ、心洗われる自然の美しい風景を作りあげていた。遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。そろそろ陽も暮れるので、巣に帰るのだろう。

 柊哉は寂れた門柱の前に立ち、キョロキョロと辺りを見回す。教室を出て寮に向かおうとした時に、ある人物から電話で呼び出されたのだ。


(もう、着いているはずなのだが――)


 そう思った時だった。目前の木々がガサガサと揺れる。


「わざわざ、お持ちいただいてすみません」


 柊哉は、音のする方へ頭を下げ礼を言う。


「これで借りはチャラという事で宜しいですか?」


 そう言いながら、木々の合間から姿を現したのは執事服に身を包んだ孝典だった。人目につく事を恐れ身を隠していたようだ。

 人など存在しないこの場所で、念には念をというところか。


(良い傾向ですね)


 柊哉は、微かに口角をあげる。


「勿論ですよ。借り以上の物を返していただきました」


「そうですか?  こちらはともかく、壊れた盗撮機など、ただの廃棄品だと思うのですが……」


 ”こちら”の部分で手に持つUSBメモリーを持ち上げて見せながら、孝典は首をかしげた。


「いえ、充分、役に立ちましたよ」


「それならいいのですが。では、頼まれていた物です」


 そう言って持っていたUSBメモリーをそっと渡す。


「それから、こちらもお返ししておきますね」


 ポケットから真っ白なハンカチを取り出して、手の上でそっと広げて見せる。

 小さなピアスが二つ、オレンジの夕陽を反射させ、白い布から姿を見せる。

 ――和人のピアスだ。

 特別な隠しカメラな為、映像を取り出すのも困難。無理に取り出すと、映像が消去されてしまうよう出来ている。その為、購入先へ依頼したのだ。勿論、全て内密でと――

 柊哉はUSBメモリーを持つ手とは反対の手で受け取り、ポケットへと大切にしまう。


「昨日から、何度も足を運んでいただきすみません」


「昨日はともかく、今日は慶様の送迎のついでですから」


「それにしても随分と仕事が早い。やはり、室戸家の人間は優秀でいらっしゃる」


 柊哉の言葉に孝典は嫌そうに眉を潜めた。


(こんな所がまだまだ甘い)


「何をおっしゃいますか。夜中に突然連絡して来て、あのピアスと同じ物を密かに捜し、しかも二時間以内に準備しなければ、あの事をバラすと脅迫したのは、どこのどなたですか」


 恨めしそうに上目遣いで睨み付けるが、柊哉は眉を上げ、惚けてみせる。


「おや、そうでしたっけ?」


「おかげで、帰ったばかりの店員をとんぼ返りで呼びつけ、準備させるはめになった。壊れて使い物にならない商品に、いくら支払ったと思っているのですかっ」


 この様子だと、迷惑料に口止め料と相当足元を見られたようだ。

 ただ働きのうえ、費用までかかったら文句の一つも言いたくなるだろう。


「それは、すみませんでした。代金については、後日お支払い致します」


「御願いします」


(まぁ、良い。後で、彼女に請求を回しましょう)


 キラリと眼鏡の奥を怪しく光らせた。




「それにしても……それ……どうされるつもりなのですか?」


 戸惑いがちに孝典は尋ねてきた。


「見たのですか?」


「……すみません……気になって…………美優様は大丈夫でしょうか?」


 美優での学校生活が映されているあの映像を見たら、誰だって心配する。


「大丈夫です――この事は他言無用でお願いします」


「慶様にもですか?」


(雪乃の事を言っているのですね)


「勿論です。美優の方はそれで守れますが、如月家内でイザコザが起きる事になりますよ。如月さんは美優の事となると見境が無くなりますので、立場が危うくなるのでは?」


「…………」


「主人を守るのも従者の責務ですよ。美優の事は僕に任せて下さい」


「分かりました。宜しくお願い致します」


 姿勢を正してペコリと頭を下げる。孝典は手袋をプレゼントされて以来、すっかり美優びいきになっていた。


「そろそろ、戻ります。メモリーありがとうございました」


 孝典と別れ今度こそ、本当に寮へと向かった。






 夕食を食堂でとった後、誰も居ない自室に籠もり、コーヒーを片手にパソコンのディスプレイと向かい合いUSBメモリーの内容をチェックする。どうやら、初日からの出来事が映っているようだ。


(まだ、一度も報告をいれていないみたいですね)


 相当な量になるのは間違いない。取り敢えず倍速へと設定する。コミカルな感じで映像の人物達が動き出す。

 今日一日で見るのは、さすがの柊哉でも困難。これから暫らくはパソコンとの睨めっこが続くことになりそうだ。

 柊哉は深いため息を吐いた。






 “二ノ宮和人”その名を聞いて、柊哉はすぐにピンときた。

 彼は、如月優作の回し者だということに――

 二ノ宮は、如月家を陰で支える一族の一つだ。名字に数字が入っている事がその証拠で、十二名家の人間なら誰でも知っている。そう、十二名家なら――

 だが、一般人には決して知りえぬ情報なのだ。

 何故なら、十二名家には敵が多く、それは、十二名家内に限られず、一市民にまで及ぶ。そして、その対策の為に選ばれた一族なのである。十二名家の手足として陰で働き、その恩恵を受け生活しているのだ。

 勿論、十二名家という名前すら知らない美優は、和人の正体に何も気付いていない。

 だが、雪乃ならちょっと調べれば、簡単に知りえる事実だったはずだ。





 どれくらい見ていたのだろうか――流れ続ける映像を前に、眼鏡を外してテーブルの上に置く。疲れた目を癒すように目頭を指で押さえた。


(そろそろ、いい時間ですね)


 映像を止め、電源を落とす。

 渇いた喉を潤すように残っていたコーヒーを一気に飲み干す。時間が経っているため生温い。

 下手な小細工が通用する相手でないのは百も承知だ。


(やはり、単刀直入に切り出すのが一番いいでしょう)


 柊哉は覚悟を決めてスマホを手に取った。


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