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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
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雪乃の回想

遅くなりました。何とか8月更新間に合った。

 如月雪乃は、珍しく機嫌が良かった。久しぶりに清々しい気分だ。

 如月美優に会ったあの日から、心安まる日などなかった。だが、本日それも終わり。

 学校に向かう車中でも、自然と顔がほころんでいる。窓を開けると清々しい朝の風が舞い込み、艶やかな黒髪が頬を優しく撫でる。



 最初は、慶の事など、全く好きではなかった。それどころか嫌いだった。いまでこそ無くなったが、まるで物を見るような無機質な眼差しをいつも向けられていた。

 訳も分からず、父・勇造に命令され、仕方なく側にいた。それは、わざわざ数時間掛けて慶と同じ学校に通わせるほどた。そして、毎日のように言い聞かされる言葉。

 ――まるで、暗示のように。


「権力を手に入れれば幸せになれる。彼と結婚すれば、それを手に入れられる」と――


 今なら分かる。

 勇造が勧める本当の理由。

 それは雪乃の為でなく、自分の為だ。自分を蹴落とした弟に逸し報いる為に――




 如月家前頭首には、三人の子がいた。長男・雪乃の父の勇造、長女・慶の母の冷子、次男・美優の父の優作だ。皆、強い魔力を持っていたが、中でも優作が一歩抜きに出ていた。しかし、気弱で争い事を拒む優作は頭首になる事を放棄していた。 

 その為、誰もが次期頭首は長男の勇造がなるものと思っていた。子供ながらに雪乃自身も、それを信じていた。

 なぜなら、邸には前頭首の他に雪乃達家族しか住んでいなかったからだ。


 しかし、現実は違った。


 詳しい事は小さかったのでよく覚えていないが、頭首に選ばれたのは、会った事もない叔父・優作だった。野心家の勇造は、邸を追われ田舎へと追いやられたのだ。

 時々、悪酔いして「あんな卑怯な男を頭首に選ぶとは、如月一族もこれで終わりだ」と喚き散らし、母にからんでいる姿を目の当たりにする。気持ちは分からなくはないのだが、いい加減その情けない姿に辟易している。

 実際、頭首として一族の前に出る優作の姿は、雪乃には、弱虫とは、ほど遠い堂々とした威厳に満ちた態度に見える。ただの勇造の負け惜しみなのだろう。

 自分は父のようには、決してなりたくない。

 だから、努力だってした。彼に気に入られようと――

 雪乃は、己の能力を理解していた。自分には、頭首になる力量がない。

 だからこそ、彼に愛されようと思ったのだ。さすれば、彼と対等な立場に立てると――

 だが、いつも冷ややかな視線を返されるだけだった。

 彼はモテる。しかし、一度だって言いよる女に興味を示した事すらない。


 冷たい男だ。

 きっと彼には愛情などないのだ。

 ならば、それでもいい。

 彼にとって必要な存在になれば良い。


 だが、それが間違えだった。

 中二の冬、初めて気付いた。そう、あれは如月一族の新年会とは名ばかりの次期頭首候補を見定める会である。

 それは、数年に一度行われる。状況は刻一刻と変化する。魔力量事態は生まれつき備わる物なのだが、それをどれ位、上手く操れるかにもよるからだ。百パーセント使いこなせる者はいない。


 集まるのは毎回同じ面々。代わり映えのない新年会、くだらない行事に飽き飽きしていた。

 次期頭首は、ほぼ如月慶で決定しているのだから。




 入り口の前で一度、足を止め、小さくため息を吐いた。

 内心では顔をしかめつつ、笑顔を作る。ここには、冷子や慶もいるのだ。


「何をしているんだ、早く来なさい」


 先に部屋に入った勇造が和服姿で、こちらを振り返り呼ぶ。新年会という名目もあり、雪乃も淡い水色の振り袖と正装。その綺麗な顔を、益々引き立てている。

 雪乃達親子は和を好む性分なのかもしれない。こういった公の場は大抵着物。

 田舎に追われ、一つだけ良かった事は和風の邸宅に住める事だ。本家は洋館だった。


 呼ばれるままに雪乃もすぐに二人を内股気味に小走りで追い、室内に足を踏み入れた。


 一歩、足を踏み込むと、そこにはいつもと違う光景が広がっている。いつもなら、自分に群がる男達が、すでに黒い人集りを作っていた。少しでも高い地位を望み、あわよくば雪乃との逆玉を狙う者達だ。

 まるで、虫けらを見るような視線を送る。格下な者達を選ぶ事は決して雪乃はしないだろう。

 ある人のオーラを感じとり、ハッと目を見開く。

 どうやら、輪の真ん中に優作がいるようだ。


 何度か一族の集まりに出ているが、こんな光景見たことがない。しかも、雪乃の取り巻きが……だ。

 不思議そうな顔で雪乃が人混みへと視線を移す。ここからでは、人の陰になり優作の姿を確認する事は出来ない。

 考えるように目を細め視線を落とす。

 ――が、何かに気が付いたのか、僅かに雪乃は、ピクリと肩を揺らした。

 面を上げ、鋭い視線を人集りへと投げる。

 今迄に感じた事のない魔力を感じとったのだ。それは次期頭首候補の如月慶同等かそれ以上の……


 魔力の源は、人集りの真ん中。

 雪乃には、一人だけ心当たりのある者がいた。今まで一度も姿を現さなかった少女。


「……如月……美優……?」


 囁く程の小さな小さな声で呟いた。

 会った事のない顔も知らない少女。

 自分より一つ年下の少女。

 現頭首の優作の娘。

 確か絶大な魔力量を誇ると聞いていたが、人の噂などいい加減なものだ。

 時折、強いオーラを発する事もあるが、驚くほどではない。不安定な為、雪乃はすぐに美優の存在に気が付かなかったのだ。

 一体何を恐れているのか。

 何度か「優作の娘に慶をとられるな」と、はっぱをかけられた事を思い出す。


 雪乃は、コッソリほくそ笑んでいた。

 蓋を開けば、こんな者だ。所詮噂は噂、人の話には尾びれがつく。


 今現在、雪乃が負ける要素など一つもないのだ。魔力量は雪乃を勝っているが、行使出来なければ何の意味もない。宝の持ち腐れである。

 この時、雪乃は美優の魔力を魔道具にて抑え込んでいる事を知らない。



 一目顔を拝みたかったが、自分から挨拶に行くのはプライドが許さない。

 そうこうしていると、雪乃の横を人影が通り過ぎた。

 その人影は紺色の高そうなスーツを着こんだ如月慶だった。


「慶っ」


 嬉しそうな顔で、雪乃は慶を呼び止めるが、全然こちらを見向きもしない。

 瞳はブレる事無く人集りを捉え、真っ直ぐに突き進んでいく。いつものクールさは、どこへやら、その横顔には珍しく焦りの色を浮かべている。

 雪乃は、そっと自分の右手を胸元に添えた。きっちりと締められた帯に息苦しさを感じた訳ではない。言い様のない胸騒ぎを覚えたのだ。

 不安にかられ、再度声を掛けようとするが、既に慶は人の輪の中へと身を投じていた。

 仕方なく黙って見守る。

 人集りの山を静かに睨み付けた。

 輪を作る人達は、結局誰でも良かった事を、雪乃は知っている。力のある者なら、誰でも良かったのだ。

 それは雪乃自身も一緒だ。だから、文句を言うつもりはない。

 ――でも、彼は違う。

 如月慶は打算で動く人間ではない。

 だからこそ、余計に言い様のない不安が雪乃の胸に募る。



 人の輪を崩し、慶が姿を現した。


「け……ぃ……」


 着物の裾を乱し、小走りに走り寄ろうとしたが、その足が――止まる。

 人混みから、少し遅れて姿を現した少女に気付いたのだ。


 雪乃は大きく目を瞠り、息をのむ。

 小さくて色白のか弱そうな少女。

 その力とは裏腹にオドオドと自信無さそうに怯えている。とても頭首の娘になど見えない。

 ちっぽけな存在。

 雪乃は、自分でも気付かぬうちに、うっすらと笑みを浮かべていた。

 ……だが、その笑顔がすぐに凍り付く。

 後ろを振り返り、心配そうに美優を見つめる慶。

 その瞳は今まで見たことがない慈愛を含んでいた。


「……っな…………」


 言い様のない感情が胸を突き上げ、知らず知らずのうちに、強く手を握り締めていた。手の平に爪の跡がつく程に――


 胸がキリキリと締め付けられるような痛みを感じとる。

 今までに感じた事のない痛みに雪乃は、戸惑っていた。ただ、唇を噛み二人を黙って見ている事しかできない。




「冷子の奴、やはり保険を掛けていたか」


 その声に雪乃は、髪を乱して振り返る。

 いつの間にか勇造が雪乃の後ろへと立ち、忌々しそうに吐き出した。冷子は雪乃を応援する一方で、美優の元にも通わせていたのだ。

 そして、慶は美優を選んだ。決して人を好きにならないわけではなかった。

 自分の間違いを認めるしかなかった。でも、諦める訳にはいかない。まだ、負けたわけではないのだから。

 所詮この不安定な力では、如月慶の伴侶として一族が認めるわけがない。美優を恐れる必要はないはずだ。

 何度自分の胸に言い聞かせるが、締め付けられる胸苦しさは治まらなかった。




 結局、二人はその後、戻ってくる事はなかった。そして、その後二度と美優は一族の前に姿を現す事はなかった。

 あの時から、胸の苦しみが消えない。その正体が分からぬままずっと苦しみに耐えてきた。

 結局、原因は分からずじまい。でも、今となってはどうでも良い。美優が消えればこの痛みも共に消えよう。


 後、数十分後には、何もかも上手くいく。何かあったかどうかなんて、どうでも良い。必要なのは二ノ宮和人と如月美優が伴に一夜を過ごしたという事実だけ。それで、きっと叔母様も一族の者も認めやしない。

 自然と雪乃の顔に笑顔が広がった。


「雪乃様、学校に着きました」


 黒服の運転手が車のドアを開く。眩しい朝の光が車内に射し込み、雪乃の艶やかな黒髪が光を反射する。

 スラリとした長い足を地面に降ろし、何気なく言葉をかける。


「ありがとう」


「……!!」


 運転手が驚いた顔で固まった。今まで一度だって、使用人にお礼など言った事がなかったからだ。

 それくらい如月雪乃の機嫌が良かったのかもしれない。


読んでいただき有難うございます

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