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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
27/56

喫茶店のマスター

 暗い路地を抜け、美優達、二人は再び魔法通りへと向かっていた。来るときと反対で徐々に路地は明るくなって来る。目をならすのに丁度良い感じだ。

 魔法通りに着くと来た時同様、暗黒横丁に通じる路地の辺りは、やはり閑散としていた。


 ふと気付くと路地の反対側に喫茶店がひっそりと建っている。こんな辺鄙な場所に喫茶店とは余程の物好きとしか思えない。思った通りお客が誰もいなそうだが、店内の明かりが点いているから、多分営業しているのだろう。


「何か飲んで行きましょうか?」


 柊哉に言われて始めてそこで美優は喉がカラカラに渇いている事に気付いた。

 かなり緊張していたようだ。

 緊張を溶くように、ふっと短く息を吐き出して微笑む。


「はい、お願いします」


 その右手の薬指には、クローバーの指輪リングが日光を受け輝いている。




 扉を開け中に入ると頭上に取り付けられているベルがなる。随分と古風な喫茶店だ。カウンターテーブルと小さなテーブルが三席のこじんまりしたお店だ。


「あらぁ〜、いらっしゃいませぇ」


 お店の雰囲気に似つかわしいハスキーな声が二人を出迎えた。その声に違和感を覚え、声の主に目を向ける。

 思わず二人は目を剥いた。ピンクのウェイトレスの服にフリルの白いエプロン、茶色の巻き髪をした女……ではなく男だった。勿論、きちんとお化粧はしているのだが、口元には黒いごま、どうやっても隠せないそのゴツイガタイはどこからどうみても男なのである。

 いわゆるオネェと呼ばれる人種である。


「こんな時間から、お客様なんて珍しい。しかも若い・お・と・こ・なんて〜」


 語尾にハートマークがつきそうな勢いで、くねくねと体をくねらせる。流石の柊哉も戸惑いの表情を見せる。

 そのまま店を出る訳にも行かず、取り敢えずコーヒーを注文し、逃げるように出来るだけ離れた席へと腰掛けた。少々、残念そうな顔を見せる店主マスターだが、すぐに気を取り直したように注文の品に取り掛かる。




暗黒横丁あそこへ行った事は秘密にした方がいいでしょう」


 窓ガラス越しに狭い路地を眺めながら柊哉が口を開いた。ガランとした通りは、とても殺風景だ。

 店内に煎りたてのコーヒーの香りが立ち込め、美優達の元まで届く。凄く美味しそうだ。


「そうですね。エミリちゃん達に言ったら置いて行った事怒られそう」


 エミリが怒っている姿を思い描き、美優はそっと首をすくめた。


「――あの、お父様にも言わない方が?」


「出来ればそうして下さい。危険な場所に連れて行ったとなると、ボディーガード役を解任させられるかもしれない」


 冗談めかして、柊哉が笑う。


(確かにそうかもしれない。お父様には無理矢理私が御願いした訳だし……本当に解任されたら叶わない)


「分かりました」


 美優が難しい顔で頷いた時「失礼します。コーヒーお持ちしました」と御盆を片手にオネェの店主マスターが現れた。

 そのふしくれだった手から想像できない様子で器用におしぼりとコーヒーカップをテーブルの上に次々並べていく。

 何となく会話を憚られ二人は口を閉ざし、店主マスターが立ち去るのを待つ。

 ニコニコと怪しげな笑みを浮かべて、何故かテーブルの脇に店主マスターは立ち尽くした。

 居心地の悪さを感じ美優はゴソゴソと体を動かす。

 黙り込む二人にすかさず店主マスターが「あらぁ、気にせず話を続けて」と、どうぞとばかりに両手を差し出す。


「すみません、そこにいられると話しずらいのですが……」


 柊哉がやんわりと注意する。


「ごめんなさい。久しぶりのお客様だから、つい話しに混ざりたくなって………………マリーこんなんだから、こんな場所にお店も追いやられて……」


 ポケットから、これまたヒラヒラの白いフリルのハンカチを取り出し目元を押さえグズグズと泣き出す。寂しい人なのかもしれない。


「――マリー――」


 柊哉がボソリとその名を呟く。


「あの、マリーさんもどうぞ」


 美優は同情するように隣の席を引く。グスグスと泣くマリーはピタリと泣き止んだ。


「あら、悪いわねぇ」


 全然、悪びれた様子なく腰を振りながら、美優の隣に腰を下ろす。先程まで泣いていたのが嘘のようだ。


「マリーさんって言うんですか?」


「えぇ、そうよ。宜しくね」 


 ニッコリと人懐っこい笑みを浮かべる。


(何だか憎めない人――)


「何故、このような場所で喫茶店を?」


 柊哉が詰問する。

 どうしてそんな事を聞くのか美優には分からない。


「あらぁ、聞いてなかったの?  さっき言ったじゃない。変わり種は弾き出されるって」


 テーブルに可愛らしく頬杖をつき答えるが、体格のせいかその姿もどこか滑稽に見える。


「そうでしたね――そう言う事にしておきましょう」


 指の腹で眼鏡を押上ながら、意味ありげに微笑んだ。柊哉の笑顔にマリーは意味が分からずキョトンとした。

 二の句を告げようと口を開き掛ける柊哉だが、その時スマホが音を上げた。

 ズボンのポケットを弄り、スマホを取り出し画面を確認する。


「野田さんです」


 短くそう告げると、直ぐに電話に出た。どうやらお呼びがかかったらしい。微かにエミリの甲高い声が美優にも届いた。


「すぐ、其方に向かいます」


 電話越しに一言告げ、電話を切る。


「すみません、マリーさんもう行きます」


「えっ、えっ、えっ!! 何、何??」


 話しの途中で、テーブルに二人分のコーヒー代を置き、席を立つ柊哉。美優もそれに従う。

 ただでさえ、エミリ達に無駄足を踏ませているのだ。待たせたら、申し訳ない。

 戸惑うマリーに同情はするものの、今はエミリ達が最優先だ。


「マリーさん、美味しいコーヒーご馳走様でした」


 美優にしては、珍しく早口でお礼を言い、入口で待つ柊哉の元へと駆け寄った。入る時同様、風情あるベルの音が二人を見送る。


「何なの〜〜〜〜??」


 去りぎわマリーの絶叫が店内に悲しく響いているのが微かに聞こえた。多分、今夜は気になって眠れないだろう。

 美優は少しだけ彼女(?)に同情した。




「その杖は先程の高級店で、買った事にしましょう。あそこなら、野田さん達も文句は言わない」


 先を行く柊哉が歩きながら、振り返り言った。


(確かに、あそこなら何も言わないと思う。でも……)


 拒絶する三人の姿を思い出し納得する。だが、直ぐに不安の種が浮かぶ。


「孝典さんは……?」


「心配しなくても、其方は大丈夫」


 柊哉はニコリと微笑んだ。




「遅〜い!! 何処まで行ってたのよ」


 エミリが両腰に手をあてがい、膨れっ面で立っていた。和人と真生も既に集合済みで、先程別れた店の前で待っていた。

 マリーの喫茶店から急いで来たのだが、何分暗黒横丁は人通りから離れた所にあるため、結構な距離がある。

 案の定不機嫌なエミリに美優は素直に謝る。



「まぁ、いいわ。あっちに杖売っているお店あったから――」


「すみません、野田さん。それなら、もう大丈夫です」


 最後まで言わせずに途中で言葉を遮った。


「大丈夫って??」


 ピクリと頬を動かす。


「孝典さんが“最初に連れて行って下さったお店”に行って来ました。やはり“高級店”色々取り揃えてあり、美優に合う杖が見付かりました」


 わざとらしく最初だの高級などを強調する柊哉。おかげでエミリ達、三人は何も言えない。特にエミリの顔は引きつっている。やはり、柊哉の方が一枚上手だ。更に畳み掛けるように続ける。


「せっかく、探して貰ったのにすみません。お詫びに何か奢りますよ。お店の方も空いてきましたし」


「奢り……」


 エミリの瞳がキラリと光る。女の子は奢りという言葉に弱いのだ。


「そうね、歩き疲れたし、そうしましょうか」


「なぁ、俺達も奢ってくれる?」


「勿論です」


「やったぁ」


 弱いのは女の子だけではないようだった。奢りという言葉一言で、三人は一気に上機嫌になっていた。




 美優は隣を歩く柊哉の袖をチョンチョンと引っ張り、見上げる。


「すみません、柊哉さん。私のせいで」


 飲食店を吟味する三人の後ろを歩きながら、美優は小声で謝った。


「いえ、構いませんよ、食事くらい。一番年上ですしね」


 そう言って穏やかに微笑んだ。






 レストランで食事を終え、余った時間はショッピングを十分楽しんだ。

 日も落ち始め辺り一面茜色に染まる頃、美優達は孝典が車を止めた場所に戻って来ていた。昼間に比べ人の数も減っていたが、まだまだ盛ってはいる。

 黒い高級リムジンが夕日の色に染まり、静かに佇み寂しい雰囲気を醸し出していた。どうやら、帰らないで待っていてくれたようだ。

 美優達が近づくとドアが開き孝典が姿を現した。別れた時より、大分顔色も良くなっている。


「待っていて下さったのですね」


 美優が優しく、微笑み掛けた。


「勿論です。ご迷惑をおかけ致しました」


 深々と頭を下げる孝典。もうすっかり、立ち直ったようだ。


「お目当ての物は見付かりましたか?」


 探るような目で此方の様子を伺っているのが美優にも分かる。こうゆう所がまだまだ甘いのだろう。

 柊哉が孝典の視線を遮るように二人の間に割って入った。


「えぇ、無事見付かりました。有難うございました」


 その顔に笑顔を浮かべるが、その瞳は笑ってはいない。孝典は一瞬ビクリと体を震わせた。


「……そ、それは良かったです。では、行きましょうか?」


 それ以上詮索するのを止めたようだ。余程、柊哉が怖いと見える。


(一体、柊哉さんは何をしたのかしら?)


「そうしようぜ。歩き疲れちまった」


「私もー」


 和人達が口々に答え、自分で車のドアを開けて、勝手に乗り込んでいく。美優の足も棒のようになっていたので、皆に続く。柊哉も静かにそれに習う。

 孝典は、その行為に目を丸くする。本来、和人達にはエスコートしてもらう習慣など無いのだから仕方ないのだろう。

 自分の仕事を奪われて、小さく肩を竦め、静かに運転席へと乗り込み、車を発進させた。

 帰りの車内は驚く程静かだった。余程歩きつかれたのか誰も口を開く者はいない。美優にはエンジンの振動すら心地よく思えた。

 疲れのせいか、美優はいつのまにかうとうと眠りに着いていた。





「……優……美優、起きて下さい」


 朦朧とする意識の中、柊哉の優しい声が聞こえる。次第にその声がはっきりと聞こえてくる。


(何だか、とても近くで聞こえる)


 美優は眠い目を擦りながら、ゆっくりと重い目蓋を持ち上げる。


(ここは……?)


 辺りは暗く直ぐに自分が何処にいるのか分からない。次第にその暗さに瞳が慣れ、微かにその場所を確認出来るようになる。


(あぁ、そうだ)


 次第に意識がハッキリし、徐々に思い出す。


(ここは車の中だった)


「着きましたよ」


 ボソリと耳元で柊哉に囁かれ、びっくりして身を正す。いつの間にか柊哉に寄りかかって眠っていたらしい。瞬時に耳まで真っ赤になる。

 出る時はオレンジ色の空だったのが、辺りは闇に覆われている。正門を照らすライトが唯一の灯りだ。エミリ達は車から既に降り、その明かりの中にスポットライトを浴びるように立っている。


「すみませんでした」


「いえ、慣れぬ場所で疲れたのですね」


 クスリと笑う柊哉に美優は恥ずかしそうにはにかむ。


「降りましょうか?  皆が待ってます」




 車の横で五人を見送る孝典に、美優は歩み寄り礼を告げる。


「孝典さん、今日は有難うございます。これ良かったら」


 ガサガサと音をさせ紙袋を恐る恐る差し出した。


「私に……ですか?」


 驚いたように差し出された紙袋に手を伸ばし受け取る。


「開けても宜しいでしょうか?」


 美優はコックリと頷いた。ガザガサと袋を開け、中身を取り出す。


「これは?!」


 孝典の手に握られている物――それは執事用の真っ白な手袋。

 帰り掛けに美優が購入した手袋だ。せめてものお礼とお詫びにと――

 手袋を持つ手に力が込められたのが見て取れる。握られた手袋に僅かだが皺が寄った。


「有難うございます」


 嬉しそうにお礼を言うが、どこかぎこちなさを感じる。

 大切そうに手袋を抱え、不安そうな顔を柊哉に向ける。


「すみません湊さん、少々お話があるのですが……」


「分かりました。美優、和人達と先に戻っていて下さい」


 何の話か既に柊哉には分かっているようだ。


「分かりました」


 二人を残し四人は暗い夜道を寮へと向かった。

読んでいただき有難うございました

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