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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
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事後処理

いつも読んでいただきありがとうございます。何とか四月中に更新出来ました。

 正門のライトの下に残る二つの影。他の四人の姿は闇に包まれ、此処からは確認する事は出来ない。

 誰も居なくなったというのに、孝典は俯いたまま、なかなか口を開こうとはしない。このまま黙っていたら、門限すら過ぎてしまいそうだ。小さく肩をすぼめ、仕方なく柊哉は口火を切った。


「話とは何でしょうか?」


「……」


 一度顔を上げ微かに唇を開きかけたが、直ぐにまた黙り込んでしまった。


 仕方なく、柊哉は暫く黙って待つことにする。柊哉自身、少し脅かし過ぎたと反省していたのだ。

 だが、いつになっても話を切り出す気配すらない。

 業を煮やした柊哉が先に口を開いた。


「すみません、門限があるので、あんまり時間がないのですが……」


 ヒンヤリとした石の門柱に寄りかかり腕時計を確認する。もう、九時半近い。

 その言葉に重たい口をようやく開いた。


「何故、分かったのですか?」


 その声はとても小さな声だった。


(何故……)


「フッ……」


 柊哉は不意に笑い声を漏らした。


「何が可笑しいんですかっ?!」


 みるみる間に顔を赤くし、声を荒げる。

 気分を害したらしい。


「すみません、余りにも素直に白状されたので、つい」


「素直?」


「えぇ、証拠は何もない。事を起こす前でしたし、とぼける事も出来たでしょうに」


「そんな事で貴方を誤魔化せわしない。そうでしょう?」


 此方の様子を伺うように真っ直ぐな瞳を向ける。


(この男、人を見る目は持っている。その場の状況判断も出来ている。彼にないのは自信だ。それなら――)


「賢明な判断です――貴方は、お父様とお祖父様に強いコンプレックスを抱いている。いつか見返してやりたい。そう思っていたのではないですか?」


 石の門柱から体を離す。服を通して感じていた冷たく硬い感触が無くなる。

 孝典は辛そうに唇を噛み締め、黙ったまま何も答えない。

 柊哉は、仕方なくそのまま続ける。


「あの店に行く事にいやに貴方はこだわっていた。そして、気付いたのです。あの店に隠れるように止まっていた黒い車に。あれはセレブの乗る車ではない。そもそも運転していたのは黒いサングラスの男達。いかにも怪しいとしかいえない。貴方が依頼したのでしょうが、依頼先をもっと考えるべきでしたね。力付くでは無く、もっと頭を使って行動出来る相手へと。あの場に相応しい格好で、車を堂々と止めていたのなら気にもしなかったでしょう」


「……報告するのですか?」


 孝典が声を絞りだし問う。強く握り締められた手がプルプルと震え、後悔の念が込められているのが感じ取れる。


(後悔をする位なら、はなから何もしなければいい。中途半端な気持ちで十二名家に手出しなどしてはならない)


 少々苛立ちを覚えつつも、柊哉はその問いに静かに首を横に振った。


「どうしてですかっ?!」


 孝典は大きく目を見開き、思わず声を張り上げた。

 柊哉は無表情で、右手で孝典の方を指差した。

 その指先を追うように孝典は視線を移動する。自分の右手が握り締めている物に――そうそれは執事用のまっさらな手袋。

 孝典の手の中で小刻みに揺れている。


「それは美優の気持ちです。分かりませんか?」


「…………?」


「貴方なら立派な執事になれる。そう思って購入したのです。彼女の期待を裏切らないで欲しい」


 柊哉の言葉が終わらないうちに、孝典の頬を一粒の涙が伝い落ちる。

 サワサワと風が吹き、木の葉が音を立てた。


(これでいい。この先の事を考えると味方は一人でも多い方が良い)


「ありがとうございます。これは本物の執事になれた時に使わせていただきます」


 大事そうに胸元に抱き締め頭を下げる。

「美優に伝えておきますね。あぁ、それから一つだけ貴方を信用してお願いがあるのですが」


「お願い?」


「えぇ、美優の杖の購入先、貴方に紹介していただいたあの店で購入した事にしたいのですが、出来ますよね?」


 有無を言わせぬ、物言いだ。柊哉自身、彼が完璧にその任務を果たせるとは思っていない。それでも、敢えて、柊哉は孝典に依頼した。


「それは美優様の為でしょうか?」


「勿論です」


 柊哉は即答した。孝典は安心し了承する。


「分かりました。手配致します」


「ありがとうございます――後、これは僕からの忠告ですが、貴方は感情を表に出し過ぎます。今回の件もそれで気が付きました」


 優しく微笑みかける柊哉に再度頭を下げる。感謝してもしきれない、そんな様子だ。


「では、失礼します」


 別れの言葉を告げて去る柊哉。孝典はそんな柊哉の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。


(美優に期待されている。そう思うだけで彼の自信に繋がる筈だ)


 孝典の気配を背中に感じつつ柊哉は、そんな事を考えていた。




 寮の灯りが夜闇に浮かび上がる頃、突如静寂が破られる。電話だ。誰からの電話か何となく察しが付く。


(余計な気苦労を彼に与えてしまったか……いや、それも仕事の肥やしになるか)


 一瞬、罪悪感が頭を持ち上げるが、すぐに思い直す。彼には色々な経験が必要だ。


「はい」


 暗い夜道を微かな灯りを頼りに歩きながらスマホを手に取る。


「湊君か?」


 堂々とした威厳のある低い声が耳の奥に広がる。思った通り如月優作だ。

 孝典が報告したのだ。

 連絡までに時間差があったのは、柊哉の頼み事の対策をとっていたせいだろう。


「はい、そうですが」


 素知らぬ顔で応答する。

 孝典にも此れくらいの芸当をやってのける技量があれば、美優を誘拐する事が出来たのかもしれない……だが、万一それを無しえた場合、如月家から多大な報復を受けた事だろう。

 孝典にとって、柊哉にばれたのは運が良かったのだ。そう彼には運がある。そう思ったから、こそ彼に裏工作を頼んだ。運を味方に付けるのは悪くはない。


「今日は、迷惑をかけたね」


「いえ、こちらも有意義な一日になりましたので」


 マリーの顔を思い浮かべ答える。

 彼女(?)に出会えた事は柊哉にとっても十分意味のある一日だったと言える。


「そう言って貰えると少しは心も軽くなる。ところで杖は準備出来たのかね?」


 本当は聞いているだろうに、何も知らない風情で尋ねてくる。


「えぇ。孝典さんに紹介していただいたお店で購入させていただきました。やはり高級店、良いものが揃っていますね」


(彼がどのように話をしたか分からない以上、余計な事は言わない方が良い。これなら、彼に問うだろう)


「すみません、代金の件ですが預かっていたカードを忘れて行きまして、いただいた支度金を充てましたので、申し訳ないのですが僕の口座に振込んで貰えませんか?」


 殆どの代金を杖に充てたので残金が心元ない。


「それは構わないが君が忘れ物?  珍しいな」


「僕も普通の人間ですから」


 苦笑しながら答える柊哉だが、実際本当に忘れた訳ではない。わざと置いてきたのだ。

 カードを使えば購入元がばれる、元より暗黒横丁では足がつく為、カードは使えないのだ。


「今日の報酬と一緒に振込ませよう」


「いえ、報酬は必要ありません」


(要らぬ恩を買うと、いざというとき身動きがとれなくなる)


「それでは、私の気が……」


「では、そちらは預かっておいていただけますか?  必要になったら、取りにお伺いします」


「君もなかなか強情な男だな。分かった、預かっておくよ。取りに来なかったら、卒業後にまとめて精算するさ」


 半ば呆れながら優作が言った。


「そうして下さい」


 卒業なんて、まだ大分先だ。今後どうなるかなんて柊哉自身も分からない。


「悪かったね、疲れている所に」


「いえ」


「では、また」


「はい」


 プツリと電話が途絶え、ツーツーという非通話音が柊哉の耳に残る。

 大方、すぐに孝典に連絡を入れ直すのだろう。聞きたかったであろう情報を全然渡していないのだから――


 そっとスマホを持つ手を下ろした。

 いつの間にか、寮の玄関の目の前まで戻って来ていた。

 無造作にポケットにスマホを突っ込みながら、柊哉は玄関をくぐった。




 ソファーにもたれかかりながら、美優は疲れた足をマッサージする。

 友達と出掛けるのは初めてだった。あちこち歩き回り足が痛い。自分の体力のなさを身を持って痛感する。


(もっと、体力をつけなくては……)


 集中力と精神力を持続するにはそれなりの体力が必要なのだ。

 改めて自分が魔法を使うのに必要な力を何も持っていない事に気付く。

 引きこもりの生活をしていた時は、それすれも気付かず、ただ感情と魔力に引きずられていた。それだけでも十分大きな進歩といえる。


(それにしても今日は楽しかったなぁ)


 昼間の事を思い出し、クスリと笑う。食べ歩きたるものを初めて経験したのだ。家で、あんな事をしたら間違いなく室戸に行儀が悪いと怒られるだろう。


(今日一日で色々な経験が出来た。それに――)


 美優はそっと天井の灯りに右手をかざし見上げる。

 キラリと光る薬指を見やり、顔をとろけさせた。


(何よりも一番嬉しかった事は――)


 締まりのない笑みのまま、その質感を確かめるように左手で優しく触れる。堅く冷たい感触がその指先に残る。

 柊哉がくれた指輪だ。

 深い意味のないプレゼントだという事自体、美優自身、百も承知。

 だが、好きな人がくれた指輪、喜ぶのも当然。

 “指輪”とは、かなりの威力があるのだ。

 そう思った時だった、微かな音色が美優に届く。


(あっ!! 電話……バッグの中に、入れっぱなしだった)


 静かな室内に響く小さな音色。昼間だったら気付かなかったかもしれない。

 バッグは、すでにクローゼットに片付け済みだ。立ち上がるのが億劫で、顔をしかめたが、すぐに思い直す。


(柊哉さんかも??)


 重い腰が意外にも軽くなる。現金なものだと、自分でも苦笑いしながら、立ち上がった。




「もしもし」


「どうした? 元気ないな」


 電話の相手は、父親優作だった。期待して、電話に向かったせいもあり、余計にガッカリしていた。意識した訳ではないが、いつもより、声も一オクターブ低く沈んでいた。


「えっ……少し疲れたせいかしら?」


 まさか、電話相手が優作だったからと言う訳にもいかず、口を濁す。


「そうか、慣れぬ買い物で、気疲れか――すまなかったな。私が忘れなければ」


 適当に誤魔化したのだが、それを素直に受け取った優作に罪悪感を覚え、慌てて否定する。


「お父様のせいでは、ありません」


(おかげで、柊哉さんに指輪を頂けましたし)


 思い出しては、また頬をだらしなく緩ませる。恨むどころか感謝の気持ちで一杯だ。


「……い……は…………のか?」


「えっ?」


 別の事を考えていた為、優作の言葉をうっかり聞き逃す。美優の問いに再度優作は言い直してくれる。


「良い杖は買えたのか?」


「えぇ、勿論です」


「そうか、良かったな。自分に合った杖を探すのは大変だと聞く。さぞや美優も苦労したのだろう?」


 美優の心臓がドキリと高鳴る。杖の話題はなるべく避けたい。

 思わずソファーの上で姿勢を正した。


(確か孝典さんが紹介してくれたお店で買った事にするのよねぇ)


 一瞬の間を空け直ぐに答える。


「孝典さんが良い店を紹介して頂きましたので」


 不自然に見えぬよう冷静な口調を試みる。

 電話の声は平静だが、嘘に慣れていない美優は冷や汗を掻いていた。

 柊哉と離れたくない。

 その一心で嘘を吐く。


「そうか。よくお礼を言っておかなくてはな」


 どうやら、信用してくれたようだ。心の底から電話で良かったっとホッと息を吐く。実際に会っていたら、美優が優作を騙すのは不可能に近い。


「明日も学校だ。今日は早く寝なさい」


 父親らしい優作の言葉に美優の心はブルーになる。


「はい」


(学校行きたくないなぁ)


「おやすみ、美優」


「おやすみなさい」


 電話を切り、目前のテーブルの上に置いた。先程までの浮かれた気分が一気に萎む。


「ハァー」


 大きな溜息を一つ。


(最近、溜息ばかりだなぁ)


 勿論、悪い事ばかりだけではないのだが……


(シャワーでも浴びて寝ようかな)


 気分を変えるように、立ち上がった。






 ――如月邸書斎――


「旦那様、どうでしたか?」


「うん、あぁ」


 黒い執事服に身を包んだ室戸が畏まりながら尋ねた。握り締めていたスマホをテーブルにカタリと置いた。

 広い室内には優作と室戸の二人きり。書斎は屋敷の奥に設置され、人の行き交いもない。ここに入る事が出来るのは主人と執事、そして秘書だけである。

 美優でさえ、この部屋に入る事は禁じられていた。


「どうだろうな、言っている事は湊君と一緒――ただ、少し様子がおかしい」


 のんびりと答える優作はどこか愉しげだ。


「やはり、何かあるのですね。孝典あいつの様子がおかしかったのも、そのせいなのですね」


「さぁな……」


「孝典を締め上げて、白状させましょうか?」


 目を細め鋭い視線を送る。まるで、それに生き甲斐を感じているようにすら見える。


「…………」


 顎に手をあて、考え込む優作。室戸は静かにその回答を待つ。


「イヤ、必要ない。監視している事がばれたくはない。美優には嫌われたくないからな」


 不敵に笑う優作――その顔からはそれが本心からなのか冗談なのか読み取れなかった。

 室戸は優作の言葉にガッカリした表情を浮かべていた。


読んでいただきありがとうございます。評価、感想を頂けるようになるには、難しいと実感する今日このごろです。

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