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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
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瞬間移動扉《テレポドア》

 シトシトと降り続く雨音が、美優達二人の心をますます暗く重いものへと変えていく。

 先程より雨も強くなってきたようだ。倉庫内にまで雨音が聞こえる。

 外から聞こえて来る音に耳をそばだてる。もし、近くに誰かが来たらすぐに分かるようにと――


 美優は祈るような気持ちで、柊哉に貰った指輪に手を触れた。

 このまま雪乃の思惑通り進んだら、どうなるのか。多分、有る事無い事、噂されるのは間違いないだろう。それだけではなく、ヘタをすると謹慎処分を受ける可能性もありえる。


(私は、まだ良い。でも、和人くんは……) 


 奨学金を受けられなくなるかもしれない。

 他人の……和人の人生を変えてしまうかもしれないのだ。美優は言い難い恐怖を覚え、指先が小さく震えた。


 震える指先でスマホをポケットから取り出し、ディスプレイを仄かに光らせながら確認する。やはり、アンテナは立っていない。

 仕方なく時計へと視線を移す。

 夕食の時間は、とうに過ぎていた。まだ、柊哉は来ない。

 居場所が分からないのか、もしかしたら二人が居ない事すら、気付いていないのかもしれない。

 美優の不安が募る。



「ごめん、美優ちゃん、俺のせいだっ」


 両手を自分の顔の前に合わせ、拝むように勢い良く頭を下げた。

 美優の不安を感じ取ったのか、それとも柊哉が来ないと判断したのかもしれない。

 突然の謝罪に美優は、目を丸くした。咄嗟の事で言葉が出ない。


「俺があいつの口車に嵌められて、ノコノコ着いて来なければ、こんな事にはならなかった」


 後悔の念を顕に下唇を噛む。握り締めた拳がワナワナと小刻みに膝の上で揺れている。和人の悔しそうな顔に、美優は掛ける言葉も見当たらない。


(和人くんも処分を受ける可能性に気付いたのかもしれない)


 重たい空気の中、沈黙が二人を包み込む――



「それは、どうですかね」


 不意に第三者の静かな声が、沈黙を破った。

 勿論、倉庫内ここには、二人しかいないはずだ。いるはずのない第三者の声。自ずと緊迫した空気が漂う。


「誰だっ?!」


 緊張の面持ちで、鋭い声を和人は飛ばす。美優も顔を強張らせながら、声のした方を確認する。すると、一瞬にして驚きの表情へと変え立ち上がる。ダボダボのブレザーに包まれ、いつしか微笑みまで浮かべていた。


「柊哉さん!!」


「柊哉!!」


 二人の声が輪唱する。誰もいなかったはずの場所に、何故か柊哉が背丈以上の長方形の古い木の枠に右手を添え立っていた。

 勿論、そんな木枠はこの倉庫に置いてなどなかった。確かにそこは先程まで何もない空間だった。

 和人は狐に摘まれたように、キョトンとした顔をしているが、美優にはその木枠には見覚えがある。


(あれは、瞬間移動扉テレポドア!!)


 入学式の日に使った扉だ。大きく開け放たれた扉をそのままに、柊哉は倉庫内に足を一歩踏み入れた。


「気に病む必要はありません。和人が一緒でなければ、他の相手を見繕うだけです。一人では何の意味も持ちませんから」


 まるで、全てのいきさつを知っている言葉。


 青白い明かりがユラリと揺れ、柊哉の姿を一瞬隠す。


「僕は一緒にいたのが和人で安心していますよ。貴方は美優に手出ししないでしょうから」


 穏やかに微笑む柊哉の背中には、別の空間が伺える。オレンジ色の明かりの元、所狭しと置かれている古めかしい道具類がまるでアンティークのようだ。

 はた目からは、木枠が額縁の役目を担い、さながら一枚の大きな絵画である。

 そこから、少量の明かりが洩れ、いくらか庫内も明るい。

 そのお蔭で和人の表情も何とか読み取れる。

 相変わらず、鳩が豆鉄砲を食らった顔で、和人は瞳をパチクリさせた。


「あぁ、すみません。これは瞬間移動扉テレポドア、魔道具です」


 柊哉は瞬間移動扉テレポドアが二人の位置からよく見えるように自分の体を移動させた。


「魔道具……?」


「えぇ、学校の地下倉庫にあるのを拝借させていただきました。僕には、この結界魔法を破る魔力はありませんから」


 苦笑いを浮かべ、柊哉は告げる。


「それには、そんな強い魔力が込められてるのか?」


 瞬間移動扉テレポドアを指差し、和人は驚く。


「そんな強い力はありません。これは空間と空間を直接繋ぐ物。周囲にどんな魔法を掛けられていても関係ないのです」


 照れくさそうに「まぁ、これは他人の受け売りなんですが」と最後に付け足した。柊哉の背後に繋がっている場所は、多分地下倉庫。一度行った美優には分かる。


 呆然と眺めていた和人だが、すぐに我に返った。


「門限まで時間がない。急いで戻ろうぜ!」


 思い出したように焦り声を上げる。

 美優はスマホで時間を確認すると、門限まで三十分もない。ギリギリ間に合うという所だ。


(せっかく柊哉さんが来てくれたのに、間に合わなかったらもともこうもないわ)


 美優の顔に焦りの表情が混じる。


「焦らなくても大丈夫です。すぐ帰れますよ」


 柊哉は、そんな二人に余裕の笑みを向けた。






「何でわざわざ寮の外に瞬間移動テレポートしたんだ?」


 鞄を持ち、傘を片手に差した和人は、不服そうに言った。勿論、柊哉が回収してきた鞄だ。傘は柊哉が準備した安価なビニール傘だ。

 傘の骨から、大粒の雨の雫がとめどなく流れ落ちる。本降りだ。ただでさえ暗い夜道が、雨で更に見づらい。

 美優達は寮の手前に瞬間移動テレポートしたのだった。

 美優は、和人の気持ちは理解できたのだが、心の中では喜んでいた。和人は一人で傘を差しているが、美優と柊哉は一つの黒い傘に二人で入っている。柊哉との相合傘――嬉しくないわけがない。

 ニヤケる顔を必死で引き締める。


「寮には管理の魔法が掛けられてますからね。一人一人玄関を通った事を寮長がチェックしています。知らぬ間に部屋にいたら怪しまれます。疑われる行動は少しでも避けた方がいいでしょう」


 外灯を頼りに歩きながら、美優が濡れないように傘を傾けた。柊哉の肩に雨垂れが掛かり濡れている。


「なぁ、でも、どうして分かったんだ? 雪乃あいつの仕業だって?」


 ほんの一瞬、柊哉は押し黙るが、すぐに口を開く。

 そのに気が付いた者は、この場にいない。


「彼女だけですから、美優に恨みを持ち、閉じ込めて得をする人間は。それに、あの結界魔法、あんな凄い魔法を掛けられる者は、数えられる位しかいませんからね」


 澄ました顔でそう述べる。もう一人疑っていた人物がいた事は決して話さない。


「柊哉さん、どうして体育倉庫あそこにいると分かったんですか?」


 柊哉は、美優を優しく見つめた。その意味が分からずに不思議そうに視線を返す。

 美優自身、柊哉にリンクされた事に気付いていないのだ。


「……時間がない。入りましょうか?」


 質問には答えずに、柊哉は別の言葉を吐いた。

 美優は柊哉の言葉で前を見る。いつの間にか、寮の大きな玄関が目の前に来ていた。話に夢中になり分からなかった。

 屋根の下に入り、柊哉がそっと傘を閉じる。男性用の黒い大きな傘だが、やはり二人で入るには狭かった。


「あっ……」


 美優は思わず声を漏らした。


「えっ?」


 その声が聞こえたのか、柊哉に問われた。


「何でも……」


 恥ずかしそうに美優は口籠もり、視線を落とす。


(相合傘が終わりなのが残念だ、なんて口がさけても言えないわ)


 落とした視線の先に、閉じた傘の先から、水滴がポタポタと流れ落ち、石段に黒い染みを作っているのが目に入る。何となく凝視してしまう。


「うぁっお!!」


 突然、和人が奇妙な声をあげた。


(えっ?)


 美優は反射的に顔を上げる。そこで美優が目にした物は、水溜まりに両足をいれ、靴をグショグショに濡らし、情けなさそうに自分の足元を見つめる和人の姿だった。

 どうやら、水溜まりを飛び越えようとして、失敗したらしい。


(和人くんって、水難に遭いやすい体質なのかしら)


 “バケツの水事件”を思い出し、自分の事は棚上げでそんな事を思う美優であった。


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