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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
2/56

それぞれの思惑

 清々しい風が、美優の髪をなびかせる。青い空と緑の木々。そして、溢れるばかりの陽の光に囲まれていた。

 ドアを一歩通り抜けただけなのに、まるで、別世界のようだ。眩しさに、思わず美優は、目を細めた。

 柊哉は、ドアをパタリと閉める。その瞬間、ドアは跡形もなく、消え失せ、目前に、学校同様のお洒落な赤いレンガの建物が広がる。

 どうやら、この建物が寮のようだ。思っていたより、かなり小さい。


(確か三百人入寮出来るのではなかったのかしら。私の思い違い?)


 美優は、首を傾げた。


「空間誇大魔法が掛けられているんだよ。この寮を建てた時に呪文を刻み、魔力を注ぎこむんだ。先程の倉庫にあった物も、全てそうだよ。でも、これだけ大掛かりな物は、相当魔力が強い人でないと建てられない」


 怪訝そうな顔の美優に、柊哉が説明してくれる。美優は、魔法に関する知識は、皆無に等しい。

 魔法を使う事に、かなりの抵抗を覚え、今まで、魔法に関わらないようにしてきたのだ。




 寮の入口を入って、直ぐ左側に受付が設置されていた。受付の小窓には、白髪まじりの痩せた女性が真っ黒な服を纏い座っていた。乱れ一つないまとめ髪、キツネ目の気難しそうな女性は、顔のシワのせいで、かなり老けて見えた。


「今日から、入寮する予定の者ですが……」


 柊哉が、女性に声を掛ける。


「湊さんと如月さんですね。貴方達が最後ですよ」


 淡々とした口調で、チクリと嫌味を言う。その声は、思ったより若い。

 見た目以上に若いのかもしれない。


「すみません。彼女が具合を悪くして、保健室で休ませて頂いてたものですから……」


 女性は、気難しい顔で、美優をギロリと一瞥する。その視線が怖くて、足が竦む。


「そうですか。それでは、部屋で休んだ方がいいですね。荷物は、お部屋に届いています。湊さんが217号室、如月さんが253号室です。左側の階段が男性寮で、右側が女性寮、もちろん異性厳禁。一階は、共同スペースです。こちらが寮内の見取り図と寮規則」


 そう言って、二部冊子を差し出す。受け取った手に、ずっしりとした重みを感じる。


「後で、よく読んで置いて下さい」


(読む……これを……)


 辞書なみの厚さの冊子を手に、美優は、頭が痛くなる思いがした。


「それから、私は寮長の山上やまかみです。何かありましたら、いつでも声を掛けて下さい」


「宜しくお願いします」


 二人は、揃って頭を下げた。






「美優様、大丈夫でしょうか?」


 何とか、会議の時間に間に合い、無事会議を終えた優作に駒井が話しかけた。

 広い社長室内には、優作と駒井の二人だけ。だから、こんな話も出来るのだが。


「あぁ、心配ないだろう。柊哉かれもいる事だしな」


 ドサリと椅子に腰を下ろし、左手でネクタイを緩めながら、優作は答えた。


「本当によろしかったのですか? 柊哉あのかたもご一緒に入学させて?」


「仕方あるまい。美優あれが望んだのだから。彼が一緒でないなら、学校には行かないと……」


「でも、美優様は、あの方に好意を持っております」


「フッ」


 駒井の言葉に優作は、鼻で笑った。


「心配は、いらんよ。あの子は、赤子も同然。歳の近い男が、あの男しか近くにいなかったから、勘違いしているだけの事……あんな無力に近い男に本気な訳がなかろう。学校に行けば、美優に相応しい男は、沢山いる。直ぐに目が醒めるだろう。執事に言って、すでに、手は打たしてある」


 右手を顎に添え、ニヤリと不敵な笑みを漏らした。


「それは、失礼致しました」


 駒井は、優作に深々と頭を下げた。






 ドアを開き、中を見回す。思ったとおり、かなり室内は広かった。外から、見た感じは、六畳一間位しか、無さそうなのに、その十倍は、ありそうだ。


「これは、凄いな」


 柊哉は、一人呟き、そっと、壁に右手を触れ、目を閉じた。意識を集中させる。ビリッと一瞬静電気のような物を感じた後、建物から、柊哉へ魔力が流れる。体中に魔力が駆け巡る。空間を広げる魔法の他に家主を守る魔法、いや、意志が感じられた。

 これが、柊哉の能力の一つ。感知能力。誰が、どのような魔法を使い、どれ位の魔力を使う事が出来るのか、そして、魔法を発動する前に、どのような魔法を行使しているのかを知りえる。


(この寮には、魂が感じられた。作った者の魂か? それとも、長い年月を経て、建物事態が、魂を持ったのか? なかなか、面白そうな題材だ。これも、如月さんのおかげだな)


 楽しそうに口元を緩めた。

 柊哉には、魔法学校に通うだけの財力も能力もない。いや、本当は、能力は、あるのだが、それを誰にも秘密にしている。美優以外の者には……

 如月家、いや、美優が望んだおかげで、今、こうしてここにいる事が出来るのだ。



 ―あれは、半年前の事―


 優作に呼び出され、彼の書斎に行った。珍しく優作は、一人だった。


「呼び出して、すまない柊哉君。実は、美優の事で相談があるんだ……あの子は、今のままでは、危険過ぎる存在」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出した。美優の事と聞き、優作が一人で待っていた理由に納得する。


「わかります」


(確かに、彼女の魔力は危険だ。力が強過ぎる為、彼女自身制御出来ていない。一度暴走してしまったら、彼女の魔力を抑え込むのは、至難の業だろう)


 美優の魔力を体感した、柊哉には、優作の言葉が理解出来る。


「私がいるうちは、いい。何とか止めてあげられる。だが、その先を考えると……」


 一度、言葉を切って、伏し目がちに優作が言う。


「一人では、心細いと言うのだ。君がいれば、学校に行ってもいいと。迷惑を承知でお願いする。君も今年で大学を卒業だし、美優と一緒に魔法学校へ行ってもらえないか。勿論、在学中の学費と生活費は、全部持つ。それに報酬も……仕事と思って、引き受けてもらえないか?」


 そう言って、優作は、柊哉に頭を下げた。


(確かに、このまま家に閉じこもったままで、良いわけはない。僕は、彼女と約束をした。力を貸すと……それに……)


 頭を下げ続ける、優作に視線を移す。

 大きく息を吸い、柊哉は、迷う事なく、一言、言葉を発する。


「分かりました」


 優作は、ホッとしたように顔をあげた。


「引き受けてくれるか?」


「はい、但し、報酬は、必要ありません。学費と生活費、それだけで充分です」


「そんな遠慮はせずに……」


「いえ、いりません。魔法学校を卒業出来れば、将来は約束されたも同じです。学費と生活費でも、充分お釣りが来ますから」


 そう言って、柊哉は微笑んだ。


「欲のない男だな、君は。どうか、あの娘の力になってあげてくれ」


「はい」


(彼女を助けてあげなければ)


 それは、優作に頼まれたからなのか、彼女との約束を守る為なのか、はたまた、柊哉自身が助けたいと思ったからなのか、この時の柊哉には、分からなかった。


 物思いに耽る柊哉。

 部屋の片隅に置かれている荷物に、ふと目がいった。


(時間は、まだ沢山ある。とりあえず部屋の片付けが先ですね)


 壁から、柊哉は、右手を離す。

 少ない荷物といっても、人が一人生活するのだがら、それなりの量だ。

 殺風景な部屋を見回し言った。


「それにしても、僕には広すぎる部屋ですね」




「凄い……」


 部屋に入るなり、美優は、驚いた。


(これが、魔法の力)


 実際のスペースより、かなり広くなっていた。

 改めて、美優は、魔法の凄さを実感した。

 ゆっくりと部屋の中へ歩を進める。美優の荷物は、既にお手伝いさんによって、全て片付けられていた。1LDKの部屋は、美優の部屋と比べても、殆ど遜色ない。

 気が張り詰めていたせいか、今日は、かなり疲れた。

 はしたないと思いつつも、ヨロヨロと制服姿のまま、ベッドに転がりこんだ。ゴロリと横になり、天井を仰ぎみる。しみ一つない、真っ白な天井だ。


(また、迷惑掛けてしまった)


 美優は、ぼんやり考えていた。


(多分、これから先も沢山迷惑を掛けてしまうだろう。それでも、柊哉さんと一緒にいたい)


 瞳を閉じて、思い出す。9ヶ月前の出来事を。




 夏の始まり―


 この日、この年、初めての夕立が、やって来た。

 雷鳴の轟が鳴り響く。

 まるで、頭上で鳴っているかのごとく、聞こえてくる。

 それでも、美優の心は、浮かれていた。

 久しぶりに優作が、早く帰宅したので、一緒に夕食が摂れるのだ。そして、夕立で帰れなくなった、家庭教師の柊哉も一緒。

 いつもは、一人なので、美優は、嬉しかった。

 夕食の準備が出来、既に柊哉は、席に着いている。

 水色のワンピースの裾を翻し、足早に書斎へ向かう。優作を呼びに。

 書斎の前に到着した美優は、ノックをしようとドアに手を近付けた。


「で、調査の方はどうだ」


「はい、順調に進んでいます」


 中から、話声が聞こえてきた。


(駒井さん……)


 声を聞いて、直ぐに分かった。秘書の駒井が来ているようだ。

 仕事の話しを邪魔しては、いけないと思い、美優はその場を後にしようとした。


「そうか。美優に、相応しい魔力の持ち主は見付かりそうか?」


(……私に相応しい……? 一体、何の話しをしているのかしら)


 自分の事を話していると気付いた美優は、思わず聞き耳を立てる。


「はい、何名かいらっしゃいます」


「後で資料を頼む」


「かしこまりました」


(資料……何で……駒井さんが……?)


 二人の会話が、美優には、よく理解出来ないが、どうやら仕事の話ではないようだ。


「美優には、今まで、苦労させられたのだから、少しは、私の役にも立ってもらわないとな」


 思ってもいない言葉が、優作の口から出る。美優は、我が耳を疑った。


(……苦労……役に立つ……)


 優作の言葉に、茫然となる。まるで夢の中の出来事のようだ。


(何、何を言っているの)


 すぐには、信じられない。

 そして、別のもう一人の声。


「そうですね。強い能力者を産むには、良い種馬が必要ですから」


 執事の声まで、聞こえる。


(室戸さんまで)


 美優は、目を大きく見開いた。

 室戸佐助むろとさすけは、如月家に長年仕える執事。年齢は、かなりいっているが頼りになる。

 母親がいない美優を、小さい頃から、時に優しく、時に厳しく面倒を見てくれた。忙しい優作に代わり、美優を育てたと言っても過言ではない。

 先程まで、頭上で鳴り響いていた雷鳴が、まるで、遠くに聞こえる。

 どうやら、美優の結婚話をしているようだ。


「私が選んだ、相手を好きになってくれれば、良いが……まぁ、ダメなら無理にでも、させるがな。所詮、あの娘は、捨て駒。それしか利用価値がない」


(……捨て……駒……)


 優作の言葉を、頭の中でリピートする。美優は、フラリとドアから離れる。

 まるで、クラゲのようにユラユラと廊下を歩く。


(捨て駒……お父様にとって……私は……ただの道具だったの……)


 優しかった優作の笑顔が脳裏に浮かぶ。いつも、見守ってくれた、室戸のしわくちゃな顔も。


(皆、演技だったの)


 フルフルと唇が震える。

 悲しいのに、何故か涙が出てこない。

 苦労……役立たず……捨て駒……利用価値……優作の言葉が、頭の中をぐるぐる回る。

 美優は、いつのまにか食堂の前まで、戻っていた。


(私は、今まで誰にも愛されていなかった。それどころか、迷惑だった……)


お母様は、私の力のせいで、私を捨てたんですもの。お父様や室戸さんだって……仕方なく私を育てたに決まっていた……何故、気付かなかったのかしら……私が……魔力を暴走させるから……だから…………こんな…私が…い・な・く・な・れ・ば・い・い)


 突如、室内だというのに、激しい吹雪が巻き起こる。


ゴオオオォォォォォ−

 

凄まじい風。

 一気に室内が氷点下まで、下がる。

 風に押されて、食堂のドアがバタバタと開く。テーブルの上の食事も飛ばされメチャメチャ。


「キャー」


 食事を運んでいた、若いお手伝いさんが、柊哉の近くで、悲鳴をあげ、しゃがみ込む。風が強過ぎて、立っていられないのだ。柊哉も腰を落として、低い姿勢をとる。一枚のお皿が宙に舞い、お手伝いさんの元へ飛んで行く。

 咄嗟に、柊哉がお手伝いさんの前に出て庇った。右肩に鈍い痛みを感じ、一瞬、顔を歪める。柊哉に当たり、お皿は、床に落ち砕ける。

 お手伝いさんは、白い息を吐きながら、ガタガタと震えている。どうやら、柊哉が庇ったおかげで、怪我はなさそうだ。シャンデリアがガチャガチャと音を立て、今にも落ちそうだ。

 キッチンから、料理長が飛び出し、廊下を走り去る。優作を呼びに行くようだ。

 美優の髪は、乱れ、スカートを風が煽る。


「如月さん、止めるんだ」


柊哉は、叫んだ。その声は、轟音で届かない。もし、届いたとしても、美優には、聞こえなかっただろう。


 美優の瞳は、何も見ていなかった。美優自身、この時の事は、覚えていない。

 ただ、自分がいなくなれば、そう思っていた事だけは、はっきりと覚えている。

 美優の感情に左右されるように、氷の潰手が次々と美優に襲い掛かる。ナイフのように尖った部分によって、美優の肌は見る見る傷だらけ。

 ワンピースもあちこち切れ、美優の鮮血によって赤く染まる。

 痛みを感じる様子もない。


「止めるんだ」


 柊哉は、傷だらけの美優に、なんとか近付き守るように、抱き締めた。

 氷の潰手が、美優共々、柊哉にも、襲い掛かる。

 頬は切れ、腕も、足も血にまみれる。


(私なんか、消えてしまえばいい……)


 一瞬、美優の感情が見える。


「いけない」


 柊哉は、焦った声を上げる。

 長い氷の剣が美優の後ろ、つまり、柊哉の目の前に作り出される。

 あんな物に突き刺されたら、間違いなく、二人の命はない。そう思った瞬間、剣は、こちらに向かって襲い掛かって来た。

 迷わず、柊哉は、自分の力を発動する。


 一瞬の静寂。

 氷の剣は、どさりと落ち砕け散る。それを口火に次々と氷の粒も……

 いつしか、風も止み、温度も元通り。床は、びっしょり濡れていた。


 ドサリ―


 美優の力が抜け、崩れ落ちる。

 柊哉は、真綿で包むように、そっと抱き止めた。少しでも、力をいれたら、壊れてしまいそうだ。


(こんな、華奢な体のどこに、あんな力があるのだろう)


 柊哉は、思った。


「如月さん」


 呼び掛ける。反応がない。


「如月さん、如月さん」


 両肩を掴み、ガクガクと揺さ振る。

 瞳は、開けているものの、美優の瞳は、何も映していない。


(このままだと、不味いな。美優の心は壊れてしまう)


 柊哉は、再び、自分の力を発動させる。

 柊哉の力―

 それは、リンクの力。

 相手と自分を繋いで、心と能力を、自由自在に操る。

 まるで自分のもののように―

 自分に意識を向けている相手には、誰にでも、触れずに発動出来る。但し、今回のように、こちらに意識を向けていない者には、触れないと発動出来ない。また、相手の能力によって、相手に気付かれずに、リンクする事も可能なのだ。

 柊哉は、誰にも自分の能力を、知られたくなかった。魔法を使えない柊哉だが、この力を使えば、誰にも負ける事はない。魔法を使う相手は、必ず柊哉に、意識を向ける。類い稀な感知能力を持つ、柊哉にこそ、この力は、上手くいかされるのだ。


(この力が、如月さんにばれてしまうが仕方がない。直接、話しかけるしか、彼女を救う方法が思いつかない)


 真っ暗な闇の中で、美優は、引きずられるような負の力に、衝動のまま、力を行使していた。突然、一瞬だけ誰かの気配を感じた。その気配は、美優がよく知っている者のように思えた。

 その刹那、美優の力が、消えていくのを感じた。無理矢理、押さえこまれたのとは、違う。誰か、別の人間が操っているかのように……

 だが、そんな事は、美優には、どうでも良かった。


(このまま、もう誰にも会いたくない)


 小さな子供のように、膝を抱え丸くなる。その膝に顔を埋めた。


 どれ位経ったのだろうか?

 ほんの一瞬のようにも、長い時間経っているようにも感じられた。


「……さん、如月さん」


 遠くから、誰かに名前を呼ばれる。

 顔をあげ、辺りを見回す。その声は、徐々に近付き、目の前にボンヤリ人影が浮かび上がる。次第に、その姿が、はっきり映し出される。


「柊哉さん……」


 美優は、驚きで、目を丸くした。

 ここは、他人が来れる場所ではない。美優の心の中なのだから……


「如月さん、迎えに来たよ。戻ろう」


 優しい微笑みを、柊哉は向けた。

 美優は、ゆっくり、かぶりを振る。


「戻りません。……いえ、戻れません」


 かすれる声で、そう答える。


「どうして?」


「戻っても、皆に迷惑を掛けるだけです。お母様、お父様、私の周りにいる全ての人に……それなら、このまま……」


「君は、まだ何もしてないじゃないか」


 柊哉が、珍しく強い口調で美優の言葉を遮った。


「えっ……」


 思わぬ、柊哉の言葉に問い返す。


「君は、まだ何の努力もしていない。それに、君の周りの人達に、君自身が何かしてあげた事があるのか? してもらってばかりでは、迷惑に思われるのは、当然だよ」


 確かに、一度もない。それどころか、面倒を見て貰うのは、当然だとすら思っていた。


「僕が力を貸す。僕なら、君を止められる」


 その言葉にはっとして、柊哉を見た。


「やはり、先程は、先生が……」


 黙って、柊哉は頷た。

 薄々は、感じていたものの、はっきり聞くまでは確信出来なかった。 

(でも……)


「信用出来ない?」


 美優が思った事を柊哉が口に出す。なんとなく、柊哉の持つ力が、分かった。

 多分、今の柊哉には、美優の記憶や感情は、筒抜けなのだろう。


 柊哉は、美優の右手を取り、自分の胸元に当てた。


 走馬灯のように、映像と感情が美優の中に、流れ込んでくる。これは、柊哉かれの記憶なのだろう。

 彼もまた、自分の能力のせいで、家族を失い、その力を隠す為、別人として生きている事を知った。柊哉の悲しみ、そして、辛さも……本気で、美優を救おうとしている事も……


(先生は、本気だ。本気で私の事を心配している)


 柊哉の本心を知り、美優は、そっと胸元から手を離した。


(これ以上は、見る必要がない)


 柊哉の全てを知るのが、なんだか怖かった。


(……えっ、何?)


 離す瞬間、ほんの一瞬だが、美優は、違和感を覚えた。


「如月さん、どうかした?」


 美優の様子をおかしいのに気付き、柊哉が問う。


「いえ、何でもありません」


 ほんの一瞬だったので、柊哉は、美優の違和感に気付かなかったようだ。


「さぁ、戻ろう」


 柊哉が美優に手を差し出す。美優は、その手を取った。



 美優は、ベッドから体を起こした。


(それにしても、あの時の違和感は、なんだったのかしら。柊哉さんの中に、別の存在を感じたような気がしたんだけど……)


 気のせいだったのだろう。美優は、そう結論付けたのだが、何となく、時折思い出す。多分、自分自身、納得がいっていないのだ。


 両手で、美優は、自分の頬を二度叩く。気合いをいれるように。美優は、あの時以来、本気で柊哉を好きになった。


(とにかく、私は、柊哉さんが好き。柊哉さんに、私の事を好きになってもらえるように努力する。だからこそ、お父様の思い通りには、絶対ならない。そして、柊哉さんとの事を認めてもらえるよう頑張る。これが、最後のチャンス……卒業したら、もう柊哉さんには、会えなくなる事くらい私にだってわかる) 


 美優は、決意を固め、今までにない、強い瞳で、前を見つめた。



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