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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
32/56

新任教師

 教室の明かりを灯し確認をすると、思った通り美優と和人の鞄だけが取り残されていた。


(鞄がある――という事は、校内に)


 机上にポツンと置き去りにされた鞄に柊哉は近づきじっと見下ろす。

 綺麗に片付けられ、すぐにでも帰れるようになっている。争った形跡がないので、帰ろうとした時に誰かに呼び出された、そんな所だろう。

 制服姿で一人教室に立つ。時間も遅いので、校内に人影はない。警報機を巧みに避け侵入したのだ。制服なら校内にかけられた警報用の魔法も軽減出来るうえに、万一誰かに会ったとしても言い訳出来る。その為、コソコソせずに教室の電灯も堂々と点けた。


(どこ? どこにいる?)


 神経を尖らせて、美優のオーラを探る。

 寮で試してみたのだが、遠過ぎるせいか感じ取る事が出来なかった。だが校内でも、それは一緒だった。


(やはり、距離のせいではない……か……それなら……)


 美優に関係のある三人が思い浮かぶが、すぐにその中の一人は除外される。


 如月慶だ。


(如月慶の仕業なら、和人まで姿を眩ますのはおかしい。だとしたら、残るは二人)


 如月雪乃と赤い髪の少女。


(前者なら良いが後者だったら――)


 眉根に皺を寄せ、ブツブツと声を洩らす。誰もいない教室で独り言を呟く姿は不気味だ。誰か人が見たら、変に思うだろうが、幸い時間が遅いため、人の気配はない。


 顔を顰め、ボソリと零す。


「だとしたら、厄介だな」


 如月家、いや、十二名家を巻き込む騒ぎとなる。そして、いずれは魔法界をも崩壊させるだろう。

 何はともあれ、今は美優を探しだすのが先決だ。


(美優がダメなら和人は?)


 念のため和人のオーラを探るが此方も不発。

 門限までは、あと一時間もない。急がなくては――


 はやる気持ちを抑えつけ考える事に集中する。


(どうする?  時間もないし、やはり、アレ……しかない……か……)


 正直、あまり気乗りがしないが仕方ない。溜め息を吐きつつ決断する。


 そう、美優とのリンクだ。以前リンクした時に、寮同様に一時的に遮断した状態になっている。それは、彼女自身が望んだ事――力を暴走させた時に直ぐに止めて貰えるようにと。結局あの時以来リンクする事はなかったが……


(場所を特定するには、これしか方法がない。すみません、必要な事以外はなるべく視ないようにしますから)


 心の中で、そう懺悔をしてリンクの準備に取り掛かる。

 自分自身へと意識を集中させる。すると、身体中の神経が沢山の糸になったような感覚に代わる。

 ユラユラと触手のように蠢く糸。その中の純白な糸を取り出す。それはまるで汚れを知らない純粋な美優の心のような糸だ。

 柊哉は、その一本に意識を傾けながら、自分自身にガードをかけた。これで、柊哉の思考や感情は一切閉ざされる。これによって、相手にはリンクされている事を感じさせない。


(あの時はガードをかける余裕がありませんでしたけど)


 ふと、初めて美優にリンクした時の事を思い出していた。


 次第に糸は光を帯びキラキラと輝きを増していく。

 やがて、深い孤独と悲しみが柊哉の中に流れ込んでくる。これは美優の感情だ。


(よし、繋がった)


 それは、ほんの数秒で完了した。一時的に遮断した物を繋ぐのは容易だ。

 堰を切ったように流れ込む美優の記憶と感情が――

 新しい物から古い物へと時を遡るように――

 和人が話した内緒話も全て柊哉には筒抜けになってしまったが、知らないふりをするしかない。

 平均台やボールなでが見えるので体育倉庫だと思うのだが、何分入学して日もまだ浅いので、どこの倉庫かは特定出来ない。

 どんどんと記憶の糸を手繰っていくと「雪乃さんっ、開けて」と薄暗い場所で、焦ったように叫ぶ美優の声が聞こえた。


(犯人は、雪乃か……)


 柊哉は安堵する。どうやら、取り越し苦労だったようだ。

 胸を撫で下ろす柊哉をよそに更に記憶が飛び込んでくる。

 肝心の場所がまだ分からない。柊哉はそのまま続けた。

 雪乃が倉庫に魔法を掛ける。鍵を閉められる。美優の身体が薄暗い倉庫内から明るい外へ――


(裏庭の倉庫か?!)


 柊哉は、そこでリンクを中断させた。

 すぐに次の問題が頭をもたげる。


(如月雪乃の魔法をどう破るか――)


 和人に雪乃の魔法は破れなかった。勿論、柊哉の微々たる魔力は論外。となると、美優の魔力を使うしかないのだが、和人の目の前で、魔法を使えない美優が魔法を使うわけにはいかない。柊哉の能力がばれる可能性もあるのだ。

 苦悩の表情で、柊哉は仕方なく美優から意識を切り離す。


(この力は知られるわけにはいかない。何の為に彼が……)


 悔しそうに唇の端を歪め、そっと美優の鞄に手を置いた。



「何してるの?  こんな時間に?」


 開け放たれた扉から、可愛いらしい女性の声が突如飛び込んできた。反射的に柊哉は声のした方へ振り返る。


 肩まで伸ばした栗毛を内巻きにした、色白の大きい瞳の同年代位の女性が立っていた。その出で立ちは、まるで妖精のように愛くるしい。

 間違いなく初めて見る顔なのに、何故か初めて会う感じがしない。それにリンク中とはいえ、気配を察知させなかった。フェミニンな容姿に騙されてはいけない、ただ者ではないだろう。

 警戒顕に柊哉は尋ねる。


「失礼ですが?」


「怪しい者ではないわ、この学校の教師、3―Aの副担、上樹かみきです」


 柊哉のキツい口調に、気にするようでも無く、穏やかに答える。


(新任の先生にそんな名前の方がいましたね。確か入学式には所要で出席していなかった)


 すでに教師の名前と顔を把握している柊哉だが、さすがに会った事の無い人間までは、分からないのも当然。


(A、Bクラスは、より高度な授業を受けれるように副担までいるのだ。Aクラスの副担ともなると魔法の腕もさながら相当な切れ者。気配を読み取れなかった事も納得がいく。それにしても若く見えるが……)


「すみません、明日提出する課題を忘れて取りに来ました。少しでも勉学に取り組まないと、すぐにでも留年させられそうなもんで」


 苦笑まじりに頭を掻いてみせる。


「あらっ、そうかしら?  貴方、湊君よね?」


 ゆっくりと此方に歩を進め、柊哉の目の前でピタリと止まり、可愛らしく小首を傾げて尋ねる。


「どうして、僕の名を?」


 眼鏡を指で押し上げながら、目を細め探りを入れる。


「入学前から有名よ。この学校初まって以来の筆記試験満点合格者が出たって」


「筆記だけですがね」


 皮肉るように付け足すが、上樹は臆する事が無い。


「本当にそれだけかしら? ……あらっ、もうこんな時間、帰らないと」


 教室の前にある、掛け時計が目に入ったのだろう、後半は殆ど独り事だ。

「湊君も早く帰りなさい」と言い残し、立ち去りかけた上樹だが、ふとその足を止めた。


「……?」


「一つ良い事教えて上げる」


 こちらにクルリと楽しそうに振り返る。


瞬間移動扉テレポドア、あれは空間と空間を直接繋ぐ物なの、周りにどんな障害があっても関係ない。ドアを開ける本人がその場をイメージ出来ればいいのよ」


(?!)


 柊哉の心臓が跳ね上がる。だが、その驚きを決して表には出さない。


(美優の事、気付いているのか?)


「私も昔、ここの寮生だったの。門限に間に合わなかった時、何度かお世話になったわ」


 柊哉の心中など微塵も気付いていない風情で、パチリと大きな瞳でウィンクしながら言った。


(なんだ、寮の話か……それにしても、そんなタイプには見えないが)


 どうみても世間知らずのお嬢様。門限破り、ましてや画策など考えそうにない。


「入学式の時、使ってたでしょ? 万が一、間に合わなかったら、それを使えばいいわ」


「何故、それを?」


 敢えて、二つの意味を込めた聞き方をする。


(どちらの返事を返すのか……)


 じっと見つめる柊哉、その視線を上樹は受け止める。二、三秒の間が空き、不意に掛け時計へと上樹は視線を逸らした。


「あっ!! もう行かないと」


 時間が無い事を思い出したのか「じゃあ、他の先生に見つからないように」と教師らしからぬ発言を残し、足早に立ち去って行った。


(何故、質問に答えなかったのか?  単に時間が無かっただけなのだろうか?)


 上樹の後ろ姿を見送りながら、考える。

 何故、瞬間移動扉テレポドアの能力について教えたのか? 何故、瞬間移動扉テレポドアを使った事を知っていたのか? と敢えて彼女の真意を探る為、二つの意を含む質問をしたのだ。

 普通なら、後半の質問に答えるだろうが、意図して瞬間移動扉テレポドアの能力を教えたのなら、前半の質問にも気付き何らかの反応を示すはずだった。


(だが、彼女は答えなかった。わざとなのか、本当に急いでいたせいなのか?  …………今は、美優を助け出す事が先か……)


 考えに没頭しそうな自分を無理矢理現実へと引き戻す。

 美優と和人の鞄を掴み、ドアへと向かう。そこで電灯を消すため、鞄を一つ小脇に抱え直す。

 昼間の騒がしい教室と違い、机が静かに鎮座している。

 ぐるりと教室内を見回し異常が無いのを確認すると、空いた方の手でパチりとスイッチを切る。


 教室に暗い闇が一気に広まった。


読んで頂き有り難うございました。

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