歯止め
忙しさにかまけて、久しぶりの更新です。もっとペースアップ出来るよう頑張ります
「遅くなって……ハァ、ハァ……すみません……」
走って来た為、息が切れる。一緒に登校する為、談話室に先に集合していた四人に、顔を会わすなり、直ぐに謝る。
談話室にいる生徒達が、美優に視線を送り騒めく。
そんな喧騒に気付いていないのか、皆は平然としていた。いや、敢えて平静を装っているようにも見える。
「もう、遅い~。気が変わって来ないのかと思った」
唇を尖らせて、少々不機嫌そうにエミリが言った。昨日、柊哉と会った後、エミリと真生には学校に行く旨、電話しておいたのだが、姿を見るまで気が気じゃなかったのだろう。
胸を押さえ呼吸を整えながら、恥かしそうに謝る。
「すみません、寝坊してしまいました」
昨日は、母親の事が気になり、なかなか寝付けなくて、うっかり寝坊してしまったのだ。
「それは、仕方ないよなぁ……俺も寝れんかったし」
和人が当然の事のように、うんうんと頷きながら同意した。
「何で、あんたが寝れないのよ?」
すかさず、エミリが茶々を入れる。
「そんなの決まってんじゃん。美優ちゃんが学校に来るか気になってさぁ」
「あらっ、貴方電話もらわなかったのぉ?」
勝ち誇ったように、胸を反らしニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべる。
「えっ、電話?!」
キョトンとした顔をする和人。
「そうよ。登校するっていう、で・ん・わ。ねぇ、真生」
「えっ、あっ、うん」
困ったように真生も頷く。
「真生ちゃんにも、合ったの。酷い、美優ちゃん」
ウルウルと泣き真似をして、和人が美優を見る。
(うっ……)
「ごめんなさい。和人くんの電話番号知らなかったから……」
「あぁ、そうか!! 交換してなかった……俺とした事が……はいっ」
すかさず制服の右ポケットから、早々に携帯を取り出しニコニコして差し出す。断る訳にも行かず、美優も取出し赤外線通信で番号交換をした。
和人は、ついでにという形で真生とエミリとも交換する。エミリは、かなり嫌そうだったが、何かあった時に連絡取れないと困ると判断したのか渋々承諾する。
「くだらない事で電話しないでよね」
「しねーよ」
と二人は軽口を叩きながら、交換している。仲が良いのか悪いのか良く分からない二人である。
「では、そろそろ行きましょうか?」
和人達が、番号交換が終わるのを見計らって柊哉が声を掛ける。人がいる場所に長居は無用である。
「はい」
四人は同時に頷いた。
眩しい程の朝の光が肌を射す。遠くで鳥のさえずりが聞こえ、爽やかな朝だ。
寮を出るとガッチリした人影がゆらりと近づいて来た。逆光で顔がよく見えない。
「おはよう、如月さん」
美優は、朝日に目を細め、声の主の正体を探る。精悍な顔の見覚えのある男性が真っ直ぐな瞳で挨拶してくる。葉月炎だ。
「なぁ、誰、あいつ?」
唯一、炎の顔を生で見るのが初めての和人が隣にいる柊哉に顔を近付け小声で確認している。
「葉月炎です」
「写真の? ……えっ、何しに来たの?」
マジマジとその顔を不思議そうに和人が眺めている。
そんな二人のやりとりを耳の端に納めながら、美優も返事を返す。
「おはようございます。あの、どうしてここに?」
和人同様、美優も疑問に思っていた。
エミリ達も疑問に思ったのか、興味深々と言った感じで、こちらを伺っている。
「歯止めになろうと思って……」
(…………)
「はいっ?」
予想もしない炎の言葉に再度聞き直す。他の人達も、驚きを隠せないようだ。
「歯止めになろうと思って。俺がいれば誰も手出し出来ないだろ? 俺にも責任ある訳だし……そうすれば、如月さんも安心して学校に来れる」
ニッコリと人の良い笑みを浮かべる。
「あのぉ」
(何か違う……)
そう思った美優は、丁重にお断りしようと口を開いた所を突然エミリに遮られた。
「ありがとうございます。葉月さんがいれば心強いです」
素早く美優と炎の間に無理矢理割り込み、憧れの眼差しをエミリは炎に向けていた。
美優は、苦笑いを浮かべるしかなかったのであった。
美優の前をエミリ・炎・真生の三人が横一列に並んで歩く。どうやら、エミリ同様真生も炎のファンだったようだ。
楽しそうに話をしながら、前を歩く三人。
炎の歯止めの効果があったのか、悪口を言うものは誰も居ない。ただし、前にもまして冷たい視線を浴びていた。これでは、噂は本当だと言っているも同然。炎がいない時の仕返しが怖い。
「葉月さんは、何を考えているんでしょうか?」
柊哉に囁くように、聞いてみる。
「責任を感じているんだと思いま
す。裏表のない真っ直ぐな人だから、自分が側にいれば自分のファンは手を出さないと考えたんじゃないでしょうか?」
「それって、火に油を注ぐようなもんじゃねぇ? アイツがいない所で、余計酷い目に合わされるだけだよなぁ?」
流石に本人に聞かれたくないのか、和人もコソコソと小声で話す。
「世の中、堂々と嫌がらせする人の方が少ないですからね。多分、彼は正攻法でしか行動しないのでしょう。だから、陰で何かをするとか思いつかない。それとも、この学校に卑怯な事をする人がいないと信じているのでしょう」
柊哉が目を細め、前を歩く炎を少し羨ましそうに眺めながら呟いた。
この時代に、それぐらい真っ直ぐに生きられるのは貴重な存在だ。
「すみません、私がちゃんとお断りすれば」
「否、美優ちゃんじゃないだろ? エミリ《あいつ》のせいだろ?」
チョイチョイと前を歩くエミリを親指で指差す。
美優は、肯定も否定も出来ずに困ったように口を閉ざした。
短い道のりを歩き学校に着く。楽しそうに話ながら登校する様々な色の制服を身に纏った沢山の生徒達が玄関に吸い込まれるように消えて行く。
玄関が目に入ると美優の心がチクリと痛む。昨日の事を思い出したのだ。
前を歩く三人が歩を止め、後ろを振り返る。ツカツカと炎が歩み寄り、美優に寄り添う。
その様子を見ていた女生徒達が騒ぎ出すが、炎は気にする様子もなく堂々とした面持ちで歩く。
美優は、ギュッと手提げ袋を握り締めて、炎に促されるように後に続いた。
生徒達の注目を一身に浴びながら、美優達は、玄関をくぐり靴箱へ。
勿論、炎は美優から離れ三年用の靴箱へと向かった。そこで、美優は、自分の手提げ袋から、昨日冬子から貸してもらった上靴を取り出し、そこに靴をしまう。また、何かされたら帰れなくなってしまう。
「あれっ、美優ちゃん上靴持ち帰ったの?」
何も知らない真生が、尋ねた。
「あぁ、用意周到だね」
事情を察したエミリが言う。
真っ白な新しい上靴を、じっと美優は見つめる。
(師走さんに貸していただいた上靴をそう易々とダメにしたら、申し訳ない)
そう思い、美優は昨日持ち帰っていたのだ。周りの冷たい視線に意識を集中する。とりあえず、暫くは毎日持ち運びする事になりそうだ。
「昨日、阿相先生に連絡したら、職員室に報告に寄るように言われましたので、先に教室行ってて下さい」
「登校の件ですよね? それなら、僕も行きます」
不安そうな美優に気付き、柊哉が同行を買ってでる。
「俺も行く。先生方に如月さんが登校する事を認めてもらわないと。それに、教室まで、送るって約束したしな」
「では、お願いします」
先生方からの心証も良い炎がいた方がすんなり受け入れてもらえると判断したのか柊哉が了承した。
皆で行っても仕方ないので、エミリ達に先に教室に行ってもらい、美優・柊哉・炎の三人で職員室に向かった。
コン、コン、コン
ドアを三度程、ノックして職員室に入る。職員室というものは生徒に緊張を強いる場所だ。美優も普通の生徒さながら緊張していたが、炎も柊哉も慣れた様子で平然と入って行く。
優等生にとって職員室は、場慣れしているのだろうか?
「如月さん、来ましたね。あれっ?! 何故葉月さんも?」
担任の阿相が気付き、美優に声を掛けるが予想だにしない葉月の登場に驚きの表情を隠せない。
「風紀委員として、問題の目を先に摘み取ろうと思いまして」
凛々しい眉を更に凛々しくし、炎は胸を張って答える。
「そ、そうですか……取り敢えず、教頭がお待ちです。教頭室へお願いします」
言われるままに職員室の奥へ歩を進める。校長室と違い教頭室は、職員室の奥に設置されているのだ。
「失礼します」
教頭室のドアをノックし、教頭室へ入る。校長室に比べると広さはレベルダウンしているが備品はそれ以上の代物だ。ただし、成金趣味で、かなりセンスが悪い。
狭いソファーにひしめきあうように三人は横並びで腰を下ろす。
眉をしかめ、八の字髭を指で摘みながら、唐突に野田教頭は切り出した。
「で、何故登校したのかね?」
「…………」
まるで、学校に来るなと言わんばかりの言葉である。美優は助けを求めるように、柊哉を見た。柊哉は、ボンヤリと考え事をするように教頭の顔を見つめ、美優の視線に気付いてない。
(柊哉さん、教頭先生がいると何かおかしい)
美優が困っていると隣に座る炎が助けるように口を挟む。
「勿論、勉学の為です。俺が説得しました。せっかくこんな素晴らしい学校に入学出来て、有能な先生方の授業を受けられるのに休んでいたら勿体ないじゃないですか」
熱い目をして熱弁を奮う炎。
「選りすぐりの先生を私が集めているのだから当然だ」
野田教頭が胸を反らして偉そうに言った。
先程まで、何やらボンヤリしていた柊哉だが、何を思ったのか教頭を誉めだした。
「有能な先生方を統率出来るなんて、さすが教頭先生です。やはり、この学校には野田教頭のような優秀な方が必要なんですね」
「まぁ、それ程ではないが……」
頬の筋肉を緩ませ、髭を指で整えながら言葉とは裏腹に偉そうに答える。満更ではない様子だ。
「いえ、ここまで素晴らしい学校になったのは、教頭先生のおかげです。校長先生なんて、ただのお飾り」
阿相が何を言い出すのかとばかりにギョッとした顔で、柊哉を凝視するが構わず続ける。
「そんな素晴らしい教頭先生が、生徒のヤル気を邪魔なんてしませんよね?」
野田教頭に笑顔を向けるが、その眼鏡の奥に鋭い眼光を光らせる。
「えっ……あぁっ……勿論だとも……」
野田教頭はポケットからハンカチを取出し吹き出る汗を拭いながら了承する。まんまと柊哉に嵌められたのだ。
「心配には、及びません。問題が起きないように、風紀委員として俺が彼女に同行します」
炎が前に身をここぞとばかりに、炎も身を乗り出し畳み掛ける。
「大丈夫です、教頭先生。校長先生には、昨日確認済みです。強制ではないと……何かあっても教頭先生には責任ありません」
そう言って、野田教頭にニッコリと微笑みかけた。
結局、美優は一言も喋らずに教頭室を後にしていた。
「湊君、教頭にあんな事言って良かったのですか? あれでは、校長が……」
シドロモドロに阿相が言う。
「大丈夫でしょう。校長先生は聡明な方だから、あれ位では怒らないでしょう。第一、ある程度の事は美優自身覚悟の事です」
美優はコックリと頷く。それを確認しながら柊哉は続ける。
「この学校の名を絶対傷付ける事はさせません」
「そうです。学校の風紀は我々風紀委員が守ります」
「お二人がそこまで言うなら……分かりました、校長には私から上手く説明しておきます」
「お願いします」
三人は同時に阿相に頭を下げて職員室を出る。さすがにあからさまにこちらを見る先生方はいないが、こちらの様子を伺っているように感じた。先生方にも好奇心というものはあるのだろう。
「それにしても、葉月さんに嘘を吐かせてすみません」
長い廊下を教室に向かう途中、美優は炎にお礼を言う。職員室にいた時間が思いの外、長かったのか廊下に生徒は余りいない。
「嘘?」
「えぇ、私を説得したって」
「あぁ、あれは嘘ではありません。説得をしようと思って寮に行ったんです。まぁ、必要無かったみたいですが」
大真面目な顔をして炎が言う。
美優と柊哉はお互い顔を見合せて揃って肩を竦めた。
「じゃあ、如月さん、また後で」
宣言通り教室まで送った炎が晴れやかな笑顔を残し、右手を軽くあげ立ち去った。
「葉月さん、やっぱり素敵よね」
入り口の側で待っていたエミリが、炎が立ち去るのとほぼ同時に声を掛けて来た。
美優の隣で両手を胸の前で組んでウットリした視線でエミリが見送る。真生も隣で頷いている。この二人もすでに紅蓮の騎士のファンである事は間違いない。
「エミリちゃん酷いです」
美優が白い目でエミリを見ながら、ボソリと呟く。
「えっ、何の事かしら?」
飄々とした顔でとぼけて見せる。すると、後ろからにゅっと顔を突き出し、和人がエミリの耳元で囁く。
「私利私欲の為に美優ちゃん売るなんてなぁ」
普段のお返しと言わんばかりの嬉しそうな顔である。
「うっ……」
一瞬沈黙し、早口で開き直ったように喋り出す。
「だ、だって、紅蓮の騎士とお近づきになるチャンス、こんな事でもないと無いと思って……」
「…………」
美優の様子を上目遣いで伺いながら、その声は徐々にトーンダウンする。
「……だから……つい……」
「…………」
無表情で押し黙る美優に恐れをなしたのか、両手を合わせ拝むように勢いよく謝った。
「美優、ごめん。葉月さん、いない所では、私が守るから」
「美優ちゃん、ごめんなさい。私も同罪です」
傍で聞いていた真生までが、無言のプレッシャーにいたたまれなくなり謝った。
炎の姿に驚いて呆然と遠巻きに見ていた香だったが、炎が立ち去るのを確認すると、トコトコと近付いて来てちゃっかり和人の隣に陣取り、そして言った。
「えっ、何々? 何で紅蓮の騎士が一緒なの? それって何か不味くない?」
「…………」
思わず五人は顔を見合わせる。
「本当にごめんね」
エミリが罰が悪そうに謝った。香は、キョトンとした顔をしていた。




