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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
18/56

水も滴る

もっと、早く更新出来たのですが、色々あって遅くなりました

(お母様の事、慶くんに聞けなかったなぁ)


 炎は休み時間の度に、美優の教室まで、わざわざ足を運んでいた。片時も離れずに側にいるので、電話すらする事が出来なかった。母親の事は、誰にも聞かれたく無かったのだ。

 短い休憩時間くらい、教室から出ないからと断ろうとしたのだが、何かあったら教頭に顔向け出来ないと言われ、断りきれなかった。自分の事を思って来てくれていたのだから……




 帰りのホームルームも終わり、これから清掃の時間。本来名門校ともなると、業者を入れて生徒に掃除などさせないのだが、魔法学校は違っていた。部外者を校内に入れない為、生徒自らが掃除を行う。

 掃除場所は、座席の列ごとに決まっていた。窓際と窓際から二番目の列は今週は教室と廊下だ。


「全く、高い授業料払ってるんだから、掃除なんて業者に頼めばいいのよ」


 雑巾、片手にエミリが不服そうな声を上げる。エミリでさえ、こうなのだからAクラスの優等生など益々不満に思っているだろう。


「仕方ないと思います。魔法学校ここには、それだけ敵がいるという事。まだ魔法使いとしても、人間としても未熟な我々を利用しようという者も多いでしょう。そんな人達から、この大人数を守るには、この学校の場所、作りを見ても分かるように、慎重に慎重を重ねないと……特に十二名家のお子さんを預かっているのです。下手をしたら、国を滅ぼす事にすらなりかねないでしょう」


 柊哉がエミリを諭しながら、手際良くモップで床を拭いていく。

 真生は少し離れた場所の窓を真剣な顔で眺め、汚れ一つ残さぬように丁寧にふき取っていた。



「如月さん、和人くん、廊下もお願い」


 入口付近で、モップを掛けていた香が二人に指示を飛ばす。


「あっ、はい」


 柊哉達の側で話を聞いていた美優は、ホウキを持って慌てて廊下に出る。

 担当エリアは自分の教室の前の廊下だ。

 他のクラスの子達は、既に掃き始めている。美優も廊下の端から床を掃き始めた。






「美優ちゃんっ?!」


 教室のゴミを取り終えた和人が慌てて教室から飛び出る。

 焦った和人の呼び声で、美優が何事かと振り返ると、二人組の少女が、こちらにバケツを振りかざすのが見えた。


(あっ……!!)


 咄嗟に腕を持ち上げ、顔を庇い硬く目をつぶる。

 こんな事で水が防げるわけがないというのは、分かっているのにー


 ――バシャッ――


 辺りに水が飛び散る音。


(あ……れ……?)


 かかるはずの水が、かからない。美優は恐る恐る瞼を持ち上げ、目を開いた。


(エッ……)


 大きく目を見開き固まる。

 目の前には、びしょ濡れになった和人の姿。


「か、和人くん……!!」


 美優は、驚きで擦れる声で名を呼んだ。一瞬早く気が付いた和人が自分の体をバケツと美優の間に滑りこませたのだ。


「ごめん、美優ちゃん。ちょっと濡れちゃったね」


 茶髪の髪からポタポタと水の滴を落としながら謝る。余りの事に美優は、口を開くが言葉が出ない。

 和人の体をすり抜けて、飛んできた水しぶきでスカートの裾と腕が少し濡れていた。




 水をかけた少女二人も、思いもよらない人物が濡れている事に茫然自失となっている。いつの間にか、ギャラリーが取り巻いている。



「ご、ごめんなさい」


 今にも泣きそうな顔で、美優が震える声で謝る。床には大きな水溜まりが出来、そこに和人の体から、水がしたたり落ち小さな波紋を広げる。


「何で、美優ちゃんが謝るのさ? 彼女達は俺が余りにも格好良過ぎて水も滴る良い男が見たくなったのさ。だから、俺のせい」


 親指で自分を指差し、冗談めかしてニカッと笑う。その声で我に返った二人。

 すぐに状況を飲み込む。


「ばっかじゃないの」


 邪魔をされ怖い顔で和人を睨み付け、人集りの中へと逃げるように消えて行った。美優の体は小刻みに震える。自分のせいで、自分以外の人間が傷つけられるのはこんなに辛いものなのだ。


「本当っ、バカよね」


 騒ぎに気付いて教室から出て来たエミリの一声がこれだった。

 びしょ濡れの和人と美優を見て、瞬時に何があったのか理解する。そして、二人組の女生徒達との会話を耳にしていたのだ。その辛辣な言葉とは、裏腹に心配そうな瞳で、和人を見つめる。


「和人くん、大丈夫?」


 真生も心配そうに尋ねた。


「全く酷い事するわねっ。明らかに如月さん狙ってたわ。それにしても和人君凄い、あんな一瞬で判断出来るなんて……あーぁ、私も庇って貰いたい」


 入り口付近で、一部始終目撃していた香が胸の前で指を組み、うっとりしたように言う。

 最後の言葉は、心の声をつい言葉に出してしまったようだ。皆の白い目に感づいて、ばつが悪そうに頬をポリポリと掻き誤魔化す。


「和人、悪いがこれ以上騒ぎが大きくなる前に、教室に入ってもらえないか。美優も……」


「あぁ」


 和人が頷き濡れた制服のまま、とりあえず教室に入る。ポタポタと和人が歩いた床に、道しるべの如く水滴を落としていた。


「野田さん、悪いけど保健室でタオルをもらって来てくれないか? 勿論、理由は話さないで……」


「分かった」


 エミリが返事もそぞろに脱兎の如く駆け出して行く。和人はガチガチと体を震わせていた。まだ、四月――流石に濡れた体は徐々に熱を奪い寒い。


「大谷さんと中山さんは、廊下を拭いて貰えないか。他の人達は、とりあえず掃除を続けて下さい」


 そう言って、モップを持っていない真生に自分が持っていたモップを差し出す。和人と美優が立っていた辺りに、大きな水溜まりが出来ていた。

 持っていた雑巾を近くの机に置き、黙ってモップを受け取り、早々に廊下へ出ていく。

 出来るだけ早く痕跡を消す為に――


「僕は、葉月さんに着替えを借りに行って来ます。葉月さんなら部活用のジャージとか持ってそうなので」


 そう言い残し、教室の入口へ駆け出す。その後ろ姿に向けて美優は大きな声を出した。

「柊哉さん、私は? ……私はどうしたらいいですか?」


 今にも泣き出してしまいそうなのを必死で堪えていた。


「ここで、待ってて下さい。美優が動けば、また騒ぎが起こるかもしれません」


 きっぱりと言い切る柊哉。


「でも……」


 大人しく待つ事なんて、出来なかった。自分のせいで和人を酷い目にあわせてしまったのだ。有無を言わせない柊哉の態度に美優は戸惑う。


(私のせいでこんな目に合わせてしまったのだから、和人くんに何かしてあげたい)


「ハッ、ハックション――」


 盛大なくしゃみを一つ。


「いいから、待ってて下さい」


 和人のくしゃみに弾かれたように、柊哉は廊下へ飛び出るが、何かに気付いたように入口へ戻る。


「コレッ、着ててもらって下さい」


 自分のブレザーをするりと脱ぎ、美優に向けてそれを放る。反射的にそれをキャッチした。

 美優が受け取ったのを確認すると、直ぐに走り出した。美優は黙って見送る事しか出来なかった。


「和人くん、これっ、着て下さい」


 柊哉から受け取った上着を差し出した。ハラリと美優の腕からブレザーの袖がこぼれる。


「ありがと」


 お礼を言って、自分の着ている濡れたブレザーを脱ぎ捨て、美優の手から柊哉のブレザーを受け取り、肩に羽織る。


「うわっ、温けぇ〜」


 そんなに温かいとは思わないのだが、和人は大袈裟に歓喜する。多分、美優の罪悪感を少しでも減らそうとしてくれているのだ。

 和人の優しさが、美優の心に響く。


「和人くん、すみませんでした」


 美優は、深く頭を下げると、長い髪が美優の顔を隠す。


「だから、なんで謝るのさ。顔上げてくれないか。俺が勝手に飛び出したんだ。だから、美優ちゃんが責任感じる必要ない。……それに、これで掃除サボれそうだし。面倒なんだよね、掃除」


 美優達を気にしつつ掃除を続ける残りのメンバーをはた目に、最後は美優にだけ聞こえる小声で囁いた。

 冗談なのか、本気なのか、よく分からない人である。

 美優は思わず頬を緩めた。



「ほら、持って来てあげたわよ」


 一番近い保健室に行っていたエミリが戻って来た。

 平静を装っているが、その息は荒い。もうダッシュで取って来てくれたようだ。

 真っ白なフカフカしたタオルを和人の頭に乱暴に放り投げるふりをする。本当は、きちんと和人に届くよう計算して投げているのに。


「おぅ、わりぃーな、ありがと」

 お礼を言い、そのままガシガシと濡れた頭を拭いた。その表情はタオルで見えない。


「べ、別にあんたの為じゃないわよ。あんたが風邪引いたら、美優が気に病むと思ったから……」


 窓の外を眺め、怒っているのか不機嫌そうな声。


「エミリちゃん、ありがとうございました」


 そっぽを向く、エミリの頬がほんのり赤く染まっているのに美優は気付いた。どうやら、いつもは喧嘩ごしの和人にお礼を言われ、照れているだけのようだ。


「エミリちゃん、もしかして照れてる?」


「ち、違うわよっ」


 益々顔を赤らめ、必至で否定するエミリ。

 周りのクラスメイトの背中が少し揺れているのは気のせいか?




「あれっ、野田さん顔が赤いわよ」


「あっ、本当だ。エミリちゃん、具合悪いの?」


 何も知らない真生と香が、床の掃除を終え、教室に戻ってきた。

 二人の言葉に掃除をしていた生徒達が我慢できなくなり、思わず吹き出した。美優とエミリのやり取りを聞いていたらしい。

 そんな生徒達につられるように、美優と和人も笑い出す。


「えっ、何、何、どうしたのよ」


 キョトンとして香が尋ねる。


「なっ、何でもないわよ!!」


 焦って応えるエミリの姿に、笑いが爆笑に代わっていた。




「楽しそうですね……?」


 不思議そうな顔で柊哉がガラリとドアを開けて、入って来る。その後ろには、炎の姿もあった。


「何かあったのか? 廊下まで、笑い声が聞こえていたぞ」


 炎は右手に黒いジャージを持っている。

 クラスメイトが水を掛けられたと言うのは嘘なのかと思う程和やかな雰囲気だった。


「あっ、何でもないです」


 頬を赤らめたまま、エミリはかぶりを振って全力で否定した。






「すみません、助かりました」


 ダボダボのジャージを着た和人が頭を下げる。

 体格の良い炎の服は、細い和人には大きい。袖口とズボンの裾を折り畳んでいる。


「和人君、かわいい」


 香が一人事のように呟いたが、皆聞こえないフリをした。


「それにしても、古典的な嫌がらせですね」


 子供騙しの嫌がらせに、柊哉は、苦笑する。


「校内で魔法の行使は授業と部活以外は禁じられているからな。勿論、寮も校内。それを破って見付かった時の罰則は重い。良くても停学、悪くて退学処分。苦労して入った学校をそう易々と退学はしたくないだろう。まぁ、それでもカッとなって使ってしまう者もいるが。その為に我々風紀委員がいるのだからな」


 淡々と説明する炎の言葉。確かに魔法を使う事が許されたら、学校は無法地帯になってしまうだろう。


「だから、風紀委員は指名制なのですね。力が強い者でないと、抑え込めませんからね」


「まぁ、そういう事だな」


 柊哉の言葉に炎は頷く。


(風紀委員は指名制。それは優秀な者の集まりという事。その委員長をやってるって事は葉月さんって凄い人なんだ)


 改めて美優は尊敬の念で炎を見つめた。


「ここにいる少女達は、殆ど名門のお嬢様。大した事はしないだろう」


 炎が安心させるように、美優に向かって言った。


「本当に、そうだといいのですが」


 柊哉は、イマイチ心配そうだ。


「心配症だな、湊君は。その為に俺達がついてるんだろう。如月さんを庇ってもらって、君には感謝しているよ。えっと……」


 柊哉から和人の方を向き直り、言葉を詰まらせる。何度か顔を会わせているが、特に自己紹介をしていなかった。

 今朝、初めて会ったときにエミリのお陰で、何となくうやむやになってしまい、その後、機会を失っていたのだ。


「二ノ宮です」


「二ノ宮…!!」


「葉月さんに感謝されるような事はしてません。俺がそうしたかっただけですから」


 炎が言葉を続けるより早く、和人が先に口を開いた。その言葉の先を言わせないように。


「そのようだね」


 炎は一言だけ呟き、それ以上は何も言わなかった。


(葉月さん、和人くんの事、知っているのかしら?)


 不自然な葉月と和人の様子に、美優は不思議に思ったが、なんとなく訊ねてはいけないような気がした。



「葉月さんは、もう帰れるんですか?」


 ずっと黙って聞いていた真生が尋ねた。


「あぁ」


「じゃあ、美優ちゃんと和人くんを送って貰えますか?」


「勿論だよ」


「待って下さい。まだ、掃除終わってませんよね。和人くんは、ともかく私は掃除出来ます」


「何言ってるのよ。美優だって濡れてるじゃない」


 エミリが袖口を指差した。確かに水は掛かったが、こんなの直ぐに渇くだろう。美優は濡れた袖口を掴み、反論しようと口を開きかけたが、柊哉が先に言葉を発する。


「和人一人で帰すつもりですか?」


 美優は和人を振り替える。濡れた髪に、ジャージ姿。


(にこにこしているが、きっと心の中は……)


「此方は、僕達でやっときます。美優、和人を送って上げて下さい」


「はい」


 有無を言わせない柊哉の言葉に、ただ従うしか無かった。美優自身もそれが一番良いように思えた。


「葉月さん、お願いします」


「了解!!」


 力強く頷いた。


チャラそうですが、優しい和人。個人的には好きです。もっと目立たせてあげたいですね。

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