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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
37/56

転落

久しぶりの更新です。

色々あって筆が進まず遅くなってしまいました。



 阿相の話し声が教室に響き渡り、ほとんどの生徒が真面目に先生の話に耳を傾けている。入学して、まだ間もない一年生は、特に話を聞く授業が多い。半日、話を聞くだけとなると眠くなる。中には数名、眠気と必死に戦っている者もいるようだ。基本は大切と分かっているのだろうが、やはり知っている事を聞くのは退屈なものだ。


 美優はそんな生徒のいる中、集中して先生の話を聞いている。今まで、魔法については何も学んで来なかった為、初めて知る事も多いのだ。

 他の生徒より一歩も二歩も出遅れている事を誰よりも認識していた。




「では、午前の授業はここまでにしましょう」


 静かに教科書代わりのノートパソコンの画面を阿相は閉じる。それと同時に四時間目終了のチャイムが校内になり響く。

 まるで時計の針のように正確だ。

 ガヤガヤと一斉に生徒達が騒ぎだす。先程まで眠そうにボンヤリしていた生徒も、授業が終わった途端、元気になり、教材をサッサと片付け始める。


 これから、昼食だ。食べ盛りの高校生には特に楽しみな時間。この一時間で友達との会話を楽しみながら、午前中のストレスを発散させるのだ。

 勿論、美優達も例外ではない。


「やっと、お昼だぁ〜」


 両手を天井に突き上げ、エミリが青い瞳を耀かせ嬉々として声を張り上げた。

 炎とのランチが楽しみなのだろう。


「野田さんは、随分と食事が楽しみなようですね」


 まだ、教壇に立ったままだった阿相が和やかに言う。

 エミリのハイテンションの理由を知らない阿相の目には、エミリが食いしん坊キャラに映ったのだ。多分、他のクラスメイト達にも、そう映っている事だろう。


「ち、違います……」


 皆の視線を敏感に感じ取ったエミリが白い頬を赤く染め狼狽える。エミリもうら若き乙女、食いしん坊キャラは頂けない。

 紅蓮の騎士・氷の貴公子とこれからランチだと言う訳にもいかず口籠もる。女生徒の反感を買うだけだということを、重々承知しているのだ。


 和人は、そんなエミリを指差し「恥ずかしい奴」と言って笑う。エミリは黙って和人の足を踏みつけた。

 その場の誰もが、余計な事を言わなきゃいいのにと思ったに違いない。

 阿相も「こらこら!」と困ったように苦笑いをしていた。








 ――風紀室にて――


「遅いな、何してるんだろう」


 和人が机に置いた弁当を、物欲しそうに見つめながら呟いた。

 まだ、全員が揃わないので食事を始められないのだ。風紀室には、美優達五人と炎の姿がある。

 十五人用の会議用テーブルとホワイトボードが置かれ、壁沿いの棚には沢山の書類が並べられている。

 美優達は、その会議用テーブルに腰掛けていた。教室の椅子と違い座り心地も良い。窓から入る光がテーブルに影を造り出している。

 ここに来るのは二度目。教室に比べるとやはり狭い。だが、七人が入るには広すぎる位だ。

 さりげなく周囲に視線を走らせると、あの時よりも室内は綺麗に整頓されている。

 美優達が来る事が決まったので、炎がすぐに片付けてくれたのだろう。


 グゥ〜〜


 風紀室内に間の抜けた音が突如響いた。エミリは音の主に、眉を吊り上げ毒づく。


「ちょっとぉ!! はしたないわね」


 まるで先程のお返しと言わんばかりである。勿論、その相手は和人だ。


「仕方ないだろっ。腹空いたんだから」


 和人も負けじと応戦する。空腹からか、いつもとは違い本気で不機嫌そうだ。このままでは喧嘩が始まってもおかしくない。

 美優は心配そうに眉尻を下げた。


「まぁまぁ、喧嘩しないで」


 美優の様子に気が付いた炎が二人を宥めると、エミリは恥ずかしそうに俯いた。どうやら、炎がいる事を忘れいつもの癖で突っ掛かったのだろう。


「私……見てきます」


 キャスター付きの椅子を後ろに滑らせ、美優は勢いよく立ち上がった。

 遅れているのは如月慶だ。もとから、何となく和人達三人には印象が良くなかったので、これ以上悪い印象を与えたくなかった。


「それなら、僕も行きます」


 美優に習い柊哉も素早く立ち上がる。


「俺も行く」


 腰を浮かしかけた炎を、柊哉が手で制止する。


「いえ、葉月さんはここに残って下さい。ここは風紀室です、一般生徒は通常入れない場所。万一、誰か来た場合、問題になりますので」


「あぁ、そうだったな……」


 思い出したように頷き、浮かしかけた腰をそのまま下ろした。美優と柊哉は、その場に四人を残し、風紀室を後にした。




 静閑に包まれた風紀室ゾーンを抜け、二年の教室へと向かう。昼休みという事もあり休憩時間よりも、廊下を行き交う人は多い。制服も緑や青、そして赤と入り乱れ華やかである。

 美優は、なるべく目立たぬように廊下の端を視線を落とし足早に歩く。

 しかし、それは無駄な足掻きというものだ。大いなる力を隠すのは、所詮無理なのだから。

 通り過ぎる生徒たちが一様に視線を送る。


「また、別の男を連れているわよ」


 炎の姿が見えないのを良い事に、わざと聞こえるように陰口を叩く。それでも、告げ口されるのが怖いのか、しっかりとその姿は人混みに紛らしているので、誰が言ったかは定かではない。

 その言葉にピクリと反応し、美優は小さな肩を更に小さく窄めた。


「少し後ろを歩きますね」


 隣を歩いていた柊哉にも、その声は聞こえていたらしく、少し距離を置いた。

 やるせない気持ちが美優の胸に充満する。


(何をするにも、誰かに迷惑を掛けてしまう)


 よく考えずに出てきた事を後悔し始めていた。

 二年の教室は二階だ。重い足取りで階段を上っていく。当然のごとく、一年でこの階段を上る者はいない。勿論、降りて来るのも二、三年生である。

 階段を昇りきった所で立ち止まり、二年の廊下に目を走らせると教室から出て来る慶の姿を見付けた。

 階下へと向かう生徒達が美優の脇を何人も擦り抜けて行く。


「慶くんっ」


 美優は慶の姿を見つけ名を呼ぶ。


(えっ……?!)


 その時、フワリと身体に思わぬ力が加えられる。

 一瞬何が起きたのか理解出来なかった。


「あっ!!」


 美優は短く声をあげ、バランスをくずす。それは階段の上方から下方へと突き落とすような力。誰かに押されたのだ。

 そう認識した直後、身体が傾き、段差が近づく。もう、自分では制御出来ない。


「美優!!」


 声に気付いた慶が叫んだ。その声に反射的に美優は顔を向ける。慶の珍しく動揺した顔を目の端に捕えた。

 温かい何かが自分を包み込む――瞬間、激しい衝撃。天井と床がぐるぐると回り、為す術なく重力にしたがい階段の段差に身体を打ち付けながら、凄まじい勢いで転がり落ちて行く。

 女生徒達の悲鳴が階段に響き渡る。

 慶は階段へと駆け寄りながら、魔法を行使する。辺りの空気を氷点下まで一気に下げ、階段上に積雪のマットを敷き詰める。まるで新雪のような柔らかな雪のマットだ。

 直後、美優の身体はそのマットに身を置き、氷の結晶を辺りに飛ばしながら転がり落ちる。そして、階段を落ち切った所で、次第にスピードを緩め、静かに止まった。


 目の前で起きた事が信じられず、誰もすぐに動けない。口を開くことすら出来ずに静まり返る。


 ………………


「うっ……」


 やがて、小さく呻き声をあげ、美優がピクリと指を動かす。冷たい雪の感触が、制服を通して伝わってくる。美優は両手を付いて、半身を何とか起こした。頭を押さえ意識をはっきりさせるように小さく二、三度かぶりを振る。

 どうやら、大した怪我はしていないようだ。

 ホッとしたのも束の間、美優は口元を両手で覆い、大きく目を見開き固まった。


(…………柊……哉……さん?!)


 美優のすぐ横で倒れこむ柊哉の姿を見つけたのだ。そして、瞬時に悟る。温かい何かは、美優を咄嗟に抱き締めるように庇った柊哉だったのだ。

 そして、美優は見てしまった。

 柊哉の頭部の辺りに赤い絨毯を敷いたような真っ赤に染まった雪を――

 死んだように、目を閉じたきり微動だにしない。その顔を見た途端、美優の意識が――とんだ。


「許さない……」


 ボソリと呟いて、ゆっくりと立ち上がり、後ろを振り返る。探るように生徒一人一人に視線を走らせていく。

 怒りの満ちた目に一人の女生徒が、真っ青な顔を引きつらせ、ブルブルと震えだした。メガネをかけた三つ編みのおとなしそうな生徒。青のスカート――二年生だ。


「……ご、ごっ、ごめんなさい…………」


 擦れた声で、女生徒は何とか謝る。しかし、その声はもはや美優には届いていない。怒りで我を忘れている。


 美優を取り巻くオーラが一気に膨れ上がる。


「美優、落ち着け…」


 異変を察知した慶が、焦ったように階段を駆け降りながら叫んだ。


「許しません!!」


 美優が声を張り上げる。

 ビリビリと空気が震動し、冷気が流れ込む。

 女生徒は、逃げようとするが足が竦んだのか動けずに、その場にへたりこんだ。激しい風が巻きあがり、美優の柔らかい髪を踊らせ、スカートの裾を乱す。粉雪が宙を舞い、近くにいた生徒達が、悲鳴をあげ逃げ惑う。

 慶は叫んだ。


「やめろっ、美優!!」


 混乱した現場で、なかなか近付けない慶は、もどかしそうに女生徒と美優の間に自分の身体をずらし、せめて注意を逸らそうとする。

 しかし、その瞳は決して慶を見る事はない。慶を通り越して女生徒を見ていた。まるで慶がその場に存在しないかのように――

 力は爆発し、いくつもの氷の矢が、美優の周りに生み出されフワフワと空中に漂う。

 涙で顔をグシャグシャにした女生徒は、這うように後退するが、その目は美優から逸らす事は許されない。


「死を持って償いなさい」


 冷たい威圧的な声で畳み掛けた瞬間、女生徒に向かって一直線に氷の矢が飛んでいく。光を受けて、キラリと刃先が輝く。簡単に人の肉を貫くであろう鋭さ。

 その場にいた誰もが息を飲み、目を閉じた。串刺しになる女生徒の身を見なくてすむようにと。




 ………………



 ガラ、ガラ、ガラッ――


 音を立てて氷の矢が、重力に負け落ち割れる。

 皆が音に反応し、一斉に目を開け、事の結末を知る。

 砕けた氷の残骸と、女生徒の無事な姿。そして、右手首を柊哉に掴まれ、崩れ落ちる美優の姿。

 額からは、赤い鮮血を流しながら、柊哉は美優を優しく抱き留める。

 真っ先に我に返ったのは慶だ。すぐ様、美優の元へと駆け寄った。


「大丈夫か?」


「えぇ、気を失っているだけです」


「いや、君の事だ」


 そっとハンカチを差し出した。柊哉は美優を右手で支えたまま、左手で受け取り額を押さえる。今は、大分収まっているが、血塗られた雪を見ると、思った以上に出血したようだ。


「勿論です。如月さんが魔法を行使して下さったおかげで、この程度で済みました。恥ずかしながら、少し気を失ってしまったようですが……」


「そうか。だが、保健室には行った方がいい」


 雪に残る血の染みをみながら言った。慶の言葉に、柊哉は溜め息混じりに頷いた。あそこに行くのは避けたいのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「そうですね、彼女も連れて行った方が良さそうです」


 階段の上に茫然と座り込む女生徒に視線を送る。

 自業自得なのだろうが、柊哉には彼女がどうしても人を突き落とすような子には見えない。


「そうだな。悪いが美優を頼む。俺は彼女を連れて行く」


「分かりました」


 柊哉は力強く頷いた。



読んでいただきありがとうございました

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