お願い
一ヶ月ぶりぐらいの更新となりました。思いつきで書いているので、少々煮詰まってしまいました。プロットを作った方がいいのかなぁと思う今日この頃です。
倉庫の扉に張り付き中を伺う少女の後ろ姿、見るからに怪しげだ。
青のタータンチェックのスカートに肩で切りそろえた黒髪、そして、強力なオーラが周囲を取り巻く。
顔を見なくても、その後ろ姿で柊哉には誰だかすぐに分かる。
(やはり、来てましたか)
“犯人は現場に戻る”推理小説の定番なセリフが思い出される。人間の心理をよくついたセリフ。
如月雪乃も、その例外では無いという事だ。
微かに唇の端を歪め、静かな口調で、その背中に話し掛ける。
「こんな所で、何をしているのですか?」
雪乃の体がビクリと震え、一瞬動きを止める。
多分、この時間にこんな場所には誰もいないと、たかをくくっていたのだろう。
ゆっくりと後ろを振り返り柊哉を黙認すると、微かに眉を潜める。
「貴方こそ、どうしてここへ?」
質問に質問で返し、探るように柊哉の様子を伺う。
多分それが今の彼女に出来る最善の策なのだろう。
(こうやって見ると、やはり従姉。鼻の辺りが美優によく似ている)
そんなどうでも良い事を呑気に考えながら答える。
「人を捜しに……でも、もう見付かりましたけどね」
「えっ?!」
柊哉が答えるや否や、雪乃は思わず振り返り倉庫を見た。だが、瞬時に我に返り視線を戻す。
柊哉はニコリと微笑みを浮かべ、雪乃の瞳を受けとめた。
如月慶によく似た目だ。だが、顕らかに彼とは違う。その目には焦りの感情が僅かだが入り混じっている。彼だったら、そんな感情は決して気取らせまい。
怒りを含んだ目で柊哉を睨み付けながら、雪乃は言葉を発する。
「嵌めたわね」
嵌めるつもりなど、サラサラなかった。雪乃が犯人だという事は既に知っているのだから、そんな必要ないのだ。
――しかし、彼女はそれを知らない。
「嵌める? そんな必要ありません。倉庫中には、もう誰もいませんから」
「そんな事あるわけないわ」
黒い学生靴の爪先に丸い小石が弾き飛ばされ、コロコロと転がる。そして、倉庫にぶつかり止まった。
その後を追うようにツカツカと倉庫の扉に歩み寄りながら嘲笑う。
「騙そうとしても無駄よ。この通り魔法は解除されていないわ」
そんな事も分からないのかと、馬鹿にしたように、シールドの魔法を掛けられた倉庫を差し示した。
「分かってます。でも、その中には誰もいません。信じられないのなら中を確認してみたらいかがですか?」
「私が解除した瞬間に逃げ出そうって魂胆でしょ? 悪いけどその手にはのらないわよ」
チラリと倉庫を一瞥し、此方の考えは見え見えだとばかりに、冷めた目で柊哉を見つめる。
「そうですか。ならば本題へ入りましょう。僕が捜していたのは貴女ですよ、如月雪乃さん。二度ある事は三度あるといいますしね。僕が何を言いたいか分かりますよね?」
「さぁ?」
小首を傾げて惚けてみせるが、明らかにその顔は理解している顔だ。
「これ以上、手出ししないでいただきたい」
「イ・ヤ・ダと言ったら?」
「この事を如月家の方々に報告します」
雪乃はクスリと笑った。
「勝手にすればいいわ。貴方が何を言った所で、私が否定すれば誰も信じないわ」
「ならば、美優の言葉は……」
「無駄よ!! 今まで姿を見せなかった娘と私の言う事、どちらを信じると思う?」
冷笑し告げる言葉は、余裕すら感じさせる。
(確かに彼女の言う通りですね)
柊哉は肩を小さく窄め、ブレザーの右ポケットに手を突っ込んだ。
「ならば、これならどうです」
雪乃の目の前に、やおらスマホを掲げて見せた。
陽の光を受けディスプレイが朝日を反射する。そして、雪乃は目にする。録音状態である事を表示するディスプレイを――
「ツ……」
思わず雪乃は息を呑んだ。
「今までの会話、全て録音させていただきました」
ジリジリと柊哉は携帯を掲げたまま雪乃との距離を詰める。柊哉の迫力に押され、雪乃は二、三歩後ずさり、ガックリとうなだれた。小さな肩が小刻みに震えている。
どうやら観念したようだ。
録音状態のスマホを停止させ、ポケットへと戻す。声をかけようと口を開きかけた時、柊哉の耳に思いもよらない声が耳に入った。
「クッ、クッ、クッ……」
それは雪乃の笑いを堪える声だ。まるで柊哉が録音を止めるのを待っていたかのように喋りだす。
「残念ね、そんなの証拠にならないわ」
真っ直ぐに顔を上げ、悠然と艶やかな唇に笑みを浮かべる。
「それでは誰を閉じ込めたか分からない。逆に貴方達が、私を貶める為に策略したと進言するわ」
両手を広げ得意気に雄弁してみせる。
「…………」
「貴方の負けね」
黙り込んだ柊哉に、とどめとばかりに、続けて言葉を投げつけた。勝ち誇った、その顔は生き生きと輝きを放つ。
(やはり、そう来ましたか)
おくびにも出さず”やれやれ”とばかりに内心嘆息する。
柊哉は、気付かなかったのではない。わざと二人の名を口に出さなかったのだ。
彼女がそれに気付かぬ程愚かなら、歯止めなど必要ない。だが、残念ながら彼女は気付いてしまった。
(出来れば、まだ教えたくなかったのですが、仕方がないですね)
「ハァー」
思わず口からため息が漏れる。一瞬にして吐き出した息が朝の爽やかな空気に紛れた。
「美優と一緒に閉じ込めた生徒の名をご存じでしょうか?」
「……はっ?」
雪乃が思わぬ柊哉の質問に、目を点にする。何故こんな時にそんな質問をするのかと――
――数秒の間――
「知らないわよ、そんな事っ!!」
腕を組み、視線を反らして吐き捨てるように答えた。負けを認めない柊哉に苛立ちを覚えたようだ。
トントンと人差し指で腕を組んだまま二の腕を叩く。
「そうですか。では、教えてあげましょう。二ノ宮和人ですよ、如月雪乃さん」
「二ノ宮……!」
擦れる声で、雪乃は呟いた。雪乃の顔はみるみる青ざめていく。
「どうゆう事だか、これ以上は言わなくても分かりますよね?」
「…………」
今度は雪乃が黙り込む番だった。
「貴女はもっと人を選ぶべきでした」
濡れたような黒髪をサラリと揺らし、雪乃はガックリうなだれた。
「――僕なら、何とかしてあげられますよ」
間髪入れずに畳み掛ける。
柊哉の言葉にハッと顔を上げ、憎々しげに見つめる。格下の相手の言う事を聞くのは、プライドの高い雪乃には、腸が煮え繰り返る思いだろう。
「もう一度だけ言います。これ以上、美優に手出しをしないでいただきたい。簡単なお願いですよね?」
ワナワナと悔しさで唇を震わす。
雪乃に残された道は一つしかない。素直に頷くしかないのだ。
「……わ、分かったわ」
「正しい選択ですね」
至極当然と言わんばかりに肯定する。己の感情のままに行動を起こした報いだ。
悔しさを抑える為に、雪乃は拳を握り締めている。ざわざわと風が吹き、スカートをなびかせる。
その風が登校して来た生徒達の声を、柊哉の元へと運んできた。
「そろそろ登校時刻のようですね」
校門がある方向に首だけ向けて確認する。数名の生徒の気配を感じ取りながら、雪乃に声を掛ける。
「戻りましょうか?」
返事を待たず、足裏にでこぼこした石の感触を感じながら先に歩きだす。
此処には、あんまり人が来ない証拠だ。体育倉庫といっても入学してまもない新入生の体力や瞬発力をみる為に数回使われるくらいだ。後は自動的に魔法を使った運動へと切り替わるので、普通の体育道具がしまわれた此処へは来る事はない。まさに閉じ込めるのはうってつけの場所というわけだ。
「待って」
立ち去ろうとした柊哉の背を呼び止める。
「約束必ず守りなさいよ」
こんな時でも上から目線の雪乃の言葉が、柊哉は何だか可笑しかった。
「それは此方の台詞です」
雪乃に背を向けたまま、笑いを堪えて柊哉は答える。そして、雪乃に気付かれぬようスマホが入っているポケットとは逆のポケットにそっと手を入れ確認する。
二つの小さな塊の感触を手に胸を撫で下ろす。
(しかし、万一の事を考え彼に頼んでおいて良かった)
その小さな塊を壊さないように優しく握り締めた。
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