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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
24/56

カミングアウト

短めですが、何とか今月の更新に間に合いました

「そういえば、私達も何を買いに行くか聞いてなかったのよね」


「あぁ、そうだった。美優ちゃんと出掛けるって言ったら、誰かさんが私もって騒ぎだしたからなっ」


「何よ!! あんただって……『俺も俺も〜』って騒いでたじゃない」


 言い返されてムッとしたエミリが和人の口調を真似して言い返す。


「何だと〜」


「何よ〜」


 二人が一触即発のムードで顔を近付け睨み合う。真ん中に挟まれた真生は迷惑顔で、声を荒げた。


「もう、いい加減にして下さいっ」


 不穏な空気を振りまく二人に、珍しく真生が切れ気味に、静止する。まぁ、真ん中に挟まれて喧嘩されたのではそうなる気持ちが分からなくはないのだが――


「柊哉さんが、いつまでたっても話せないじゃないですか」


 真生の剣幕に押されて、二人は渋々喧嘩を止め押し黙る。

 車内が静まり返り、三人が向かい合って座る柊哉に注目する。

 真生が怖いからではなく、どうやら、二人も柊哉の話に興味があったから、大人しく言う事を聞いたようだ。美優も三人にならい、柊哉の話に黙って耳を傾けた。

 皆の視線を一身に受け、柊哉は苦笑いする。


「そんなに期待する話では、ありませんよ。調達するのは杖です」


「何だ、杖かぁ」


 身を乗り出して聞く体勢をとっていたエミリ達はガッカリしたように、座席に深く座りなおす。三人の身体がフワフワのシートに沈みこむ。


「杖って何ですか??」


 ガッカリする三人の代わりに美優が目をパチクリした。


「エッ、杖知らないの?」


美優の言葉に今度はエミリ達三人が目をパチクリした。


「杖は魔法を発動するのに必要な道具です」


 柊哉がすかさず説明してくれる。


「えっ、でも、お父様は使っていませんでしたが……」


 美優はパチパチと目をしばたたかせ人形のような長い睫毛を上下させる。


「じゃあ、美優のお父さんは、どうやって魔法使ってるの?」


 エミリが青い瞳に光を湛え、興味津々で質問する。


 車は静かに街への道を慣れたように走り続ける。流れる景色に今は誰も注目する者はいない、運転手の孝典以外は――


「…………」


「十二名家に杖は必要ありません」


 答えられない美優に変わり、柊哉が説明し始める。


「杖は魔法の糧です。必ずしも必要ありません」


 柊哉の一言に三人が三様の感想を述べる。


「えっ、そーなの?! 知らなかったぁ」


「物心ついた頃には周りが、皆持ってたから、持つのが当たり前だと思ってました」


「そーだよなぁ……って、あれっ?! でも、杖なしで魔法使う奴見たことないぜ」


 和人は目を点にする。


「そーいえば、私もないかも……」


「私も……」


 和人の疑問に思い出すように考えながら二人も同意する。三人は一度顔を見合せ答えを求めて一斉に柊哉を振り返る。その視線に答えるように話し出す。


「それは、そうでしょう。必要ないと言っても今現在いる魔法使いの中で、杖無くして魔法を使えるのは、十二名家の本家又はそれに類する一族くらいでしょうから……魔法を行使するには、大きく分けて三つの工程が必要になります。まず、第一段階として魔力を集める作業、第二に集めた魔力にイメージを載せる作業、第三にそれを放つ作業。そして、杖は第一と第三段階を補佐する物なんです。魔力とはコントロールしづらいものです。集める時に少しでも集中力が弱まれば散ってしまい、放つ時に精神力が弱まれば暴走します。その危険を減らす為に、普通の魔法使いは魔力の入れ物として杖を使うのです。しかし、十二名家の魔法使いは強い魔力を持ちながらも、それを杖無しで完璧にこなす事が出来るのです。多分、強い集中力と精神力を遺伝的に受け継いでいるのでしょう」


 一気に話し終えた柊哉は最後に自分の考えを一言交え、下がってきた眼鏡を指で押し上げた。


「だから美優ちゃん、杖持ってないんだね」


 柊哉の説明に納得したように真生は無邪気な笑顔を向けた。エミリと和人は何とも言えない表情で美優の様子を伺っている。


「…………」


 美優は唇を引き結び、膝の上で手を強く握り締め俯いた。


「どうしたの? 美優ちゃん」


 急に項垂れた美優を変に思ったのか、真生が問う。


(このまま黙っていても、どのみち実習が始まればすぐに知られてしまう。それなら……)


 下唇を軽く噛む、不安と緊張で唇が渇いていくのを感じる。


「美優ちゃん?」


 真生の呼び声に弾かれたように顔を上げた。心配そうに覗き込む真生の瞳とぶつかる。


「私……魔法が……使えないの」


 間髪を入れずに、口を開く。そうしないと、話せなくなるような気がしたのだ。


「えっ??」


 真生は美優の唐突な告白に何を言われているのか分からずに聞き返した。


「魔法が使えないの……なのに私は魔法学校に」


(ずっと思っていた。魔法が使えないのに魔法学校に通っていいのかと――魔法の試験の際、一度だって私は魔法を使えなかった。受かる訳が無いのだ。お父様のおかげで、きっと受験に合格したのだろう。本来合格する予定であった筈の者を押し退けて、今私はここにいる)


 自分の心にくすぶっていた負の感情が一気に流れ出す。

 エミリと和人も戸惑いをあらわにしていたが、その顔に驚きの表情は何故か見受けられない。

 車内が重々しい空気に包まれる。



「美優、“使えない”じゃない、“操れない”だ」


 重苦しい空気を破り、柊哉が美優を嗜める。


「だから魔法学校ここにいる。それがその証拠です」


「違います。きっとお父様が……」


 震える声で、そうではない事を願いながら、弱々しく否定する。権力、圧力、賄賂そんな言葉が頭に浮かぶ。言葉にするのも憚られるそんな言葉が……

 美優が危惧している事、言葉にしなくても、それは伝わる。気まずそうに、皆、目を逸らす。


 だが、柊哉だけは、違った。


「――それなら、それで良いではないですか」


 真っ直ぐな眼差しを美優に向け、事も無げに言った。


「えっ??」


 そこにいた誰もが驚愕した。

 誰かの力を利用する、柊哉自身は決してそれは悪い事だとは思わないが、流石にそれは口にしない。正義だけでは、この世の中は生きて行けない、しかし、何の苦労も知らずに裕福な生活をしてきた彼女らには、理解出来ないだろう。

 利用出来る物は何でも利用する。そうしないと生きていく事すら出来ない人間がいる事を――

 そう彼女のように――

 彼女の顔を思い出し、ふと顔が陰る。あの夏以来、彼女に会ってはいない。暗い気持ちを振り払うように柊哉は説き伏せる。


「美優、君が立派な魔法使いになればいい。万一、如月さんが裏で手を回していても、それは無意味な事になる。如月さんも学校サイドも決して美優の合格を後押しする事は、口に出してはいないはず。どちらもそれが不利な証拠になる事を知り得ています。あくまでも疑惑は疑惑に過ぎない。美優が無事魔法を使えるようになれば、誰も疑いの目を持ちません。元より実力がをあるのは、誰の目から見ても明らかなのですから。受かるべき力を持って魔法学校に合格した。ただ、それだけです」


「美優ちゃん、考え過ぎだよ。あの名門校が裏口入学なんてやる訳ないぜ」


「そうよ。第一、そんな事する必要が学校側にないわ。露見した時の事を考えたら絶対出来っこない、ねぇ、真生?」


「…………」


「真生?」


「あっ……えぇ、考えすぎ」


 何か考え込んでいたのか、エミリに名を二度呼ばれて真生は慌てて返事をした。


(私の考え過ぎなのだろうか?)


「それに、おかげでこうして美優と同じクラスになれたしね。普通に魔法使えたら、美優絶対Aクラスだろうし」


 パチリと嬉しそうにウィンクする。


「ってか、それってフォローになってなくねえ」


 ボソリと呟く和人に、美優は笑顔で答えた。


「十分、フォローになってます」



 エミリの一言で暗い空気は吹き飛び、一気にその場は和んでいた。

 それを後押しするかのように、柊哉は顎に手を掛け、考え込みながらゆっくりとした口調で言う。


「杖があれば、使えるようになるかもしれませんね……」


 その言葉に美優は目を大きく見開き、次の言葉を待つ。

 暫く沈黙していた柊哉だが、自分の考えに確信を得たのか、顎から手を離し、コックリと一つ頷いた。


「杖は美優の欠点をカバーするのに丁度良い。まぁ、直ぐには無理ですが努力次第で、間違いなく使えます」


 はっきりとした口調で断言する。


(今まで、こんな風に柊哉さんが言って間違っていた事がなかった)


 家庭教師をしてくれた時の柊哉を思い出す。頑張れば出来ると言ってくれた時、確かに努力した時は必ず達成出来ていた。出来なかった時を思い出すと、必ず何処かサボっていた所があった時だ。美優は柊哉の言葉に絶大的な信頼を置いていた。

 柊哉が出来ると言えば努力をすれば必ず出来るのだ。そっと美優は心を落ち着かせるように瞳を閉じた。




「もうすぐ街に着きますが、どちらへ行きますか?」


 話が途切れた所を見計らい孝典が前から声を掛けて来る。いつのまにか、外の景色が高いビルが立ち並ぶ場所へと変わっていた。ここは慶が住む町より先にある街で更に都会だ。


「魔法ショップ通りで降ろして下さい」


「確かにあそこなら魔法関連の色々な物が売っていますね。ただ、暗黒横丁に繋がっておりますので、間違ってもそちらに入りませんように。あそこは柄の悪い人が多いので」


「ご心配ありがとうございます」


「いえ、これも仕事ですから」


 バックミラー越しに柊哉に軽く一礼し、先を急ぐべくアクセルを踏む足に力を入れた。もうすぐ十二時だ。

 美優は、空腹を感じ誤魔化すようにお腹を優しく撫でた。朝は緊張であんまり食事が喉を通らなかった事を思い出していた。


読んでいただきありがとうございます。

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