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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
23/56

室戸の孫

更新、遅くなりすみません

 リリリリリーン……


 けたたましいスマホの着信音で、美優は目覚めた。今日は学校に通い始めてから、初めての休日。

 眠い目を擦りながら半身を起こし、カーテンの隙間から射し込む明かりを頼りに時計を見ると、七時半だ。白いシルクのパジャマが動くたびにサラリと肌に触れ心地よい。

 休みの日くらい、ゆっくり眠らせて欲しいものだと思いつつ、ゆったりした動作でスマホを手に取る。


「!! ……お父様だわ」


 優作の名を確認すると、一気に思考がクリアになる。


(こんな時間に……何かあったのでは?)


 慌てたように通話ボタンを押し、電話に出る。


「もしもし」


 起きたばかりなので、声が擦れる。


「美優、おはよう……もしかして、まだ寝てたのか? 遅刻するぞ」


 声の調子で起きたばかりと気が付いたようだ。能天気な父親の声に、気持ち良く寝ていた所を起こされたのを思い出し、思わず嫌味の一つも言ってしまう。


「遅刻なんてしません。だいたい、今日はお休みの日です」


「休み……おい、駒井今日は何曜日だ?」


 慌てふためく声が電話の向こうから、聞こえてくる。大声で話しているのか、此方まで筒抜けだ。


(駒井さんもいるんだ。もしかしたら、お仕事?)


 今日は、日曜日だ。

 日曜日も仕事なんて、かなり忙しいのだろう。そういえば、優作が勘違いするなんて珍しい。余程、疲れているのだろう。

 優作の事は、嫌いではないのだ。あの言葉が本心だとしても、父親一人で女の子を育てるという事は並々ならぬ苦労が人知れずあったはずだ。何の猜疑心も持たず、父親に愛されているとすら思っていた。

 あの時までは、間違いなく美優は父親が大好きだった。それをそう簡単に嫌いになどなれない、なれるはずがない。


(嫌いになれた方が余程楽なのに……)


 黙り込んだ美優を怒っていると勘違いした優作が謝った。


「悪かったな、今日は日曜だった」


「いえ……」


 シュンとする優作に怒って悪かったと後悔する。美優がここにいれるのも優作が頑張って仕事をしてくれているからだ。喩え、それが優作自身の為であっても……


「今日もお仕事なんですか?」


 美優の質問に「何故だ?」と不思議そうに優作は尋ねた。


「だって駒井さんがいらっしゃるみたいだから……」


「なんだ聞こえてたのか?」


 聞こえてないと思っていたのか、少し照れくさそうに答える。


「えぇ」


「ちょっと立て込んでてな。本当は休みの日くらい会ってやりたいんだが、すまない」


 申し訳なさそうな優作の声。これも演技なのだろうか?


 ――疑い出したら切りがない。


「あぁ、そうだ!! 湊君にも謝っておいてくれ。さっき電話してしまった」


「柊哉さんにも?」


 優作の言葉に美優は顔を曇らせる。


(また、迷惑を掛けてしまった)


「あぁ、室戸が気付いたのだが一つ準備し忘れてた物があってな。本人に合った物の方がいいらしいので、こちらで準備するより、直接買いに言ってもらおうと思って頼んでおいた」


(あった物……?)


「何を?」そう問いかけようとしたのだが、優作は間髪入れずに次の言葉を発する。


「そういえば、慶君とは、もう会ったか? 従兄といっても二人とも年頃、軽はずみな行動は避けた方がいい。変な噂が立ったら、お互いの為に良くないからな」


 ドキッ――


 美優の心臓が跳ね上がる。まるで学校での出来事を知っているかのような発言だ。だが、優作が知っている訳がない。美優が話さない限り、学校側が敢えて話すわけがないのだ。


「そ、そうですね」


 素知らぬ顔を装うが、声がうわずってしまう。


「あぁ、間違えても二人きりで会ったりする事はしない方がいい。誰が見ているか分からん、有る事無い事噂されるだろう」


「はい……」


(昨夜の事を知っている?

……まさか……ね)


「そろそろ仕事に行く時間だ。起こして悪かったな」


「いえ――いってらっしゃい」




「ふぅ」


 電話を切ると美優は小さく息を吐き緊張を溶く。まるで見ていたかのように忠告する優作の言葉に、いつの間にかスマホを持つ手にじっとりと汗を掻いている。


(きっと単なる偶然――)


 そう思った時だった、再びスマホ電話が鳴り響く。

 ビクリと美優は驚いて、肩を竦め、直ぐに電話に出た。


「何か伝え忘れた事でも?」


 優作が言い忘れた事があって掛けなおして来たのだと思ったのだ。


「――誰かと勘違いしているのですか?」


 聞き慣れたその声は優作のものではなかった。


(あっ!!)


 美優は、恥ずかしさに一人赤面する。


「ご、ごめんなさい、お父様だと思って……」


 消えいりそうな声で謝る。電話の向こうでは、テレビだろうか? 天気予報らしき声が微かだが聞こえてくる。


「僕の所にもさっき掛かって来ました」


「すみません、お休みの日なのに朝早く」


「構いませんよ。おかげで寝坊せずにすみました。朝食に間に合います」


 柊哉は、照れくさそうに笑った。食堂は平日も休日も関係なく、毎日同じ時間に開く。但し、休日は普段はない昼食の時間も開くのだ。


(嘘ばっかり――)


 美優は、心の中でそう思う。柊哉が寝坊などというドジをする訳がない。美優に気を使ってくれているのだ。


「美優、如月さんに頼まれた物を今日買いに行きませんか? 来週には、実習が始まりますし」


「お父様に頼まれた物……?」


(慶くんの話になって訊きそびれていた)


「あれっ!! 聞いてないんですか?」


 驚き含んだ声。それは、そうだろう、電話で話したと聞けば何が準備し忘れたのか聞いていると思うのが当然だ。


「えぇ……」


(そういえば、お父様は、何の為に電話を掛けて来たのかしら? これでは、準備し忘れた物の話は口実みたいではないか……)


「…………」


「どうかしました?」


 急に黙り込んだ美優を不思議に思った柊哉が尋ねた。


「何でもないです」


 電話なので柊哉には見えないのに、ついプルプルと思い切りかぶりを振る。


「そうですか……今日は、天気良さそうなので、少し早く出ましょうか? 十時に談話室で待ち合わせで宜しいですか?」


「はい」


「では」


 そう言い残してプツリと電話は切れた。ツーツーツーと言う一定の否通話音が耳に残る。

 美優は、スマホをそのまま耳にあてたまま惚けていた。その耳には、何も届いていない。


「嘘……」


 息を吐くように小さく言葉を漏らし、持っていたスマホをポトリと布団に落とす。スマホが落ちた衝撃で布団の上でバウンドするが美優には、気にする余裕がない。


(柊哉さんと二人でお出掛け)


 興奮を抑えるように手元にあった大き目の枕を抱え、キツく両手で抱き締めた。






 あれからすぐに起きて、自室で軽い朝食を済ませ(緊張で喉を通らなかったのだが)、外出の準備をした。洋服を選ぶのに苦戦して、結局時間ギリギリになってしまった。

 可愛らしいピンクのシュシュで耳の横に一本に髪を結び、自分の全身を前から後ろから姿見でチェックする。


(変じゃないわよね)


 何度も何度も夢中になって鏡を確認をしていたが、はたと気付く。


(やだ、時間……)


 時計に目を走らせると約束の五分前だ。ハンドバックを片手で掴み上げ、慌てて待ち合わせ場所へ向かう。

 エミリと真生には、何も言っていないが問題は無いだろう。何か約束していた訳ではないし、逆に連絡する方がおかしい。それにそんな時間もない。

 そう思って二人の部屋の前を黙って素通りする。


(あっ、そーいえば、何を買いに行くのか聞いてない)


 美優は、初めてそこで自分が目的の品を知らない事に気が付いた。どれだけ自分が舞い上がっていたのか、自覚し苦笑する。


(まぁ、着いたら聞けばいい)


 そう思った時には談話室の前に立っていた。二階から一階だから、すぐに着くのも当然。


(柊哉さん、もう来ているかしら?)


 談話室で一人柊哉を待つのは気が引けるが、もうすぐ十時。すぐに来るだろう。思い切って、ドアを開けるが中には柊哉達の姿以外無かった。

 休日という事もあり、皆どこかに出掛けるか、出掛けない子も部屋でのんびりしているのだろう。


(……あれっ……何で……?)


 キョトンとした顔で達と呼ばれる者の方へ視線を送る。エミリに真生、そして和人だ。和人に視線を移した時、少しだけ口元を綻ばす。元気そうだ。


「美優、遅い〜」


 エミリが立ち上がり、唇を尖らせて文句を言う。

 状況が飲み込めない美優は、困惑顔で助けを求めるように柊哉を見た。その視線を受け止めた柊哉が、ゆっくり立ち上がり美優に近付き他の人には聞こえぬように小声で話す。


「すみません、朝食の時、今日の予定を聞かれたのでつい話してしまって」


 美優には、その時の様子が目に浮かぶようだ。多分、始めにエミリが一緒に行く事を同意させ、それに和人が乗っかり、皆が行くならという形で真生も同行する事になったのだろう。

 いくら柊哉といえども、あのエミリを簡単に断れる訳が無い。


「いえ、構いません」


 そう言っては、みたものの、やはり残念だ。


 柊哉と話をしていると、軽やかな足取りで「私も混ぜて」とエミリが美優に走り寄り、柊哉に聞こえぬよう耳元でコッソリ囁いた。


「お邪魔だったかしら?」


(エッ?? 顔に出てた)


 思わず自分の顔を擦る美優に、それを楽しそうに眺めるエミリ。


「……?」


 柊哉は、不思議そうに二人を見比べていた。




「和人くん、昨日はすみませんでした。具合はどうですか?」


 町までの足は優作が、車を手配してくれたので、五人は校門へと向かっていた。

 今日は柊哉の言う通り、本当に良い天気だ。雲一つない晴天――まさにお出掛け日和というわけだ。


「具合?」


 和人は何を言われているのか分からない、そんな顔で美優を見る。が、その横で柊哉が睨んでいる事に気付き、思い出す。


「あっ、あぁ……具合? 具合はもう大丈夫さっ……あはは……」


 しらじらしく笑って誤魔化すが、美優はその不自然さに気付かずに「そうですか、良かった」と無邪気な笑顔を向けている。

 和人はその笑顔を見て、良心の呵責に陥ったが、今更嘘でしたと言う訳にもいかず、恨みがましい目で柊哉を睨んだ。柊哉は、素知らぬ顔で視線を逸らす。




「ねぇ、あれってリムジンじゃない?」


 校門前に止まる黒塗りの大きな車を指差し、少し前を歩いていたエミリが大声をあげた。


「あっ、本当!!! 私、リジンって初めて」


 隣で真生も珍しく興奮ぎみだ。

 その声に反応した和人も「どれどれ?」と真生達の横に並び、前方を確認して更に大きな叫び声をあげていた。

 真っ黒なリムジンが、美しい光沢を放ち駐車している。


「うわっ〜、すげぇ〜」


 まるで子供のように、その姿リムジンを見た和人がはしゃいでいた。


 自家用車がリムジンの美優にとって、皆が興奮する理由が分からずに、美優が横を歩く柊哉に尋ねる。


「リムジンって珍しいんですか?」


「……まぁ、普通の人にはね」


 柊哉は苦笑した。




「美優お嬢様、お初にお目にかかります」


 車の横に立つ痩身の背の高い男性がうやうやしく頭を下げる。年の頃は柊哉と同じ位だ。その姿は、運転手と言うより、むしろ執事のような出で立ち。真っ白な手袋に、きっちりとした黒服を着込んでいる。

 真っ直ぐに間違いなく美優を捕えるその瞳――


「あの、どうして私が美優だって、分かったんでしょうか?」


 疑問に思い聞いてみる。


「それは、簡単な事ですね。お友達は分かっていらっしゃるみたいですよ」


 曖昧な口調で答える運転手の顔は面長で糸目だ。

 和人がクイズに答えるかのごとく嬉しそうに回答する。


「そんなの簡単だよ、美優ちゃん。どう見たって、この中でお嬢様に見えるのは、美優ちゃんしかいないじゃん」


 三人の女性陣の衣装をグルリと見渡す。

 美優の服装は花柄の薄い黄色の膝丈のワンピース、真生はグレーのチュニックに黒のトレンカとモノトーンの地味な服装、エミリに及んでは赤のチェック模様のロングシャツにデニムのショートパンツで、惜し気もなく生足を披露している。


「確かに……」


 一同納得の解答である。


「変……ですか?」


「いや、変じゃないよ。美優ちゃんらしい服装でよく似合ってるよ」


「あらっ、たまにはこーゆうのもいいんじゃない?」


 スラリとした長い生足をエミリは爪先まで伸ばして見せる。


(うっ!!)


「美優ちゃんが、そんな格好する訳ないだろっ」


 言い返す和人の耳がほんのり赤いのは気のせいだろうか?

 二人のやり取りを初めて見た運転手がクスリと笑う。細い目が一層細く見える。


(あっ!!)


 美優は、その目にどこか見覚えがある気がした。

 皆に注目を浴びている事に気付き運転手は慌てて謝った。


「あぁ、すみません。仲が良さそうで羨ましいと思ったらつい」


『どこがっ?!』


 エミリと和人が同時に叫ぶ。

 驚いたように、一瞬目を見開くが、すぐに弾かれたように笑い出す。どうやら、ツボに入ったらしい。

 美優は、細い目を無くならせて爆笑する運転手の顔をじっと見つめる。


(やっぱり、見た事がある気がする。どこかで会った事があるのかしら?)


 美優の視線に気が付いた運転手が笑うのを止め、目尻の涙をすくいながら怪訝そうに尋ねた。


「どうかされましたか?」


 自分が運転手をジッと監視するように見ていた事に気付き謝った。


「ごめんなさい、何処で会った気がしたので」


 美優の言葉に柊哉が僅かに眉を動かした。


「いえ、ありません」


「でも……」


「多分それは、私が美優お嬢様がよく知っている方の孫だからですよ」


 そう言ってニッコリと見覚えのある笑みを再び浮かべ、考え込む美優に自己紹介をしたのだった。






「すごーい、広ーい、フカフカ〜」


 とばかりに三人は初めて乗ったリムジンに、絶賛の声を上げ座席の上で、その柔らかさを堪能している。

 結局リムジンの運転手は、自己紹介によって、執事の室戸の孫、孝典たかのりだという事が分かった。室戸に頼まれ、わざわざお休みを取り、美優に付き合ってくれたのだ。

 今は、慶くんの家で執事見習いの修行中らしい。室戸家は代々如月家の執事としと仕えている。ちなみに室戸の息子は、叔父、つまり雪乃の家に仕えているそうだ。


孝典たかのりさんは、執事さんなのに、どうしてリムジンの運転出来るんですか?」


 座席の柔らかさを十分に堪能しながら、真生が好奇心ありありで尋ねた。

 その質問に反応するかのように、車はスピードを落とす。


「あぁ、祖父に言われましたので、免許を取りました。執事たるもの万一の時に備えて何でも出来なければならないと」


 前方に真剣な面持ちで、視線を向けたまま答える。余りの真剣さにエミリが冗談のつもりで笑顔で言った。


「免許取り立てだったりして」


「はい、よく分かりましたね」


 エミリの笑顔が瞬時に凍り付く。他の四人もピタリと動きが止まる。何ともいえない重い空気が漂った。


「そんなに身構えなくても大丈夫です。この車は、如月家の車で、衝突しないよう魔法が掛けられていますから、滅多な事では事故りません」


 そう言って、細い目を更に細め笑う。やはり、孫――その笑顔は祖父にソックリだった。

 孝典が黙り込むと同時に、再び車がスピードを上げるのを、流れる景色の早さで美優は感じとった。



(そういえば……)


 これから、何を買いに行くのか、未だに聞いてない事を思い出した。

 町までは、まだ暫く掛かりそうだ。美優は、恥ずかしそうに口を開く。


「あの……そういえば、何を買いに行くんですか?」


「エッ??」


 四人が一斉に声をあげる。孝典だけは、一人静かに運転に集中している。まるで、此方の声など全然耳に入っていないかのようだ。


「すいません、まだ話して無かったですね」


 柊哉は、はにかむように微笑んだ。


今月中に、更新出来るよう頑張ります

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