和人の過去
いつも読んでいただき有難うございます。短めですが更新致します。
「くしゅん」
口元を手で覆い美優は小さくクシャミをした。春とはいえ、やはり夜は肌寒い。しかも今夜は特別だ。
閉じ込められて、既に四時間が過ぎていた。いい加減、話す事も無くなり、会話も途絶える。
倉庫内が静かになると、ポタポタと雨垂れが落ちる音が聞こえて来る。
(雨かしら?)
立ち上がり背伸びをし、美優は小さな窓を覗く。暗くてよく見えないが、どうやら雨が降っているようだ。
(どうりで寒いと思った)
寒さに身を縮めるように自分の身体を抱き締める。頬に触れる髪まで冷たく感じる。
「美優ちゃん」
呼び声に振り返ると、和人がネクタイを緩め、白いワイシャツ姿で立っていた。
「風邪引くと、いけないから」
笑顔で自分の上着を、美優にそっと差し出す。
「でも、和人くんが……」
「大丈夫。暑いくらいだからっ」
左手で自分の顔を扇ぎながら、白い歯を見せてニカッと笑う。まるで無邪気な子供のようだ。
「ほらっ」
片手で急かすように、再度上着を差し出した。美優は躊躇いがちに上着を受け取る。
「……」
美優の動きがピタリと止まる。
和人の指先が、美優の指に触れた。それは和人も気付かない位のほんの一瞬。だが、美優は気付いていた。その指先が氷のように冷たい事に。
上着を抱えた腕にほんのりと暖かい和人の温もりが伝わる。それ以上に和人の暖かい心が美優の心へと届いていた。
「美優ちゃん、遠慮しないで着て。まぁ、汗臭いかもしれないけで、無いよりマシでしょ」
冗談めかす和人に、胸が詰まって言葉が出ない。何を言っても和人は聞かないだろう事は、美優にも分かる。だからこそ好意を受けとる。
(多分、それが私が今出来る恩返しだ)
ゴソゴソと暗闇の中、上着をまさぐり袖へと腕を通し着込む。ずっしりとした重い感覚が肩へとのしかかるが、それと同時に冷えきった体に温かさが浸透する。指まで隠れる程の長い袖、ダボダボの上着はスッポリと美優のお尻まで隠していた。
やはり、男の子の洋服は小柄な美優には大きい。
「和人くん、有難う」
素直にお礼を言うと、和人は照れくさそうに、そっぽを向いた。
自然と美優の目にピアスが目に入る。
(?!)
美優は手の甲で、ゴシゴシと目元を擦る。ピアスが微かに光を放ったように見えたのだ。
「どうしたの? 美優ちゃん」
「ううん、何でもない」
ピアスが自ら光るなんて、あるわけが無い。曖昧な笑みを浮かべる。
(きっと見間違えね)
「和人くんは、何故魔法学校に?」
再び平均台に腰掛けながら、ずっと不思議に思っていた事を尋ねる。外見で判断する訳ではないが、余りにもこの学校には不釣り合いだ。魔法学校には、莫大な入学金と学費がかかる。その為、殆どが一流階級の者か、奨学金が受けられる程の優秀な者のどちらかに限られている。
和人には失礼だが、そのどちらにも当てはまるふうには思えない。
「……そうだよな。俺みたいなのに魔法学校は合わないよな」
「そんなつもりじゃ……」
「いや、いいんだ。本当の事だし……」
美優から少し離れた場所の平均台にそっと腰掛けた。
「親戚を見返してやりたくてさっ」
膝に両手をのせ、うつむき加減で、ポツリポツリと語り出す。
「俺の父さんも母さんも魔力が弱くて、いつも親戚一同から見下されていたんだ。おまけに、なんの才能もなくて何をやっても上手くいかず、親戚達に比べると生活水準も下だった。それでも、俺は優しい父さんと母さんに囲まれて幸せだったんだ」
昔を懐かしむように、和人は穏やかな口調で話していたが、不意に一変した。
「なのに、あいつらが……」
それは憎しみに満ちた声。重く低い声だ。膝に乗せた両手を手が白くなる程、強く強く握り締める。
青白光が、赤い光を交え強く輝く。まるで憎しみの炎のごとく。
美優は怯え、思わず声を上げた。
「……和人くん」
か細く震える声に和人は我に返った。
「ごめん、つい感情的になってしまって」
冷静さを取り戻したのか、明かりが徐々に元の青白光へと戻り、ユラリと揺れる。
美優はいつもと違う和人の一面を見た気がした。
「ある日、親戚の集まりがあったんだ。その席で父さん達は親戚一同に酷い事を言われた。多分、我慢の限界だったろうな。親戚を見返してやろうと、母さんが止めるのも聞かず、借金までして無茶な事業に手を出した……で、思った通り破産。残ったのは多額の借金だけ。毎日来る借金取りに父さんと母さんの心も荒んで、毎日喧嘩する始末。元の生活を取り戻すのに、どうしたら良いか俺なりに考えた。そして出た結論が、奨学金を受けて魔法学校に入学する事。魔法学校を卒業出来れば、将来は約束される。入学出来れば、借金の返済も待ってくれると約束してくれた。まぁ、利息もその分たんまり取られるだろうけどね。それに何より親戚一同の鼻を開かしてやれる。だから、だから、俺はここに来たんだ」
薄暗い倉庫内でも、はっきりと読み取れる程、強い光を瞳に称える。“必ず卒業して見せる”そんな思いがヒシヒシと伝わってくる。
「凄く頑張ったんだね」
魔法学校に入学し、更に奨学金を受ける試験に合格する――血の滲むような努力をして来たのだろう。
尊敬の眼差しで、和人をじっと見つめると戸惑うように視線を反らされた。
(……?)
ほんの一瞬、その瞳に暗い影が宿ったのだが、美優には分からなかった。
「あーあ、らしくない事、話しちまった」
頭の後ろで両腕を組み、突如あっけらかんとした声をあげた。
「ごめんなさい、私ったら」
(私だったら、他人に絶対こんな事話したくはない)
辛い事を思い出させ、人の心に土足で入り込んでしまったのだ。
「いいんだ、美優ちゃんには聞いて貰いたかったから」
申し訳なさそうに謝る美優に、優しく微笑みかけて言った。多分、それも美優の心を軽くする為の和人の優しさだ。
「でも、他の人には内緒にしてもらえないかな? さすがに格好悪いし」
ガリガリと困ったように右手で頭を掻く。
(格好悪い?? それどころか、格好良いのに)
だが、もし自分が和人だったとしても、やはり他人には知られたくないだろう。それを考えると美優に話した事すら不思議に思える。
美優は黙ったまま腰を上げ、和人の前へと移動した。驚いた表情で和人が見上げる。そっと右手の小指を立て美優は差し出した。
「約束します」
「約束……」
瞬時にその行動の意味を理解した和人が、美優の細い小指にひんやりとした小指を絡める。
「ごめん」
「……ご……めん??」
真面目な表情で和人の口から出た言葉は、思いもよらない言葉だった。思わず輪唱する美優の声に和人がハッとする。
「あっ!! 違う、間違えたっ…………あ、ありがとうだ。そう、ありがとうって言おうと思ったんだ。ハハハハハッ」
顕らかに動揺した顔で、小指を放し、両手を横に大きく振り否定した。美優が不信そうに和人を見るが、その視線を避け「それにしても、柊哉遅いなぁ」と話題を変えた。
読んでいただき有難うございました。私的には、和人は好きなキャラです。今回いっぱい登場させられて嬉しいです。




